十年後の再会
『わたし、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる!』
『ほんとか?嬉しいな……じゃあ十年経っても叶ちゃんが俺を好きでいてくれたら、俺のお嫁さんになってくれよ』
『うん!約束ー!指切りげんまん!』
「……すっげー懐かしい夢……」
どうやら寝落ちしてしまったらしい。
少し顔を上げると、スリープ状態で真っ暗になったノートパソコンの画面から間抜けな男の顔がこちらを見つめていた。
柄にもなくレポート課題を早く終わらせようと、休日返上して大学へと足を運んだというのに結局寝てしまった。身体も地味に痛い。どうやら安らかな睡眠とはいかなかったようだ。
……夢を見た時点で、大して眠れてないか。
なんだっけ、夢を見るのはノンレム睡眠だっけか?
本当に懐かしい夢だった。夢でなければ、思い出せなかっただろう。
女の子と結婚の約束をして、お決まりのような返事を返した。あの女の子とはその約束以来、ほとんど会っていないはず。
にも関わらず、今になって夢に見るとは……
「そこまで女に飢えてんのかねぇ……俺」
つい、一人呟いてしまった。
静かな図書館で言っていいセリフじゃない。というか五才児だったあの子にそんな、犯罪者もいいところだ。
ゴン、と机の仕切りが叩かれる音がした。
……向かいに座る学生に聞かれたらしい。これはもうこの場所にはいられそうにない。そもそも俺が耐えられない。
レポートは終わっている。
そそくさと少ない荷物をまとめて席を立つ。周囲の学生を視界に入れないようにするのが、こんなに大変だとは初めて知った。
……時刻は正午過ぎ。久しぶりにラーメンでも食べて帰ろうか。
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秋。
俺が一番好きな季節だ。特にイベントもなく、他の季節に比べれば地味かもしれないが、それでも好きだ。やはり過ごしやすいというのは重要である。暑くもなく、寒くもない。花粉もない。素晴らしい。
電車を乗り継いで、第二の故郷となったアパートまでのそのそと歩く。
結局ラーメンは食べなかった。おにぎりやサンドイッチの方が安いし、手軽に食べられる。誰か食べ歩き可能なラーメンでも考案してくれないものか。
我が家である二階建てのアパートが見えてきた。
俺の偏見を変えてくれた素晴らしいアパートだ。手摺もさび付いてないし、塗装も剥げてない。コンビニも近い。駅はちょっと遠いけど、まあ運動になるってことで。
防犯セキュリティは玄関と窓の小さい鍵に全てがかかっている訳だが……大学生から金を盗れると思わないことだ。金欠的な意味で。
そんなことを思っていたのに……玄関扉に手をかけて気付いてしまった。
「……鍵が開いてる?」
血の気が引く。その言葉を身を持って経験するときが、まさか今とは。
俺に合鍵を渡せるような彼女はいない。いれば今日のレポートだって一緒にやっている。
……泥棒。その言葉だけが、腹を満たして眠くなっていた俺の頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回した。
盗る物なんて何もない。それが数少ない俺の自慢話だったのに。
警察を呼ぶべきだろうか。頭が冷静に働かない。
カチャカチャと、食器がぶつかるような音が聞こえた。
「……っ」
いつでも走り出せるよう、身体を引きながら玄関ドアに触れる。
そしてゆっくりと、いつもより遥かに重いドアを開けた。
「幸にぃ~!ひっさしぶり~!」
玄関を開けたら、ポニーテールの元気な女の子が飛びついてきた。
……俺の名前を知っている。だけど俺のこんな学生服を着た女の子は知らない。
「十年ぶりだねー!サプライズ、びっくりした!?」
彼女の笑顔は、ひまわりも白旗を挙げるだろう。
……とりあえず、俺がすべきことはただ一つだ。
「……幸にぃ、それは勘弁して!スマホしまって、お巡りさんって呼ばないで!」
十年前に、お嫁さんになると約束してくれた女の子……早乙女 叶
その再会は、彼女の不法侵入から始まった。