―22― ***渡る世間に――
秘め事はある。そう答えるだろう。どれほど親しき仲にも大なり小なり秘密はある。むしろそれはあって然るべきで、むやみやたらに掘り返すべきではない。
友也の出勤の準備を手伝う。
「昨日はよく眠れた?」凛は友也のネクタイを締めながら問う。
「うん。おかげさまで」友也たっての希望で、二人は床を別にしていた。友也が夜に仕事をしたりするからそうして欲しいと言われていた。おかげさまというのはそういう意味だった……と思う。
「今日も頑張って」
「ありがとう」そう言って、友也は出勤していった。
わたし達はきっとこのまま暮らしていけるだろう、そう思った。お互い秘め事に気がついている。それでもお互いの秘め事に踏み込む勇気はない。
母が失踪したように見せかけたあの後、凛が逮捕されることはなかった。母と決別を果たしに家に帰った。もう自分には友也がいる。結婚するために縁切りをしたかった。
《結局、おまえもアタシと同じ穴のムジナなんだよ!》
そう言われたことをきっかけに争いになった。この世に存在する言葉の中で、最もおぞましい言葉だった。しかし殺害する予定ではなかった。ツラマルが殺されかけた時、なぜだか殺さねばならないと思えた。
崩れ落ちる母が「ほらな」と言った気がしたが、それがどういう意味かは分からなかった。凛は母のあの言葉を秘めて生きてきた。わたしは違う、違う、ぜったいに、違う。そうやってどれだけ封印してみても、別の何かを秘めようとする度に、封印のフタが緩む。
渡る世間には、凛を鬼にしてしまうことが多すぎた。何かを得ようとすることは、突き詰めると何かを変えようとすることに他ならない。
だから「何も変えたくない」という凛の望みは、大きな矛盾を孕んでいた。それに凛が気づかぬ限り、凛の周りにはひずみが生まれ続けるだろう。
《結局、おまえもアタシと同じ穴のムジナなんだよ!》
《――――――――――――――――――――だよ!》
マトリョーシカを閉じていく。
――――――――――――――――だよ!》
一つ閉じるたびに、一つ秘めていく。
――――――――――――だよ!》
秘密、それはある意味で人の本質をあわらすもの。
――――――――だよ!》
だから、マトリョーシカに、どぶネズミを隠したら……。
――――だよ!》
凛は何者になるのだろうか。
だよ!》
そうしてまた、凛は秘めて生きていく。
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