2.十年後の女の子
「とりあえず、色々聞きたいと思う」
「うん、ばんばん聞いちゃって!」
この子はこれが楽しい質問タイムになると思っているのだろうか。
実態は迅速な質疑応答。答え次第では、法的な対応に頼らねばならないのだが。
我が家の唯一のテーブルを挟んで女の子と向き合った。朗らかで可愛らしい笑顔の彼女、いつもの俺であれば『可愛い』なんて人並みの感想を持っていたと思う。
しかし不法侵入者に対して作れる俺の顔は、残念ながら真顔だ。
さて、何から聞こうか。視界に入るもの全てに疑問が浮かんでしまうため、中々に悩む。何にでも興味を持っていた子供時代をこんなことで思い出せるとは。
「まず……君は誰だ?」
「え、分からないの?本当に?」
「察しは付いてるけどな。念のため」
と言っても、あの夢を見たからこんなことが言えるのだが。
でなければ絶対に分からないし、こんなに落ち着いてない。
「まあ十年ぶりだからしょうがないかもだけど……あ、じゃあクイズ形式で」
「叶、そういうのいいから」
「ちょ、もー!分かってるじゃん!」
「察しは付いてるって言ったろ」
「むー……もっと感動的な再会にしたかったのに~……」
「だったらクイズ形式とか言うなよ……」
それと不法侵入もすべきではなかったな。感動的というか、衝撃的だから。
しかし、正夢……ではないが、あれが予知夢とは恐れ入った。まさか本当にあの『早乙女 叶』だったとは。
当たり前だが、十年前とは全く違う。
どこか当時の印象は残っているが、それも言葉に出来ない程度だ。
肩まで届くか届かないかの黒髪を、今は紅いリボンでまとめたポニーテールが揺れていた。おしゃれも覚えたのか、色艶が良いように見える。それとも若さゆえなのか。
捲られた腕から見える柔肌も白く、健康的そうで何よりだ。身体の線は細いが、それは決して不健康を意味するものではなく、むしろ彼女を女の子らしく引き立てている。
しかし、何だって最近の女の子は小顔だったり背は低かったりするのに、胸だけは強調的になるのか……紳士だからじろじろ見ないけど。紳士だから。
本当に変わったものだ。見た感じ、いい方向に成長してくれたことに感想の一つでも言いたいところだが、それは後回し。
「次に……この料理はどうしたんだ?」
「ほら、サプライズって言ったでしょ?十年ぶりだからさ、私の成長ぶりを見せようと思って。幸にぃ、オムライスが好きだったからさ」
テーブルに並べられた二つの料理。
程よく蕩けた黄金色に紅い線が書かれたそれは、確かに俺の好物であるオムライスである。食べてみないことには分からないが……ふむ、本当に美味しそうだ。
ただ、ケチャップで『decade♪』と書くセンスはどうなのか。最近の女の子は流行を進みすぎていて、お兄さんはついていけない。
「沢山練習したんだから!」
「そうみたいだな……だけど俺、昼飯を食べてきてるんだが……」
「ふぇ……?」
「……せっかくなので頂きます」
その、嘘でしょ?みたいな目をまん丸にするのは止めてくれ。下手すると泣き顔より来るものがある。
しかしまだだ。まだ、食べる訳にはいかない。
「さて、次だが……」
「ん、何!?」
「……どうやって入った?」
「……もー、それよりも聞くことがあるでしょー?」
いや、これが一番重要だから。
帰ったら家の鍵が開いてて人がいる。普通に怖い。
「……幸にぃのお母さまから、合鍵を借りた」
「俺聞かされてないんだけど……」
「サプライズだよ?言ったら意味ないもん」
「え、これ俺がおかしいの?嘘だよね?」
因みに、俺が今日大学に行ってることも母親から聞いたという。
どういうことだろう。大学に行くとか誰にも言ってないんだけどな……今日の残りの予定が決まった。盗聴器探し。
「じゃあ、最後に……」
「……」
「……何でニヤニヤしてんだよ」
「してないよ?ほら、早く早く!」
この子もう分かってるよね……
「……何で来たの?」
「十年前の約束を果たしに」
今までの質問で、一番早い答えだった。
シンプルかつ、一息で語られた答え。言い終えた彼女は柔らかい笑みを浮かべて、俺を見つめている。
俺が何かを答えるのを、待っている。
「……お嫁さんになる、ってやつか」
「お、覚えててくれたの!?」
「まあ、な」
正確には、今日のお昼の夢の中で思い出した。
それは言わなくていいだろう。ふにゃりと笑った彼女には無粋というものだ。さて……ここからどうやって話を繋ごうか。
繰り返すが、俺は叶と十年間会っていない。彼女も俺と十年間会っていない。
つまり、俺も彼女も、互いを知らない。十年あれば人なんていくらでも変わる。成長著しい子供なら尚更だ。彼女が可愛くなったように。
「子供の頃の話だろ?」
「関係ないよ。私は、今でも幸にぃが好き。この気持ちは十年前のものじゃなくて、今の気持ち。お嫁さんになるっていう夢もねっ」
「落ち着けって……十年会ってなかったんだぞ?俺たちは互いを知らなすぎる」
十年は長い。誰が何と言おうと長いのだ。
彼女の気持ちが嘘だとは言わないが、その時間だけは絶対で。それに俺は彼女が嫌いではないが……恋愛の好きでもない。
その気持ちを作るには、圧倒的に時間が足りないのだから。
「叶、これを言うとあれなんだが……あの時の言葉は、子供だったお前を満足させるための」
「知ってるよ?」
「じゃあ何で」
「幸にぃが好きだから」
空いた口が塞がらない。どこまでも平行線だ。
「幸にぃの言いたいことは分かるよ。十年会ってなかったんだもん。私が好きでも、幸にぃは分からない。あの時の約束も、わがままな私を満足させるためのものだって……だから私は決めました!」
何だいきなり立ち上がって。
あ、その椅子も俺にとっては家宝に近いからあまり乱暴に扱わないでね……。
びしりと俺を指さす叶。その顔はどこまでも楽しそうだ。
「私実は、今日が誕生日です。おかげさまで十五歳になりました」
「おう、それはおめでとう」
「ありがとうございます……さて、私が十六歳になるのは一年後です。幸にぃ!十六歳と言えば何がある?」
ふむ、顎に手を当てて考えてみる。
数秒考えたが分からない。そもそも、俺はこういう記念日とかを覚えるのは苦手なのだ。祝日なら絶対に覚えていたんだが、悲しいことにうちの大学は祝日だろうと講義があるため、それすらも覚えるのは止めた。
分からない。十六歳なることと、彼女に何の関係があるのだ?
「降参だ、分からん」
「ヒントとかいる?」
「いや、もう答えを教えてくれ」
「諦めが早いなぁ……しょうがない。十六歳になるとですね……結婚できるのです!」
「……」
……そうきたか……。
「つまり叶、お前は」
「これから十六歳になるまでの一年間、私は幸にぃにアピールしまくります。そして、私を好きになってもらいます!そしたら……」
――私を、お嫁さんにして下さい。
……とんだ逆プロポーズである。
あと一年で、今までの十年を埋めようと言うのだ。言いたいことがあるはずなのに、全く言葉に出来ない不思議。
まあでも、今のやり取りで絶対になったことが一つ。
彼女は本気で、十年前の夢を叶えようとしている。俺のお嫁さんになるという、子供のように華やかな夢を。
……否定の言葉は、逆効果だな。
「分かった、好きにしてくれ……」
「ふふ、本当に好きにしちゃうよ?何せ幸にぃのことが好きなんだから、それはもうものすごいよぉ?」
「……まあ、お手柔らかに頼む」
「えへへ、覚悟してよね!初恋の女の子は、加減知らずなんだから!」
十年の十分の一、一年間。
この一年間で、俺は早乙女 叶という女の子を知ることが出来るのか。彼女は夢を叶えることが出来るのか。
……とりあえず今日は、彼女の作るオムライスは少ししょっぱいということを知れた一日だ。