話をしよう
「そういえば、今日のご飯ってどういうものなんですか?」
どこの世界でも食べ物の話をして嫌がる人はいない――はず。
そう思って何か会話の話題を考えるのが苦手な僕は、そんな事を振ってみた。
「それは、見てもらえれば直ぐに分かると思いますよ」
メイドさんは僕の質問にそう答えた。
ここは異世界であるにも関わらず僕に『見てもらえれば直ぐに分かる』と言ったことは少し気になるなぁと思いつつも、確かにそれもそうだと思いベッドから立って机の上に置かれた料理を覗いてみる。
「……えっ!?」
その料理を目にした瞬間、一瞬脳がバグるのを感じた。
なぜならそこにあったのは本来ここにあるはずの無いもの……。この世界にあるわけないと思っていたものだったからだ。
「これって、もしかしなくても和食ですか?」
そう、そこにあったのは和食だった。
もう少し詳しく説明するなら一汁三菜の……一般的に普段家で食べられる様な、家庭的な料理というべきか。まあ、それに比べたら少し豪華な気もしなくもないが。
しかし、異世界ともなれば生活様式や文化なども大分違うはず。
それなのになぜこの世界に和食文化が存在するのだろうか。
「そうですね。過程はよく知りませんがこの世界に来てかなり動揺している方も多かったので、できるだけ皆さんの親しんだ料理をお出しするのが一番かと思いまして」
「それは、気遣ってくれて有難うございます」
「しかし、どうやら日野様に対してはあまり効果がなかったみたいですけどね」
メイドさんはそう言って少し笑った。
申し訳ないが、まぁそれは僕が特殊すぎるだけだ。
両親が他界してから僕はこういう料理はたまにしか食べなかったし、この世界に来たことによる動揺も少しあったとはいえもう落ち着いてきている。
だから僕に対してはあまり効果がなかっただけで、実際他のクラスメイトからしたら一部を除いて本当に有難い気遣いだっただろう。
「それと、そんな日野様に一応申しておきますが、勿論そちらの世界の国の食材を使用したわけではありません。
しかし、できるだけ同じようなものを用いて作っております。
日野様からすれば未知の食材という事になるのかとは思いますが、あまり気にしないでいただけますと幸いです」
やっぱり食材は日本、というか地球から調達しているわけではない。
期待していたわけではないが、やっぱり日本へ戻る手段というのは今の所無さそうだ。
いや、実際先生はこちらの世界から僕らの世界へやって来ているわけだから無理という事は無いのだろうけど、僕にはその方法は今のところ分かるはずもないし、分かったとしても実行できる気がしない。
うん、やっぱり魔王を倒したらもしかしたら……というところだろうか。
「やっぱり嫌でしたか?」
少し考え込んでいたら、メイドさんが心配そうにそう言ってきた。
「え? あ、いえ、全然そんな事は思ってないですよ」
突然そんな事を言われてびっくりしたけど、原因は僕が食事を前にして考え事をしていたからか。
これは完全にこんな事をしていた僕が悪いな。明らかにマナー違反だっただろう。
「勘違いさせてしまってすみません、少し考え込んでしまっていたみたいです……」
「そうだったのですか、なら良かったです」
僕の行動に対して特に怒る事なくメイドさんはそう言った。
……優しすぎて泣きそう。
「では、冷めないうちに是非召し上がってください」
確かに、料理を前にして色々考えるわけにもいかない。
「ならここはお言葉に甘えて……いただきます!」
僕はちゃんといただきますをした後、焼いた鮭――のような魚から食べてみる事にする。
見知らぬ食材に対して忌避感のようなものは特に無いが、やっぱりどんな味がするのだろうかと気になってしまう。
という事で箸で一口分取って口に運び味覚に集中してみる。
すると、驚くべき事に日本で食べたあの鮭の味が口の中に広がった。
更に茶碗に盛られた白米を口に運んでみるが、こちらからも慣れ親しんだお米の味がした。
「……これは凄いですね。元の世界のものと比べても同じかそれ以上に美味しいです」
「それは良かったです……。私たちはそちらの世界の食事は食べた事が無いので出来には少し不安があったのですが、日野様がそう言って下さって嬉しいです」
食べたことがないのにこの完成度とは、凄いな……。でも、そうなると余計に気になってしまう事がある。
「……ところで、この料理はどうやって作ったんですか? いや、どうやって知ったんですか?」
ここらへんで先ほどから気になっていた事を質問してみる事にした。
ここまで似たものが異世界で自然発生するとは考えにくいし――「和食」という名前で広まることもないだろう。
という事は日本から伝わった事は言うまでもないが、その手段が気になる。
「やっぱり気になりますよね……」
メイドさんは痛いところを突かれたというような感じでそう言った。
いや、実際そういう感じなのかもしれない。
「ああ、無理に答えなくても大丈夫です。少し気になっただけなので」
「そうですね……これに関しては少し口止めされているので深くは言えませんね。なのでただ、教えてもらったとだけ」
「そうですか、ありがとうございます」
メイドさんは少し申し訳なさそうに言ったが、それでも十分すぎるくらいの情報は貰ったと言って良いだろう。
たかが料理の話――ではない。
この世界と元の世界との関わりに対するヒント。それを得たのは大きな事だ。
これはまたメイドさんに感謝しないとな。
と、いけない。また少し考え込んでしまった。
この癖もなんとか直さないとなぁ。
という事で、ご飯をしっかり食べつつ話をすることにした。
「そういえば、あまり気にしてませんでしたけど日本語お上手ですね」
メイドさんの日本語が上手すぎて時々メイドさんがこの世界の人だという事を忘れそうになるが、どうやってそこまで上手くなったのだろう。
そういえば先生もそんな感じだったが……先生に何か秘密があるのだろうか?
「そうですか? 私たちメイドは勇者様方のお手伝いができるように精進しておりますのでこれくらい普通ですよ」
普通、では無いと思うけどなぁ。
でも、やっぱり日本人と同じように日本語を話せていたのは練習していたからなのか。
――本当はその日本語を教えた人物について話を聞いてみたいものだけど、それもやっぱり話せない内容なんだろう。
改めて考えてみるとこの国は色々と隠し事が多い気がする。それは国としてしょうがない事だと思うけど……何も教えてもらえないというのは、いきなり呼び出された側としてはどうしても不安が残る。
まあ、僕達がどうにかできる問題でも無いので見て見ぬふりをするしか無いのだろうけど。
「でも、やっぱりそんな質問をするという事は日野様も何も聞かされずにここへやって来てしまったのですか?」
メイドさんはそんな僕の考えを見通すようにそう言った。
しかし「日野様も」と言ったという事は僕以外にも質問していた人がいたということか。
――まあ和田さんか、いきなり異世界に飛ばされて何が何だか分からなかったクラスメイト辺りが質問をしたのだろう。
と、今はメイドさんの質問に答えねば!
「ほとんど分からない事だらけですね。この世界のことや、魔王という危険に晒されている事くらいしか聞いていません」
「そうなんですか。私が言っても何にもならないかもしれませんが、申し訳ありません」
ここで嘘をついても何にもならないので本当のことを話したが、メイドさんは悲しそうな、申し訳なさそうな……そんな表情でそう言って謝った。
のだが、僕はいきなり謝られて少し戸惑ってしまった。
というのも、メイドという立場ではどうすることもできなかったであろう問題で謝られてしまったからだ。
「謝ってほしいわけではないですし、それにメイドさんが気に病む必要もありませんよ」
そういう事で、僕はしっかりと思っていることを伝える事にした。
結局それがどう作用したかは彼女にしか分からない事だろうが――
「……気遣ってくださってありがとうございます。日野様がそう仰るならあまり気にしないようにします」
――少なくとも彼女の表情が先程よりも少し柔らかくなったのは事実なので、これで良かったのだと思う事にした。