その4
「う、雨蘭……。もういいかな?お、お兄ちゃん、そろそろ限界なんだけど……。それに、動かしすぎてもう指が真っ赤だよ」
全身から汗を流しながら、俺は荒い息で幼女に請う。
「えー?もっとぉ、もっとするのぉ!うらんもっとしたいのぉ。まだまだするんだからぁ!」
だが、俺の懇願を幼女は認めない。それどころか、さらに激しく腰を振りながら俺を求めてくる。
姉が出かけ、便乗して外出した両親もいない二人きりの家で、俺は幼女を相手に汗だくで荒い息をしていた。
二人だけの家は静まり返り、聞こえてくるのは俺の荒い息遣いと、幼女が俺に激しくせがむ声だけだ。
そして、俺の懇願を幼女は許すことはない。欲望の限り、もっともっとと激しく俺を求めてくる。
いやいや、お約束どおりの、ちょっぴり官能小説っぽい書き出しではあるが、お気付きのとおりもちろんHなことをしているわけでない。そもそも俺にロリ趣味はないし、ましてや実姉の子だ。可愛いとは思うが、そういう邪な考えを抱くなどあるはずが無い。
たとえお風呂に入れてあげている時だって、風呂あがりに全身を隅々まで拭いてあげてる時だって、そんな目で見たことは一度も無い。いや、ホントだよ!?
俺がへたばっている理由。それは先ほどまで、数時間ノンストップでプリキュンの映像を見させられた挙句、何十回とオープニング曲を弾かされたことである。
「もうお兄ちゃん限界だから!ね、続きは明日ってことで……」
そそくさとギターをしまおうとした俺は、雨蘭の様子が変わったことに気付く。それは、彼女のご機嫌がナナメになった時に、嫌というほど見てきた光景。
そしてこれこそが後に、金髪幼女の泣き喚きを察知した、俺の鍛え抜かれた悲しい能力である。
「ぐすっ……、もっとうたうの……。うぐっ……、ひっ……」
「わっ、わかった!わかったから泣くんじゃない!けど、あと1回だからね!そ、そうだ、たくさん歌ったから、お腹空いただろ?お外にご飯食べに行こうな?」
「う……、ごはん……?うん!うらんねぇ、すぱげちーとおむらいすがたべたい!すぱげちーはね、たまごがしたにしいてあるやつ!」
「はいはい。ナポリタンな。あそこのフェミレスなら正月もやってるだろうし、メニューにもあったな。けど、ポンポンいっぱいになっちゃうからな。そんなにたくさんは食べられないから、どっちか一つだけだぞ」
「じゃあ、ヨータ兄たんとはんぶんこにする!それならふたつたべれるでしょ?」
「やれやれ、ちゃっかりしてんな。ま、お前の面倒見る用に、お袋から小遣いも貰ってるしな。わかったよ、んじゃ、最後の一曲だぞ」
何だかんだと言いながらも、姪っ子は可愛いのだ。
俺はギターを手に取り、この日何十回目かのプリキュンのオープニングテーマを弾き始める。そしてそれに合わせ、雨蘭は元気に腰をフリフリしながら歌い続けるのであった……。
☆ ☆ ☆
「そうだ、どおりで……」
俺は、なぜ自分がこの曲を既知のごとく弾きこなしたのかを理解した。正直あまりのキツさに忘れていただけで、嫌というほど弾き倒したのである。へっへっへ、心は忘れていても、お前の体はしっかりと覚えてるみたいだぜ、というところであろう。いや、別にどこぞのエロ漫画や、官能小説の話ではないのだが……。
「うむ、いいぞ。お前はなかなかセンスがある。まさにプリキュンを弾くために生まれてきたような男じゃ」
「いや、そんなことのために生きていたくねーよ!」
よくよく見れば、満足げに頷く幼女の右手に握られているステッキにも見覚えがある。
俺はツカツカと幼女に歩み寄ると、黙ってステッキを取り上げる。
「あーっ!ダメーっ」
幼女はピョンピョン飛び跳ねながら取り返そうとするが、身長の違いは圧倒的なため、当然のごとく無駄な抵抗だ。俺はステッキの取っ手の部分にボタンのようなものを見つけ、黙ってそれを押す。するとそれは、予想通りの効果をもたらした。つまりは、上部の宝石部分がピカピカと光り始めたのだ。
「やっぱ、『プリキュン変身ステッキ』じゃねーか!」
それは、正月に嫌というほど見た代物だ。クリスマスプレゼントにサンタさんに貰ったのだと、雨蘭が大喜びで振り回していたものだ。まあ、姉にしては女児向けのまともな商品を選んだものだと、少しホッとしたのを覚えている。
「かえしてー!やっとママに買ってもらえたんだからー!」
「はいはい、ちょっと確認しただけだって。別に取りゃしねーよ」
目の前に差し出したステッキをひったくるように奪うと、幼女はまるで餌を奪われるのを警戒する小動物のように、取り出した時と同じように中空に手を伸ばす。そういや、こいつどうやってステッキを取り出したんだ?
そんな俺の疑問に応えるかのように、それは起きた。
「え!?」
それは異様な光景だった。幼女が暗闇に手を伸ばした瞬間。まるでステッキは闇に飲まれるかのように消え失せたのだ。
「ちょっ……!」
一瞬、こいつのドレスのように、暗闇に真っ黒のバッグでも忍ばせているのかと思った。だが、目を凝らしてもそのようなものは見当たらない。では、暗闇に向かい放り投げたのか?いや、こんなに大切にしているふうな物を放り投げるとは考えにくい。では……。
あらためて俺の中に、幼女に対する違和感、ゾクリとする感覚が蘇ってくる。
「お、お前、今何したんだ……?ステッキは……?」
「やっぱり、メルのたからものとる気でしょ!じぶんだって、ちっちゃいステッキもってるくせに!」
「い、いや、違うって……。そもそもそんなもんに興味ねーし……、って、俺がステッキ……?」
メルの視線を見れば、俺の下半身辺りをジッと見ている。ん?いったい何だってんだ?
だが、その時になって俺は気付く。そういや、立ちションをしようとした瞬間にこいつが現れたんだっけ?驚いて尿意がおさまったから用も足してないし、その後の記憶が曖昧だ……。さらには、下半身がやけに風通しがいい気がする。これってまさか……。
俺はゆっくりと下半身を見る。そこには、チャックの間からポロリと零れ落ちたバズーカ……、コンバットマグナム……、いや、ワルサーP38が、にこやかにコンニチハしていた。
「うおおっ、ばっ、馬鹿!こいつはステッキじゃねえよ!ぐおっ……」
俺は慌ててワルサーをホルダー……、いや、パンツにしまう。てか、なにか?俺は丸出しのまま熱唱してたってことか。よかった……。誰も通りかからなくて本当によかった。てか、慌てすぎて挟んじまったじゃねーかよ!
「なんで?じゃあなに?」
「いっ、今は小型拳銃だけど、いざという時にはマグナムくらいには……。って、いいんだよ、まだ知らなくて!そ、それよりも……」
俺は痛さのあまり涙目で答える。だが、俺はこの時、真の恐怖が背後に迫っていることに気付いていなかった。その恐怖のヌシ……、突如として背後から照らし出された明かりに、俺は後ろを振り返る。
「あー、君達。ご近所さんから苦情が来てるんだけど、ちょっと話を聞かせてもらってもいいかな?」
それは、この国の人間ならば誰もが見覚えのあるだろう、紺色の制服を来た男性だった。
「い、いえ、その、俺達は……」
そう、今の俺には本物の地獄の使者とも呼べる存在……。『ポリスマン』のご登場であった。