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マトリョーシカのネズミ  作者: 相葉俊貴
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―05― ***親しき仲にも――

 秘密はあるのかと訊かれれば、秘密の有無に対してはお互いに「あるよ」というだろう。いかに近しい関係であっても、同級生でご近所さんであっても、夫婦であっても。どのような関係にしろ、大なり小なり秘密はあって然るべきで、むしろ「知られたくないこと」として気遣いあうことの方が多い。意図的であるかは関係なく、人と人の間には様々な情報の線引きがある。

 その点、絵美という人間は、一見なんの秘め事もないように思えるほど、オープンな性格をしている。不愉快だと思えば不愉快と言い、楽しければ笑う。聞いたこちら側が遠慮してしまうような内容の話も平気な顔をして言葉にする。

「ごめん、ちょっと遅れちゃった」

 〈ちょっと〉の範囲は発言者によって大きく変わる。絵美の指定した時間より四〇分遅れて絵美がやってきてもなお、凛は駅の駐輪場にいた。

「いや、別に問題ないよ」

 絵美とは異なり、凛は感情を表には出さない。実際は、絵美が約束の時間をぴたりと守ると思っていなかったので、不快とは思っていなかった。

「荷物重くてさ、電車の乗り継ぎ、間に合わなかったよ。ホントひどくない? 目の前よ? 目の前でプシーよ? 近くにいる人も少しぐらい手伝ってくれたっていいじゃない」

 絵美は頰を膨らませて言った。話の論点がズレているのも通常運転。

「ゴルフ行ってたんだ?」

 凛は、絵美の肩越しにゴルフバッグを見た。荷物を持つのを手伝うことにする。さも当然のようにゴルフバッグを凛に預ける絵美。確かにずしりと重い。

「早朝コースね。平日で早朝コースはすごいお得」したり顔で絵美は言った。

 そこで凛ははたと気がついた。

 ――車に乗せっぱなしなんだ。

 友也の言葉を思い出し、「しまった」と思ったが既に遅い。絵美はとうに助手席に納まっていた。こういう時に、言いたいことを伏せる性格は災いする。アレとソレとコレと、相手のペースに任せて飲み込み続ければ、何かが上手くいかなくなるのは当然だった。

 小さくため息をつき、重たいゴルフバッグを持ってトランク側に回った。なんとか、書類の邪魔にならないようにゴルフバッグを置けばいい。そして、秘めてしまえば。


――――だよ!》


 一旦ゴルフバッグを置き、トランクの取っ手に手をかけた。ぐわぁっと、大仰な仕草でトランクは上に向かって開いた。

「えっ……」思わず凛は声をあげた。頭に描いていた光景と大きく違う。

 そこに書類らしきものは何一つなかった。

 ただ毛布がトランクの奥に向かって押し込められている。SUVタイプの車は、トランクルームと座席の空間が区切られていないので、絵美の頭が見える。絵美は凛の声に振り向いた。

「どうかしたぁ?」

 とぼけたような疑問が飛んでくるが、凛は軽い思考停止に至っていた。

「い、いや、なんでもない……」

 どういうことだろう? 書類を片付けていないというのは友也の勘違いだったのか?

 ――今日は車を使わないで欲しいんだ。

 友也の言葉には何かが秘められていたようにも感じる。前向きに考えれば、これでゴルフバッグを運ぶのに支障がなくなったと言える。

 しかし胸がざわついていた。

 思考は別ベクトルを向いていたが、凛はゴルフバッグをトランクに載せることにした。よいしょ、とゴルフバッグを担ぐ。そしてゴルフバッグをいざトランクに置いて、凛は信じられないモノを見た。

 長く乱れる、髪。

 心臓が高速で鼓動し始める。押し込められた毛布の先から、細く長い髪の毛らしきものが覗いていた。呼吸にならない呼吸が続く。

 凛はなぜか慌てて、トランクを閉めた。ばたんという音がやけに間抜けに響く。

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