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十一、宮廷魔術師カサンドラ

 エメラルドグリーンの海を、眩いばかりの陽射しが照らしていた。

 スペインの同盟国であるジェノバに、追っ手が差し向けられていることは想像に容易(たやす)い。……だから、物資の補給に出れば出くわすものだと踏んではいた。

 実際は、予想よりずいぶん早く追っ手は現れた。港に佇む「そいつ」の姿は、既に異彩を放っている。


「まさか……早々に迎えに来るとはなァ」


 剣を一振り持ち、船を降りる。

 赤いローブの女は周りの視線も厭わず、生首を抱えて歩いてくる。……生首の顔には、見覚えがあった。間違いない。地中海の小島で、首をねじ切った騎士だ。……泉の底から拾ってきたのだろうが……なぜだ?


「ロレンソよ……お前の魔術は火の元素と風の元素を組み合わせ、(いかずち)を生み出すことであったな」


 女は俺でなく、生首の方に語りかける。


「……雷を流せば、死体もしばらくは動く。あのネズミも少しは役に立った」

「ほう……テメェがあのネズミ火を放ったのか」


 殿下の寝込みを襲ったネズミは、どうやらこの女の差し金だったらしい。


「その首といい……死体を操る術でも使うのか?」

「ふ、ふふ……ふ、はははははっ」


 俺の言葉に、女は腹を抱えて笑いだした。


「愚かな! お前、私のロレンソを死体と言ったな!!」

「……どうやら気が狂っちまってるらしいな」


 様子から見るに、恋人かなにかだったのだろう。

 哀れなことだが、戦場では仕方がないことだ。殺されたくなければ、殺すしかない。


「ロレンソよ、そこで見ておれ。おまえの新たな体が『そこ』にある」


 生首をそっと積荷の上に置き、女は指先を俺の方へと向けた。


「我が名はカサンドラ。かつて魔女と呼ばれた女よ」


 指先と、目深に被ったフードの下から、深紅(しんく)の閃光が放たれる。

 ……まずい!

 思わずしゃがむと、横の積荷(つみに)が激しく燃え上がった。


「……ほう、勘のいいやつ」


 女は(たの)しげに笑い、再び指先をこちらに向ける。


「ジャック! 殿下を近づけさせるな!」

「お、おう! わかった!」


 幸い、殿下はまだ船から降ろさせていない。

 カサンドラは多少遠くにまでなら火を飛ばせるだろうが、飛距離には限界があるはずだ。

 ……と、今度は足元から火柱(ひばしら)が上がる。転がって避けながら、船からは距離を取り続ける。


「……ふむ、図体の割にすばしっこい」

「どうしたァ? もう弾切れか?」

「……ほざけ」


 頬を炎の玉が掠める。ジュウ、と音を立て、傷口から煙が上がる。

 魔力をどうにか形にしたところで、すぐに新しい炎が飛んでくる。魔力をいじらせる暇も与えない、か……。これは面白くなってきやがった。


「この宮廷魔術師カサンドラを前に、よくもまあ、笑っていられるものよ。……のう、ロレンソ」


 カサンドラはまた、生首に向けて笑いかけている。例の騎士……ロレンソはというと、青白い顔で口を閉ざしたままだ。……いや、喋られても困るんだがな。


「死体に話すより……俺を見た方がいい。魔女さんよォ」

「……お前……またロレンソを死体と言ったな! 許さんぞ!」

 

 目に見えて激昴(げきこう)したのも一瞬、カサンドラは再び笑みを浮かべる。

 感情的でも、切り替えは早いらしい。こういう手合いは厄介だ。


 ……だが、策はある。


 燃やされた積荷が誰のものかは知らないが、ここは港だ。古今東西(ここんとうざい)の商品が集まっているし……その中には、いくらでも「使える」モンがある。

 案の定、炭になった木箱から熱された剣が覗いている。持てば火傷するだろうが、それくらいはどうにだってなる。


「よそ見してる暇はねぇぞ……!!」


 燃え残った剣に持ち替えれば、手のひらが焼けるように熱される。

 そのまま焼けた剣を投げつけた。カサンドラはふん、と鼻を鳴らし、事も無げに叩き落とす。

 さて……反撃開始だ。

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