隠してきた思いは
そこにいたのは紛れもなくミサーナさんであった。
つまり、ここは女湯だったのか!?
「あの、そんなにじろじろ見られると流石に恥ずかしいのですが」
「あ……す、すみませんっ!」
僕は急いで反対側を向く。一応断っておくが、断じて僕はそういう気があったわけじゃ無いからね!?
「あの、これは別に悪気があったわけじゃ無くて……本当にごめんなさい!」
「いえ、別に…………あ、一つお話いいですか?」
え、話? 今ここで?
「もしかしなくてもそれは『ちょっとくたばりやがって下さいませ』っていう話ですか? それとも『そこで死ね』っていう話ですか?」
「はぁ……どうして翔さんはそうネガティブな話しか予想されないのですか?」
ミサーナさんは呆れたような声でそう言った。
僕はてっきりそういう感じのことを言われるのかと思っていたが、反応を見る限りそういうわけでは無さそうだ。
「それで、話というのは……そういえば翔さんに伝え忘れていたことがあったな、と」
伝え忘れていたこと? それって今ここで話さないといけない事なんですか? 僕は一刻も早くここから出たいというか出なければならないのですが。
「それって今伝えないといけないくらい大切なことなんですか?」
「ええ、それはもう」
「具体的にはどんな内容なんですか? やっぱり『くたばれ』ですよね、分かります。……では失礼しますね」
「簡潔にいえば『男湯はどちらか』という事です」
はい……?
「あの、ミサーナさんも分かってると思いますけど、もう事後なんですが?」
「事後ですか。まあそうなんですが……その様子ですと次は間違えそうなので」
ん? 今ミサーナさんの口から聞き捨てならないような言葉が聞こえたような? いや、たぶんきっと聞き間違いだよね?
「あの、次は間違えそうって言いました?」
「はい」
――聞き間違いじゃ無かった!?
という事は…………いやそんなはずは無い。でもそれくらいしか考えられないのも事実。
ここは一度ミサーナさんに質問しておこう。
「あの、すごく変なことを聞くかも知れませんけど……ここって男湯ですか?」
「ええ、そうですよ。事前に何も伝えていなかったのに二択とはいえ男湯を見事に当てるとは、本当に驚きました」
んん?
もういよいよ何も分からなくなってきたぞ。一体全体何が起こっているのか全く理解できない。
でも、一つだけ分かることはある。それは――
「つまり、ミサーナさんは変態さんだったという事ですね。完全に理解しました」
「え、違いますけど」
違うんかい!
「じゃあ、なんでミサーナさんは男湯に?」
「それはもちろん…………私が男だから、ですよ?」
???
「すみません、もう一度言って貰ってもいいですか?」
「男湯に私がいる理由はもちろん、私が男だからです」
――どうやら何度聞いても理解できないみたいだ。それとも、僕の耳がおかしくなってしまっていたのかな?
「その体で男は……流石に無理がありません?」
「でも私は男ですよ?」
「……あ、もしかしてあれですか? 体は女で心は男みたいな感じですか? 性同一性障害っていうやつですか? それともやっぱりただの変態さんですか?」
「翔さん、なんだか今日はテンションがおかしくなっているような……」
ミサーナさんがそう言ったところで、僕はようやく我に返った。
「すいません、ちょっと気が動転しているみたいです。それで……ミサーナさんが男っていうのはどういう事なんですか?」
「…………実は私は、翔さんのいた世界でいうところの両性具有?みたいな、そんな感じのどっちつかずな存在なんですよ。
でも、私は元々男として育っていて……それに男として生きたいと思っていたので――ただのエゴかもしれないですけど、自分の中では男だってことにしているのです」
――異世界ファンタジーというものを完全に舐めていた! そういう事もあるんですねファンタジーさんよ……。
「とは言っても、やっぱりこんな見た目ですし……普段は自分を隠して私として生きているんですけどね。
あっ、もちろん普段大浴場を使わせていただく際には閉場時間中に特別にお借りしていますよ」
ミサーナさんにもミサーナさんなりに葛藤だとか色々あるみたいだ。
突然こんな話を言われてまだ気が動転しているけど、何となく分かってきた。
「あの、ミサーナさんのような人って世界にどれくらい居るんですか?」
「そうですね……世界全体では分かりませんが、ある程度は大きいこの国でも私を含めて四人ほど、でしょうか。まぁこれも推定の値ですが」
ミサーナさんは少し悩んだ後そう言った。
――推定、という事は実際に見つかっているのはミサーナさんを含めて二人とかなんじゃないだろうか。
そうなると、当然周りの人にはその事情を理解されないわけで……
「やっぱり、そこまで少ないと……」
「ええ、集団から孤立するのは当たり前で、仕事をしようにも雇ってもらえず……酷い場合では奴隷商に売られて見世物にされる事もあります」
やっぱりこの世界は、思っているよりも辛く厳しい世界のようだ。
――やっぱり日本にいた頃のままではこの世界では生きる事すら儘ならない。
「それは……酷いですね」
「……でも、そこまで辛い世界でもありません」
「えっ?」
「だって、私の本当のことを知っても翔さんはいつも通りに接してくれるじゃないですか。
私に優しさをくれる人が、私を認めてくれる人が、少しでもいるなら……それはまだ、私にとってどんな世界も地獄ではありませんよ。
だから、こんな事を言うのはすごく恥ずかしいですけど、私は翔さんにとても感謝しているのです」
ミサーナさんは笑顔で僕にそう話した。
「突然驚かせるような真似をしてしまってすみませんでした。でも、翔さんになら話しても大丈夫だと、それに話したなと思ったんです。
黙ったままでいるのも、ずっと騙しているような気がしてしまって……」
彼女――いや、彼の言った言葉は、僕にも響くものがあった。
どんな小さな支えでも、そこに居てくれるだけで心強くて、頼りになるというのは僕も感じている事だ。
それさえあれば自分はまだ生きていていいと思えるから。
「そうですか……。僕が少しでもミサーナさんの支えになれているなら良かったです。
いつも色々してもらってばっかりで、だけど少しずつでも恩を返す事ができているなら嬉しいです」
なんだか、自分でも言っていて恥ずかしくなってくるな。でも、気持ちを素直に伝える事は大切だよね。
なんとか自分にそう言い聞かせて、恥ずかしいと言う気持ちは我慢して視線を逸らさずに、なんとかミサーナさんの方を見る。
すると、どうやら何か悩んでいる様子だった。
なので、一体どうしたのだろうかと疑問に思っていたのだが……少ししてミサーナさんは言った。
「…………あの、突然ですが翔さんに知っておいてほしい事があるんです」
「知っておいてほしい事……ですか?」
「はい。私の昔の話を翔さんにも知っておいてもらいたくて」
「昔の話……ですか」
という事は、その昔の話に何かあるのだろう。
一体どんな決意をしたのかは分からないが、話をしてくれるというならそれは聞くべきだと思う。ミサーナさんの気持ちにはできるだけ応えたいし。
「話してくださるなら、もちろん聞きます!」
「ありがとうございます! それで話というのは私の昔の話なのですが、この前翔さんにも少し話したかもしれませんが……彼女の事も少し関わっているので、覚えていただけると嬉しいです」
彼女――と言われてもしばらく何の事だか分からなかったが、三日ほど前にミサーナさんとしたとある会話を思い出した。
『私は一度日野様のような優しい方にお会いした事があります』
確かそのような事を言っていたと思う。それが、ミサーナさんの言う彼女なのだろう。
彼女については少し話を聞いたが、ミサーナさんと昔よく遊んだり話をしたり……要するに友人や親友と呼べる関係だったそうだ。――しかし、何年も前に自ら死を選んだ……という事をミサーナさんの口から聞いた。
「分かりました。もちろんちゃんと聞かせてもらいます」
「では話しますね」
「はい、お願いします」
ブックマークなどなどよろしくお願いします!