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Me & Lolis Blues 俺と幼女のドキドキプリキュン その1

 かつて、偉大なるブルースミュージシャン『サン・ハウス』は言った(ような気がする)。

 

『ブルースとは、男と女の愛を歌うものだ……』と。


 もしかしたらこれは、人間と悪魔、互いの種族の垣根をも越えた、壮大な愛の物語……なのかもしれない。


 ☆ ☆ ☆


「フッ、ダッせ……」


 その男が俺の横を通り過ぎる際、それは確かに聞こえた。半笑いの口元からポツリとつぶやかれた言葉に、俺の頭は瞬間湯沸かし器のように沸騰する。


「てめぇ……」


 瞬間的に殴りかかろうとした俺だったが、そいつの肩越しに申し訳なさそうな顔で苦笑いをする小太りの男の顔が目に入ったことと、この場所での俺の立場を考えてわずかばかりに冷静になり、握りこぶしの力を抜いて思いとどまる。

 今日の俺は確かに出演者、客ではあるが、普段はこのライブハウスでアルバイトをしている立場なのだ。問題を起こせば間違いなくクビだろう。せめて次回のライブ時に、ヤツのマイクだけ嫌がらせにハウリングさせてやろうかとも思う。

 だがバイトとはいえ、高校時代からお世話になっているこの職場に迷惑をかけることはしたくないし、まして当面の生活費のこともある。他の仕事が見つかる前にクビになることは、極力避けたい。

 

「ふぅ~」

 

 大きく深呼吸をして、先ほど俺を馬鹿にした男の背中を見る。おおかた、このあと女共の奢りで酒でも飲んで、さらには気に入った女を指名し、そいつの金でホテルにでも行くのだろう。正直うらやましくもあるほどイケメンの男は、取り巻きの女達に囲まれて悠々と去っていく。

 男を見送ったあと、心配そうにこちらを見る人の良さそうな小太りの男に、『気にするな』という意味も込めて、軽く右手を上げる。

 

 さて、落ち着いたところで自己紹介でもしておこうか。

 俺の名は『朝日(あさひ) 陽太(ようた)20歳(ハタチ)。燦燦と輝く太陽に照らされた、前途洋々の人生を表すような名前をしているが、残念ながら全くそんなことは無い。むしろ現状は、名前と正反対の鬱々とした人生を送っていると言ってもいいだろう。

 ハタチといえども、大学生でもなければ定職についているわけでもない。高校を卒業した後、進学するわけでも就職するわけでもなく、高校時代からバイトしている小さなライブハウスで、音響、照明、ステージ周り、はたまた閉店後の清掃なんかのアルバイトをして、細々と生計を立てているのだ。

 もちろん、進学や就職が嫌でダラダラと……、というわけではない。ならばなぜかと問われれば、俺には進学や就職を諦めてでも成し遂げたい夢があるのだ。『サン・ハウス』や『ロバート・ジョンソン』、その他多くの輝きを放った、偉大なるブルースミュージシャン達のようになりたいという夢が。

 もっとも、それがなければ真面目に進学や就職をしていたかと問われれば、高校時代の学力や生活態度を考えれば、そこは口篭ってしまうところなのだが……。

 だが、少なくとも今のところは、都会とは言えないがド田舎でもない、中途半端な地方都市の街で泣かず飛ばずである。その理由については、演奏力とか歌唱力とか、顔面偏差値とか背の高さだとか、細かいことは置いておくが、一つだけ大きな問題があった。

 

「はぁ~」


 俺はステージを見上げため息を吐く。俺の後に演奏しているバンドは、同じ大学に通う学生が集まったロックバンドということだ。周りの客を見れば、俺と同年代の大学の友人達なのだろう。別に真剣に演奏を聞いているわけではないが、それでも男女問わず幾人かの人達が、グラスを片手にわいわいと楽しげに過ごしている。 あらためて彼等のステージを見れば、特別にうまいわけでもないし、少しばかりカッコ付けすぎてクサイと感じる部分はあれど、ポップで楽しげな曲を演奏している。

 正直ロックとはかけ離れている気もするが、別に馬鹿にするつもりも無いし、それも仕方ないだろう。今時昔ながらのストレートなロックなんて、どれだけの人が聴きに来るというのか。メジャーで売れている音楽だって、ポップス、ラップ、はてはジャズやクラシックなんて様々な音楽と融合しているのだ。

 ロックを謳いながら、実質ほぼポップスなんて曲はざらにあるし、そういった人々の注目を浴びる音楽を生み出せるのも、立派な才能だと思う。もちろん、音楽ジャンルの定義なんて曖昧なものだが。

 だが、この現実こそが俺のような人間にとっての最大の問題……、壁なのだ。

 

『ダッせ……』

 

 俺の中に、先ほどの言葉が蘇る。そう、さっきは怒りのあまり考えもしなかったが、ヤツの言葉があながち間違っているとも言えないのだ。

 俺はあらためてステージを見る。そこにはボーカル、エレキギター、ベース、ドラムスのほか、ピアノを弾ける奴も引き込んだのだろう。シンセサイザーの軽快な音も鳴っている。

 そして俺は、自分の手元のギターケースを見つめる。右手には、アコースティックギターがしまいこまれたケースが握られている。

 

「確かに、時代遅れだよなぁ……」

 

 俺にとっての最大の問題とは、自身の音楽スタイルである。俺が求めるプレースタイル。それは華やかさなど欠片も無い、泥臭さにまみれた音楽。

 そう、俺の演奏している音楽は、『ブルース』である。

 いや、もちろんブルースで売れている人はたくさんいる。ただし現代のそれは、『ブルースを基調とした』とか、『ブルーステイスト溢れる』などのうたい文句が枕詞のようにくっついており、純粋なものからはかけ離れているように思う。

 もちろんそれらを否定するわけでも無いし、純粋に聞いて楽しいとも思う。ましてや世間の端にも棒にもかからない俺からすれば、そのアレンジ力は素晴らしい才能だと思う。

 当然、それ自体には何の問題も無い。問題は、ブルースの中でも更に古い、最初期とも言われる音楽『デルタブルース』というスタイルに、俺が魅了されてしまったことだった。

 もちろん『B.B.キング』に代表される、枯れた色気の溢れるエレキギターの音色も大好きである。それ以外にも。ジャズやロックだって普通に聴く。だが、俺はそれ以上に、素朴なアコースティックブルースに惹かれてしまったのだ。そしてそれは、誰が聞いても曖昧ではなく、それ以外にありえないと断定してしまえる音楽ジャンル。

 

『デルタブルース』

 

 それは、アメリカ南部のミシシッピ、デルタ地方を中心にして、アフリカから連れてこられた黒人奴隷達によって広まった音楽と言われている。

 その日を生き抜くのが精一杯の暮らしをする貧しい彼等は、当然のごとく西洋の音楽理論の知識などもない。だが、過酷な労働の合間を縫うようにアコーステックギター一本、時にはギターとハーモニカで日々の辛さを慰めるように歌い上げてきたのだ。そしてそれは様々な形で派生し、ジャズ、ロック、ポップスなど様々な音楽の基礎になったと言われている。

 だが、どんなに素晴らしい音楽でも、やはり世間の反応の多くは『え?今さらブルース?』だし、中には『フォークギター?あ、知ってる。神田川とか、いちご白書とかいうやつだよね』なんて人もいる。

 当然のごとくそんな地味な音楽が現代で売れるのかと言われれば、そこはそれ、である。

 もちろん、俺のように『お好きな方にはたまらない』音楽ではあるのだが、あくまで懐古趣味的に、昔のミュージシャンの音楽が売れるのが中心だ。

 ただ、中には純粋にトラディショナル……、昔ながらのスタイルを探求し続け、現代に合わせたお洒落なアレンジはあれど、割と原型に近い形のスタイルで成功してしまう人間もいるのだ。

 もちろんそれは、世界的に見ても小数ではある。だが、そんな事例を見てしまえば、目の前で宝くじを当てたり、ギャンブルで大勝ちして大金を手にした人を見るのと同じで、もしかしたら俺も……、という夢を見させるのには十分だ。たとえそれが麻薬のように、後に何も残らないものだったとしても……。

 だが、小さなライブハウスとはいえ、現実は残酷だ。俺のステージを目当てに来ていたと思われる客といえば、ジャズやブルースバンドが出演する時は、割と頻繁に見かけるブルース好きそうな渋いおっさんと、ちょっとブルースに興味がありそうな客二人の、合計三人だ。最初の頃は友人なんかにも声をかけていたが、数回ステージを見るうちに、彼等はだんだんとフェードアウトしていった。

 さすがに俺の演奏が聴くに耐えないものだったのかと、気に病み問いただしてみれば、皆一様に苦笑いをしながら答えるのだ。


『いや、詳しいことはわかんないけど、フツーにうまかったし悪くないと思うよ。ただな……。なんかどの曲も同じ感じで、飽きるっつーか……』


 正直、痛い所を突かれた。だが、それも仕方ないのだ。ブルースは民族音楽である。お決まりのパターン、つまりは定型の様式美があるのだ。特に古いブルースはその傾向が強い。言いかえれば、ワンパターンとも言えるのだが……。

 そんな経緯もあり、それほど多くないない友人達を失うのもなんだかと思い、それ以来知り合いを呼ぶのは止めている。ある程度のチケットは、自分が売りさばかないといけないノルマがある以上、かなり痛いのだが……。

 そして先ほどから言っているように、俺は別に特定の音楽ジャンルを馬鹿にするつもりはない。もちろん好みはあるが、それぞれの音楽に良さがあることもわかっているつもりだ。だが……。

 俺の頭の中に、俺を馬鹿にして去って行った男の顔が浮かぶ。だが、ヤツだけは許さん!

 俺は基本的に、音楽を愛する奴は同志だと思っている。だから、多少の嫉妬や羨ましく思う感情はあれど、このライブハウスに出入りする奴に悪い奴はいないと思っている。

 そんな俺が、なぜヤツだけをそう思うのか。それは決して、妬みだけではない。なぜならヤツは、音楽を愛してなどいないからだ。

 『天空飛翔(フライング・ハイ)』と、洒落ているのか厨二チックなのかよくわからない名を付けられたバンドは、ボーカルのヤツのほか、ギター、ベース、ドラムスで構成されたオーソドックスなバンドである。そして何より秀逸なのは、バックのメンバーの実力がかなりのモノなのである。

 だが、このバンドには何より決定的な違和感があった。ボーカルであるヤツの歌唱力は、バックのメンバーと比較すると少しばかり劣る。しかし、正直男の俺から見てもかなりのイケメンであり、歌唱力と反比例してトークテクニックはバツグンだ。ライブ時には、ヤツ目当ての女性客が毎回数十人は集まるほどである。それに対して、バックのメンバーの人気度が異常に低いのだ。むしろ、ライブに来る女性客全てが、ボーカルであるヤツのファンと言ってもいいだろう。

 それはなぜか。答えは他のメンバーの容姿にあった。先ほど俺に申し訳なさそうな顔で苦笑いをしたドラムの男もそうだが、全員が全員、どう見ても男前とは程遠い容姿なのである。

 もちろんそんなこととは関係なく、純粋に実力のみでメンバーを集めたというのならわかる。だが、そうではないのだ。

 ある時に知ったことだが、ヤツは音楽を愛してなどいなかった。バンドなど、ただ女を釣り、自分が有名になるための道具としか考えていなかったのだ。音楽を好きなわけでも無ければ、ミュージシャンとして身を立てるつもりも無い。ただ単に女を引っ掛け、金づるとし、チヤホヤされるために音楽を利用しているのだ。そのために、腕は確かでありながらも、明らかに自分よりも劣る容姿のメンバーを集めたのだ。

 ただ単に、自分のカラオケの道具とするために……。

 つまりは自分だけが目立ち、さらには人気が集中することで、バンド内での権限を絶対とすることを目論んだだけなのだった。

 そして、客の呼べるヤツのバンド内での発言力は当然のごとく強くなり、今ではメンバーは単なるバックバンド兼使いっ走りとなっているのである。さすがにそれとなく注意はしてみたが、冒頭からもわかるとおり人のいい奴等の集まりだ。

 

『で、でも、アイツのおかげでたくさんの女の子に集まってもらえるし……。俺が今まで、こんなに注目されることなんてなかったんだよね……』

『お、俺もさ、今まで曲作って披露しても、ほとんど見向きもされなかったんだよね。それがアイツが歌うだけで、女の子達がいい曲だって言ってくれるんだぜ』

『そうそう。俺なんかこの前、女の子から差し入れもらっちゃってさ。アイツの電話番号教えてくれってことだったんだけど……。で、でも、この先もしかしたらってこともあるかもしれないじゃん?』

 

 もはや手遅れだった。自分達に何の実益も無く、ましてやその黄色い声が、自分達に向かうものですら無いのにも関わらず、女の子にキャーキャー騒がれる快感に抗えなくなっていたのだ。童貞という生き物の悲しき性である……。いや、確認はしてないんだけどね。でも、あいつらはきっと仲間だと信じている!

 そして俺は説得を諦めた。ただ、いいヤツ等だから困った時には力になろうと決心をして。くっ……、別に女の子に囲まれるくらい、うらやましくなんかないんだからね!

 

「いよぉ、お疲れさん。相変わらず地味というか、ほとんど見向きもされてなかったな」


 ぼんやりと考え事をしていた俺に声をかけてきたのは、30台半ばくらいの男性だ。髪をオールバックにして無精ひげを生やしているが、不潔な感じはしない。むしろ、ちょい悪中年の渋みが感じられ、男前と言っていい人物だ。

 

「お疲れさまっす店長。で、どう(・・)でした?」

「残念ながら、収穫(・・)無しさ」

「…………。ま、そうっすよね。しょうがないっすよ、今時アコギ1本のブルースなんて流行(はや)んないっすからね」

「ま、そう言うなよ。今でも根強い人気があるし、好きなヤツは好きなんだぜ。かく言う俺もな。『スキップ・ジェイムス』のファルセットボイスなんて、たまんねえもんがあるしな。ま、シンプルすぎる分、多くのファンはジャズやエレキブルースに流れてっちまうのかもしれねぇがな……。それに、そういった音楽はどうしてもマニアックになるから、専門のハコなんかでやらないと集客は厳しいぜ。つっても、もっと都会にいかねえと、専門のハコなんてなかなか無いがな」

「はあ、そうっすね……」


 彼の正体は、このライブハウスの店長だ。若く見えるが、実際は40歳を過ぎているはずだ。そして店長のいう『ハコ』というのは、ライブハウスの会場のこと。つまり店長の言うのは、幅広いジャンルの出演者を受け入れるここのようなライブハウスよりも、もっとブルース専門の所で演奏したほうが集客もいいのではないかということだ。余談だが、もっと大きい公共施設の大ホールや劇場なんかは、『小屋』と言うのが一般的だ。

 そして俺の言う『収穫』とは、店長が『昔の顔』を活かして、時おり『業界人』へとかけてくれる声のことだ。ひょんなことから、音楽界から声がかかることを期待して……。

 だが、現実はそううまくは行かない。もちろん、俺だって都会へ出たいのはやまやまだ。だが、いかんせん先立つものが無い。

 高校卒業後にミュージシャンを目指し、フラフラとしているのはバツが悪く、自立すると言って実家を飛び出した俺だ。生活費は自分で稼いでいるとはいえ、安アパートの家賃と高熱水費、ギターの弦代。その他諸々の費用でカツカツである。とてもじゃないが引越しや、都会のアパートで暮らせる金などない。

 

「わかってますけど、そんな金無いっすよ。ライブだって、普通よりもノルマを減らしてもらってるから、やっていけるんですから」


 そう、ここで働く特権として、俺はライブ時のチケットノルマを普通よりもかなり少なくしてもらっている。そのおかげで、それなりにステージに立てるわけなのだ。


「ま、そうやって無茶できるのも、若いうちの特権だ。こき使ってやるから、ガンガン働きな。話があれば小屋の外注も回してやるからよ」

「小屋かぁ……。下っ端の手伝い仕事だし、機材の運び入れとかあるから、マジでキツいんすよね」


 かつて音響会社に務めていた店長には、昔の勤め先などから人手が足りなくなった時に。ヘルプ要請が来ることがある。時々その仕事を俺に回してくれるのだ。むろん、俺が行っていきなり卓オペなどが出来るレベルの仕事ではないし、させてもらえない。せいぜい機材の運搬と、マイクの出ハケなどの小僧仕事が中心だ


「なに贅沢言ってんだよ、その代わりに身入りはそこそこだぜ。それはそうと、今日はお疲れさん。バイトじゃねえんだからとっとと帰りな」

「ついでなんで、掃除くらいは手伝っていきますよ」

「そうか?悪いな。ただし、バイト代は出ねえぞ」

「はいはい。わかってますよ」


 ☆ ☆ ☆


「ふぅ~。さっぱりした」


 掃除を終えた俺は、シャワールームから出てきた。なぜかこの店には、スタッフ用としてシャワールームが完備されているのだ。もちろんライブハウスという仕事は、夜勤が基本である。これは深夜まで働くスタッフ達への、店長の気遣いなのだろう。その分掃除の手間もかかるのだが、俺のように風呂無しの安アパートに住む身にとっては、滅茶苦茶ありがたいのである。

 掃除を手伝ったのも、正直このシャワーが目当てということもあった。


「お疲れさまっす。それじゃあ失礼します」

「ああ、お疲れさん。ちょっと待ちな」


 帰ろうとする俺を呼び止めると、店長は俺に向けてビニール袋を突き出す。受け取って中を見れば、冷蔵庫から出したばかりなのだろう。水滴の付いた500mlの缶ビールが3本入っている。

 

「とりあえず、バイト代の代わりだよ。お疲れさん」

「マジっすか!あざーっす。いただきます」

「もうこんな時間だし、送ってく……、必要はねえか」


 ふと時計を見れば、すでに時計の針は真夜中近くを指そうとしている。


「ええ、大丈夫っすよ。そもそも歩いて30分ですし、俺みたいな男を襲うヤツもいないでしょ。でも、若くて可愛い女の子……、もっと言えば、セクシーなお姉さんが襲い掛かって来てくれるなら、それはもう大歓迎ですけどね」

「お前なぁ……」


 ニヤニヤと笑う俺の言葉を聞いて、店長は呆れたような表情で俺を見る。

 

「いいか?女ってのはな、待ってるだけじゃ手に入らねえんだぞ。たとえダメ元でも、当たって砕ける覚悟で自分から行くもんだ。そういや、可憐ちゃんだっけ?最近ライブも見に来てないみたいだけど、あの娘とはどうなってんだよ?俺の感じゃあ、向こうも悪い感じじゃねえと思うんだがな。そういう身近なとこに気を回さなきゃダメなんだよ。だいたいお前は若いくせに……」


 唐突に始まる店長の説教に、俺は慌てて出口へと向かう。若い頃はモテモテだったという店長の女談義が始まると、簡単には終わらないのだ。いや、決して店長の話を疑っているわけではない。

 今の容姿を見ても、若い頃は更に格好良かったであろうことはわかる。それに、今でも時々艶っぽい中年の女性が、何人も店長を訪ねて来るのだ。その言葉が伊達では無いことは十分にわかる。

 だが、ライブ直後に店の掃除までしたのだ。疲れきった体で、さすがに日付を跨いでまで説教を聞く覚悟は無い。


「おっ、お疲れさまっしたぁ!ビールありがとうございます!」

「あっ、おい……!」


 俺は店長の差し入れとギターケースを抱えて、慌ててライブハウスを後にしたのだった。

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