〜17〜執事余裕でした。
この話に関してはタイトルも変更いたしました。
お城へ続く道をひたすらに真っ直ぐに走り、確実に距離を縮めていく。
途中、巨木が道を塞ぎ、家が崩れて道を塞ぎ、地下があったのかそのせいで崩れ落ちる道が、幾度となく進行を邪魔する。
時にはどこからともなく魔法陣までも現れ、様々な障害がフィエルを襲う。
彼はそれら全てを難なく乗り越え、特に時間を欠けることなく辿り着いたお城を前に、身を引きしめた。
「感じられる気配はご主人様のみ。
だとしたら、あれは一体誰が……。
まさか、この城が?」
結界のスキルを使用し、その手について誰よりも理解しているフィエル。
彼が見た限りでは、全体を囲うあの大きな結界には体の制御を奪う機能は無い。
故に、第三者の介入を考えて『探知』のスキルを使用したのだが、己と主君以外の気配の反応はなかった。
もしかしてこの城が意志を持っているのではなどと考えたが、どれだけ考えても確信を得られない。
「……これ以上考えても意味は無いですね。
今はご主人様をお迎えに上がらなければ」
そう言って、ミツキに向けていた輝かしい笑顔がすっかり消え失せていたフィエルは、優しい声色とは裏腹に光を通さない絶対零度の瞳がお城を射抜く。
ハルバードを握る手に力がこもり、これまでの障害の数々からより一層警戒を強め、鍵がかけられていない城門を開け放った。
中に入って一番初めに視界に入り込んだのは、玄関ホールのど真ん中に浮いている真紅に光り輝く鋭い菱形のクリスタル。
内装も外装と同じく瑠璃と漆黒を基調とした目を見張るような豪華絢爛な作りだというのに、このクリスタルの存在が台無しにしている。
「これは……何故、ここに……」
走っている最中に少しばかりズレてしまったモノクルをかけ直しながら、どこからどう見ても、誰が見ても怪しいと言えるクリスタルをじっと見つめる。
大切な主君がいる城の中に、こんな怪しげなクリスタルを今にも破壊してしまいたいという気持ちを抑えて、無言で近付いた。
近付けば近付くほど深紅の輝きは怪しさを増し、目の前に立つとその明かりでフィエルの見目麗しい顔面兵器の顔が幻想的に照らされる。
空いている手でそっとクリスタルに触れ、『鑑定(極)』のスキルを『思考加速(極)』と共に同時発動する。
『鑑定』というスキルは、触れた物の情報を得る事が出来るスキルで、フィエルはその得た情報を”記録”と呼んでいる。
使い勝手がよさそうに見えるが、このスキルは強さによって得る情報量が大きく変わる。
それが”超”にもなると、触れた物がどういう素材からできているのか、何のための道具なのかだけではなく、いつ、どこで、誰がどんな目的で作りだしたのか。
これまでどのように使っていたのかなど、触れた物に関する全てに近い情報を得られるのだ。
そのせいで、脳が処理しきれなくなり激しく気絶するほどの頭痛が襲いかかるという欠点がある。
さらに、触れる物の年代やこれまでの用途次第では、情報量の多さから頭痛だけではすまない自体になることもある。
海や大地そのものを鑑定するなどを例に上げれば、自ずと理解できるだろう。
なので、フィエルがこのスキルを使用する時はなるべくスキル対象の範囲を狭めたり、少しでも早く情報が処理出来るように『思考加速』を同時発動する。
それでも情報処理が追いつけない場合は、加速系のスキルをさらに早くすることの出来るスキルも多重発動させる。
そして、『完全記憶』という己の身に起こった全てを記憶して忘れる事が不可能となる常時発動スキルで記憶するのだ。
フィエルはこのスキルを好ましく思ってはいなかった。
全て覚えているというのは、よい記憶だけではなく、悪い記憶までも忘れる事が出来ないから。
けれど、今は真逆の感情を抱いている。
主君の尊いお言葉や素直な一喜一憂を永遠に覚えていられるからだ。
「クッ……」
脳内に流れ込んでくるクリスタルについての大量の情報を正確に理解しながら処理をしていく。
その情報量はやはり凄まじく、フィエルの脳は警戒音を鳴り響かせるようにズキズキと痛み、だんだんと熱を持って視界が定まらなくなる。
これはスキルによって起こる副作用なので、状態異常無効や回復系統のスキルや魔法は効かない。
ほんの数秒しか経っていないというのに体感時間では何時間も経ったように感じる中、ようやくクリスタルの情報を読み取ることが出来たフィエルは思わず後ずさってしまう。
片手で頭痛の激しい頭をおさえながら、憎悪に染った瞳でクリスタルを見つめる。
そして、もう片方の手でハルバードを振り上げると、出せる力の全てを乗せてクリスタルを叩き割った。
「……クソ野郎の遺物に、この、忌々しい”記録”。
あァ……本当に、死んでください」
粉々に割れたクリスタルは砂のように消えていく。フィエルがこのクリスタルについて知ったことは、最低最悪の元主君であるクソ野郎が関わっている事。
そして、このクリスタルは溟海帝国ラピスリズラの滅亡にも関わっており、その中には彼が知りたくない事実もそこにあった。
それはかつてのフィエルが己の精神が崩壊するのを防ぐために、『条件封印』のスキルで記憶の奥底に封印した記憶に関わるもの。
冷静にならなければと頭では理解しているが、心が追いつかない。
雁字搦めに縛り付ける鎖を自ら無理やり引きちぎるようにして知り得たそれは、かつてのトラウマを呼び起こす。
「…………………………早く……ご主人様を、お迎えに行かなければ」
フィエルはハルバードをしまうと、唯一無二にして絶対の主君を魂から求めて、亡霊の如く主君の気配のあるお城の奥深くに向かって歩き出した。
何百年という想像もつかない時間の禁欲生活からようやく解放され、初対面で得体の知れない己を同情からだろうか分からないがどうであれ、唯一の執事として受け入れてくれた素晴らしく尊いご主人様。
ご主人様に全身全霊誠心誠意をもって尽くしていこうと意気込んでいた所に、間接的にとはいえ邪魔をしに現れた最低最悪のクソ野郎とかつての記憶。
どうしようもない怒りとやるせなさで、執事として冷静沈着であるべき己が取り乱されることが嫌で嫌で堪らなかった。
「ご主人様…………あァ、ワタクシだけのご主人様!
ワタクシを唯一としてくださる尊きご主人様。
フフフ、貴方様のフィエルがお迎えに上がりました」
長い長い入り組んだ廊下と階段の先に見つけた、他と比べて一際目を引く豪華な作りの扉。
この扉の向こうにご主人様が居ることは気配を探らなくても分かっている。
軽く扉をノックするが反応は無く、きっと眠っているのだと予測をつけた。
本来ならばご主人様の許可なく部屋に入る事は不敬に当たると分かっているのだが、今は一秒でも早くその麗しき姿を目に収めたい。
無事を確認して、存在をかみ締めたいという思いが強くあり、無礼を承知で中に入った。
「失礼いたします。
返答がありませんでしたので、最悪の事態を考慮し入室させていただきました。
ですが、その心配は必要なかったようですね」
部屋に入ると、広い部屋の真ん中に置かれた巨大な寝台の方から、小さく穏やかな寝息が聞こえる。
足音を一切立てずに近付くと、寝台の上で尊いご主人様は横になっていた。
姿はフィエルの知っている姿と大きく異なり、幻想的で儚いクラゲの姿ではなくなっている。
大きな窓から差し込む光がその麗しき姿を照らし、フィエルはあまりの神々しさから思わず息を飲み胸を抑え悶えながらも天を仰ぐ。
真っ黒のシーツの上に広がる、月の光を余すことなく吸い込んだような月白の煌めく艶のある髪は、内側が吸い込まれそうな深く鮮やかな海の色をしている。
穏やかに閉じている目を縁取る量の多いまつ毛も月の光を閉じ込めて、いつその眼を拝見出来るのかと胸が高鳴るのを止められない。
思わず触れたくなるような透き通った雪のように白い肌が身体を覆う、黒の寝間着から覗いて妖艶な気配を漂わせる。
その圧倒的”美の権化”、”美による死”という言葉を思わせる神秘的な姿。
それはありとあらゆる種族を超えて全てを魅了し、闇夜を照らす一筋の月の如くの煌めきから妬みや恨みといった負の感情を抱くことすら忘れさせる。
そして、頭にはご主人様の神秘的で見惚れてしまう姿をより一層際立たせる美しい冠があった。
「フフフ、クヴァレのお姿も大変お美しいものでしたが、人間のお姿も素敵です。
……気持ちよさそうに眠っているのを起こすのは忍びないものですが、事態が事態ですので起こさせていただきます。
どうかお許しを」
フィエルは眠っているご主人様ことミツキに近付くと、砂糖を吐いてしまうようなとてつもなく甘ったるくて優しい音色で、尊いご主人様を眠りから呼び起こす。
その声に少しずつ意識が覚醒してきたミツキは、ゆっくりと目を開けた。
覗かせた瞳は未知なる深海の濃い青色の中に、透明感のある薄い青紫色を混ぜ込んで、果てしない宇宙を閉じ込めたような輝きと、タンザナイトの如く吸い込まれそうな煌めきを宿す。
数度目を瞬かせ、そっと向けられた視線は全てを呑み込んでしまうような陰ることのない光を秘め、フィエルの中に巣食う負の感情が一切合切、跡形もなく消え去った。
「………………フィ、エル?」
「左様でございます、ご主人様」




