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知らぬが仏でござるが故

作者: 古木花園

「おはようございます。」

「「おはようございます!!」」


小さな孤児院の一室にて入ってきた院長の挨拶に子供たちが元気よく挨拶する。その中でも1人だけ元気がない子がいたのを院長は見逃さない。

「どうしたのですか?シオン。具合いが悪いのですか?」


コクリと小さな頭を縦にふる。少年は少し顔が赤く風邪を引いている様子だった。院長はその少年の額に手を当てる。


「ふむ。熱ですね。少し待ってくださいね。」


院長はそう言うと少年に手のひらをかざし、言葉を紡ぐ。

「英霊よ。この子の苦しみを救たまえ。ヒール!」


その言葉を言い切ると途端に少年を緑色の光が包み込む。

その暖かな光は穏やかでやがて消えたかと思ったら少年の顔は病気のそれではなく、血色のいい元気な顔に戻っていた。


「ありがとうございます!!元気になりました!」


その言葉をきき、院長はそっと微笑んだ。







「シオン!良かったね!院長先生に治しもらって。」

「うん!ほんと凄いんだ!ぽわわーて、して、とってもあったかくて!」

シオンと呼ばれる少年に声をかけたのは同じく孤児院の子供の少女。


「私も院長先生みたいに魔法使えるようになりたいなぁ…」

「マシューには無理だよ。」

「え?なんで?」


「だってマホウテキセイFだって言われてたじゃん」

「うぅーーー、そうだけどぉ…」


膨れるマシューにシオンははにかんだ。


「皆さん。お時間ですよ。」


小さな庭で遊ぶ子供たちに院長先生は手を叩き注目させる。

先の言葉を聞いて、子供たちはなんの時間か悟りすたすたと家屋に入っていく。

この時間は美味しいご飯、そしてお昼寝の時間。よく遊んでしっかり寝て、お勉強。その後うらの畑で働いて寝る。

それがこの孤児院のスタイルだった。

みんなが長い木造の机の周りを囲み食べる食材への感謝を言っていく。そして院長先生の挨拶をきき食べる許可が降りる。

その瞬間先程まで礼儀正しい子供たちがまるで野生児のように食べ物に食らいつく。どれだけお腹が空いていたというのか、院長先生は少しだけ苦笑いを浮かべた。そんなことはつゆしらず、子供たちの食いっぷりはとても良かった。それもそのはず。今日はとても美味しい貴重なお肉を食べれる日なのだから。

そして、この食事の後のお昼寝の時間がとても心地よい。

マシューもこの時間が一番好きなのだ。

何故なら院長先生が外の世界の話を読み聞かせてくれるからだ。

この孤児院は高い壁に囲まれ一つだけある門の扉には厳重な鍵がかけられ下手な負荷をかけると警報がなりすぐに院長先生や他の大人が悪い人をお仕置きしに行くことになる。

それぐらい厳重な門の外には危なく過酷な世界が広がっているらしい。まだ10歳のマシューには早いと言われ、外への興味が強い中出ていかないのはそのためだ。

しかし、誰もが出れない訳では無い。院長先生や他の大人、そして18に成った子供は院を卒業し、外に出られるようになる。

出なかった子は基本的に院の先生などに成っている。


そのように出られないこの場所から唯一聴けるのはこの時間だけ。

もちろんマシュー以外のみんなもこの時間はとても好きだった。


ドラゴンや勇者、王様に魔王、そして様々な魔法や戦いの歴史。

そして話しの最後にはいつも私たちを拾った時のはなしでしめとしている。

昔の話、飢餓地獄であった頃の話を。



そして、話し終えた院長先生はいつも悲しそうな顔をしていることがとても印象テキだ。

そして院長先生は私たちによく眠れるようにと魔法を掛けてくれる。これがまた心地よくて。太陽の光が照らす中木陰で涼んでいるような。なんとも心地よい眠りを与えてくれる。

そしてマシューは眠りにつく。そとの世界がどうなっているか想像しながら。











「院長先生。私ももうすぐ18です。そろそろ外の世界のことを教えてくれてもいいんじゃないですか?」


「まだダメです。」

「なんでですか!?私は学業も怠らなかったし料理のお手伝いや仕事だって…苦手な魔法も使えるようになったんです!もう、外に出ていけるはずです!」


院長先生は少し下を向いて彼女に背を向けた。

「本当に知りたいですか?」


「はい!」


「…分かりました。ならば、教えましょう。あなたも知ってる通りこの前の年にシオンが卒業しました。その時に教えたものをあなたにも知ってもらいますよ。マシュー・ブラッドフォード」


マシューはコクリと頷き先を行く院長先生の後についていく。

孤児院の家屋の中に入り廊下を進み院長室に入る。

院長室には数度、手で数えられるほどしか入ってはいないが本棚が2つ、ビッシリと本が並べてある。魔法書から医療、学業のものまでたくさんの本だ。窓からさす光が照らすところに机と椅子が置いてあるだけの場所。椅子はふたつ置いてありひとつは悪さをした子が怒られる時にそこに座らされるのだ。

その椅子を見る視線に気づいたのか院長先生は優しく微笑んだ。


「マシューも何度かここに座りましたね。懐かしいことです。」


「そ、そんなに座ってないですよ…たぶん」


笑う院長先生を見て少しだけ恥ずかしく赤面させる。

院長先生はそのまま自分の椅子に座った。


「どうぞ。」


促され礼をしてから着席する。


「まず、外の話をするために私たちのことを話そう。しかしこれを聞くからにはこれから外に出る時ここのために働かなくては行けないのです。分かりますね?」


「はい。分かっています。」


「そうですか…。私にはね、妻と子供がいました。むかしの話ですがとてもとても貧困な日々が続いていたんです。このそとの世界にはね。」

窓から遠くに見える門の入口を見つめる。


「いつも聞かせてくれていたお話ですよね」


「ええ、そのお話です。この外の世界はとても悪い王様が居るのです。王様は無理な政治を行い力と権力で民に重税を強いてきました。さからえば1家一族に至るまで根絶やしにされるのです。そしてそんな搾取が続き、我々民は貧困な生活を送りました。最初はそれでもなんとか生きていました。しかし、食べ物も飲み物も満足に得られない世の中では人は人としての理性を奪われるのです。」


院長先生はいつもは見せないような憎悪を浮かべた顔を見せた。

マシューは少し後ずさりする。

それに気づいた院長先生はまたいつもの細い笑顔を浮かべた。


「おっと、すみません。すこし、思い出してしまって。ある日、我々家族は飼っていた羊達が何者かに殺されて貴重な食べ物を奪われてしまいました。きっと野党の仕業でしょう。そしてさらに重くなる税は私たちの生活を奪いました。誰もが払えない税はそれはもう税金などてはない。王は我々を、我々の命を税金としたのです。この国は世界最大の奴隷国なのです。」


「え、そ、そんな。」


「私たちはこの国で生きていくことなど出来ない。他国に亡命を考えましたが周りで近い国はエルフの国。エルフは別の種族への差別が酷いと聞きます。それこそ私たちは即刻奴隷となるでしょう。もしくはいたぶられて殺されるか。他の国に行くには馬がいるほど遠い。私たちはここで生きていくことしか出来なかった。

…王は我々の命の売買を的確にるために魔法による呪いをかけました。買い手が決まった時契約者に絶対服従の呪いを。」


「の、呪い?」


「あなたは自分の舌の裏を見たことはありますか?」


「い、いえ。ありません」


院長先生は口を大きく開け、舌を引き出し、裏を見せる。

そこには小さな黒い魔法陣が浮かんでいた。


「ひっ…」


「これはみんなにあります。この呪いをとくには王が魔法を解放するか、死ぬか、です。」


その瞳は黒く、濁っていた。


「私はこの呪いがとても高度な魔法だと知りました。そのころは魔法について勉強して浅い頃だったので大したことは分かりませんでしたが…。それでもなんとか妻と娘の呪いだけでも解きたかった。私は魔法ののろいを解くための魔法を必死に探しました。それも死にものぐるいで、この国唯一の魔法図書館にも忍び込みました。そして見つけたのです。回復魔法のその先には呪いを解くことも死者を蘇らせる事も可能だと。だから魔法さえ習得すれば呪いを解くことが出来る。そのこたが分かり家に戻った時私の妻は娘の横で座っていました。その娘はやせ細った体でもう息をしていませんでした。妻は帰ってきた私に気づいて、こちらを見ました。その目は今でも忘れません。

いつも笑顔で楽しいことが好きだった彼女の優しい目は、殺意と憎悪と、とても悲しい、悲しい目をしていました。そして言いました。私たちをおいて出ていったあなたが悪いのか、この最低な世の中を作り上げた王様が悪いのか私にはわかりません。飢餓がこの子を殺したんです。と。そのあとを追うように翌日、妻は自殺しました。呪いの魔法陣が描かれた舌を切り落とし、死にました。」


「………」


マシューは絶句する。自分たちの暮らしてきたこの生活とは乖離しすぎて頭が追いつかない。こんな平和な場所の外がそんなにも恐ろしい世界なのか。とても信じ難いはなしであった。


「少し一気に喋りすぎましたね。これがあなたが知りたかった私が生きてきた外の世界です。そしてここからは特別な話です。ここから先はあなたの選択肢をひとつにしてしまう話ですが。よろしいですか?」


「…いまさら何をおっしゃいますか。私は聞く覚悟は出来ています。」


「分かりました…。ではついてきなさい」


そう言うと院長先生は本棚のひとつの本を抜き取りその奥に手を伸ばした。するとカチッと音を立てたかと思うと本棚が少し前に飛び出し横の本棚の前にスライドしていく。本棚が完全にどくと白い壁に大きな空洞が現れた。下に続く階段が見える。


「さぁ、おいで。マシュー」


階段を降りていく。真っ暗かと思われたその階段には魔法の光が灯る。


「私はね。娘と妻を守るために魔法を覚えようとしていたが結局救えなかった。空腹という飢餓地獄には回復魔法など無意味だったんだ。死んだものを生き返らす魔法など勇者などの英雄出なければ使えたものでは無い。私は自分が許せなかった。」


「院長先生は悪くないです!悪いのはその王です!」


「そういってくれますか。」


「はい。」


階段を降りた先にはひとつのドアがありなにか生臭い匂いがする。

訝しげに見る視線に気づいた院長先生はいう。


「ここはね。どうやってそんな王様に奴隷にされずこんな塀に囲まれ生活が可能だと思う?」


「それは、畑で取れた食べ物を外に売って…」


「それでどうやって王が満足する?どうやって少しの野菜で肉を貰える?」


「え、と、それは…」


答えを聞かずドアを開けた。



魔法の光で照らされたそこには大きな台が数台と様々な刃物、そして大量の血の跡が残っていた。それも無数のこびり付いた血の跡。

異臭が漂う中平然と入っていく院長先生に奇異の目を向ける。

院長先生は多くの刃物の中の大きなノコギリを取り出した。


「うーん。これがいいかな。」


「院長先生。これはいったい…」


その時ドアが無造作に開く。大きな音がたち敏感になっている感覚がその音に酷く反応してしまう。


「先生持ってきましたよ。」


「ええ、ではこちらに。」


「あ、シュレークさん。」


シュレークと呼ばれた男は髪の毛で目元が隠れているが顔を動かしマシューを見たことが分かる。


「おや、マシューは手伝うことを決めたのかい?マシューも魔法が得意になったものな。ほい。じゃ手伝って。」


そう言ってるシュレークがかついでる物に目がいく。

小さな男の子。この孤児院の子供だ。今は小さな寝息をたてている。

丁度お昼寝の時間なのだろう。しかし何故か裸でこんな場所に連れてこられている。何故?


「手伝うって何を?」


「あれ?まだ聞いてない?」


シュレークは院長先生を見る。院長先生は顎で台に載せるように伝えシュレークはそそくさと男の子の体を台の上に置く。


「初めは衝撃的ですが、見て覚えて下さいね。マシュー・ブラッドフォード」


院長先生はいつの間にか取り出した透明のエプロンにマスクを付け持っていたノコギリを男の子の首に当てる。


「へ、院長先生なにを…」


ガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ





ゴチャッ




「いゃぁァァああああ!!!!!!」



「さ、体を横の台に動かして。」


切り離された小さな体をシュレークは当たり前の顔をして持ち上げ横に移す。その顔は無表情で淡々とした作業であった。


「生と死を司る神よ。この者の未来を贄に生かしたまえ!オーバーヒール!」



首から下が切り離されたはずの体はまるで嘘だったかのように元通りになっていく。無いはずの体をどうやって再生しているのか。

考えただけでも恐ろしい。



「あ、あ、…なんてこと」


「ふむ、これが我々の生活の糧であり、王様に納めてきた食糧なんだよ。」


「さ、バラバラにして人の肉とバレないように加工するんだ。その作業を手伝うって、感じですよね?」


「ではお願いしますね。マシュー」


その目は狂気に満ちていた。

それは人の目ではない。何度も殺してきた殺人鬼の目だ。どす黒く濁っている。新鮮な血がノコギリから滴るのを見てこれが何らかの幻覚では無いことを知る。回復魔法を使った恐ろしい実験を見ているようだ。

院長先生はノコギリを手渡してくる。

受け取るとカタカタと音を立てた。一瞬なんの音か分からなかったが、その音が自分が震える度にノコギリが振動する音だと気づくのに時間がかかった。恐ろしい。2つに別れたはずの未だ血が溢れだしている胴体だけの部分を見る。首がないだけで全くおなじ肉体だ。

こんなことまで出来てしまう魔法はそれこそ呪いのようなものじゃないか。



「い、院長先生。こ、こ、こんなことは間違ってます。こんなこと、

いくら貧しくて食べ物がなくてもやっていいはずがない!」



院長先生はいつもの笑顔が消え、無表情でマシューの目を見る。

すごく冷たく侮蔑の視線を送る。



「はぁ。あなたには分かって貰えると思いましたが、残念です。まぁ、あなたはここで作業を行ってもらうほか無いのですよ?本来ならシオンと同じように外に出れるはずだったのですが、あなたは知ろうとした。これはあなたの責任ですよ?」


シュレークは後ろの扉を塞ぐように立つ。

ニヤつく表情に狂気が浮かび上がる。きっと何度もやってきたんだろう。首の無くなった胴体を運んだと言うのに何も気にしているところがなかった。


「なんで…ほ、他にも方法はなかったんですか!?」



「はぁ…、無いから今、こうやって非人道的なことを行っているのです。こんなこと出来ればやりたくない。しかし、外の世界はもう人死は当たり前、飢餓が人を狂わせるのです。そんな世界から子供たちを救うにはこの方法しかない!それに、君も言っていましたよ?美味しいって。とても美味しそうに食べていましたね。あの時のお肉は確か…そう!シオンくんの…」


「いやぁぁぁぁあああああ!!!!!!」


食糧という言葉を聞いた時から気づいていたが分かって無視していた事が現実を帯びて伝えられたことで、マシューの頭はパンク寸前だった。

今まで時々出てくる美味しいお肉は、自分たちの血肉であったなどというそんな現実はとても受け入れ難い。狂ったようにノコギリを放り部屋の角にうずくまる。


「先生。マシュー壊れちゃったかもよ?」


「理解し、受け入れる事が出来ると思っていたのですが、残念です。

本当は手伝って貰いたかったのですが、致し方ありません。外に出しましょう。」


「そ…と?」


「ええ、あなたが出たがっていた外の世界です。ようやく見れますよ。」


院長先生はマシューの体を運ぶようにシュレークに伝える。

ひょいと担がれ階段を登り、あっという間に門までやってきた。

鍵を開け、院長先生が魔法を唱えると、カチャリと音をたて鍵が開く。門が開き放り出されたマシューは力なく倒れ込む。



「そういえば、何故18で外に出れるか分かりますか?」


マシューは顔は動かさず目だけで後ろを見る。


「娘は18で死にました。それ以上を生きている子供は見たくない。それに私が使っているオーバーヒールは魔力で生命の理に干渉し、魂に刻まれた寿命を削る代償として回復する秘術なのです。ですから18以降、外ですぐに老いを経験し、早くに死ぬことでしょう。」


閉まっていく扉の隙間から最後にシュレークが言う。


「野党に気をつけな!シオンも殺られたからさ」





バタン。




マシューは倒れたまま周りを見渡す。

そこは倒れた家屋、ひび割れた大地、ゴミと一緒に山積みになる人の死骸。

そして、とても目立つ大きくきらびやかな建物が奥に見える。

きっとあそこに王様が住んでいるのだろう。

なんともいいご身分だ。この貧富の差が、この国の情勢なのだろう。

衝撃的なことしかなくて頭が追いつかないでいた。

憧れていたはずの外の世界はとても酷い有様で、見たかった塩水で出来た大地や、沢山の種族が住む帝都。魔物が跳梁跋扈する恐ろしい荒野。色んなものを見たかったはずなのにもうそんなことはどうでも良くなってしまった。

自分たちは自分たちの肉を食べて生きてきたこと。

院長先生はそんな方法で私たちを生かしていたこと。

外と同じ危険が、それよりも恐ろしい危険が内側に存在したこと。

帰る場所も、目指す目的も無くしてしまったこと。


頭の中をグルグルと回り続ける思考が行動を制限する。

もう動く気にもならなかった。

色んな現実が深い傷を作りながらリアリティを伝えてくる。


「シオン…本当に死んだの?…ねぇ」


こぼれ出す涙は1粒流した途端に決壊したダムの如く抑えていた涙を滝のように流した。

きっと、自分ももうじき死ぬのだろう。

野党に殺されるか。短い寿命を終えるか。


ふと、頭の中に自分以外の事が過ぎった。

残してきた共に暮らした兄妹たちた。

あの子達は皆、院長先生を信じ、あの生活を受け入れている。

不自由などない所。しかし、裏では自分たちの血肉が売りさばかれ、無理な魔法の行使によりすり減らされた寿命。

現実を知ると非常に辛い、彼らが行く道が既に見えてしまっているから。


救いたい。そんな言葉が頭に浮かんだが、周りに群がる煤けた盗賊のような身なりの男達を見てそんな考えは掻き消えた。


「ごめんね。みんな」










「………!?」



「あなた大丈夫?」



真っ暗になりかけた思考を覚醒させる存在が目の前に現れた。

それは筋骨隆々の大男でありながら女の服装をし、剣を腰にかけた不気味で摩訶不思議な生物だったからだ。

あまりの衝撃にもう一度真っ暗になりかける。



「ちょ、ちょっと!ほんとに大丈夫!?」


「あれ、…盗賊は?」



「マシュー!」


筋骨隆々の女?の後ろから若い子供の声がした、

ひょこっと顔を出した子供はどこか見覚えがあり…


「……シオン?なんで」


マシュー!


駆け寄ってきた少年は昔の彼の姿だった。

そう、小さく若い日の。


「な、なんで…」


「この人に救ってもらったんだ。それで…」


「感動の再開中悪いけど早くここから離れるわよ!捕まりなさい!」


筋骨隆々の女?に背負われありえないスピードで走り出した。

景色が瞬間的に切り替わりあっという間に木造の布キレで入口を塞いでいるボロ屋に着き、中に入ると机の上にマシューをおろした。

一瞬、先程までの両手両足を切り離すシーンがフラッシュバックし、悲鳴をあげる。


「シオン!彼女を抑えて!」


「マシューー!しっかりするんだ!落ち着け!」


暴れるマシューを小さな手が力強く抑える。

そして横で筋骨隆々の女?が魔法を唱え始めた。

詠唱はとてもおどろおどろしい言葉で紡がれだんだんとマシューの体から黒い霧が発生する。マシューの体には黒い魔法陣が描かれ深緑色に光り出す。

さらに泣き叫び、離れようとするマシューを必死に押さえつける。


「…不死王の呪いを、かの者の魂に刻む。

ソウルサクリファイス!」


黒と深緑色の光は彼女の体を包み全身をおおった。その靄が晴れた時、彼女の体は昔の小さい体に戻っていた。


「え……え。な、何で…!?」


「あなたに呪いをかけたの。と言ってもあなたに悪い呪いじゃないわ。だから安心して。元々の寿命に戻れる呪いをかけたの。だからあなたは今10歳頃に戻ったんじゃないかしら」


「…10歳。私はまだ18じゃなかったの…」


「そうだ。俺達はずっと院長先生に騙されていたんだ。あんな酷いことして…俺達の寿命を削っていたんだ!」



「…シオンも治してもらったの?」


「ああ、ミサキさんがいなかったら助からなかった。」


「丁度この街を救いに来たところだったから。」


「救いに?」


「ええ、私のなんというか、私情でね。さ、あなた達はこれからどうする?ここからはあなたは達の自由よ。自分たちでここで生きていくならそうしたらいいし、私についてくるならそれなりに危険だけど守ると誓うわ。残るならここは好きに使っていいし、もちろんその体に慣れるまでは一緒にいるわ。どうする?」


「おれはミサキさんについて行く!」


少しの間、マシューは思考を巡らせ、ミサキを真っ直ぐ見つめた。


「私も連れてってください。」


「わかったわ。任せて」


優しく頷きウィンクをした。シオンは身震いしていたが気の所為だろう。


「あ、あの。ミサキ…さん。」


「どうしたの?」


「よかったら、あの孤児院の子供たちも助けて欲しいの。」


すると即答でこう返ってきた。


「もちろん!わたしはこの街を救いに来たのよ。あなた達も助けるわ。院長先生もね。」


「院長先生も!?」


シオンは驚いて声をあらあげてしまった。少し恥ずかしそうに口を閉じ顔を伺う。


「ええ。街を救うには彼も救わないといけないわ。彼も被害者だから。ダメかしら?」


「そ、そうか。」


その顔は少し安心したように綻んだ。

じっと見つめるマシューに気づき慌てて顔を隠す。


「シオンも嬉しいんだね。わたしも嬉しいんだ。院長先生のやってきたことはこれからも許されることじゃないし許さない。でも、それでも、私たちの唯一の親であり、家族なんだから。」


「そう。…そうだよな!そうなんだよ。家族なんだよ。どんなに最低だったとしても。…俺たちの、家族なんだ。頼みます。ミサキさん! 」


「任せて!」


力強く頷き、その真剣な眼差しには嘘偽りはなかった。


「とりあえずあなた達は、今日は寝なさい。明日は長い1日になるわよ」


「「はい!」」



シオンは元の姿に戻って間もなく不安定なマシューを寝床に運ぶ。

そして2人が寝付いたのをみてミサキはその瞳を鋭く光らせた。


「誰?そこにいるのは?」


「んひっ!気づくんだァ。すごいねぇ」


「あなた。孤児院の人ね。」


きのこ頭の細長な男が立っていた。可視化の魔法か何かを使用し姿を隠蔽していたようだ。

暗闇からぬるりと姿を出す。


「せっかく、もう終わっちまう運命の子供たちをよォ。あんた、余計なことしちゃいけねぇよ?」


「…あなたは悪魔ね。それは、人間の体?」


「へへ、残念ながら…な」


不敵な笑みには悪意という悪意が込められていた。

嫌らしい笑みに不快な顔を見せるミサキは少し息をととのえる。


「そうか…なら!」



ミサキは一振、横に一閃を放つ。抜きはなった刃は青く光った刀身であった。そして何事も無かったかのように鞘に吸い込まれる。

きのこ頭は慌てて体を見て、傷一つないことに嘲笑と安堵を浮かべる。



「何を切ったんだ?全く見掛け倒しはやめてく…」


きのこ頭は自分の異変に気づく。しかし、それはあまりに遅すぎた。


「魂を斬ったのよ。悪魔のね。」


「か…そんなこ、ことが…」


「私の前に現れなければあなたは生きていけたかもしれないわね。さようなら。」



「ギィィィィィィイ」


大きな断末魔が鳴り響き、残ったのは痩身の男だけ。



「シュレーク?」


「この子に悪魔が憑いていたようね。元凶から乗り込んでくれるなんて。有難いわ。これで孤児院も元に戻るわね。」


「よかった。」



驚いて起きてきた2人は安心したようにふたたび眠りについた。


「院長先生がこれまでの行いに、心が壊れなければ、ね。」



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