神の願い箱
「くそっ……」
僕はあまりに酷い状況に思わず毒を吐く。
何故かといえば、どうやら飛ばされた先は樹海のようで、恐らくまだ日は出ているのだろうが木が空を覆うように生えていて光が届かず、どの方向を見ても同じような景色ばっかりで自分がどこにいるのかも分からない。
それに、ジメジメとした空気が肌に張り付いて気持ち悪いし……足場が悪いので動くのも一苦労だ。
だけど正直そんな事はどうでもいい。一番ヤバいのは――
「XXXXXXXXXX」
「XXXX」
「XXXXXXXXXXXXXX」
――目の前にいる、魔族だ。
転移時の光を見てやって来たのかは分からないが、翼と角を持った人のような姿の魔族が三人、唐突に僕の前に現れた。
三人は僕を見て何かを話し合っているようだが、何を言っているのかは分からない。
――ただ、どうやらこの三人は好戦的らしいというのはギラついた目を見れば分かる。
流石、運のない僕なだけある。転移早々にこんな危機に遭うとは。
さて、この状況どう対処したものか。
――――そう考えていた時、突如僕は視界の端に強烈な光を捉えた。そして、それが何か考える間もなく僕の横腹辺りを強烈な熱と衝撃が襲う。
「がっ、はっ……!!」
直後、横へと吹き飛ばされる僕。
何とか何が起こったのかを確認すると、どうやら熱の光線のような攻撃を喰らったらしいことが分かった。
攻撃を喰らった箇所を見てみると、黒く肉が焦げているのが分かる。
何だよ……こう言う時は味方が現れるのがお約束だろうが!
それにしても痛い。耳の時とは比べ物にならないくらい。
幸い何処かの内臓がやられているという感じではないが……痛覚弱化が働いているとは思えないほど痛い。
「ステータスオープン!」
――――――――
ヒノ カケル(13) Lv.1
種族:人 性別:男
職業:-
〈称号〉
異世界からの来訪者
神の祝福
HP 398/500 MP 100/100
ATK 35 DEF 50 AGI 55 LUK
〈スキル〉
常時発動:被ダメージ軽減Ⅲ
痛覚弱化Ⅲ
精神負荷軽減Ⅲ
任意発動:《切断》
〈所持品〉
神の願い箱
〈装備品〉
-
――――――――
僕は即座に自分のHPの欄を確認する。
――102ダメージか……。恐らく痛覚弱化が無ければ一撃で倒れていてもおかしくない強さだ。
こんな相手とやり合うなんて自殺しに行くようなもの。即逃げるべきだ。
だが、ここは足場が悪く、木が邪魔で動き辛い。逃げる事は困難だし……転んだりして足が止まったならなす術もなく殺されるだろう。
こうなったら、いっそ奇跡的に森が少し開いているここでどうにかするべきか?
だけど、当たり前だがこんな化け物三人を同時に相手するなんて無理だ。
僕はどうするのが最善なのか分からずに迷ってしまう。
だが、こうしている間にも魔族達はこちらを殺そうと動きだし、そしてその内の一人の拳が僕の方へと迫ってくる。
くそっ……!僕に目の前の敵を倒せるほどの力があれば!
今更何を言っても無駄だと分かっていても、今はそう願ってしまった。
どれだけ訓練しても足りなかった。届かなかった。だけど、今はただ……この状況を乗り切れるだけの強さを純粋に欲していた。
――そしてその願いは、奇しくも過去の自身の行動によって実ることとなる。
――願いが受理されました。
――【神の願い箱】が消失しました。
頭の中に直接声が響く。
神の願い箱……そんなものもあったな。
この世界へやって来てからまだ少ししか経っていなかった時、部屋の中に手のひらサイズの小さな箱を見つけた。
その箱は鍵がかかっているのか、どう頑張っても開かなくて……それっきりだったのだけど、何故か手放せなくていつも持ち歩いていたものだ。
だがここに来てその箱が真価を発揮する。
――抽選の結果、七世神トコヨノタチガミよりユニークスキル《滅魔の覇気》が贈られました。
――今すぐに使用しますか?
……ユニークスキル!?それは使うしかない!
「勿論……YESだ!」
ーー使用者の意思を確認しました
ーー一般的に呼ばれる名前に『魔』がつく者との戦闘の際、一時的にステータスが二乗されます。
ただし、このスキルを使用して敵を倒した時、獲得できる経験値量は減少します。
ステータスが二乗!?……確かに言われてみれば力が湧いてくるのが分かるし、敵の魔族の拳も少し遅く見える。
「よし、これならいけるっ!」
僕は体勢を立て直し、相手の懐に潜り込む。そして日頃から鍛えていたマーシャルアーツを駆使して……
「セイッ!」
「――!?」
相手の腹に向かって思いっきり拳を打ち込んだ。
すると、拳は相手の腹にめり込むように突き刺さり――ドンッという重い音と共に相手の体が吹き飛ぶ。
おおっ効いてる!流石にATK1000越えの拳は痛いだろっ!
この調子で残り二人も……!
「リャッ!」
勢いのままに僕に向かって来ていた奴を足で蹴り上げると、そのまま血を吐きながら吹き飛び、木にぶつかって倒れる。
あの様子だと全身の骨が粉々に砕けていそうなので、もう立ち上がることは出来なさそうだ。
――さて、残るは後一人。
突然仲間の二人をやられて呆然としているのか、隙だらけの体に手刀を入れる。
ユニークスキルによって鋼同然の硬さと強さを手に入れた僕の手は狙い違わず相手の首元を叩き……簡単に骨を砕いて命を刈り取った。
ーー経験値が一定に達しました
ーーレベルが1から4へ上がりました
ーーステータスが上昇します
ーー魔族の初討伐を確認
ーー称号《魔族殺し》を獲得しました
うわっ!またどこかから声が……!――いや、これはあれか……異世界物のファンタジーでよくある、所謂天の声というやつか。
――生で聞くと何かこう感慨深いものがある……と思う。でも、なんかあまり好きじゃない声かも?いや、声は綺麗なんだけどね。でもなんか、こう本能的に?
それにしても、レベルアップか……。
チートの香りがするユニークスキルのお陰であっさりと危機を乗り切ってしまったが……そういえば魔族や魔物を倒すと多くの経験値を手に入れられるんだっけ。
まあ《滅魔の覇気》のせいで受け取った経験値は本来の半分かそれ以下なんだろうけど。
――だってこんなに強いスキルがデメリットがほぼ無しで使えるなら中々にぶっ壊れている。しかも、これで相殺とかじゃないと魔族を倒した時の経験値が想像以上に低いことになるし。
しかし、分かってはいたことだが――――殺し合いというのはかなり精神にくる。
何とか自分を偽って平静を保とうとしてみても、中々そういうわけにもいかない。
戦闘中に肌で感じる殺気、そして拳を叩き込んだ時の感触。それに……自分の命が削れていく感覚もそうだ。
常人ならすぐに病んでしまいそうな程の――元の世界にいたままでは絶対に感じることのなかったであろう最悪な感覚。
幸い僕はスキルで精神負荷に耐性を持っているし、こういう心を蝕むような悪意には慣れているので精神的ダメージは少ないが……これをずっと続けるとなると気が狂いそうだ。
――まぁ、でも今は……純粋に初勝利を喜ぼう。
神の願い箱
所持者の強い願いに呼応して、一度だけランダムな神からギフトを得る事ができる。また効果発動後に消滅する。
願いを叶えられるかは選ばれた神の力量次第だが……もし仮に位の高い神が選ばれたとしても願った事以上のことはしてくれない事が多い。