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マトリョーシカのネズミ  作者: 相葉俊貴
22/23

―22― ***渡る世間に――

 秘め事はある。そう答えるだろう。どれほど親しき仲にも大なり小なり秘密はある。むしろそれはあって然るべきで、むやみやたらに掘り返すべきではない。

 友也の出勤の準備を手伝う。

「昨日はよく眠れた?」凛は友也のネクタイを締めながら問う。

「うん。おかげさまで」友也たっての希望で、二人は床を別にしていた。友也が夜に仕事をしたりするからそうして欲しいと言われていた。おかげさまというのはそういう意味だった……と思う。

「今日も頑張って」

「ありがとう」そう言って、友也は出勤していった。

 わたし達はきっとこのまま暮らしていけるだろう、そう思った。お互い秘め事に気がついている。それでもお互いの秘め事に踏み込む勇気はない。

 母が失踪したように見せかけたあの後、凛が逮捕されることはなかった。母と決別を果たしに家に帰った。もう自分には友也がいる。結婚するために縁切りをしたかった。


《結局、おまえもアタシと同じ穴のムジナなんだよ!》


 そう言われたことをきっかけに争いになった。この世に存在する言葉の中で、最もおぞましい言葉だった。しかし殺害する予定ではなかった。ツラマルが殺されかけた時、なぜだか殺さねばならないと思えた。

 崩れ落ちる母が「ほらな」と言った気がしたが、それがどういう意味かは分からなかった。凛は母のあの言葉を秘めて生きてきた。わたしは違う、違う、ぜったいに、違う。そうやってどれだけ封印してみても、別の何かを秘めようとする度に、封印のフタが緩む。

 渡る世間には、凛を鬼にしてしまうことが多すぎた。何かを得ようとすることは、突き詰めると何かを変えようとすることに他ならない。

 だから「何も変えたくない」という凛の望みは、大きな矛盾を孕んでいた。それに凛が気づかぬ限り、凛の周りにはひずみが生まれ続けるだろう。

《結局、おまえもアタシと同じ穴のムジナなんだよ!》

《――――――――――――――――――――だよ!》 


マトリョーシカを閉じていく。


――――――――――――――――だよ!》


一つ閉じるたびに、一つ秘めていく。


――――――――――――だよ!》


秘密、それはある意味で人の本質をあわらすもの。


――――――――だよ!》


だから、マトリョーシカに、どぶネズミを隠したら……。


――――だよ!》


凛は何者になるのだろうか。


だよ!》


そうしてまた、凛は秘めて生きていく。

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