信じるということ
僕は午後の訓練を終えて、疲れて休みたいという気持ちを何とか押さえ込んで図書室へとやってきた。
この前強くなる方法についてある程度情報を得たが、今日はレベルや能力値を上げるといった面ではなく、魔法やスキルなどの技術の面で調べてみようと思ったからだ。
しかし、いつもは人が居ないのだが、今日は珍しく一人先客の姿があった。それも丁度僕の目的である『スキル』関連の棚の前で熱心に本を読んで情報を調べているようだった。
――今日のところは諦めるか。
その人の邪魔をする気にはなれないし、何よりそこにいるのはクラスメイトだったので、今日のところは引き下がる事にしよう。そう思って僕は踵を返す事にした――のだが
「あれ、日野君?……ごめんなさい、邪魔だった?」
どうやら帰ろうとしていたところを丁度見つかってしまったようだ。――とはいえ、クラスメイトとは言っても相手は和田さんなので問題ないといえば無いのだ。
「いや、そういうわけじゃ無いよ。むしろ、ただ僕が和田さんの邪魔になるかもしれないと思って立ち去ろうとしていただけだから」
「そうなの……?私は全然そんなこと思ってないけど」
まぁそうは言っても僕はここに残る気にはなれない。――なんというか、クラスメイトと同じ空間にいるというのは少し気が引けるのだ。
というか、そういうことを感じないのであったら僕はボッチなんてやっていない。逆に言えばそう感じてしまうから僕はボッチなのだ――――多分。
そういうわけで僕は図書室を出ることにした。
「じゃあ、僕はこれで」
「……どうせなら何か見ていったら?何か目的があってきたんでしょう?」
「……なら、そうしようかな」
――図書室から出ることはできませんでした!
だってしょうがない、僕は誘われたら断れない質なのだ。それに、そうでなくては僕はパシリなんてものとは無縁の関係のはずだ。
「それで、何を探しているの?」
僕が自分の運命に嘆いていると、和田さんはそう質問をしてきた。――どうやら探し物を手伝ってくれるようだ。
であれば素直にその厚意を受け取らせていただこう。
「スキル関連のことかな。できれば簡単そうなやつがいいけど……」
「なるほど、それなら…………ほら、ここに」
そう言って和田さんは本棚から一冊の本を取り出して僕に渡してくれた。
題名はこっちの世界の言語ではなく日本語で書かれており――まあここに置いてあるのは大体が日本語翻訳されたものなのだが――まだ異世界語に慣れていない僕でも手の出しやすそうなものだった。
さて肝心の内容だが、表紙に『初歩・基本スキル習得のすすめ』と書いてあるように――というか内容はタイトルそのままだと思う。
試しに中のページをパラパラとめくって確認してみたが、図やイラストなどが書いてあって分かりやすそうだ。
「ありがとう、すごく助かった」
「そう、なら良かった。まぁ、その本は本当に簡単なスキルしか載っていないんだけれどね。
スキルは簡単なものでも覚えるのが大変みたいだし、知識程度に持っておくのが丁度いいかも」
そう、和田さんの言うようにスキルというものは習得するのにかなりの努力と時間がかかるのだ。
なのになぜスキルについて調べているのかというと、まず単純にスキルというものはどんなものなのか知っておきたいということと、色々なスキルについて知っておけば役に立つことがあるかもしれないということ。
そして、簡単なスキルでもいいから一度習得してみようと思ったからだ。
だから、和田さんの持ってきてくれた本は僕にとって丁度いい本だった。
「さて、じゃあ僕は帰ろうかな」
「……少し待ってくれない?」
目的も達成したことだし、本を持って自室へ戻ろうとしたところ……またもや和田さんに引き留められた。
「……それはいいけど、どうしたの?」
和田さんにはこの本を見つけてくれた恩があるし、応えはするけど……呼び止められた理由がいまいち分からない。
図書室の本は帳簿みたいなものをつけなくても、本を部屋から持ち出した時点で魔法的な力で勝手に記録されるから勝手に持ち出していい筈なんだけど……何かやらかしたわけでは無いよね?
という事で、呼び止められた理由についてちょっと疑問に思っていた。――まあそれも和田さんは今から説明してくれるんだろうけど。
「私を避けたくなるのは分かるわ。…………でも、少し話を聞いてほしくて」
「避けてなんか無いけど……?」
和田さんの口から意外な言葉が飛び出したので少し驚いてしまう。
僕の事をいじめてくるようなクラスメイトなら分かるが、僕に対してむしろ友好的に接してきてくれる和田さんのことを避ける理由がないというのは少し考えれば分かる事だ。
だけど和田さんはこう続けた。
「誤魔化さなくても分かるわ。もちろん、その理由も。
だから今のうちにその誤解を解いておきたくて、こうして呼び止めたの」
「誤解……?」
「誤解というと少し違うかもしれないけれど、そんなところ」
――要するに僕が和田さんに対して不信感を抱くもとになっているものについて話す……ということか。
それについては、少し心当たりがある。
「……目がいいという事だけでは片付けられない事は、確かにあったかな」
それにもう少し言えば、さっき本を集中して読んでいた和田さんが僕の気配に直ぐに気づいたのも不可解ではある。
――確かに、実のところ和田さんのことを心から信じきれてはいなかった。まあ、だからといって避けていたわけでは無いが。
でも、その不信感を生む原因になっていたものについて話してくれるのなら……それはありがたい。
「やっぱりそれを疑問に思っていたみたいね。……そう、私が言いたいのはそれについて。
とは言っても日野くんは既に心当たりがあるみたいだけど」
――それは流石に買い被りというものだ。……でもまぁ、この事に関してはある程度予想はつくけど。
「まぁ、簡単に答えを言ってしまえば……それは私のスキルが原因」
「……でも、そのスキルってどんなものなの?」
スキルが原因というところまではある程度予想はしていた。
だからこそ様々なスキルについて知っておいて損はないと思うようになったのだけど。
という事でその内容について聞いてみたんだけど……スキルを教えるというのは自分の手の内を教えるというのと同じこと。答えをもらうことをあまり期待はしていない――のだけど、どうやら和田さんは教えてくれるようだった。
「そうね、伝えるのが難しいのだけど…………翔くんはゲームとかってやる?」
「ゲーム……?少しはやるけど」
「そう……なら想像がつきやすいと思うけれど、ゲームの中には視界に映ったキャラクターの頭の上に名前が表示されたり、近くにいるキャラクターがどの方向にいるのか画面に矢印で表示されたりするものってあるじゃない。
それと同じようなものが私のスキルなの」
――それは、なんとも変わったスキルだ。
だけど、使い所は難しいかもしれないが強力なスキルなのは違いないだろう。
どこに誰がいるのか、これは強力な情報になる。
「……教えてくれてありがとう。でも、こんな重要な情報教えても良かったの?」
さっきも言ったが、スキルなんかの情報は自分の生命線ともいえる情報だ。
そんなものを安易に教えていいわけがない。――まあ僕が誘導したと言えばそうなんだけど……。
「まぁ普通は良くないよね……。でも、日野くんだから話したの」
「僕だから……?」
「そう、あなたを敵にまわしたくないのもそうだけど、何より信頼しているから」
「そう……か」
信頼か…………。
「その信頼に応えられるように頑張るよ。でも今は……これからもどうかよろしくお願いします」
「もちろん、よろしくね」
何か、今までの心配は無駄だったようだけど……それでも、こうやって信頼し合えたならそれも全部良かったなと思える。
長いこと忘れていた感情を、やっと取り戻せた気がした。