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六、出航

 祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声

 諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり

 沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色

 盛者必衰(じょうしゃひっすい)(ことわり)をあらわす


 祇園精舎はインドの寺院を指し、沙羅双樹は仏教の開祖である釈迦(しゃか)の最期に咲き乱れた花とされている。

 知盛亡き後、琵琶法師(びわほうし)が語り継いだ著名な物語ではあるが、それを知る者はこの異邦の地にいない。


 されど、諸公の権力争いに明け暮れる世を生きる者たちは、次の一節を聞けば少なからず共感を覚えただろう。


 (おご)れる人も久しからず

 ただ春の夜の夢のごとし

 (たけ)き者もついには滅びぬ

 ひとえに風の前の(ちり)に同じ




 ***




 殿下とアリーを連れて戻ると、船の上はにわかに盛り上がった。


「まさかアブスブルゴの王子殿下がこの船に乗られるとは……」

「こりゃ大仕事だ! 我らウーバー・デム・メーア商会一同、地獄の底にまでついて行きやすぜ!」


 アントーニョ殿下は誇らしげに胸を張り、「そうであろう、余のために大儀であるぞ」と威張(いば)りに威張っている。楽しそうで何よりだ。


「しっかし、綺麗な金の御髪(おぐし)で……」

「食ってるもんが違うんですかねぇ」

「こ、これ、断りもなく触るでない! 不敬であるぞ!」


 柔らかそうな髪をしているせいか、野郎どもはこぞって頭を撫でようとしている。


「ズィルバー! 僕の髪がぐちゃぐちゃにされてしまいます! 助けなさい!!」


 泣き言が聞こえてきたので、とりあえず引き剥がしておいた。 助けた途端また腰に引っ付いてきたのは、仕方ないのでそのままにしておく。


「さて……今回の仕事は、ここにいるアントーニョ殿下を守り抜き、オーストリアまで送り届けることだ」


 俺が話し始めると、船員はみな口をつぐみ、真剣な面持ちになる。


「母方の家がしくじったとはいえ、殿下はアブスブルゴ……つまり、スペイン・ハプスブルクの血を引いている。大臣一族の再興のカギにもなりゃ、阻止するために命を狙う輩もごろごろいる。重々承知だろうが、かなりの大仕事だ」


 誰かしらの息を飲んだ音が、船上に響く。アリーが俯いているのも、視界の端に見えた。

 殿下が生きていると知れれば、失脚した公爵一派の重要な切り札として命を狙われ……女子(おなご)だと気付かれれば殺される可能性は減るが、その場合の未来も明るくはないし、むしろ、より過酷かもしれない。


「……ハプスブルク家は魔術革命に乗り遅れはしたものの、未だ皇帝として世を統治する名門だ。オーストリアにまでたどり着けば、スペインの敵対諸侯は手出ししにくくなる」

「名門が相手となりゃ、報酬(ほうしゅう)もたんまり期待できるってことだ! 野郎ども、命懸けでやり抜くぜ!」


 ジャックが言葉を引き継ぎ、船内の士気は俄然(がぜん)高まった。

 船乗りは香辛料(こうしんりょう)だの新天地だのを求めた輩が大半とはいえ、長い海の旅ってだけで充分命に関わる。

 ここにいるのは、元より死を恐れぬ連中だけだ。


 もちろん、俺だってそうだ。死への恐れなど、遠い昔に捨て去った。


「そんじゃ、殿下を案内してくるぜ」

「ああ……くれぐれも、丁重に扱えよ」

「分かってるっつの」


 ジャックに連れられ、船室に向かう寸前……幼い貴人は、ちらとこちらを振り返った。

 琥珀の瞳は、不安げに揺れている。


「……疲れたでしょう。ゆっくり休んでください」


 その言葉はご機嫌取りでもあるが、本心でもあった。

 ああ、そうだ。……今度こそ、守り抜いてみせる。

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