閑話:残された者たち
ちょいと間話を挟みます。
翔くんは出てこないのです。( T_T)⊂(^-^Ξ
――全く、本当に嫌になる。
私、和田優奈は一人……部屋に篭っていた。
別に、日々の重圧に耐えかねて……だとかそんな理由じゃない。
学級長としての責任だとかは大して苦じゃないし。……むしろ、期待されていると言う事は有り難い事でもある。
――まぁ、ここへ飛ばされてからは学級長とはいえ特に仕事もなく、ただ向こうの世界で暮らしていた時の名残として肩書きのようなものが残されているだけになっているのだけど。
では何故こう落ち込んでいるのか。それは――――何故なのだろうか。実のところ自分でもよく分かっていない。
ここに来てから何日も経って、ようやくみんなこの世界での生活に慣れて来て……これから、何とかクラス全員で乗り切って行ける。――なんて思っていた矢先にそれは起こった。
そう、日野くんの国外追放のことだ。
あの部屋に集められた時はあまりにも突拍子のない出来事だったので、流石に嘘だろうだなんて思っていたのに……確かに目の前で淡々とそれは行われた。
あれから数日が経った今でも、まだ実感が湧かない。
――ただ、頭から離れないのは……彼の最後の顔。そして、彼を嗤うような周りの人々の表情。
正直、今思い出しても吐き気がする。
あれは初めて本物の悪意というものを肌で感じた瞬間かもしれない。
何故、人が一人消えたというのに喜んでいるのが分からない。
何故、仲間が一人消えたというのにそんな笑顔ができるのかが分からない。
あの時聞こえてきたクラスメイトの『これで邪魔者が消えた』という、あの言葉は本心からの言葉なの?
もしそうなら――――私はそんな人達のために身を粉にして働いていたの?
じゃあ、そんな人達から期待されている私は一体……?
ベッドの上で布団に包まって頭を抱える。
彼の罪状を聞いてみれば、当然……国外追放というのは納得できる。日本の感覚でいえば、寧ろ軽いくらいかもしれない。
ただ、本当に彼がやったのか。それが私の頭から離れない。
どうしても、彼がそんな事をやるような人間には思えない。
それに、あの日偶然見てしまった事がある。
――いや、見たというのは少し間違っているのかもしれないけど、あの日……寮棟の外の庭で本を読んでいた時の事だ。
本を一時間ほど読んだ所で目をあまり疲れさせないように、休憩の意味も込めて辺りを少し歩いていると……日野くんの部屋の辺りに私のスキルによって映っていた名前がある。
それは殺されたメイドの名前と見知らぬ……恐らく王国の何物かの名前。そして――――日野くんではないクラスメイト五人の名前。
あの時、何故か日野くんの部屋に大勢の人が集まっているものだからつい目に止まってしまったのだが……今思えば、それが丁度殺された時なのかもしれない。
ならやっぱり、彼はありもしない罪を押し付けられて……。
でも、それが本当だったならば……あそこにいたクラスメイト五人は――――人として越えてはならない境界線を越えたということになる。
仲間に五人もそんな事をした人間が居たとなると……気持ち悪過ぎて、もうあの人達とは今まで通りに関わっていける気がしない。
だけどそれが真実なんだろう。
それが、私がここ数日で導き出した結論だ。
――中野勇輝、田嶋哲也、堀健介、佐藤葵、士道快斗。
クラスの中心人物にして、いじめを行っている者たち。
彼らの横暴な行動に歯止めをかけなかったせいで、彼等の醜悪な感情は人を殺すまで成長してしまった。
――そしてそれはクラスのまとめ役……学級長である私の責任。
日野くんが国外へ追放されたのも、彼らに立ち向かえるような強さも、勇気も……何も持っていなかった、そして努力を諦めていた私の責任だ。
なら私はどうすれば良いのだろう。
何か物事を起こそうにも、この国はあまりにも腐り過ぎている。
――それに、私の力も全然足りない。
本当にこの世界に来てから自分の弱さを痛感させられる。
このままじゃいけないのは確か。
だけど、どうやって変わればいいの?
本当なら誰かに相談でもしてみたい所だけど――あの人達に相談するなんて気持ち悪くてできない。
こんな時に日野くんが居たら……と、どうしても願ってしまう。
きっと彼なら何かしらの答えをくれただろう。
ああ、本当に嫌になる。
――――あの人達のことも、私のことも。
と、その時コンコンと私の部屋のドアが軽く叩かれる。
どうやら来客のようだ。
このまま無視してもいいのだけど……流石に辞めておこう。
「誰ですか?」
私はドアの向こうの来客へ投げかける。しかし、なかなか返事が返ってこなかった。
そのせいで、『ピンポンダッシュまがいな事なら辞めてもらいたいけど』と、そのように思っていたのだけど…………どうやら違かったようだ。
「影山だ。話があって来た」
しばらくして、そのように返事が来た。
私の部屋へやって来たのは、クラスメイトである影山彰人。
いつも大人しい――そう、クールという言葉が似合う男子だ。
望んでクラスから孤立している感じで、彼とは同じクラスにいながら殆ど話したことがない。
だから、そんな彼がここへ話をする為にやってきた事に少し驚く。
「そう、それで何の話かな?」
「…………単刀直入に聞く。お前は日野翔が国外追放にさせられた件に関与しているか?」
――はい?
それを聞いた最初の反応はそれだった。
そして次に嫌悪感が湧き上がる。
「私が日野くんを国外追放に……?冗談じゃない。
あんな人達とは一緒にしないでくれるかな?」
一瞬でもあんな人達とは同列に扱われた事に嫌悪感を抱いて、つい少し強く言い返してしまった。
だけどすぐにハッと我に帰る、
「ごめんなさい。少し取り乱した」
「――いや、謝るのは俺の方だ。デリカシーの欠けた事をしてしまった。すまない」
「……それで、何で私にこんな事を聞いたのか教えてもらってもいいかな?何か目的があるんでしょ?」
わざわざこんな事を聞くという事は、何か彼の中にもあるのだろう。
日野くんが国外追放された事に対する不信感だとか、そういうものが。
それに、さっきの言葉……。
影山くんはさっき『日野翔が国外追放にさせられた件に関与しているか』と質問してきた。
これは何か情報を知っているか、あの件に不信感を持っていないと出てこない発言のはず。
そう考えたので、彼にそう質問してみた。
「――――怖いからだ。どうしようもないくらい、この場所での生活が怖いからだ」
「えっ……」
扉の向こうから聞こえてきた弱々しい声に思わず驚いてしまう。
だけど、それと同時に彼の言葉にも納得してしまう。
「怖い……。そうね、私だって怖いわ。
先行きの見えない生活、戦うことへの不安、不確定な将来……。
私達の前に立ちはだかっているだろう苦難の事を考えたらキリがないもの」
「意外だな。……あの硬そうな学級長も不安なんて感じるのか」
私が不安を漏らしたことがそんなに珍しいのか、驚いたように私にそう言った。
「そりゃそうでしょ。私だって人間よ?
皆んなには頼って欲しいと思っているし、相談を聞くのも苦じゃないけれど……私だって誰かに頼りたいとは思ってる」
「……安心したよ。そういう純粋な人間味を持っているやつは信じられる。本当に、もっと早く声を掛けるべきだったと後悔してるよ」
「そう?ありがとう」
よく分からないけれど、彼からの信頼は得られたようだ。
「なあ、お前だから話すんだが……一つ提案がある」
「…………提案?」
と、そこで彼は小声でそう伝えて来た。真剣そうな声だった。
だからこそ、彼の『提案』という言葉に少し体が固まる。
「――――逃げないか?」
「!?」
彼はゆっくりと一呼吸おいて、そう話した。
『逃げる』とただ言うのは簡単だが、行動に移すのは難しい。
「……本気?」
「ああ」
その意思は本当なのかと扉越しの彼に聞いてみたけど…………返って来た声は真剣そのものだった。
流石に内容が内容なのでここですぐに返事をすることができない。
それに、ここでは少し危険すぎる。
「……取り敢えず部屋の中に入ってもらえる?
そこだと誰かに見られてしまうかもしれないし」
「ん?ああ」
本当なら男子を自らの部屋に上げるということはあまりしたく無いのだけど、この際そうも言ってられないので扉を開けた。
「失礼します」
影山くんはそう言って私の部屋へ入ってくる。
女子の部屋へ入ったと言うのに彼の姿は冷静そのもの。――私という存在に魅力がないのか、はたまたそれは彼の性格によるものなのか。
少しそんなことを考えてしまったけれど、前者だとしたら少し傷ついてしまいそうなので無理やり後者の方だと思う事にした。
「申し訳ないけど、そこのクッションの上にでも座ってくれるかな?」
私は小さな机の隣にある白いクッションを指差して言う。
私自身はベッドにでも座る事にしよう。
だけどその前に一応飲み物でも出しておこうと思って、部屋の端にある机の上に置いている魔法瓶のような魔道具から中身をマグカップに移して彼の目の前にある小さな机に置く。
もちろん私の分ももう一つのマグカップに注いで手に持って、ベッドに座る。
魔道具のおかげで一時間弱も前に作ったものなのにも関わらず、白い湯気が立っている。
「これは……もしかしてココア?」
影山くんはマグカップの中身とその若干の甘い香りを感じてそう言う。
「ご明察。……まぁ、とは言っても元の世界の物はここには無いから正確には違う物って事になるのかもしれないけどね」
私はあの一件のせいで不安で落ち着かなかったりすることがあるので、こうやってリラックス効果のある温かいココアを作っておいてある。
――と、そんな事はどうでもいい!
「で、逃げるのかって話だったね。……申し訳ないけど正直私は決めかねてるわ。
私はこの国の闇も深くは知らないし、逃げるとは言ってもそれは中々できる事じゃ無いし」
私は正直にそう言う。
今のままじゃ、どうするのか判断はできないからだ。
だけど、影山くんはそれも想定内だったのか、手に持っていたノートのようなものを机の上に置いて言った。
「そうだな。……だから一応これを持って来た。
役に立つかは分からないが、この国の行っている悪事なんかがまとられているらしい」
私は手に持っていたココアを一度机の上に置いて、代わりにそれを受け取る。
そして……その表紙に書かれている言葉を見て驚いた。
「これって…………日野くんのノート!?」
本人には申し訳ないが、少しペラペラとめくってみる。
「これって、日記?」
「そうみたいだな。そして、その中に色々と記されていた」
影山くんは一度目を通したのだろう。
確かに彼の言う通り、所々にこの国の暗い部分を匂わせるような記述があった。
人身売買やら何やら、かなりこの国はきな臭いようだ。
「それにしても、まさか日野くんがこんな物を残しているなんて……。これは影山くんが見つけて来たの?」
「いや、驚いた事にこれを見つけて来て俺に渡したのは……グラス先生だよ」
「――!?」
あの先生がこれを?
日野くんから何となく先生の事を聞かされていたけれど、やっぱり私達に対する敵意はないって事なのかな?
「そうね……ここに書かれている内容が本当で、本当にこの国が危ないのなら…………今逃げるのが一番いいのかもしれない」
「やっぱりそう思うか?なら――」
「でも、それでも行けないわ」
確かに、これ以上悪化する前に今逃げ出すのが良いのだろう。
だけど――そうすることができない理由がある。
「私はまだ弱すぎるし、それにここで逃げ出せば残っている仲間たちがどうなるか分からない」
「確かにそれはそうだが…………お前は、日野を追放させるのに一役買ったやつのことまで心配するのか?」
私の言葉に少し怒ったのか影山くんは少し強くそう言った。
……確かに今の発言はそう捉えられても仕方ない言い方だったけど、実際は勿論あんな人達の事を心配なんてしたくない。
私はもっと他の人達のことを心配している。
「そこまでは言わないわ!……私だってあんな人と一緒に過ごすのは嫌よ。
だけど、何も分からないで流されている人も居る。私達の行動でその人達をさらに追い込もうとするのは少し違うと思うの」
「っ……。確かにそれは一理あるな」
「だから、行動はもう少し後にしたほうがいいと思うの。
できるなら数年先。城の外へ戦いに出るタイミングで」
その頃には皆んな強くなっている筈だし、私達も逃げ出した後の事について計画を練る時間としては丁度いい。
「確かに、今すぐ動いてもその後、先行きが分からない。もう少し時間を掛けたほうがいいか」
影山くんは納得したようで、そのように言ってくれた。
「そこまで私達は力をつけると同時に色々と準備しておきましょう」
「ああ、そういうことなら、了解した」
一先ずこの場では、そんな事が決定したのだった。
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