最高神、拗ねる
「……それで、勇者の存在する意味というのは一体何なんですか?」
またもや話が逸れた気がしたので戻す。
さっき魔王を倒すためだとか、悪を滅ぼすためとか……そういう、僕たちの中での一般常識を思いっきり否定されたわけだけど――――なら、一体どのような意味があるのだろうか。
疑問に思った、というよりはそれを聞かなければいけないような気がしたのだ。
「えっと……その前に魔王について話していい?
魔王に対する考え方も間違っていそうだし、このまま本題について話してもあまり理解できないと思うんだ」
「え、はい。もちろんです!」
ゼニアスさんは本題に入る前にどうやら予備知識を与えたいらしい。
もちろんそれは僕にとって大歓迎なので断る理由もない。
でもそうか、やっぱり魔王という存在についての認識も間違っていたのか。
……僕は何のために召喚されて何のために死んだのか。それを知るためにもゼニアスさんから話してくれるというのは、先程から認識の齟齬を改めたいとは思っていたし、本当に願ったり叶ったりだ。
「じゃあ、まず基本的なことから。……とは言っても人族にはあまり知られていない事なんだけど、魔王というのは二人いるの。
一人は魔国という国を治めている王。もう一人は魔族という種族全体の王。……分かりにくいかもしれないけど、二つの間には明確な違いがある。
まぁ、魔国の王とは別に魔族の王の事も魔王と呼ばれる様になったのは人族が勝手に呼び始めたのが原因なんだけど。
そうそう、因みにシオンは後者の方ね」
ゼニアスさんの言葉は衝撃的だった。
というのも、魔王という存在が二つあることは王国でも全く教えられなかったことだし…………ゼニアスさんが言うように人族には伝わっていない事だとするなら、国の上層部すら知らないようなことだということだからだ。
――だけど、いきなり魔王が二人と言われると頭がこんがらがってしまいそう。
「前者の方は人間でいうところの国王だから、特に特別な事は無いわ。でも、シオンは違う。
なんと言ったってシオンは私が世界を守る為に作った存在だからね!」
「…………え?」
ゼニアスさんの言葉に思わず固まってしまう。
聞き間違い……じゃないよね?
ゼニアスさんは確かに『魔王を世界を守るために作った』と、そう言った。
――――世界を、守る?
魔王というのは二人いて、僕の戦った魔王さんは――実は世界を守る存在だったという事?
つまり、魔王とは悪ではなく寧ろその逆の存在……。
「……大丈夫?」
「あ、はい」
固まっていた僕のことを心配してか、ゼニアスさんが僕の事を気遣ってくれる。
そのお陰でずっと固まったままとはならずに済んだけれど……彼女の述べた事実に頭がついていっていない。
――否、頭がそれを理解しても認めたくないのだ。
今まで悪だと思って戦ってきた相手が、実は正義の側だった。ならばそれと戦っていた僕は一体何なのか……考えたくない。
それに、事故とはいえ魔王さんも死んでしまった。勿論、その一端は僕が原因でもある。
それがどういう事なのかを考えたくない。認めたくない。
でも、否が応でも現実は僕の目の前に、言い逃れを許さないかのように横たわっている。
――そうだ、このままじゃいけないのは分かっている。
「……すみません」
「え?」
僕はどうすれば良いのか。考えた結果、自然とその言葉が口から出た。
当然、さっきまでの流れからいきなり僕が謝った事にゼニアスさんは驚いている様だったけれど……それでも伝えないといけない気がした。
「僕、何も知らなかったとはいえ魔王さんが死んでしまう原因を作ってしまって……だから、本当に――」
「――ちょっと待て、それはおかしいぞ。
あれは俺が持ちかけた決闘。その結果がどうなろうと俺の責任の筈だ。
……お前は正しい事をした。違うか?」
僕が謝っていると、突然魔王さんがその様に言って僕の言葉を止めた。
確かにそれはそうだが、それを認めてしまったら僕は……
「はぁ……。二人とも私抜きに盛り上がらないでよっ!」
「「……!?」」
その先の言葉を頭の中で紡ぎ出すより先に、突然ゼニアスさんがその様に言って席を立った。それに、何故か怒っている様子だった。
そんな彼女に僕と魔王さんは呆気に取られて、いきなりどうしたのかと思っていたが……それを聞くより先にゼニアスさんはさらに言葉を続けた。
「……いい?確かに翔くんもシオンの誘いに乗ったのは悪いし、それにその行動は結果的に世界を守るという役目を持ったシオンを傷つけたかもしれない。でも、それって結果論でしかないの。
本来、今回の問題にどっちが悪いかなんていう話は存在しない筈なのよ。
だから、翔くんは気に病む必要はないの、分かった?」
「は……はい」
ゼニアスさんの言葉の応酬に僕は白旗を上げるしか無かった。
何というか、上手く言いくるめられた様な気がしなくもないが……彼女の言葉にはそれでも良いかと思わせる様な凄みがあった。
「お前、妙なところで感が鋭いというか何というか……凄いよな」
「…………まぁ、今回の件。強いていうなら喧嘩をふっかけたシオンが100%悪いし、全部シオンの責任だから」
「おい待て、それは少し語弊があるぞ……!?」
どうやら別に怒っているわけでもなさそうだ。……むしろ楽しんでる?
何というか、真剣に悩む必要はないんだよと暗に伝えられたような気もする。
――二人のことを見ていると何となくそんな感じがした。
「……ありがとうございます。お陰で少し楽になりました」
「そう?なら良いんだけど」
「それにしても、魔王さんってゼニアスさんが作った存在なんですか……。という事は、ゼニアスさんってやっぱり凄い神様だったんですね……?」
最高神というだけの事はあると実感させられた。
まぁ、性格がアレなのが玉に瑕だけど……。
「なぜ疑問系……?でも、そうなの!やっぱり私って凄いんだよ!
……コホン、えーっと、色々と話が逸れてしまったけど、シオンという世界を守る為に作ったはずの存在が何故人族の間では悪者だと思われているのかについてだけど。……聞く?」
ん?ここにきて『聞く?』と尋ねられた事に対して少し疑問に思ってしまう。
「勿論聞きます。でも、どうしてわざわざ聞くかどうかを聞いたんですか?」
今更引き下がる気はないが、何か悪い事を聞かされるのだとしたら身構えておく事は大切だと思ったのでそう質問してみた。
そんな質問にゼニアスさんは当たり前だと言わんばかりに言った。
「ん?ここからはかなり人族の闇の部分の話をするし、長くなるから。
ほら、どうしても私たちって人族を恨んでいる側の存在だから、人族に対する偏見を植え付けてしまいそうで怖いし」
「まぁ、それでも良い。……いや、寧ろその方がいいというのが正直なところだがな。俺たちからしたらそっちの方が都合がいいし。
しかし、そう考えるとやっぱりお前って甘いよな……」
――『人族を恨んでいる』
ゼニアスさんの口からそのような言葉が出るとは思わなかった。
現に今僕に対して優しく接してくれているし……そんな彼女がそう言った事に驚いた。
だけど、人という種族が彼女にそう言わせるまでの何かをしたという事かもしれない。
「……それで、どうする?」
ゼニアスさんは改めて僕に話を聞くかどうかを聞いた。
ここで聞かないという選択肢を取るのも良いという事だ。
――聞かなかったら僕はそのまま終われる。だけど、異世界に召喚されて戦うことを強制された、その意味を知らずに終わるのは嫌だ。
「教えてください。どうして人族は魔王さんを悪だと思っていたのか。……それに、何故争っていたのかを」
「了解、じゃあちょっとした長話に付き合ってね」
ゼニアスさんは僕の言葉を聞くと一つ小さく頷き、そして話し始めた。