出会い。そして別れ
6000文字とかあるので少し長いかもです(当社比)
ボクは仲睦まじい夫婦の間に生まれた。
両親は地方の小さな領地を持つ領主だったけど、立場も農民より少し上くらいの弱いものだった。
だけど二人は本当に仲が良くて夫婦喧嘩をしている姿をボクは見たことがない。
そんな二人は周りからの評判も良くて、近所の皆んなとも良い付き合いをしていた。
そして、退屈もなく幸せな日々がいつまでも続く……はずだった。
ボクのせいで幸せな日々は少しずつ狂い始めた。
ボクは男。でも、成長していくにつれて体が女の方へ少しずつ近づいていった。
両親はそれが分かった途端、ボクを医者の元へ連れて行った。
そして事実を知った。酷い事実を。
その日からボクが悪い人に連れていかれ奴隷になることを恐れたのか、両親は自分の事はワタシと呼ぶように強要してきた。そして、言葉遣いや仕草も直せと言ってきた。
そう、ボクは後天的な性転換症だった。
ボクはそんな事絶対に嫌だったけど、両親がお前のためだと言って泣いて頼み込んできたので反抗することはできなかった。
そうしてボクはワタシとしての常識を母に何から何まで教え込まれた。よく分からないこともあったがそれでも一生懸命に頭に詰め込んだ。
そして、私は十五歳になったころ大方全ての常識を詰め込むことに成功した。
両親の喜ぶ姿を見ていると、傷ついた心が少し満たされたような気がした。これで良かったんだと思えた。
しかし、両親とは違う意味で喜んでいた人がいた。
――あの医者だ。
彼は奴隷商とのつながりを持っていたらしく、私が私の心を持つことに成功したと知ると知り合いの奴隷商にそれを伝えた。そして彼らは雇った兵で私たちの家を襲った。
弱い立場だった私たちは当然為す術も無く捕まった――というわけでは無く、こんなこともあろうかと家の地下に家のすぐ外ではあるけど脱出できる通路を家族総出で何年もかけ作っていたので其処から脱出した。
……私だけ。
父と母はここで足止めすると言い家に残った。私は――両親が伝えてくれた通りに国の兵士たちがいる駐屯地へ向かった。
幸い追手などは無く無事にそこへ着くことが出来た。
そこで私は兵士たちに事の経緯を伝え、両親を助けるように頼み込んだ。
しかし、兵士たちは何もしないどころかあの医者の元へ私を連れて行った。
医者が『ご苦労だった』と兵士たちに労いの言葉をかけた時に、私はようやく兵士と医者達はグルだったのだと理解した。もはや時すでに遅し、だったが。
そうして結局私は何もできないまま奴隷商の元へと連れていかれたのだ。
奴隷商の元では、檻に入れられるか教育という名目で何人かの大人に囲まれて酷いことをされるか――普通の人間と同じようには扱ってもらえず、自分は道具なんだと教え込まれ、まさに地獄だった。
そんな生活を過ごして数年が経ったある日、私に買い手がついた。
私みたいなのはかなり珍しいらしくかなりの高値が付けられていたらしいが、そんな私を買えるなんてどの様な人だろうと思ったらリュピュトーネ王国の執事だった。
私を捕らえた王国が私を買いに来た。多少驚きはしたがそれ以外は特に何も感じなかった。
いや、今までの出来事で心が擦り切れ、何も感じなくなっていたのかもしれない。そんな私はまた為す術も無く王国に買われた。
王国では初めのうちは珍しいという理由で気にいってもらえた。そして、運良く奴隷でありながら使用人……メイドという立場につくことができた。
しかし安心などできず、気に入ってもらえなくなったら終わりだ……と思い、毎日仕事に励んだ。心がどうしようもなく痛むのをこらえながら。
そんなことを続けて半年ほど経ったある日、この国が異世界から勇者という者を一人召喚した。
なんでもこの先魔国と戦争をするとか何とかで、その戦いで文字通り勇者となりえる存在を異世界召喚魔法で多数召喚するらしいのだ。
今回はその練習のようなものなのだそう。
そうしてこちらの都合で召喚された勇者は、十歳ほどの子供だった。
だがなんでも、その精神は大人とそう変わらないらしい。
そんな少し変わった彼女こそ今は亡き私の初めての親友にして命の恩人だ……。
彼女とは何故か出会ってすぐ打ち解け友達という関係になった。私は初めての友達でどのように接すればいいのか分からなかった。なので彼女に聞いてみたら
「ボクも友達なんて初めてできたから分からないや」
と笑いながら話してくれた。私はその時初めて心が本当に癒されていくのを感じた。
彼女は私の相談に親身に乗ってくれたし、人間では無く道具だと教えてこまれてきた私の事を一人の人間だと言ってくれたし……本当に、優しい人だった。
彼女との時間は私の辛い事を忘れさせてくれて……それに、とても楽しかった。
だけどそんな楽しい時間も長くは続かなかった。
私は初めに危惧していた様にこの国から嫌われ始めた。
今まで私に良くしてくれていたメイド仲間も、執事さんも、王族の方々も……みんな私を避けて、酷い様に扱った。
それでも彼女だけは仲良く接してくれていたが、本当は私の事が嫌いなんじゃないかだとか、私に嘘をついているんじゃないかとか……それに、もし本当に私の事を良く思っていてくれているのだとしても、いつかは嫌いになってしまうんじゃないかとか――何より親友に対してそんな事を考えてしまう自分が嫌いだった。
そんな生活が続き人間不信に陥ってしまった私は、こんな日々を送り続けるのはもう嫌だと思っていた頃、私はもう要らないと判断されたのか王族の命で処分されることになった。
処分というのは――勿論殺されるという事だ。
奴隷商に売る事すらしないのは私が勇者召喚について知ってしまったからだろう。勇者召喚についての話は国の中でも極一部の人間しか知らない機密情報だ。そんな重大な事を知ったモノを安易に外に出すわけがない。
要するに、使えない道具はすぐに棄てて燃やしてしまおうという魂胆なわけだ。
さて、もし私が人間だったなら他国からの諜報員だとかでっち上げて、面倒な手間と手順をかけて殺されるのだろう……だけど、生憎私は奴隷であり道具、殺すことに理由なんか無くてもいい。
だからか私は兵士達の手によって地下牢に放り込まれてから数日のうちに処刑が決まった。
兵士は牢屋の中で何処か遠くを見つめている私に淡々と処刑は二日後だと話した。
だけど、二日後と言われても地下牢なので当然窓も無いし、時計も無いのでどれくらい先なのかよく分からなかった。
処刑を待つ間は、他人事の様に「私って、また何もできずに殺されちゃうんだなぁ」とか考えて、それでただ虚しくなるだけだったから何かを考える事もやめた。
そうして時間が過ぎて、ただ虚空に向かって「あー」とか「うー」だとか、意味の無い呻き声を発して、反響する自分の声に妙な楽しさを感じていた時にその時はきた。
兵士達が十人くらいで私の牢屋の前へやってきた。そこからは本当に早かった。
兵士のうちの一人が牢の鍵を開けると、六人の兵士が牢の中に入ってきた。六人という事は、どうやら他の四人の兵士は牢屋の外で見張りをしているらしい。
そんな事をぼんやりと考えていたら、牢屋に入ってきた兵士の内の四人がこれでもかってくらいに私の四肢を捕まえて押さえつけて、一人が斧を手にして、もう一人が私の首を回収する準備をする。
――ああ、私これから殺されるんだ。
死を目の前にしているというのに、私は自分でも恐ろしいくらい冷静だった。
いや、冷静というと少し違うかもしれない。生というものを完全に諦め、死を受け入れていたのだ。
そんな私は、虚ろな目で目の前の兵士達を見つめる。すると、丁度目の前の兵士が気怠そうに金属の斧を振り上げている所だった。
そして偶然、斧に自分の顔が……その虚ろな瞳が映った。
その刹那、私はある感情を抱いた。
――――死にたく無い。
そこに映った瞳は確かに虚ろで、生気を失っていた。だけどその瞳は紛れもなく――一番の親友である彼女が好きだと言った瞳だった。
瞬間、脳裏に彼女の優しい笑顔がフラッシュバックする。そして、焼き付いて離れない。
もう二度と会えない、話せないのだと思うと、どうしようも無く涙が流れた。
………思い返せばこの人生はいつも「どうしようも無い」ばっかりだった。何かできる力がないと初めから私はあきらめていたのかもしれない。私がボクだった頃から。
死にたく無い。もう一度会いたい。――明確な思いを持って再び生まれた感情は、虚空だったはずの私の中を一瞬で埋め尽くした。
しかし、非情にも斧は確実に私の首を断ち切ろうと迫ってくる。
誰か助けて……!
――キィィンッ!!
金属と金属がぶつかり合う音がしたと思えば、先ほどまで私の首を飛ばそうとしていた筈の斧が吹き飛び、兵士たちも床にドサリと倒れ伏した。
そして、目の前には親友が立っていた。
何が起こったのか、理解が追いつかなくて……ただ、開いた口が塞がらなかった。
そんな私に目の前の親友は語りかける。
「ごめん、ミサ……ボクはいつかはこうなることが分かっていながらも君を助けられなかった。君の心を相当に傷つけてしまった」
「……え?」
「ごめん、本当にごめん。ボクは……ミサには沢山悪いことをした」
悪いこと……? そんな事一度もされて来なかった!
「謝らないで。……謝らないといけないのはこっちの方なの!」
こんな事になるだろう事を、今まで隠していた私が悪い。
私は何故だか自分でも分からないけど必死になってそう言った。
「いやそんな事ない、全部悪いのはボクなんだ。ボクは知っていた、聞かされていた。だから、今度こそ守らなくちゃならないんだ……この命をかけてでも!」
命を、かけて…………? それってどういうこと?
彼女は私がそう言うより先に魔法を唱えた。
「《強制契約》――ッ!!」
彼女がそう言い放った瞬間、彼女の全身……そして牢屋の床全体が光り輝き辺り一帯を照らし出した。
その輝きは急速に強まっていき目を開けていられなくなる。
そして少しして光が徐々に弱くなっていき、やっと彼女を視認できる様になった時――
――彼女は地面に開いた真っ黒い亀裂から伸びた鎖に体を縛られていた。
「なっ、なにこれ……!?」
「……ボクはこの世界と今契約を結んだ。もうミサがこの世界の住人から傷つけられる事は無いだろう。
だけどこの王国は危険だ、できるならここから遠くへ逃げてほしい」
そ、それってどういうこと? 世界と契約? 私がもう傷つけられる事は無い?
だけど、今はそれよりも大事な事があるでしょ!?
「その鎖、何なの!? 大丈夫、なの……?」
「これか……。これは契約の鎖。世界との契約の代償にどうやらボクは死ぬみたいだ」
――――死ぬ?
彼女は淡々と自分が死ぬと、そう話した。だからこそ分からない、現実味が湧いてこない。
あまりにも急すぎる、それに……どうしてそんなに冷静なの?
「待って! そんなの……止めて!!」
ああ、分かってしまった。親友が何をしたいのかを。でも、そのせいで余計にどうしていいのか分からない。
「あとは……《精神回復》。これで暫くは大丈夫なはず」
「っ!」
彼女は私に魔法を掛けた。その瞬間ふっと心の重りのようなものが消えていった気がするけど……でもそんな事今はどうでも良かった。
――彼女の体が徐々に真っ黒な亀裂に引き込まれていっていた。
ねぇ……どうして、どうしてなの? どうして……?
「そんなことしなくていいよ! だから、お願い……側にいてよぉ…………」
貰ってばかりでまだ何も返せてない。なのに突然、そんなのない……!
「大丈夫、未来のことはわからないけど……でもきっと、大丈夫。
今ならはっきり分かる。これが生まれた時から決まっていた運命なんだ……って」
彼女は私を安心させるように、落ち着かせるようにそう言う。だけど嫌だよ、そんなの。
私は必死に彼女のところまで駆け寄ろうと、そして手を取って引き上げようと体に力を込める。でも、私の足はプルプルと震えるだけで動かなかった。
――その時初めて『運命』というものを意識した。そして恨んだ。
「後は……未来の手に委ねよう」
「ダメっ……!!」
私の叫びも虚しく、彼女はそう言い残すと足元にぽっかりと開いたどこまでも黒く深い穴に吸い込まれる様に落ちていった。
また「どうすることもできずに」あっさりと全てが終わった。
とても楽しかって日々が……全てが私の目の前で崩れていく。
そう思うと、止まったはずの涙が溢れて止まらなかった。
◆ ◆ ◆
「そんな事があったんですか……。そうとも知らずにすみませんでした」
「いえいえ、私から話したことですし、それに彼女との思い出は素晴らしいものでしたので聞いてもらえてこちらからお礼を言いたいくらいですよ」
そう言うミサーナさんはいつもより表情が明るかった。
きっとこの人はずっと我慢して我慢して生きてきたのだろう。心の叫びを押し殺してまでも。
ミサーナさんにはそんなつらい経験の分、いやそれ以上の楽しい経験があって当然だと僕は思う。
だから僕は彼女……いや彼に力を貸す。
ミサーナさんが幸せになれるように。
未だに自分の強さを知ることが出来ていないが、たとえ弱くても……今まであんなに生きることに興味の無かった僕にこんなにも楽しい思いを教えてくれたミサーナさんに恩返しがしたい。
僕は素直にそう思った。
――と、ここで今の自分の状況を思いだす。
そういえば今ミサーナさんと同じ風呂に入ってるんだったっ!
「僕そろそろ上がりますね。ちょっとのぼせたみたいなので……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 今少しお伝えしたいことが」
この状況で……!?
いくら男だといっても外見がっ!
ちょっと純粋な一般中学生にはきついものが……。
いやまあ異世界召喚されてる時点で一般ではないのかもしれないけど!
「今ですか……?」
「はい」
これは……不本意ではあるが聞かないなら聞かないで色々されそうだし、素直に話を聞くことにしよう。
「……分かりました。それで、伝えたいことって何ですか?」
「お願いがあるんです」
え!? このタイミングで!?
もっと緊張感のあるタイミングでお願いされるものとばかり……!
「あっ、普通の方です」
普通のお願いかいっ!
「は、はい。それでお願いって何ですか?」
「改めてのお願いにはなりますが、私のことをミサと呼んでいただけませんか? そっちの方がこう、しっくりくるかな……と思いまして」
確かに話を聞く限りミサーナさんと呼ぶよりはいい……のか?
「分かりました。これからもよろしくお願いしますミサさん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします翔さん!」
…………。
「じゃあ僕はこの辺で上がりますね」
「ちょっとまったぁぁ!」
――!!?
「……え? ま、まだ何かあるんですか?」
「……本命の方のお願いです。人の少ないここくらいしか話せる場所が無かったので」
「本当に……本命ですか?」
「はい、本当の本当にです」
本当のお願いも全く緊張感の無いところでされた……!?
しかし、本当のお願いとなれば聞かないわけにもいかない。
「……それで、お願いというのは?」
「それで、願いというのはですね、この国を潰してくれませんか?」
……はい?
「何故かというとそれは、復讐したいからです」
「復讐……ですか」
この話を聞いた時点で予想外……というわけではなかったけれどまさか本当にお願いされるとは。
「ええ、この国は私以外にも沢山の人を陥れ、そして自分の好きなように使ってきました。そして……彼女の様にイレギュラーが発生した場合直ぐに事実をもみ消そうとします。
実際、翔さん達は表向きには初めて異世界から召喚した勇者ということになっています。私はそのようなことが許せないのです。彼女が元からいなかったことになるなんてことが。
なのでどうか……お願いします」
あの時何でも聞くって言ってしまったからやるしかないんだろうな。というか泣きそうな顔で頼まれたら誰だって引き受けるだろ……。
でも、復讐にはそれなりの覚悟が必要だと、僕はそう思っている。
「……覚悟は出来ているんですか?
やれと言われたら僕は自分のできる限りやります。
まだ、自分の力量というものがどれ位か分かっていない今、それを完遂できるとは言いませんが……というか多分僕主人公体質じゃ無いので無理だと思いますけど。…………それでもいいんですか?」
「ええ、勿論。もし無理だったとしても来世でも何でも完遂してもらうので……そのつもりでよろしくお願いします」
「やっぱり悪魔だった………!?」
「え?今何か言いましたか?」
「いえ何も!一生懸命頑張らしていただきますっ!!」
半年でまだ一章の半分しか書けてない事実(絶望)