6.留学
「…イベル、お客様を迎えに行くわよ」
「はいはい、今行きますよ」
リアンの服装はいつもより気を遣い、華美ではないが、こちらの国の威信を崩さない程度に華やかで、かつ淑やかに。
今日は帝国の第一皇子、ラディム殿下がこちらに留学する日だ。
「殿下、そんな顔しなくても、ただ一種の取引だと思えばいいじゃないですか。ほらほら、殿下の大好きな取引ですよ」
「そうね。…これは取引、これは取引…」
イベルはブツブツ呪文のように自身に暗示をかけながら、廊下に出ていったリアンが心配になった。
*
廊下の向こうに三代公爵リグベル公爵がいるのを見て、リアンは足を速めた。
リグベル公爵は主に経済を任されている伯爵家からのもので、かなり有能だ。
「リアン殿下」
リグベル公爵はリアンに気づくなり振り返った。
「殿下がいらっしゃったということはもう、決心したか」
「ええ。これしかみちがありませんから」
リアンの目に決意の色があるのを見た公爵は苦笑した。
「確かにそうです、リアン殿下限定で。まぁ、無理にやることはありませんよ。あちらは内乱が終結したばかりですので」
「私がその程度のことを考えずに決定したとでも?」
眉をひそめるリアンに公爵は笑った。
「リアン殿下ならそこは心配無用ですね」
これを横で聞いたイベルは乾いた笑みを浮かべた。
「ラディム皇子殿下、ご到着です!」
兵の声に振り返ると馬車がこちらに走ってくるところだった。その馬車に帝国の紋章が刻まれており、一目で帝国のとわかった。馬車は豪華すぎず、センスの良さがうかがえた。
馬車の扉が開くとそこから出てきたのは褐色色の肌に紅い髪と目の青年と、白い肌に黒髪黒目の少女だった。
しばしの間、沈黙が場を支配した。
最初に我に帰ったのが公爵だった。
「あ、貴方様が、ラ、ラディム殿下ですか?」
「ああ。…なんだこの沈黙は」
嫌な予感を感じたイベルは自分の主人を見ると、「病人ですか」と言いたくなるほど顔色が悪かった。
(リ、リアン様ぁー!!)
イベルは内心絶叫した。
「アングニュートル王国の人間は皇子相手に、沈黙しかできないのか?」
今の一言でラディム皇子がめんどくさいやつだとわかる。リアンは無意識に一歩下がった。
「そんなことはありませんよ。でしょう、リアン殿下」
公爵の台詞にリアンは正気に戻った。
「え、ええ」
するとリアンの声に反応したようにラディムがリアンに近づく。ラディムはリアンを上から下まで目を通すと、目を細めた。その近さは腕を伸ばしたら届くほどで、リアンは身を固くした。
「ほぅ、おまえがリアンか。なかなかいい女だな」
リアンは顔を強張らせた。
その時、凛とした幼さを残した声が響き渡った。
「殿下、その程度にしてくださいませ。リアン殿下が困っておいでです」
声がした方を見ればさっきの少女だった。
ラディムはリアンから離れると公爵を見た。
「さっさと案内しろ」
「では案内をさせていただきます」
リアンはその様子を見て違和感を感じた。
公爵とラディムの姿が見えなくなると、リアンの体がグラリと傾いた。イベルがギリギリのところで支えた。
「大丈夫ですか、リアン様」
「…大丈夫なわけないでしょう」
イベルはリアンを立ち上がらせる。
「戻りましょう、リアン様」
「ええ」
この後、リアンは部屋に戻るなりベットに倒れ込んだ。




