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混乱と救いと手料理と

 時間が過ぎるのは早いもので、もう転移してから一週間ほど経った日のことである。

 一週間ともなれば何とか異常な状況も飲み込めるというもので、初めは戸惑っていたクラスメイト達も、ほとんどが落ち着いていた。

 もちろん僕も例外ではなく、何とかこちらの生活に慣れて落ち着いた生活ができるようになってきていたのだが――


「今日もお疲れ様です。翔さん」

「あ、ありがとうございます。ミサーナさん」


 ――どうもこの人がいると調子が狂うんだよなぁ。


「ところで…………さも当然のように声もかけずに部屋に入ってくるのやめません?」


 その理由はおそらく、無言で部屋に入ってきては僕の背後から突然声をかけてくる事なのだろうけど。

 ――気配を殺してるのがまた、良くないところだ。三回目辺りから若干慣れてきたとはいえ、驚くものは驚くのでやめてもらいたい。


「……そうですね。あまり揶揄い過ぎると嫌われてしまいそうなのでやめておきましょう」

「遂に分かってくれた……!」


 何故か感動に近い感情を覚えた。いや、ようやく思いが伝わったのだ……もっと喜んでいい筈だ!


「それに、そろそろ新しい扉が付け直されるようですし」

「本当ですか!?」


 遂にプライベートな空間が戻ってくるのか!――個室が貰えると思えば物置をあてがわれ、初日に突然扉も破壊され……。

 ここまで災難続きだったがようやくゆっくりする事ができる!


「ええ、早ければ明日にも付け直される予定です」

「そうなんですか!……それで、今日はそれを伝えにきたのですか?」

「それもそうですがもう一つ、本日は湯浴みができますので是非大浴場をご利用下さい……という連絡を」


 ああ、今日はお風呂に入れる日なのか。――異世界に来て驚いた事の一つでもあるけど、大浴場で使うだけのお湯を作るにはまあまあなコストがかかるらしく、お風呂に入れるのは二、三日に一日のようだ。

 とはいっても、シャワーなんかは勿論できるので体が不潔なまま……というわけではない。

 それにこの世界には便利な魔法なんかもあるし、綺麗にしようと思えばいくらでもできるだろう。


 そんなこんなで、この世界ではお風呂というものは生活活動というより、若干娯楽方面の認識をされているようだ。

 まあ確かに日本でも公衆浴場なんかでは、電気風呂やらジェットバスやらといった好奇心を刺激するようなものはあったし、分からなくはないが。


 しかし、異世界のお風呂というのはどのようなものなのだろうか?流石に一週間経つとどうしても気になってしまう。

 ――こうなったら一度大浴場へ行ってみるのもいいかもしれない。なにより僕もお風呂に入っていて楽しいと感じるようなタイプなので、行ってみたいとは前から思っていたのだ。


「なら、折角なので今日は入りに行ってきます。……ところで大浴場は何時まで開いているんですか?」

「二十四時まで開いています。今は二十一時なので、大体あと三時間ほどで閉まってしまいますね」

「そうですか、ありがとうございます」


 恥ずかしながら、僕は大浴場についてほとんど知らなかったので開いている時間を聞いてみる事にしたのだが、ミサーナさんは嫌な顔ひとつせずに答えてくれた。――本当にいつも助かってます。


 しかし、二十四時まで開いているのなら、クラスメイト達と鉢合わせない為にも二十三時あたりに行くのがいいかもしれない。

 別に長風呂するつもりもないし、それで十分だろう。


 という事で、僕は異世界に来て初めて大浴場へ行くことにしたのだった。



「ところで…………夕食はお食べになられましたか?」

「あ……」


 が、そこでミサーナさんから一つ質問があった。――正直なところこれを聞いてハッとさせられた。

 授業で出された宿題や日記を付けていたので時間を忘れていたが、そういえばまだ食べていなかったのだ。


「因みにですが、食堂はもう閉まってますよ」

「え……?」


 僕はミサーナさんの衝撃の発言に思わず言葉を失ってしまった。


 食堂ではなく部屋で食べるにしても、取り敢えず食堂へ行って今日の何時に部屋に食事を運んでほしい……と伝える必要があるのだが、今日はまだしていなかった。

 そして食堂が閉まるのは二十一時。――現在時刻も同じく二十一時。……という事は丁度終わったところかなのか……!


 とはいえ、一食くらいならなんて事はない。元の世界にいた頃でも良くあった事だ。――とにかく、そう割り切っていく事にしよう。

 あまり悲観的になり過ぎるのも良くない。別に、この一食を逃したからといって死ぬわけでもないのだから。


「更に言えば、明日の朝は閉まっている予定ですよ」

「……!!?」


 お、終わった……。夕食も、朝食も抜きで明日を生きていける気がしない。……救いは、救いはないんですか!

 ――いや待てよ、これは夢なんじゃないか?僕が他人とここまで親しくなんてなれるはずがないし!


 そうして僕は半ば現実逃避に走っていたのだが――


「…………仕方ありませんね、私が作ってきましょう」

「本当ですか!?」


 神はここにいたのか……!


 ――たまに意地悪なことをしてくるけど、やっぱりミサーナさんは良い人だった!


「とはいっても、料理長ほどの腕はないのであまり期待しないで下さいね……」

「そんなこと気にしませんよ。作っていただけるだけで本当にありがたいですから」


 という事で、ありがたいことにミサーナさんに料理を作ってもらえる事になったので、しばらく部屋で待つ事にした。



 ◇ ◇ ◇



「失礼します」

「あ……はい、どうぞ」


 それから少し時間が経ってミサーナさんが食事を持って部屋に戻ってきた。

 僕は読んでいた教科書をサッと机の中に仕舞う。


「お待たせしました。丁度お肉が残っていたのでハンバーグを作ってみました。……お口に合うと良いのですが」


 ミサーナさんはそう言って机の上に料理を置いてくれた。

 一体どんな感じなんだろうなと思って僕は料理に目を落とす。――――すると、次の瞬間衝撃が走った。

 

「な、なんだこの高級感あふれるハンバーグは!?……謙遜しておいて、実は凄く料理上手じゃないですか!」


 一体どんな物が運ばれて来るのかとは思っていたが…………鉄板の上でジューといい音をたてており食欲を引き立て、見た目もさることながら香りまで一級品のハンバーグがやってくるとは思いもしなかった。


 ――ここまでくると、本当に今夢を見ているような気がしてくる。


「そ、そうですか?ありがとうございます」


 何というか、今までここでもらっていたご飯とは比べ物にならないくらい美味しそうなんですが。

 ――申し訳ないけど、料理長さんより料理長してません?


「ぜひ熱いうちに召し上がってください」

「そうですね。……いただきます!」


 いつも以上に元気よく「いただきます」と言い、僕は料理を食べ始めた。



 ハンバーグをナイフとフォークを使って切り分けると、切ったところから肉汁が溢れ……口の中に入れると、口腔を肉の旨味が蹂躙する……。――まさに天国のような体験だった。

 いつもはあまり食べない僕も、この時ばかりはあまりの美味しさにすぐに無くなっていくハンバーグに名残惜しいと感じてしまった。


 ……しかし、すぐに食べきってしまったが、ハンバーグとライスとスープとサラダとで、いつもよりちょっと量が多かった。まあ、いつもは昼食をクラスメイト達と一緒に食堂で食べるのは流石にきつくてあまり食べていなかったので丁度いい量だといえばそうだろうが。


 ――ん?ミサーナさんって僕がいじめのような事をされているのを察しているんだよね?……まさか、だから僕のことを気遣って!?


 …………いや、そんなわけないか。


 最近どうも情緒が不安定で、心が浮かれている傾向にあるようだ。……それは多分悪い事ではない。寧ろいい事だと思う。

 だけどそれ以上に浮かれていて何かを失敗なんてしたくない。だからもう少し自制心というか、とにかく心を引き締めないとな。ここは異世界で、何が起こるのか分からないわけだし。

 何より、今の楽しい時間がずっと続くように……。


 ――ところで、さっきからミサーナさんが僕の顔をまじまじと見つめてくるのだがどうしたのだろうか?もしかして、顔に何かついてる?


 そう思って僕は近くにあったティッシュで口の周りを拭く。……が、ミサーナさんはこっちを見つめたままだ。


 じゃあ一体どうして?――なんて考えている時ミサーナさんが突然口を開いた。


「何か嬉しい事があった時ような顔をしてますけど……何かあったんですか?」

「えっ!?……べ、別になにもな、無いですけ……ど?」

「……本当ですか?」

「本当に何もないですっ!」


 突然何を言うかと思ったら……本当にびっくりするかやめてほしい。

 ミサーナさんはまだ疑っているような顔をしているが、僕が強く違うと言ったからか諦めてくれたようだ。


 しかし、楽しい時間がずっと続くように……なんて思っていたなんて死んでも言えない!

 言ってしまったら最後、色々いじられるのは目に見えている。


「あ、顔が戻りました」

「…………」


 もうミサーナさんの意地悪には反応しないようにしよう。――というより、反応したら負けな気がする。


 さて、食器についてだが、いつもならクラスメイト達が少なそうな時間を狙って食堂へ返しに行っているのだが……今日はもう食堂が閉まっているのでどうしたらいいのだろうか。


 よく分からないので、取り敢えずミサーナさんに聞いてみることにした。


「ところで、食器はどこへ運べばいいですか?」

「そうですね、私もこれから用事があるので……取り敢えず部屋に置いておいてくだされば後で取りに来ます」

「本当ですか!ありがとうございます」


 少し悪い気もするけど、人の厚意は素直に受けさせてもらおう。


「さて、私はもう行かなくてはいけませんので。翔さんも気づいたら二十四時を回っていた……なんて事がないように気をつけてくださいね」

「あはは……。分かりました、気をつけます」


 さっきの夕食の件もあるし、反論できないのが辛い……。


「では、突然ではありますが失礼しました」

「本当に何から何までありがとうございました!」


 ミサーナさんはそれだけ言うと部屋を後にした。


 ――さて、僕ももう少ししたら大浴場へ行きますか。

 ……まぁ、そうは言ってもまだ時間があるし、取り敢えずタオルや着替えを準備しておく事にしよう。

ブックマーク等々ぜひよろしくお願いします!



次話の更新はいつになるのやら……。

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