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二十八、壇ノ浦は遠く

「一度、話し合いましょう。本当に争うべきか否か、私には(はなは)だ疑問ですな!」


 怒りをあらわにし、ペタロは腕を組んで周囲を睨めつける。

 仮面の騎士は大人しく戦闘態勢を解き、クエルボはへらへらとした笑顔に戻るも、殺気をまとったままだ。


「だって知盛ですよ? 話し合いが通じるとはとても……」

「クエルボ殿」

「……はいはい。分かりましたよ」


 ペタロに睨み付けられ、クエルボも渋々武器を下ろした。


「……やはり、てめぇの目的は殿下か」

「ええ、そうですね。……ですが、我らが騎士はそのやり方を快く思わないようでして」

「ケッ、相変わらず内輪揉めかい」

「…………何が相変わらずなんですか」


 俺の言葉に痛いところを突かれたのか、クエルボは再び殺気を滲ませる。


「クエルボ殿! 普段より血の気が多いのはどうなされた!?」

「僕のせいじゃありませんよ。あそこの銀髪が悪いんです」


 ペタロに強く(いさ)められ、クエルボは口を尖らせてそっぽを向く。

 隙をつけば好機だっただろうが……やめておいた。


 確かに義経は憎き仇敵(きゅうてき)だ。……だが……殿下を守り「今後の」無事を祈る以上、「クエルボ・フエンテス」を敵として失うのは惜しい。互いに攻撃の矛先を変えることばかりを考えていたが、どうやら俺もクエルボも、殿下たちの力を低く見積っていたらしい。


 オーストリアに至ったところで、後ろ盾を得られる保証はない。……と、なると、スペイン王室と敵対してなお義賊として活躍する「正義の道」一行と協力できるなら、かなり心強くはある。

 カサンドラ、ロレンソを味方に引き入れたように……な。


 恨みにより忘れかけてはいたが、俺の最大の目的はアントーニョ殿下を守り抜くことだ。

 避けられる戦いは、避けておいて損は無い。


「私は正義のため……弱き者、未来ある者を守るため剣を取った」


 仮面の騎士……カミーノ・デ・ラ・フスティシアが静かに語り始める。


「ふむ。余は弱き者ではないが?」


 アントーニョ殿下は俺達の前とは打って変わり、かしこまった態度で応える。

 殿下に抱えられたままのロレンソも、空気を読んだのか真剣な表情で黙りこくっている。


「無論、それは理解している。しかしアントーニョ殿下、貴殿は未来ある若者だ」


 カミーノ・デ・ラ・フスティシアは、そこで仮面を外し、流麗な仕草で殿下に(ひざまづ)く。

 逆光に遮られ、顔立ちや表情はよく分からない。


「非礼をお詫びする。今後は決して、貴殿に刃を向けないと誓おう」


 その言葉に、殿下はロレンソ(の首)をジャックに預け、正義の騎士の方へと歩み寄った。


「……其方の覚悟はわかった。今後とも義を貫き、民たちの支えとなるが良い。余は、その信念を支持しよう」

「労いの言葉、感謝する」


 その光景にクエルボが水を差さないよう、じろりと睨みつけておく。

 クエルボは小さく肩をすくめ……


「もう何もしませんよ。クルスに嫌われたくないので」


 と、語った。


「クルスの目指す正義とやらも、僕が英雄として必要とされたかどうかも、興味はありません。……ただ……」


 妹を見つめる目は、別人と見間違うほどに優しい。

 クエルボは口元をゆるめ、普段のヘラヘラ笑いとは違う、満面の笑みを浮かべて頬をかいた。


「兄様と呼んでもらえたのが、嬉しくって」


 ……ああ、そうか。

 こいつは、「義経」だった時からそうだった。

 大義だの(まつりごと)だの、大きなことには興味が無い。……身内のために、戦う男だ。


「なら……今世で戦う理由はなくなった、か」

「そうなりますねぇ。……でも、いいのですか? 僕が因縁の相手であり、一門の仇であることには変わりありませんが」


 クエルボの挑発するような言葉に、一度、目を閉じて天を仰ぐ。

 一門を飲み込んだ瀬戸内の海が、まざまざと浮かび上がる。


 (いかり)(かつ)ぎ、()える武者がいる。


 ──見るべきほどのことは見つ。今は自害せん


 武者は波間に身を投げ、海の底へと沈んでいく。

 ……そこで追想をやめ、目を開く。


「知盛は死んだ。……亡霊も、たった今成仏したところだ」

「そうですか。……建礼門院(けんれいもんいん)が、一門の菩提(ぼだい)(とむら)っておられましたよ」

「……そうか、徳子は生き延びたか。……そりゃ、良かった」


 視界には、燦然(さんぜん)と煌めく星空が広がっていた。

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