進展
ついに進展します!
(だけど本話は文量少なめ)
あれはいつのことだっただろうか……。
全てを飲み込んでしまうかと思われるくらいの夜闇の中、僕は一人木に寄りかかって空を見上げる。
今の僕は突然感傷に耽りたくなってしまうくらいに傷ついていた。
あれはいつだったかというと、ほんの数日前なんだろう。……でも、何年も前に起きたかのように感じる。
そんな突拍子もなく始まって、そしてあまりにもあっさりと一瞬の内に終わってしまった出来事。
子供が玩具を取り上げられたかのように、一瞬何が起こったのか分からなくなって、でも時間が経つとようやく失ったという事が実感できるようになって。
そして悲しみと、無力感と、怒りと、自己嫌悪とが自分の中で鬩ぎ合って……そして一つの大きな暗い感情となって自らを蝕んでいく。
忘れてはいけない、とても大事な記憶。――でも、できるのなら忘れてしまいたい悲しい記憶。
そんな、自分を呪いたくなるような出来事。
◯ ◯ ◯
やらかした。
――遂に僕のステータスがバレてしまった。
もちろん、僕が他人に教えたりしたわけではない。どうやら鑑定スキルを持ったクラスメイトによってステータスがバレて、それがクラスメイト中に知れ渡ってしまったようだ。
しかし、鑑定スキルか……。いくらバレないように頑張ったって、そりゃあ一発だろうな。
それで、最初から危惧していたように……ステータスの露呈した数週間前からいじめが再び起こるようになった。もちろん対象は僕。
どうやら僕の体力は異様に高いらしい。しかも被ダメージ軽減を持っている。……そこに目をつけられて僕は結果的にいじめっ子達のいいサンドバッグに成り果てた。
本当にこいつら人を何だと思ってるんだ。まぁこいつらの認識からしたら僕は「じょうしつなさんどばっぐ」ってどこだろうけど。……ただし血肉を持つ。
んー。こいつらの顔を見てると人ってこんなに悪になれるんだなって思う。人間って怖いね。
訓練かなんかでストレスが溜まると「ちょっと殴らせろ」と言って僕の事を躊躇いもなく殴り飛ばす。――とんだ野蛮人もいたものだ。
そんな事を考えていると拳の雨が止んだ。
――終わったか。今日は4分。残念、記録更新ならずだ。
間違ってもそんなことは口に出せないけど。……何されるかわかったものじゃないし、放課後のトレーニングの時間が無くなってしまう。
「お前、本当に弱いよな。どうだ、何か言ったらどうだ?」
「何も言わねぇだろ。だってこいつサンドバッグだし、口聞けないからな」
「はははは。そりゃあ言えてるわ」
「おい、その辺にしておこうぜ。……なんせ今日は」
「ああ、分かってる。行こうぜ、こんな奴ほっといて」
「そうだな。でもさ、本当に何もいい返せないなんてだせーよな」
「いや、お前が口聞けないって言ったんじゃん」
「まーな。そんじゃあ、じゃーなサンドバッグくん」
――行ったか。
本当に面倒くさい奴らだ。ストレス発散かなんだか知らないが他所でやってほしいものだ。
でもいじめの矛先が他人の元へいくなら……他所でやってほしくないけど。
まあいい。今から晩御飯の時間まで地道に鍛えるんだ。千里の道も一歩からというし。
確実に上がっているステータスを見ながら僕は早足に外へ向かった。
◇ ◇ ◇
最近の日課となっているランニングを終えて、僕は寮棟へと戻ってきた。
日課のランニングというのは、この王宮の敷地内にあるランニングをすることのできる道を、疲れるか陽が落ちて暗くなるまで走り込むというもの。
どうやらそのランニングコースは4km弱あるらしいが、この世界に来るにあったって勝手に文字通りの肉体改造を受けた僕たちにとってはステータスというものも相まってそこまで苦ではない。
「昨日は11周、今日は12周。少しずつだけど着実に成長している!」
やったね! でも、成長速度が初めの頃と比べて少し落ちている気がするな……。
少し早い気もしなくもないが、成長が伸び悩むところまで来たのかもしれない。ここを乗り越えれば更に大きく成長できると聞いた事があるが……一応明日また図書館に調べに行ってみよう。
取り敢えず今は部屋でゆっくり休みたい。
もうこのままベッドに飛び込んでしまいたいくらいだけど流石にこの体でそれはまずいか。まぁ、取り敢えず部屋に着いてから考えることにしよう。
ということで僕は少し早歩きで部屋へ向かった。――のだが
自分の部屋が見えるところまで来たところで、何か違和感を覚える。
そしてその正体はすぐに思い浮かんだ。
今朝、部屋の扉は閉めていたはずなのに、なぜか開いている。
少し前に直してもらったばかりなので、また壊れたとかだったら流石に困るけど。
僕は心配に思ってもう少し歩くスピードを早める。
――が、部屋まであと少しというところで僕の鼻が妙な匂いを感じとった。
「何だこの匂い……? ――――いや、まさか」
僕はそれに気がついた時、走って部屋へと向かっていた。
部屋に近づけば近づくほど、段々と鼻腔を刺すような匂いは強まっていく。
そして部屋の前に着き、足が止まった。
「なんだよ……これ…………」
思わずそんな言葉が僕の口から漏れる。
それもそのはず、何故なら僕の視線の先には
ミサさんが倒れていたのだ。
動くことなく、ただ赤い血溜まりの上にその体は置かれていた。誰が見ても分かるくらい、確実に――死んでいた。
それを分かってしまった瞬間、僕は咄嗟に口を抑えて倒れ込む。強烈な吐き気、眩暈、頭痛が僕の体を襲った。
彼の体には殴られ、そして切り刻まれた様な大きな痕があり……酷い最期であったことが窺える。
「何でこんなことに」だとか、「誰がこんな事を」だとか、そんな考えが頭の中で渦を巻いて――――そう、僕の中にあったのはただ『絶望』の一言だった。
いや、二言も考える気力も無かったのかもしれない。でも、ただ一つ、とても大切なものを失ったという事だけは嫌というほど分からされた。
その時、僕は何年振りかに全力で泣いた。
ただ泣くことしか出来なかった。