30. ランのお料理(3)
姉と女王との会談後、リアンは自室に戻っていた。
「はぁ〜〜〜」
「どうしましたか、リアン様」
顔を上げると、ちょうどコレーがお茶を入れている所だった。
「ちょっと疲れただけよ」
コレーはリアンの目の前にお茶を出す。
すると爽やかな香りが白い湯気に乗ってやってくる。
「おかしいですね。その顔は面倒事を押し付けられた時の顔のようですが」
(……鋭い)
リアンは茶を手に持ち、ゆっくりと円を書くように回す。
コレーにはこれ以上誤魔化しても意味はないだろう。誤魔化せば余計に怪しまれるだけだ、とリアンは結論を出した。
「……隣国のイドルイデに特使として行け、とね」
「ああ。確か、シェターニア姫が成人式を控えていましたね」
やはりそうかと頷くコレーに抱く感想は一つ。
(うちの専属侍女が有能すぎて、困る)
それが非常に贅沢な悩みなのを本人は気づかない。
「で、いつ頃行かれるのですか」
「一ヶ月後だそうよ」
コレーは軽く目を見開いた。
「今回は、結構余裕ありますね」
「ええ。……今回は、ね」
リアンはため息を吐いたところで、何かが足りないと違和感を感じた。
そこでリアンはハッっと顔を上げる。
「そういえば、イベルは?」
そう、イベルだ。
実は事件後に目覚めていた。
「そういえば、いませんね」
長い間、昏睡していたせいか、はたまた今いないせいか、コレーも完全に忘れていたようだ。
「……まさか」
リアンは最悪の事態を想像し、顔を青くする。
だって、だってあの姉が帰ってきたのだ。何かない方がおかしい。
そして、それを的中させるかの如く、勢いよく扉が開いた。
「殿下っ」
やってきたのは予想通りの料理を持ったランと姉と顔を白くしたイベルだった。
「……ぁ」
本能が危機を訴える。あの料理はまずい。でも、身体が動かない。まるで金縛りにあったかのように目があの料理に釘づけになる。
リアンはその料理から顔を背けようと必死に視線を横に向けると、
「り……アン……様。逃げ……」
思わず病人か、と叫んでしまいそうなほど顔色の悪いイベルと、顔に思い切り「申し訳ない」と書かれた姉がいた。
(また、姉上はランのお料理を手伝ったのね……)
どうせまたランがゲテモノを作らないように手伝ったつもりが、失敗したのだろう。
いい加減、学習してほしい。姉もまた、まともな料理が作れず、手伝うとより、異物になることに。
リアンは必死でこの場を切り抜ける方法を探す。
でも、あの料理に対する恐怖のためか、思考がうまく回らない。
「殿下のために、エラン殿下と特製のシチューを作りました」
これはシチューなのか、疑問が沸くほど真っ黒だった。これならビーフシチューと言われた方が納得できる。
コレーが淹れてくれたお茶の香りを消し、尚且つ鼻が曲がるほどの悪臭を放つそれは、瘴気のような紫色の湯気を出している。
一体、何をどうして調理すればこんなものが出るのか。
こうなれば、せめてでも、元凶である姉上にも食べてもらわねば。
まずは冷静になろうとリアンは大きく深呼吸をする。
すると、先ほどとは打って変わって、いつもの腹黒い令嬢に化けていた。
「ねえ、ラン。これ、姉上にも分けていいかしら」
「エラン殿下はもう夕食を食べたからいらないと言っていましたよ」
やはりそうきたか。
リアンはニコリと笑って、姉を横目にみる。
「ですが、姉上は色々政務などでお疲れでしょう。だから、分けてあげたいの」
それを聞いた姉はギョッと目を剥き、必死な様子で取り繕う。
「リアン。これはあなたのために作ったのよ。私が食べるわけには――」
「――だからです。どうせ姉上は味見していらっしゃらないのでしょう。作ったのに味見しないとは勿体無いのでは?」
エランが口を開こうとしたその時、コレーが追撃をする。
「確かに勿体無いですね。今、別の食器を持ってきます。ランはそこに居てください」
まさかの伏兵にエランは唖然とする。
「え?あ、はい」
そして勝手に物事が進み、口を挟む隙間がなかったランは、ただ頷くしかできなかった。
一方リアンは台本通りにことが進んで安堵する。
(うちの専属侍女が有能で、よかった)




