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作者: 目262

 三年ぶりに海外赴任から帰国した友人を新居に招待した。地方都市の中古住宅だが、築年数が浅く間取りも広いので気に入っている。東京からやって来た友人も褒めてくれた。

「なかなか良い家じゃないか。俺達の年でこんな広い家なんて到底無理だ。お前、運が良いぞ」

「ありがとう。一人じゃ使い切れないくらいさ」

「あれ、お前彼女いただろ。あの娘と結婚するんじゃないのか?」

「実は、別れたんだ」

「えっ、本当かよ!あんなに仲良かったのに」

「その事はあまり聞いてくれるな。それより飲もうぜ」

 そうして広々としたリビングで酒を飲みながら昔話に花を咲かせていたが、そこに邪魔者が現れた。

「おい、夏でもないのに蚊がいるじゃないか」

 宙に目を泳がせながら友人が顔をしかめた。数匹の蚊が周囲を飛んでいる。

「ああ、ここは蚊が多いんだよ。近くに沼があってな。そこから飛んでくるんだ」

「わかっているなら窓を閉めろよ」

「大丈夫だよ刺されないから。お前血液型Aだろ」

「そうだけど、それがどうした?」

「俺も同じだ。この辺りの蚊はA型の血は飲まないみたいなんだ」

「O型が一番刺されやすいってやつか?都市伝説だろ?」

「本当だよ。この家に住み始めて一度も刺されていない。俺がA型だからだ」

 本当かよ。半信半疑の友人だったが、一向に蚊が自分たちの方に近づいてこないのでようやく納得した。

「こりゃ珍しい。ここの蚊は極端に好き嫌いが激しいんだな」

 そう言っている内に蚊の数は徐々に増えていた。

「今日は取り分け多いな。まあ、気にせず飲もう」

 私たちはしばらく馬鹿笑いをしながら酒を酌み交わしていた。いつの間にか蚊のことは忘れ去っていた。

「ああ、酔った。おい、トイレはどこだ?」

 友人がふらつきながらソファーから立ち上がった。足下が怪しいので私もついて行くことにした。

 リビングを出て廊下を歩いていると、友人が思い出したように言った。

「そう言えば、あの蚊たち、どこに行ったんだろう」

「さあ、出て行ったんじゃないか」

「なあ、今気付いたんだが、あの蚊、俺たちの血を吸わないなら、なんでこの家に入って来たんだ?」

「そう言えばそうだな。今まで考えたこともなかった。トイレはこの突き当たりだ。終わったら代われよ」

 友人は手を振りながらトイレのドアを開けて、その直後に悲鳴を上げて飛び出てきた。

「蚊、蚊だ!」

 何を言っているんだ?そう思ってトイレに足を踏み入れた。

 正面の白い壁にびっしりと無数の蚊が群がっていた。ぶんぶんと音を立てながら黒い塊になって壁に張り付いている。それらは全体で一つの形を作っていた。頭、胴体、手足のある等身大の人の姿だった……。

「け、警察、警察を!」

 私の背後で友人が喚いていた。


 その日の内に警察を呼んで調べてもらった結果、トイレの壁の中に女の遺体が発見された。殺人事件として捜査され、やがて我が家の前の持ち主の男が逮捕された。妻と離婚問題で争っている時に誤って殺してしまい、隠蔽工作としてトイレの壁に埋め込んだという。私の家はしばらくの間マスコミによって世間に晒される羽目になり、やむなく私は近くのホテル住まいをすることになった。ちなみに、警察の関係者に聞いたところ、被害者の女の血液型はOだった……。

 

 やがて事件が一段落して、マスコミの報道も潮が引くようになくなった。

 ようやく平穏な生活が戻ってきた。

 再び海外赴任に行った友人にことの顛末をメールで報告して、私は真夜中に久々の我が家に戻ってきた。

 疲れた。ふかふかのベッドで眠りたい。二階の寝室に行き、照明を点けた。

 留守中、わずかに窓を閉め忘れていたらしい。その隙間から入り込んだ蚊が寝室に飛び交っている。そして、壁には蚊の大群が作り出した黒い人型の塊があった。

 ああ、そう言えばあの娘も血液型はOだったな……。

 トイレの人型の塊を見た時は心底仰天した。まさか自分と同じことをやっていた者がいたとは。

 この家を買った時、別れ話を切り出された私は激しく動転し、気付いたら彼女を手にかけていた。そして、この壁に埋め込んだのだ。

 ぶんぶんと音を立てながら蠢く蚊の群れをぼんやりと眺めながら、私は明日、殺虫剤を買ってこなければならないなと考えていた……。

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