, Without Exception.
【この話は飛ばす事を推奨します】
物語に必要な話ですが、どこに挟めばいいのかよく分からなくなった結果差し込んだものです。投稿を先送りにしても、元小説の方では既に投稿しちゃってるわけで……ヤケクソ投稿します。
更新が待てなくなって暇になった時にでもお読み下さい。
(じゃあ何で投稿したんだよっていう……)
これは私の過去だ。憎むべき過去だ。
独白だ。懺悔だ。後悔だ。過ちだ。
ここには何もない。残されない。溶けていく、融けていく、私が解けていく。
僅かな残滓と、キラキラと輝く私。赤く綺麗なワタシ。
ひらりと花弁が宙を舞うように、花火が夜空に溶けるように、今消えたのは何なんだろう。
分からない。判らない。解らない。
ワタシの本意は何なのか、もうそれすらも。
◯ ◯ ◯
ごめんねお姉ちゃん。
私は、どうしても喧嘩別れのような形になってしまったお姉ちゃんのことを考えてしまう。
頭を振っても離れない。お姉ちゃんの悲しそうな顔が、それに今まで一緒に過ごしてきた日々のことを。
職責だとか他の神達との関係だとか、結局、色々なものから逃げるように姿を消して、お姉ちゃんに心労をかけた挙句、また私は素直になれずにこうして傷つけている。
本当はもっと、楽しい事をしたかったんだけど。上手く、上手くいかなくてごめんね。
本当は、ずっと大好きなのに。どうしてあんな事を……。
私は、部屋を出た時から溢れる涙を止める事ができなくなっていた。
あの壊れた世界を何とかしたいってお姉ちゃんが望むのは、ただ神様としての責任ってだけで、本当に心からそうしたいって望んでるわけじゃない。
この問題が解決したところで、お姉ちゃんに得はない。何もないのだ。
お姉ちゃんからすれば、私と一緒に、またもう一度やり直すことこそが本当の心からの望みなわけで、それは私もそうで……。
私があんな事を提案して話を逸らしたから、お姉ちゃんはまた悲しむことになってしまう。
でも、間違いを正すにはそうするしかない。もう覚悟を決めるしか……。
そうだよ、私がやらなきゃいけないんだ。
私は決意に奮え、拳を強く握る。指の隙間から黄金色の光が漏れ出た。
しばらく無心で歩き続けて、気づいた時には既にスレイナ様の部屋の前に着いていた。
お姉ちゃんの魔法で気を保つ事ができている今。やり残した事をしよう。
気持ちを落ち着かせるように深呼吸して、扉を軽く三回叩く。
「はーい」
「スレイナ様、ソプラです。お願いがあって来ました」
「……ソプラちゃんか。いいよ、入って」
「失礼します」
入る許可をもらったので、私は扉を開けて部屋の中へ入る。
スレイナ様は奥の机の手前側に立っていた。
ここには久しぶりに来た。
……あれ? 今日は秘書さんは居ないんだ。
「で、どうしたの? ……また、消してほしくなったの?」
「ん、それをお願いしたくて来たの」
私がそう言うと、スレイナ様は露骨に嫌そうな表情をする。
「ソプラがそう言うなら止めないけど、考え直す気はないの?」
「お姉ちゃんには悪いと思ってる。私がいなくなって迷惑をかける人にも。でも、もう決めたことなの」
「そっか……」
私の記憶を消すスレイナ様も、周りからの非難を受けるのだろう。でもそれが嫌というよりは、本当に私とお姉ちゃんの事を心配しているみたいだ。
「要件はそれだけかな?」
「……実は他にスレイナ様に聞きたいことがあって」
聞きたい事、というか気になった事か。
「何かしら?」
「スレイナ様、神殺しの剣って知ってますか?」
「神殺しの剣? ……知ってるけれど、それがどうかしたの?」
――やっぱり知ってたんだね。
スレイナ様は特に動揺しなかった。ただ、何でそんな事を書くんだろうと疑問に持つように首を傾げた。
「アレは禁忌でしょ、どこでその事を知ったのかしら。……私とあなたの仲だから、今は聞かなかったことにしてあげるけど、他の子に言っちゃダメよ?」
人や神の暗い部分に触れてきたせいか、そういう所には酷く敏感になってしまった。だからこそ気づくこともある。
「神殺しの剣、実は私たちからかなり近い所にあるんじゃないかなと思って。……例えばスレイナ様が持っていたり」
気付きたくはなかったけど。気になってしまったらしょうがない。
スレイナ様は多分、いや間違いなく神殺しの剣を持っている。
私にはもう必要ない物だけど、そんな物が存在していてはやっぱりいけない。だから、壊さなければいけないと思う。
後は、どうやってスレイナ様に吐かせるかだけど……。
「私が持ってる? そんな訳ないでしょう」
「じゃあ、もう一つ気になることがあるんだけど……私を消そうとした主犯はスレイナ様という事でいいですか?」
そう。私がいじめられるようになったのはスレイナ様の手引きのせいだと私は考えている。
そして、私が消えたくなるくらいまでいじめたら、私のカギを開けてスレイナ様が転生神をしていた事を思い出させる。そして、記憶を無くさせ人間として生まれ変わらせる。
神殺しの剣の事を思い出させたのは、単に私がそれを使って自殺するのでも良かったからだろう。
兎にも角にも管理神としての私の存在が、あの世界にとって、もしくはスレイナ様にとって目障りだったんだろう。
「まぁ、どうやら計画は失敗したみたいだけど」
「くふっ、ふふふふ……」
スレイナ様は突然、堪えきれずに漏れ出してしまったかのように笑いだした。まるで私のことなんて頭の弱い小動物だとでも言うみたいだ。
「ええ、ええ、そうねぇ。まさかソプラ、貴女の生まれ変わりもいじめられて追い詰めさせられるとはねぇ。おかげさまで貴女はこんなにも早くここへ帰ってきてしまった訳だけど。
本当に邪魔なの。そのせいで私たちの計画に支障が出てしまったんだから」
スレイナ様……。それが本性なの?
「そんなにあっさり認めちゃっていいの?」
「ええ。だって貴女が何を言ったって誰も何も信じてくれないでしょう?」
「一応居ないこともないと思うよ。お姉ちゃんと、スレイナ様が」
……残念だけど今の私を信じてくれるのはスレイナ様とお姉ちゃんくらいしかいない。
「あら、あら。私も含まれているなんて。本当にソプラは優しい子なのねぇ。
ああ、ああ、可哀想に。いじめなんてなかったらこんな事にはならなかったのに。
残念だけどこれから死んでもらうのは既定路線なのよ」
ダメだ、話が通じそうにない。まるで中身が変わったみたい。スレイナ様がスレイナ様じゃないみたいだ。
今までの優しかったスレイナ様は、嘘だったの?
私のこと、嫌々いじめてたんじゃ……。
分からない。もう何も分からないよ。
「さて、誰にも何も届かないけれど、何かいい残すこととかあるかしら?」
「……考えておきます」
「ふふっ……そう。――――じゃあ死んで?」
そう言うスレイナ様の手には悍しいほど黒い短刀が握られていた。
直後、濃密な殺気と共に私へとソレが向けられてくる。
「っ!!」
私はスレイナ様の攻撃を間一髪で躱すと、前へ飛び込み咄嗟に距離を取った。
あの短刀は間違いなく神殺しの剣なのだろう。アレに少しでも傷を付けられたら、きっとただじゃ済まないだろう。
「へぇ、これを躱すなんてすごいじゃないソプラ。小さくて弱虫のくせに意外と早く動けるのね。でも、次は外さないわ」
スレイナ様はそう言うとその場から音もなく消えた。
透明化してるんだとしても私の神力の範囲内なら見逃すはずがない。
私は透明な障壁で自分の体を守り、スレイナ様がどう動くのか、目の前に集中した。
――だから、頭上から突然向けられた殺気に気づくのが遅れた。
背後に悪寒を感じて振り向いた瞬間、何か鋭いものが、肉を深々と切り裂く音が聞こえた。
どこから聞こえてきたんだろう? そんなことを私は脳天気にも思った。
直後、背中に走る嫌な感覚。
それが無情にも私に事実を告げていた。
天井からひらりと落ちてきたスレイナ様は、流れるように私の肩から腰までを切り裂いていったのだ。
それに気がついたとき、私の心臓の鼓動は速く、激しくなっていった。
「あっ、あ、熱い!!」
何も起こっていないと信じながら背中を手で触れてみる。
手に伝わるのは何かドロドロとした感触。そして、ソレが私の背中から吹き出ているのが分かった。
これは、血?
「……え? 精神体には血なんて、無いはずじゃ」
痛みを忘れて呆然と立ち尽くす私にスレイナ様は言う。
「あははっ! そうね、精神体には血なんて無いわ。でもソプラ、その血は本物よ?」
ほ、んもの? 一体どういう意味?
「あっ、言い忘れていたけどそろそろ痛みが来る頃じゃないかしら。その傷なら、待ち構えてないと一瞬で意識を刈り取られるかもしれないわね。
ふふっ、もしそうなれば貴女が二度と目覚めることは無いわ」
なに、なんなの!? ……私、死ぬの?
普段は全く意識しない死というものを、私は肌で感じ取ってしまう。
この恐怖が何なのか分からない。スレイナ様に対するものだけじゃない気がする。
怖い、怖い、怖い。私は消えてなくなってしまうの?
――ああ、そうだ、そうなんだ。私は死ぬのが怖い。
次の瞬間、斬られた背中に鋭い痛みが走る。
「あっ、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁ!!」
私はその痛みに耐えきれず膝から崩れ落ち、背中から床に倒れる。
ベチャッという嫌な音とともに、ドロドロとまとわり付くような気持ちの悪い感覚が背中全体に広がっていく。
そして、依然痛みは酷さを増していく。
「ぐッ、ううッ!!」
痛みを噛み殺すように私は唸る。
でも無くならない。この痛みは消えない。
スレイナ様は嬉々として、床に倒れ伏す私の事を見下している。
何もできなくて、私はただ睨みつけることしかできない。
「あははははっ! いいねぇ、いいのよ、面白いわ。傑作よ!!
そうだそうだ、哀れで可哀想なソプラちゃんにまたまたヒントぉ。
その血は貴女の命そのものよ。そう、命の力。
命の強さ、つまり貴女の存在の大きさの分出続けて、全て無くなれば死んじゃうの。
ふふふっ。……じゃあ、その命の力をもう一度自分の体内に取り込むとどうなるのかしらねぇ?」
――え?
初めはスレイナ様の言っている事の意味が分からなかった。
痛みに思考のほとんどを支配されている頭で何とか考えると、その意味が掴めた。
これを、この血を飲めば、生き永らえることができるかもしれない。
そうと知り、両手にベットリとこびり付いた血を少し舐めてみる。
すると、心なしか背中の不快感がほんの少しだけ治った気がした。
そう、そんな気がしただけ。でもそれだけで、私はもう止まらなかった。
床に広がった血を両の手で掻き集めて、掬い、口元へ運び、飲み下す。掻き集める。掬う。運ぶ。飲み下す。掻き集める。掬う。運ぶ。飲み下す。
吐きそうになりながらも、必死に喉奥に流し、押し込んだ。
自分の姿が如何に滑稽なのかを気にしてられるほどの余裕なんてなかった。
私は掬う事すら億劫になり、顔面を血溜まりに押し付ける。手で血を掻き集めて、そのまま口へ流す。ただひたすらにそれを繰り返した。
「くふふふっ、ふははっ、あはははははっ!!
ああ面白い、なんて面白いの!? ソプラ、貴女才能あるわよ。神様としての才能なんかよりも――ぐふふっ、よっぽど輝いてるわ!
もっと足掻いて、もっと、ほらぁ、早く!」
スレイナ様は焦らせるためか、煽るためか、手拍子までして騒ぎ立てる。
気にしちゃダメだ。私はお姉ちゃんと約束したから。
お姉ちゃんの笑っている姿をもう一度見るまでは諦められない。
生きなきゃ。私はまだ死ねない。
「お、ねえ……ちゃん」
お姉ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん!
走馬灯のように、頭にお姉ちゃんとの懐かしくて、暖かい記憶が雪崩れ込んでくる。
ああ、好きだよ。お姉ちゃん。お姉ちゃんの、その全てが、私は――
「――ふーん、あっそ。
ソプラ、貴女はお姉ちゃんの笑っている姿が見たいのね?
自分で突き放して悲しませておいて、随分と見上げた姉妹愛ね。
くふふふ。でもいいわ、いいのよ。私は貴女のそういうところも好きよ?」
まるで私の思考を読んだかのように、スレイナ様はそう言った。
気持ち悪い。こんな事をしておいて、何が『そういうところも好き』なの?
好かれたくない。あなたに、いや、お前にだけは!
『ならソプラ、私の姿をよく見てご覧?』
ふと、お姉ちゃんの声が聞こえた。
思考が止まる。痛みが消える。辺りが一瞬にして静寂に包まれる。
私は、命を体に押し込むこともすっかり放棄して、思わず、反射的に、自動的に、ゆっくりと顔を上げる。声のした方へと視線を向ける。
――そこには、私を見つめて微笑むお姉ちゃんの姿があった。
私の記憶通りの、優しくて、暖かな笑顔が、そこにあった。
分かってる。ここにいるのはお姉ちゃんのはずがない。
偽物だって分かってる。偽物だって確信してる。
偽物だって……偽物だって、分かっていても――どうしてか私の心の奥底から、ポキッと音が鳴った。
私の決意が、易々として根元からへし折られた瞬間だった。
「あっ、ああっ、あぁぁぁぁ」
『あはははは!! ほら、ほら。もっと頑張ってソレを飲みなさいよ。ほら、早く!』
もう、私はだめだ。私は、私は……。
お姉ちゃんが笑ってる。私を見て、楽しそうに――
『ほら、頑張れ! 頑張れ! 早くしないと死んじゃうわよ、ソプラ』
私はもう一度血溜まりを見遣る。背から溢れ、体を、手を伝い、満たされる血。
不思議と、もうソレを体に戻そうという気は起きなかった。
「…………あら、もう心が折れてしまったの? つまらないわね。
こんな事ならもっとお姉さんごっこを楽しんでおくべきだったかしら。
……じゃあ、もういらない」
スレイナ様は冷めた口調でそう言うと、しゃがみ込んで私の髪を、頭を引っ張り上げる。
私を見つめる双眸、その奥は暗く、虚空だった。ぞわりと蝕んでくるような、気持ち悪さがあった。
そして私の背中に、短刀を突き立てる。何度も、何度も。
その度に苦痛を堪えきれず叫び続けたが、スレイナ様がもう笑うことは無かった。彼女の狂気じみた笑みは鳴りを潜めていた。
しばらくして背中の痛みがもう限界を超え、私の体と心はすっかり麻痺し、もう何も感じなくなっていた。
意識がプツリ、プツリと切れはじめる。
そんな時だ、私の視界が揺れた。そしてふわりと宙に浮く。
否、それは錯覚だった。
スレイナ様の顔が、目の前にある。彼女の腕が、私の顎を押さえている。首を動かすことはできない。
どうやら、私の首は切り離されてしまったらしい。
それでも私はまだ死なない。
スレイナ様は私の頭を左手で胸の前に抱える。
ご丁寧に私に見えるように、私の体から右腕を切り離し、ソレを口元まで持っていった。
直後、骨を砕き、筋肉を噛み千切るような音。そして、咀嚼音が聞こえ始めた。
私はもう何もかもがどうでも良くなって、意識を手放そうとしていた。
その時、耳元でスレイナ様は囁いた。
「ソプラ、まだ生きてるかしら? この姿を見てどう思っているのか知らないけれど、こうすると貴女の命を取り込むことによって私の命の力が格段に上がるのよ。だから私の糧になってちょうだいね?
そして、もしかしたら私の中で貴女は本当の死を得られないまま一生囚われることになるかもしれないけれど、いいかしら?」
…………。
「…………殺して」
「うふふ、やだ」
彼女は心底いじらしそうに、可愛がるようにそう言った。
そして、私の端から意識が消えていく。溶けていく。私のものじゃなくなっていく。
「……ん。美味しい」
私は意識だとか、何もかもが消えて無くなってしまう直前、何故か、何とも言えない幸福感に包まれた。
◆ ◆ ◆
ワタシが消える。ワタシが消えた。お姉ちゃんがいない、もう会えない。悲しい。ごめんね。ごめんなさい。生きることを諦めちゃって、投げ出しちゃって、ごめんなさい。ああ、ワタシが消える。消えるワタシが、ワタシを、奪わないで奪う誰が奪うワタシがあなたがおまえが誰を名前はなんだ誰だワタシは――
ご馳走様。これからもよろしくね、ソプラちゃん。




