その2
「な、何じゃこの光溢れる世界は……。ま、まさかここは天界なのか!?ならばお前の正体は……、天使!?」
「はいはい、悪魔ごっこはお終いだって言ったろ。お前、ファミレスに連れてきてもらったこと無いのかよ」
「ぐ……、し、仕方なかろう。我はこの世界に召還されたのは初めてなのじゃ。パパ……、ち、父と母から聞いた事くらいしかわからぬ」
「召還って……。いつまで悪魔ごっこを続けるんだよ……」
しかし、悪魔ごっこをしている時は随分と喋りが大人びているのに、素に戻ると途端に舌っ足らずになる。無意識にしているのだとしても、悪魔ごっこの時はスラスラと難しい言葉が出てくるし、大人の真似をしているにしても随分と頭の良い子かもしれない。
深夜のファミレスは、俺たちのほかに2組の客がいるだけだった。大学生くらいの少しばかり騒々しいグループと、デート中かその帰りなのだろうか。ラブラブオーラを発散するカップルが、奥まった席に座っている。
俺は注文を取りに来たウエイターに、ドリンクバーを2人分と告げる。正直腹ペコだが、今日の晩飯は買い置きのカップラーメンと決めているのだ。想定外の出費は極力避けたい。それに、こいつには適当にジュースでも飲ませて早く家に帰さないと、家族に捜索願いでも出されたらガチで犯罪者になりかねない。
実際に店に入った瞬間から、ウエイターがこのアンバランスな二人組みを胡散臭げな目で見ていたのだ。
「ほらよ」
「?」
俺は取ってきたメロンソーダを幼女の前に置く。しばらくはその原色の液体を胡散臭げに見回したり、匂いを嗅いでいた幼女だったが、プリキュンの熱唱で喉が渇いていたのだろう。意を決したのかストローに口をつける。
「なにこれ!?おいしい!」
初めてメロンソーダを飲んだのだろうか?幼女は夢中でストローに口を付けている。そして緑の液体が入ったグラスは、あっという間に氷だけとなる。だが、まだ喉の渇きは治まらないのか、溶けていない氷をズーズーと吸っている。
「お、おい、落ち着けよ。お代わり自由なんだから、慌てんな。だいたいお前、どこに住んでんだ?いや、それよりも、あの手品の秘密を教えてくれよ」
だが、幼女はすでにジュースに夢中で、俺の質問などまるで耳に入っていないようだった。
「もっと、もっとのむの!」
「わかったわかった!取ってきてやるから。どんだけ飲んでもいいんだから、落ち着いて飲めよ」
俺は席を立った途端、思い出したかのように尿意を覚える。そういや、すっかり忘れていた。ついでにトイレへと立ち寄り、今度はコーラを持ってくる。
「なにこれ!?まっ黒だよ!」
見たことのない飲み物に警戒しながらも、先ほどのメロンジュースの衝撃が忘れられないのだろう。すぐさまストローに口を付ける。もっとも、さすがに炭酸で腹が膨れたのか、今度は少しずつ口にしている。だがその表情から見るに、どうやらコーラもお気に召したようだ。
「んで?さっきはどうやって、プリキュンステッキを出し入れしたんだよ?」
夢中でコーラを飲んでいた幼女だったが、その言葉にピクリと反応する。
「やっぱりとる気なんでしょ!じぶんも持ってるくせに。あげないからね!」
「だから違うって!単純にどうやったか知りたいだけだよ。頼むから、もう一回見せてくれよ」
「どうやってって……。そんなもの、空間を繋げただけじゃろうが」
不意に大人びた口調に戻ると、未だに俺がステッキを狙っていると疑っているのか、警戒の目をしながらも渋々空中に手を伸ばす。
「んなっ……!」
それは、驚きの光景だった。光に照らされ、すべてが見渡せる空間での出来事だけに、なおさら手品の種が見えず、異様とも言えるものだった。なぜなら、幼女が手を伸ばした先の空間が、まるで風呂の湯をかき回したかのように揺れると、空中からステッキがずるりと出てきたのである。
「ちょっ……。お前、今の何だよ!?それに、空間ってどういうことだよ!」
ついつい声を荒げてしまった俺は、慌てて周りを見回す。幸いにもウエイターは俺たちに背を向け、学生グループへ料理を運んでいる途中だし、カップルは自分達の世界に入り込んでいる。誰も俺達を見ている人はいなかった。
いや、別にやましいことは無いのだが、今のを見られたらちょっとした騒ぎになりかねない。なるべく目立つことは避けたいのだ。
だが、幼女は俺の質問などまるで聞いていなかった。その視線は、少し先を学生グループに向かい料理を運んで行く、ウエイターの手元に釘付けになっていた。
「な、なんじゃあれは!?何か良い匂いがしておったぞ!」
「ああ、あれはチーズドリアって言ってな。まあ、何ていうか……、チーズのドリアだな……」
我ながら阿呆っぽい説明だと思う。だが、俺は料理に詳しくないし、幼女相手にどうわかりやすく言ったらいいというのか。しかし、そんな説明でも幼女は納得したようだ。
「そ、そうか、チーズのドリアか。なるほど……」
まったく意味がわかっていない様子だが、まあ、納得したなら良しとしよう。
「おい、それよりも、さっきのステッキ……って、おい」
だが、幼女の視線は学生グループの方面に釘付けになっており、俺の言葉など聞いてはいない。おまけに、口元からは涎が垂れかけている。おそらくさっきの質問に納得したのも、説明など聞いていないからだろう。要は、アレが自分の口に入りさえすれば良いわけである。
「ああもう!しょうがねえな。食ったらちゃんと説明しろよ。すみません。チーズドリア一つ!」
俺は紙ナプキンを手に取り幼女の口元の涎を拭くと、渋々ながら料理を注文したのだった。
☆ ☆ ☆
「あちゅっ!あちちち。でもおいひい!」
「……。よかったな。火傷しないように、とりあえず落ち着いて喰えよ」
夢中でドリアをほお張る幼女を見ているうちに、俺の腹がグーグーと鳴り出す。ちくしょう、何で俺が見知らぬ幼女に、カツカツの生活費から飯を奢らなきゃなんねえんだよ。
「な、なあ、俺にも一口……」
いや、けっして幼女相手に『あ~ん』なんてのを期待しているわけではないし、そんなものはさんざん雨蘭にしてもらっている。もっとも、4回に1回くらいは狙いを外して、ほっぺたに直撃しているのだが……。
もちろん『あ~ん』が目的でも、間接キスを狙っているのでもなく、純粋に腹ペコだから、せめて一口食べたいだけだ。そもそも、金を出してるのは俺なんだし。
だが、そんな俺を無視……、いや、目の前のドリア以外目に入っていないのだろう。幼女は夢中でほお張っているし、俺に一口差し出そうという素振りは全く見えない。仕方なしに炭酸飲料を取りに行き、ガスの膨張で空腹を誤魔化す。
「んで?とりあえずお前の名前はわかった。メフィストメル……、メルネ……。まあ、メルでいいか。で、そのステッキだけど……」
「ダ、ダメだからね!ママがやっとおたんじょうびに買ってくれたんだから、あげないから!」
「だから……。まあいいや、で?誕生日って、お前いくつなんだよ」
「ななひゃい……。い、いや、1007歳じゃ!」
ドリアをほお張りながら、幼女は慌てて言い直す。1007歳って……、いや、どこの閣下だよ。そもそも幼女のくせに、なんでそんなネタ知ってんだよ。
俺の脳裏に、テレビで有名な、白塗りの悪魔が笑う姿が浮かぶ。
「なるほど、とりあえず名前は『メル』。歳は7歳と。んで、家はどこなんだ?この近くなのか?」
「魔界じゃ」
「あのなぁ……」
メルはあくまで、ごっこ遊びのキャラを変えるつもりはないらしい。
「まあいいや。とりあえずこれだけは教えてくれ。そのステッキを出したりしまったりは、どうやったんだ?それさえ教えてくれたら、ここは奢ってやるから。ドリア食ったら家に帰りな」
「だから、魔界と空間を繋げたといっておるのに……。わからんやつじゃな」
「いや、意味がわかんねーよ!そんなことができるなら、お前は本物の悪魔ってことじゃねーか。とにかく、取らねーからもう一回やってみてくれよ」
だが、メルはまたしても俺の話など聞いていなかった。視線の先を見れば、今度は学生グループへとパフェを運ぶウエイターの姿が見える。
「あ、あれなに!?すっごいキレーだよ。白いのと、ピンクのと、あとイチゴとかのっかってるよ!」
「ば、馬鹿言うな!もうあんまり金がないんだ。これ以上は奢ってやらんぞ!とにかく、さっきのをもう一回……」
だが、俺は幼女の異変に気付く。それはまさに、先ほど炸裂した必殺技を使おうとする態勢……。
「うっ……、ぐすっ……、あれたべたい……。メル、あれたべたいの……」
「わっ、わかった!わかったから泣くな!ほ、ほらっ、『兄ちゃんが』頼んでやるからな。くそっ!店員さん、『妹に』イチゴパフェ一つ!ちくしょう!」
ここで騒がれ、最悪誘拐犯と間違われて前科が付くことには代えられない。俺は仕方なく、無駄な兄妹アピールをしつつ、メルのためにイチゴパフェを注文したのだった……。