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8. お花茶屋マンデーモーニング

 ようやく眠りゆく街と藍色に変わりゆく東の空を、ロカはコクーンタワーの頂点から眺めていた。

 手首に装着した小型コンソールからハルの声が聞こえる。

「オーラさんが立てた仮説のとおり、確かに〈ロートの追憶〉は古代の、イクリューエル・ヴォラント・クアトエーシュ転移が可能な星間宇宙船だった。有機的な性質をもった——おそらく意志さえもった」

 松が谷の(あき)()神社の境内で、ハルはスマホに表示される情報を追っていた。パルノーと(こう)(れい)は駒込の妙義神社で、モジャコとコルヴェナ、そしてミチルとリグナとデッサも、合流した新宿三丁目駅で通信に耳を傾ける。

「なんとか円環(ロンド)が完成する直前に交信が成功したけど、選択肢は一つだけだった」

 あのとき、まばゆく輝く携帯(おお)(ぬさ)に呼応して、パルノーが構成した伝送路に光が宿り、スマホのアプリからは星の舟と交信できるようになっていた。

 けれども選択肢として与えられたコマンドは、星の舟に旅立ちを命ずるものだけ。しかも——どこへ向かうのかわからない。

「テヴェのひとたちにとって、それが望ましいことなのかどうかはわからなかったけど、わたしはそれを選んだ。目覚めた星の舟はいま、再び遠い星の海を旅している。どこなのかはわからない。いつかまた出会うかもしれないし、二度と見つけられないかもしれない」

 ありがとう——とパルノーはマイク越しに頭を下げた。

「テヴェは、そこになにが眠るのかを忘れても神域を守りつづけました。そして、守るべきものがいつのまにかこの星にあることを知っても、眠りを妨げないように結界を施しましたが、取り戻そうとはしませんでした。かつて僕たちの祖先を運んでくれた星の舟が、誰にも束縛されずにまた旅をはじめたのであれば、それはテヴェの民も望むことです」

 深夜の境内で、拝殿から漏れる明かりは温かい。

 白状すれば、奪われるくらいなら——という感情があったことは、ハルは否定しない。

 黎明期のイクリューエル転移を具現化した、太古の星の舟。しかも有機的な性質をもっていて、なおかつ意志と呼べるものさえもったもの。ルジェの民が予想したように絶対的な力が与えられるものだ。

 それでも奪い返せばいい——どこでもないどこかに失うくらいなら。

(だけど、ロートの民を運んで星の海を渡った舟は、やっぱり星の海にたゆたうほうが幸せなはず。自分自身の存在がこの空間から失われていくなかで、やっぱりオーラさんも同じように感じていたと思う)

 そう信じたい。

「星の舟——ロートの追憶は、どうして東京の地下に眠っていたのか?」

 東京には十三の地下鉄路線がある。

 東京メトロの銀座線、日比谷線、東西線、有楽町線、半蔵門線、南北線、都営地下鉄の浅草線、三田線、新宿線——この九つの路線に乗ったあと、大江戸線という円環(ロンド)の完成を阻止するため、モジャコとジシェとコルヴェナは丸ノ内線のトンネルを、ポジヲとリグナとデッサは副都心線のトンネルを新宿へ向い、ハルは千代田線を使って星の舟と交信した。

 ある意味、十三路線コンプリート。

「今度は路面電車が走っていた道を歩いてみようかな。橋があったところをヒントに、運河や川の流れをたどってみるのもいいかも——」

 道の形はあんがい変わっていないし、橋の記憶はそこかしこに留まっているから、地図を手がかりにセピア色の写真といまの風景を重ねてみるのもいいかもしれない。

 変わってしまったことを嘆くひともいる。だけど、ハルにとっての東京は、いま目の前にあるものであって、ほかのどれでもない。

 荒川線はしぶとく走っているし、役割を失ってもまだ水辺は残る。それがいまの街だ。

「統一感もなく、いつでも雑多に発展していくこの街に温もりを感じて、星の舟はいつの間にかやってきてしまったのかもしれない」

 そして星の舟は、円環(ロンド)が結ばれる直前に自らの意志で旅立ったのだ。

 ふう——と息を吐いて、まだ夜のままの空を見上げる。

 モジャコの声が聞こえる。「コルヴェナとロカはこれからどうする? ボヒーユとかいうヤツに弱みを握られてんじゃないの?」

「……」

 これにはロカも答えがない。

 ああそれだけど、とハルが割り込んだ。

「ルジェのネットワークに入ったとき、認証の甘い政府系サーバーがあったから、バエル・ボヒーユが関わった収賄、便宜供与、公文書偽造、職権乱用、証拠隠滅、セクハラ、パワハラ、その他よりどりみどりの証拠書類を一〇〇〇件分、見つけてそこらじゅうにばらまいといたよ。じきに身動きできなくなるから、そのころに帰るのはどう?」

(こわ……)

 モジャコ、ジシェ、ミチル、パルノー、ロカ(およびデッサまでも)の感想。

 リグナは、ぼんじゃらけー、と我関せず長閑。

 一方——。

「ミコちゃん、大活躍♥」とは()(のう)

「あなた、ずばり策士!!」とはコルヴェナ。

「かっかっかっ!」とは(こう)(れい)。「そういうことであれば、よい考えがあるぞ!」

 それは、コルヴェナとロカはしばらく如月家に居候すればいい、ということだった。


 お花茶屋駅——葛飾区にある京成線の駅で、ハルとモジャコが通う高校は程近い。

 月曜の朝、欠伸を噛み殺しながらハルは電車を降りた。狭いホームは制服姿の高校生でいっぱいだ。いつもと変わらない見慣れた風景——なのだが、多少いつもと違うこともある。

 それは後ろに着いてくる二人。

「ふふっ」とコルヴェナは笑った。「さっそくはじまるスクールライフ! ずばり、素敵ね!!」

 テンションの高さに関しては、感覚が麻痺しちゃったのでもうどうでもよく、ハルの率直な感想は——。

(疲れないなー)

 仮眠する時間もなくそのままだから、ハルはくたくたで、とにかく眠い。

 コルヴェナは後ろのロカに「楽しみでなくて!?」と人さし指を突きつけた。混雑のなか、いくらか遠慮がちに見えなくもないが、遠慮するくらいなら黙っていてほしい。

「そうだな」ロカは棒読み。

 二人ともハルと同じ制服姿だ。コルヴェナはハルと同学年、ロカは一つ上ということで「だったら高校に通えばよい!」となったわけで。

(じじいが理事長とツーカーなのは知ってるけど)

 こんな急な編入がよくまあ許されたものだとハルは呆れた。正確には交換留学生とかの扱いらしい。しかしそれはともかく、どうやって制服まで用意したんだか。

 謎。

 デッサも一緒だが、いまごろ駅の屋根の上で待っているはず。いわく、ガルバルデはこんな低速な移動手段には頼らない——とのこと。へこたれないでネ、京成……。

 反対方向、上野からの下り電車も到着したばかりで改札口はごった返していた。モジャコを見つけてハルは声をかけた。

 ハルほか約二名は京成船橋から上り電車。モジャコは湯島から東京メトロの千代田線、町屋で京成線に乗り換え、下り電車でお花茶屋。

「おはよー」

「おう、おはようさん」

 ——と、ハルのバックパックにへばりついていた何かしらが、もそもそっと動き出してジャンプした。

「にょーん」

 滑空してモジャコのモフモフ癖毛の上に着地したのはジシェだ。

「あれ! 帰ったんじゃなかったのか!?」

 わーい、わーい、と高い高いをして持ち上げる。

「パルノー殿も三日ほどこの星に残り、オーラ殿の見た風景をたどってみることになったのでござる!」

 そんなわけでジシェも残り、リグナも同様。

 振り返れば雑踏の向こうで、丸眼鏡が欠伸をしながら手を振っていた。

 コルヴェナがハルを追い越し、すばびよーん、と人さし指をモジャコに突きつける。「おはようございますですわ、モヨコさん!!」

「お、おう……」

 そしてコルヴェナは改札口の扉に引っかかって、盛大にチャイムを鳴り響かせた。

「ふふっ、あたしを止めようなんて、笑止!」

 改札機に啖呵を切られましても。

 その横の改札機を、制服を着たリグナがごくスムーズに、いつものことのように、パスモをタッチして通り抜けた。

 その碧い瞳は相変わらず、なんじゃらほ〜い、と澄まし顔だが、ちょっとだけ得意げではあった。


(おしまい)

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