〜22〜覚悟追求されました。
ようやく見ることが出来た顔はフィエルに負けず劣らず。
その顔一つで男女関係なく養いたいと申し出る人が続出してしまいそうなほど美しい。
それは可愛らしい女性に対して庇護欲をそそられて養ってあげたいではなく、むしろのその真逆。
彼女を見た者はきっと、この美しく凛々しい女性に守ってもらいたい、可愛がってもらいたい、愛してもらいたいといった。
独占欲にも似た言いようのない感情が心の中を渦巻くに違いない。
キリッとした目元に優しく紅を差した、濃い桔梗色の意思の強い瞳が容赦なく私を貫いた。
その意思の強い瞳に、なぜかお母さんのことを思い出す。
姿は全然違うというのに。
お母さんはこんなにも中性的な女性では無かった。
なのに、思い出してしまう。
「ぁ……」
「ご主人様、いかがなさいましたか?」
「……いや、なんでもない。
それで、オルカリンドさんはどうして本の中にいたの?」
「先代皇帝陛下、ラピスリズラ様の勅命にございます。
『いずれ現る溟海の皇帝を継ぐ者の剣となり、その道を切り開け』。
それが、先代皇帝陛下と交わした最後のお言葉でした」
「……そうか」
ということは、オルカリンドさんはこの帝国が滅亡してしまった時からずっとこの場所で資格ある者を。
つまり私をずっと待っていたということになる。
いや、もしかしたら私よりも前に資格のある者がいたのかもしれないから断言は出来ない。
けど、もしも、私が来るまで誰も来なかったとしたら。
その間ずっと独りで、口約束にも似た遺言をこの部屋で守り続けていたということになる。
自分で自分を封印して何百年も主君を待ち続けたフィエルも凄いけど、オルカリンドさんも比べられないほど凄い。
決して並大抵な精神力で出来る事では無いはずだ。
……だけど、その遺言の内容を考えると頭が痛くなる。
私から見てみれば、この子のことよろしくね〜と。
顔も声も知れぬ誰かから笑顔で責任を押し付けられた気分だ。
ただでさえもう既に荷が重いというのに、まだ背負えというのか。
「貴方は先代皇帝陛下様のお言葉を、最期の命令を守る為にご主人様に仕えたいというわけですか。
それはつまり、新たなる皇帝であらせられるご主人様の意思は関係ないということですね」
「っ!!」
はぁ!?
なんでそうなるんだ!?
待て待て待てフィエル、お前、そもそも自分の事棚に上げて何を言ってるのかな!?
お前だって私の意見ほぼほぼ無視だったくせに。
本当に、何を言ってるのかな……。
「その通りにございますね」
「……ぇ?」
「どのような経緯でその座にお着きになられたのかを私は存じ上げません。
ですが、その座にお着きになられた時点でそのようなことは些細なことでございます」
途端に、部屋の空気が重く冷たく感じる。
そう言ってこちらを見つめる瞳は全てを見抜かれているように感じて、そらしたくなる。
これは……きっと。
きっと、オルカリンドさんは分かってるのだろう。
私がたまたま皇帝になる資格を持っていて、本当はなりたくなかったのにその場の勢いで流されるように皇帝になった事を。
それを分かった上で、彼女は何が言いたいのだろうか。
「……ぃ、言いたいことがあるならはっきり言って欲しい」
「では、恐れながら申し上げます。
皇帝陛下、貴方様にはその座に着く”資格”はございましても、皇帝の座に座り続ける”覚悟”がございません」
「覚悟……」
「そうです、覚悟です。
この帝国、ひいては帝国に住まう民の全てを背負う覚悟が貴方様におありですか。
貴方様の判断ひとつで、貴方様のお命だけではなく、溟海帝国に生きる全ての命の行く末が決まってしまう。
その全てを背負っていく覚悟が、貴方様におありですか」
「…………っ、どうして、全ての海になるんだ」
「この世界の全ての海と呼ばれる場所が、国が滅びてもなお溟海帝国の領域に他ならないからです」
「全ての海が……溟海帝国の領域」
あまりにも壮大な話に驚きを隠すことが出来ない。
この事をフィエルは知っていたのだろうか。
そう思って横目でフィエルを見ると、やはり知っていたようだ。
だって、彼は笑顔でこちらを見つめているから。
「私は本の中で眠りについたあの日からどれだけの月日が過ぎたのかを存じ上げません。
その間に起こった出来事も含めてです。
ですが、時が経つにつれ、人々の記憶から輝かしい溟海帝国の栄光が忘れ去られてしまうのは容易に想像がつきます」
先程までの私を見定めるような目が一変した。
耐え難い苦痛を我慢するような痛々しい感情がその目の奥に渦巻き、彼女にとってどれだけ溟海帝国が大切かを物語っている。
そんな彼女を見つめていると、こんな死因を思い出したいなんて、私的な理由で流されるように皇帝になった自分が恥ずかしく思える。
そんな私に彼女は畳み掛けるように問いかけてくる。
「皇帝陛下、貴方様は忘れ去られてゆく帝国の皇帝の座に着いて何をなさるおつもりですか。
どこへ導くおつもりですか」
「わたし……は」
「その先に、この海の平穏と安泰はあるのでしょうか。
未来は、あるのでしょうか」
なにも……何も考えてなかった。
いや、違う。
私は自分のことだけを考えていた。
自分のことだけで、周りを何一つ見ていない。
ちゃんと見ようともしてこなかったから、そのツケが一気にやってきた。
そのどうしようもない事実に胸を掻きむしりたくなる。
背負わなければならなくなったものの重さを知って、この身が押しつぶされそうになる。
思えば、フィエルの時だって私は自分のことだけを考えていた。
自分が楽になる事ばかりを無意識に考えて、行動して、背負ったものを理解していなかった。
それを自覚して、恐怖が込み上げる。
私をいつも助けて、優しく包み込んで守ってくれたお母さんを求めてしまう。
でも、私を守ってくれた大好きなお母さんはもういない。
いてもきっと、求めてはいけない。
あの時、私は人間の紀藤澪月ではなく、ただクラゲの魔物になった事を受け入れ、かつての私を殺したのだから。
そうしないとこの世界で生きてはいけないと判断したから、私はかつての私を殺した。
その時点で気付かなければならなかった。
自分の行いの責任をとれるのは自分しかいないということに。
どれだけ見ないふりをしても、現実を嫌がっても、押しつぶされそうになっても、もう逃げられない。
後戻りができないところまで私は来てしまっている。
フィエルからこの王冠のことを聞かされた時にいくらでも拒否することは出来た。
嫌だと、なりたくないと突っぱねて離れることも出来た。
見ないふりをして逃げることも出来た。
けど、私はそれをしなかった。
その結果がこれだ。
自分で選んだ結果だ。
オルカリンドさんが言っていたように、経緯はどうあれ受け入れると決めたのは私だ。
最後を決めたのは……他ならぬ私。
ならば、逃げるのはおかしい。
否定するのも、拒絶するのも、背負わないのもありえない。
私が私の意思で決めたことを私自身が守らないのは、それはもはや私では無い。
決めたことは最後まで突き通さなければ。
私は口だけの存在にはなりたくない。
流されるだけの存在にも、後から責任の重さを知る愚か者にも、私はもうなりたくない。
だから……だから。
フィエルがいきなり歓喜に満ち溢れた。
オルカリンドさんが目を見開いて驚いてる。
けど、そんな事は気にならなかった。
「オルカリンドさん。
……いや、これからはオルカリンドと呼ぶね。
オルカリンドの言う通り、私には覚悟が無い。
そもそも、あるはずがないんだ。
だって、今の私は誰よりも無知で、この世界の知っていて当たり前の常識すら知らない。
そんな私がこの場で帝国がどこに行くかなんて、正直、何一つ分からないし、想像すらできない」
「……」
「それに、いきなり知らない人達の命を背負えなんて言われても、正直、困る。
守られる側だった私が、簡単に人の命を背負って守る側になんてなれやしないし、なんで見ず知らずの人のために命をかけないといけないのって思う」
「では、どうなさるおつもりですか?」
「…………教えて欲しい」
「!」
「私は本当に、何も知らないんだ。
だから、教えて欲しい。
滅びる前の溟海帝国がどんな姿をしていたのかを。
どんな人達が暮らして、どんな生活をおくって、どんな表情を浮かべていたのかを。
何も知らないまま全てを背負う”覚悟”を持てなんて、私には出来ないからね」
「…………っ、もちろんです。
それが皇帝陛下のお望みならば、断る理由などありません」
もう、見て見ぬふりはしない。
その場に流されもしない。
背負うべきものは責任をもって背負ってやる。
私は溟海帝国ラピスリズラの皇帝、ミツキ・ラピスリズラなのだから。




