―10― ***同じ釜の――
寝食を共にする家族が、友也でなかった頃を思い出していた。
最悪な家庭だった。あれを家庭と呼べるのなら。自我が芽生えた時には父はいなかった。母と妹だけ。最低な母は妹だけを愛した。妹もまんざらではなかった。母が豪勢なごはんを与えるのは妹だけ。凛は檻に入れられた。
家屋の外観は、至って普通で、中身がそこまで残虐なことになっていることを知っている者はいなかった。殴ったり、蹴られたりするわけではない。その家では凛は家畜で、妹は母のペットだっただけだ。何が母をそうさせたのかは知らない。凛がようやく自我が芽生えて、人の生活に向けて成長し始めた時にはもうそうだった。
妹が赤ちゃんだった時、凛が興味本位で顔をつついたことがある。その時母は、化粧で塗り固めた顔を鬼にして凛を叱りつけた。それがきっかけで凛は檻に入ることになった。母曰く、痛みを知れ、とのことだった。幼かった凛はひたすらに自分の悪しき様を呪い、母に謝り続けた。しかしその日から、凛にとっての家は檻になった。
母が一体何の仕事をしていたかは知らない。民生委員らしきことをしていたのを知ったのは、凛がずっと大きくなってからだった。
母は妹にだけ語り続けた。
「さっちゃん。今日も可愛いね。さっちゃん」
妹の名は幸と言った。
「お前はいつまでたってもどぶネズミみたいな顔をしているね」
母の凛に対する言葉は、そんなものだらけだった。母の言葉を借りれば、虫酸のはしる顔が凛の顔だった。
それでも母が好きだった感情もある。妹が食べ残したご飯を、何も言わず檻の中の凛に与えてくれた時は、母が母に見えた。それ以外の時は人の形をした何かだった。
凛は排便を極力抑えることを覚え、家の外に出た時にたまらず野草の中に駆け込んだ。それでもどうしても我慢できない時は、檻の隅にした。匂いは隠せるものではなく、たちまち母から罵声を浴びせられた。
凛が小学生にあがったころ、初めて同世代の友達の家に行くことがあった。今思えば母の狡猾なやり口で、凛が貧相な格好しているということはなかった。だから、他の家が、凛の家庭で行われていることに気づくことはなかった。
友達の家で初めて知る、本当の母。娘を檻に入れることもなければ、娘をどぶネズミ呼ばわりすることもなかった。初めの頃は、もしかしたら自分が帰ってから、自分の家のように友達が檻に入るのかとも思ったが、幼き自己保身はすぐに崩れた。
冗談半分に檻の話を友達にしたら、「何それ犬みたいじゃん」と笑われたからだ。その笑顔が偽物とは思えなかったので、凛は己の環境の異質さを理解した。
中学生になった頃、檻が狭くてどうしようもなくなった。まず入り口に入るのが難しかった。 自由に家を歩き回る妹が羨ましかった。しかし、妹にとっても、あの家は檻のようなものだったであろう。凛が家畜で、妹は母のペットだったのだから。結局、母の想定内におさまっていなければならない。
凛は母の目の届かないところで、妹をじわじわと締め付けることをよくした。さいわい、妹は自己表現が上手でなく、それが母に露見することはなかった。どぶネズミの自分にも、本当は下がいると思いたかった。狭い檻で過ごす日々、母の言葉よりも妹の目が気に食わなくなっていった。かわいそう、そう蔑まれることが最も凛を刺激していたことを幸は知らない。
ついに檻は完全に凛を受け付けられなくなった。けれども、母と同じか少し小さいくらいにまで成長した凛の体は、母への抵抗力を備えつつあった。 入り得ない檻の入り口に押し込められようとしていた凛は、反射的に初めて母に〝力〟を行使した。
呆気にとられた母の顔を見て、ようやく凛は〝力〟の存在を感じ得た。
それから凛と母との立ち位置は代わりはじめた。凛は手に入れた暴力を存分に振るった。母は経済的な暴力を凛に振るった。高校生が親の支援なしに学校に通うことが、いかに困難なことか。裏を返せば、現代の教育システムがあまりにも資本主義と結びつきすぎていて、営利と教育が切り離せていないことの証明ともいえる。
凛は母だけでなく、妹にも力をぶつけた。しかしどれほど、力を使っても、妹と母が目に灯した「おまえはどぶネズミ」という侮蔑の光が消えることはなかった。
凛はついに家を出る決意をし、ほとんど無策で街に繰り出した。
そして友也に出逢った。凛は神になど誓約しない。
幸せにしてやると、自分自身に誓った。たとえ何をしてでも。
凛はすっかり暗くなったリビングで顔を上げた。たとえ何をしてでも。
誓約が凛を立ち上がらせた。
まずはリビングに明るみを――凛は照明のスイッチに手をかけた。物理的な暗さは精神の暗さを併発させるからだ。




