対峙
「さて、早速で悪いが……お前が王国の召喚した勇者の一人という事で合っているよな?」
突如現れた男は、僕にそう聞いてくる。
変に否定して拷問にあうなんてことは懲り懲りなので素直に答えたいが――ここでこの言葉を肯定すれば、王国が勇者を複数人召喚したということがバレてしまう。
そう考えるとここで嘘をつくのが良いのだろうが……。
「はい、そうです」
生憎僕にとって、あの国がどうなろうと関係ない。
それに、どうせこの男は知っている上でこう聞いてきているのだろう。
という事で、特に隠し事はせずに素直な態度でいくことにした。
「そうか、ではこのまま話を進めさせてもらおう」
どうやらこれが功を制したのか、男がこちらに拷問をしてくるなんて事にはならなそうだ。……一応そこは一安心。
しかし――――こうして牢屋に入れられているという事は、これから地獄を味わわされるということだろう。
こうやって僕を安心させながら情報を抜き取って、不要になったら捨てられてしまうんだ。
――分かっていても悲しいものがありますな……。
だが、このままでは終われないのも事実。
もし殺されそうになったとしても勿論僕は抵抗する。武器はないから拳で!
僕はそう息巻いていたのだが、次に男が話したのは全く予想だにしていない事だった。
「先ずはすまなかった。こちらの手違いでこの様な牢屋に捕らえてしまった事を詫びよう」
「え?はい」
手違い?……本当は牢屋に入れるつもりはなかったのか?
でも、僕としてはご飯とか水とかを一切くれなかったのは謝ってくれないんだなと少しショック。
「それから、おま……勇者様、ちょっとついて来てくれませんか?」
「今お前って!絶対お前って言おうとした!」
まぁ一番最初にお前って言われたけどね。
「お、おう。どうした?」
そんな感じに突っ込んでいたらそんなことを言われてしまった。
確かに今の僕は少しおかしくなってしまっているようだ。
初対面だし、変な印象を持たれるとどうなるか分かったもんじゃないし……このままではまずい!
「すみません、人と話すのは久しぶりなもので」
「そ、そうか」
何とか最悪の事態は回避できたようだった。
それにしても、敵とかそういうのは置いといて会話が成立したことが嬉しい。
忠太郎の時は――
『それでね、あれこれ、こんな事があって今こうなってるんだよ。酷くない?』
『チュチュウ?チュウ!……チュウ』
『そうそう、それでさ……』
――みたいな感じだったんだよ。無理やり会話している様な風に見せていたんだよ。
うっ……思い出しただけで胸が苦しくなってくる。
――でも今は!しっかり会話をしているっ!齢十三にして初めてコミニュケーションの大切さを知った。
まぁ牢屋に入れられるなんてよっぽどな事がない限り体験しないもんね。しょうがないね。
そうこうしていると、男は来ていた服から銀色に光る鍵を取り出した。そして、ガチャッと僕の牢屋の鍵が開く。
「まぁいい、俺の後をついて来てくれ」
「……はい」
もうこれ以上この牢屋に居ると気が滅入りそうなので素直に着いていく事にした。
ただそれにしてもこの魔王みたいな人、見た目から思っていたよりも優しいというか、悪い奴じゃ無さそうだ。
でも威厳はあまり無さそう……じゃあやっぱり魔王じゃないのかな?
じゃあ暫定的に魔王(仮)で
取り敢えず着いて行こう。流石に護衛をつけていないという事は強い人なんだろうから、逃げさせてくれないだろうし、勝てない。
――というか魔王城がどこにあるのかも知らないから……結局は捕まるんだろうな。
それに次は生かしてくれそうにないし……だって勇者は複数人居るって完全にバレているから。
逃げられて手間をかけるくらいなら他の奴に聞けばいい。
おしまいだぁ……。
今の状況って、始まりの街で革の防具を揃えているような勇者がいきなり魔王城に飛ばされたようなものだし……勝ち目がないのは確実だよなぁ。
本当に……我ながら運がない。
あ、そういえば忠太郎の事を忘れていた。――と思って振り返ると、ちゃっかりついて来ていた。……かわいい。
と、そんな事を考えながら歩いていると目の前に階段を見つけた。どうやらここを登るようだ。
これで牢屋が沢山あるこのエリアから出られるのかな?
そういえば、牢屋が沢山あるといっても全て使われている訳ではない。……というかほとんど使われていなさそうだ。
此処まで来るのに全くと言っていいほど使われているのを見なかった。
魔族は特に捕らえたりしないのか、それとも……誰も彼もを殺しているのか。
真相は分からないが、知らない方が良いことも世の中にはあると言うし……あまり気にしないほうが身のためだろう。
そんなこんなでドキドキしながら魔王さんの後ろをついていくと、階段を登った後少し進んだところで突然止まった。
「着いたぞ」
「あっ、はい」
一体どうしたのだろうかと思っていたのだが、どうやら思っていたよりも早く目的地へと着いたようだ。
「あの、此処は何処なんですか?」
「此処か?何でもないただの部屋だ。今はちょっとお前と話をするために整えてあるがな」
は、はい。というか話?話と書いて拷問?じゃあ、この扉を開けたら見るのも恐ろしい拷問器具たちが……!?
体が震えてきた。うぅ、怖いわ。忠太郎……。
こう言う時には心の友である忠太郎が慰めてくれるはず。そう思って振り返ったのだが――
あれ?いない?どうして…………。
――取り敢えず忠太郎のことは放っておこう。強く生きるんだぞ。
「入るぞ」
「は、はいっ!」
ゴクリ……
扉を開けると、中には普通に生きていたら一度も目にしない様な拷問器具たちが……という訳ではなく、普通にテーブルと椅子が置いてあった。
良かった、本当に話をするつもりだったのか……。
魔王さんは椅子に座ると、テーブルを挟んで反対側の椅子に座るように促した。
僕は言われるがままそこへ座る。
「さて、では話を始めるか」
魔王さんは僕が着席したのを確認すると、真剣な声でそのように言った。
僕は椅子のふかふかさに若干意識を失っていたが、直ぐに気を取り直し、話を聞く体勢を作る。
「では、単刀直入に言おう。――――元の世界に帰ってはくれないか?」
「……はい?」
どうやら、少し聞き取れなかったみたいだ。
「すみません、今なんと?」
「……元の世界に帰ってはもらえないか?」
――聞き間違いじゃなかった!?
「あー、あれだ、この世界の事情と関係ないお前らを巻き込むのは気が引けるんだよ。まぁ、お前に関しては他の理由もある……と、これは言ってはならないやつだったか?まぁとにかく、お前たち勇者には帰ってもらいたい」
ん?どういうこと?もしかして魔王さんは異世界人である勇者には優しいのか?
ていうか帰れるの!?
「本当に帰れるんですか!?」
「ん?ああ、勿論だ。しっかり帰れるように手配してある。
しかも時間軸を少しいじることによってお前らがこの世界に来たタイミングまで戻す事がもできる。
――なんだったら異世界での記憶を全て消して帰してやってもいい。……まぁ記憶の引き継ぎをする方より簡単だから、できればこちらにしてほしいんだがな」
……それは、凄いな。
――――だけど、そういえば国王は返す手段はない……みたいな事を言っていなかったか?
少なくとも帰すことができるとは言っていなかったはずだ。
いや、まぁアレに関しては方法は分かるけど僕らには隠しているというのが一番考えられるのだけど……。
だけど、魔王さんならそれができる?
「すみません、質問なんですが。
王国の国王からは元の世界へ帰す手段がないと聞かされていたんですけど……魔王さんにはそれができるという事ですか?」
「ん?ああ、それはだな……恐らく人間がお前を元の世界へ帰すには多くの命を必要とするからだろう。
人間の保有魔力量のレベルだと、一人異世界に送るのにも少なくとも百人程度の犠牲が出る。
それを召喚された人数分となると――流石にそこまでの犠牲は出したくない筈だ」
魔王さんは淡々とその事実を語った。
何故そんな重大な事実を知っているのか……そんな事は今はどうでも良いと思わされるほど驚かされた。
そうか……僕らを元の世界へ戻そうとするにも多大な犠牲が出たのか。
それに、僕らを召喚するにもそれと同じ位の犠牲が出ている筈だし……帰せないわけだ。
この世界に来た時、なんて理不尽な……と思っていたが、この世界の人々も必死だったんだ。
何千人も……確かにそんな多くの命を失って召喚したのが僕みたいな無能だったら、国家の為に隠蔽――つまり国外追放という選択肢を取るだろうな。
そして、殺すのも手、というか一番いいのだがそれをしなかったのは……死んでいった人達の為だろう。
要するに、僕は沢山の人の屍の上に立っているという事。
そうか、余計にこのまま死ぬ事は出来なくなった。
「さて、答えを聞こうか?」
魔王さんは落ち着いた様子で僕に言う。
彼の表情はまるで『じっくりと考えてもいいんだぞ』と言っている様だった
――でも、大丈夫。答えはもう決まっている
「僕は、帰れません。とてもいい提案だと思います。
でも、でも僕はどうしてもこの世界でやり遂げないとならない事があるんです。
だから、それを終えるまで変える事はできません。
……まぁ終わった後に帰れるかどうかは分かりませんけどね」
正直この機会を逃せば元の世界へ帰れなくなる可能性は高い。
だけど、たくさんの命の重みが僕にのしかかっていると知った今、逃げる事はできない。
それに、ミサさんとの約束を果たすためにも…………ここで帰るわけにはいかない。
「そうか、それは残念だ。
だが、ここで断ってもお前はその『やり遂げないとならないもの』を終えることは出来ないと思うが、それは覚悟の上なのか?」
魔王さんは僕の覚悟に、そのように言った。
確かにそうだ。僕は結局のところ、危機的な状況にいる事は変わらない。
――だが、それでも。
「元々帰れない運命だったので、別にいいかなと割り切ってみることにしました。
ただ、やり遂げたいという気持ちは本気ですよ」
元の世界に思い残す事は沢山あるけれど、今この世界でやりたい事も沢山できたし……ね。
「……やっぱりお前は面白い奴だな。そんな奴をむやみに殺したくはないのだが、お前がその気なら仕方あるまい。
――――きっとあいつも許してくれるだろう。……いやそんな事はないか?
まぁいい、これからお前に部屋を用意しよう。そこで一日自由に過ごしてくれ。
その後は、俺と戦ってもらうことになる。一応勇者とやらの力を知っておく必要があるからな」
そうか、結局のところは戦うことになるのか。
「……やっぱり、避けられないんですね」
「ああ、お前が帰らないと言うならばお前を倒し我が糧とするまでだ」
「かっこいい。――コホン、分かりました。持てる力全てを出して戦います!」
「おう、そうでなくてはこの戦いの意味がないからな。頼むぞ」
正直言って魔王さんに勝てるビジョンが見えない。――何もないところで転んだりしてくれないかな……。
いや、こんな時に弱気になってどうする。
後一日残っているのだから、何か対策を考えることくらいは出来るはずだ!
「さて、ここからはこいつが案内しよう」
こいつ?と思っていると魔王さんの後ろにいきなり角の生えた女の人が現れた。
転移ではないと思うんだけど……どうやって現れたのだろうか?
転移する時は周りが明るく光る。これは僕は体験したことがあるから分かる。そもそも転移は隠密には使いづらそうだし……。
――うん、分からん。けど、取り敢えず挨拶しとこう。
「よろしくお願いします」
「はい、ではお部屋まで私が案内します」
「了解です」
さて、部屋に向かいましょう。牢屋よりいい部屋だと信じていいんですよね……?
という事で、僕たちは部屋に向かって歩き出す。
……なんかこの人歩き方から強さが滲み出ているのが分かる。
「着きました。こちらがお部屋になります」
「……またこれは高そうな扉。案内ありがとうございます」
「いえいえ」
王国にあったのとはまた違う感じで高そうな扉だ……!今度こそ壊さないようにしよう。
――そうだ、色々とこの女の人から聞いてみようかな…………ん?
「あれ、居なくなってる。凄い人だな本当に」
取り敢えず入ってみよう。
という事で、扉を開けて中へ入る。
するとそこには――――何もなかった。
ホコリ一つない……という事じゃなくて、家具なんかが全て無かった。
これが今流行りの断捨離というやつかぁ。
――って、そんなわけないか。
しかし、部屋の隅にもう一つ扉がある事を見ると、どうやらこの部屋だけじゃなくて、奥にも部屋があるようだ。
「であれば、次の部屋に期待……というところかな」
僕は足早に扉の前へと向かっていって、そして扉を開けようとする。――が、思ったよりも重かった。
僕は少し力を入れて、何とか扉を開ける。そして、開いた隙間から中を覗くと――
――次の瞬間僕は無意識のうちに扉を閉めていた。
何故そんな事をしたのか。それは、嫌なものからは目を背けたい。そういう心が働いたからだ。
だって……部屋の中には凄まじい拷問器具達が並んでいたのだ。
――怖すぎて見ていられない。
はぁ……。もしかして、これさっきの部屋にあったやつとか、この部屋にあったはずの物なんかを全部ここの中へ運んだってこと?
なんか家具も散乱していたように見えたし。恐らくはそういう事だろう。
家具は見つかったとはいえ、流石にあの狂気の部屋の中から持ち出していく気力は僕にはない。
あの部屋の中にいるだけでSAN値がゴリゴリ削られていきそうだし。
さて、取り敢えず見なかったことにしてこの後どうするか考えよう。
背けていい現実と背けちゃダメな現実。その見極めが大切だよね。今回の場合は前者。異論は認めない!
さあ、考えよう。これからどうするのかを――