ー後編ー ラブコメ臭とお約束なんて~
浦野とオテシロがこの部室を訪れなくなり四日。
もはや登校して部室で執筆する意味すら曖昧になっていた。
「もう帰るか……」
ノートPCの電源を落としながらカバンを開く。あの日からカバンの中に新しい荷物がひとつ追加された。
その大きな封筒の表面には【○○新人賞 係 御中】と手書きしてあり、その中にはこれまでに書き上げた四本のミステリー小説の中で一番自信のある原稿が入っている。
封筒を避けてPCをカバンに詰め部室を後にする。
下駄箱から校庭にでると、沈みかけの夕日が樹木の影を大きく伸ばしていた。
校門を出たところで不意に中年の女性から声を掛けられた。
「ねえ、あなたこの学校の子?」
どこかでみたことあるような気が……。誰だったっけな。
「そうですよ。なんか学校に用でも?」
その正体に興味は無かったが、彼女から問いかけられた内容は無視できないものだった。
「ねえ、あなたここ数日、このあたりで黒白のハチワレの猫を見てないかしら?」
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帰宅後、自室のベッドに寝転びながら校門での話を思い出して考える。
あの人はうちの学校の食堂のおばちゃんだった。道理で見たことあるはずだ。
おばちゃんが言うにはオテシロは学校の食堂付近を拠点にしていたようで、おばちゃんは夏休みも毎日学校に来てオテシロにエサを与えてた。おばちゃん曰く、オテシロは自分の飼い猫だとの事。
ただここ数日、オテシロの姿が見えないらしい。エサも食べた形跡がないと。心配したおばちゃん達は学校の周りを見て回っていたらしい。
『達』というのはオテシロを探していたのが複数人であったためだ。
おばちゃんが校舎裏を探していた際、ポニーテールの女の子が泣きそうな顔をしながら猫を探していたのを見かけ、それ以降一緒に探していると言っていた。
「浦野……」
もしかすると、あの日からオテシロはいなくなってしまったんだろうか。毎日使っていたエサ場に四日も現れなくなるとしたら……。
最悪の結果が頭を過ぎった。
「ああっ! くそっ!」
もやもやする。なんだよこれ。
考えが纏まらないまま急いで制服に着替えなおし、カバンを引ったくって家を飛び出した。
どうしたらいいかわからん。
わからんけど、じっとしていられなくて夜の街に自転車を走らせた。
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「だめだ。どこにもいねぇ……」
気がつくと、さっき昇ったと思った太陽が再び山の影に沈み込もうとしていた。
昨日の夜から夜通し街の中を探し回り、日が昇ったら学校の中も探し回ったけどどこにもいやしねぇ。オテシロのやつ……、何してんだよ。
もう限界だ……。フラフラの足取りで部室の外の屋外読書スペースの椅子に座り込んだ。
机の上に頬杖をつくと徹夜と久しぶりの激しい体の酷使からか一気に眠気が襲ってきた。瞼が重くなり、抵抗する力もなくそのまま目を瞑る。
不意に優しくて甘い匂いを乗せた風が顔にあたった。
いかん。いつの間にか眠ってたのかな。
ゆっくりと目を開けると、机を挟んだ目の前の椅子に浦野が座っていた。
「浦野……」
少しの沈黙の後、浦野は口を開いた。
「……ごめんね。また、きちゃったよ」
何かを言いたげな浦野は次の言葉をなかなか言い出せずにいた。
「オテシロのことか?」
「うん……。やっぱり部室にも来ていない?」
申し訳なさげに浦野が尋ねる。
「ああ。あの日から来てない」
「そっか……」
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
「あのね、図々しいお願いだと思うんだけど、一緒に探して欲しいの。オテシロを……」
「野良猫が五日も姿を見せてないんだ。探してどうこうなるもんじゃないだろ」
俺は浦野に対して怒っているんだろうか。照れているのだろうか。自分の感情を整理できないでいたが、発する声にトゲがあるのは自覚できた。
「うん……。でもね、でも秋島と一緒なら……」
まただ……。
やめてくれ……。
「俺に期待するなよ……。俺だってなんでもできるわけじゃないんだ」
浦野への言葉をフィルターに掛ける前に口に出していた。
浦野は可愛がっていたオテシロがいなくなって酷く動揺してるんだ。
優しい言葉のひとつも掛けてやるべきだと把握できているのに、俺はもう、浦野に黙っていることができなくなっていた。
そして俺は自分の中の、一番イヤな部分を浦野に露呈した。
それがなんの言い訳にもなるはずもないのに。
「俺の中学のバスケ部って弱小だったんだよ。それでも俺の代のチームはなんとかブロックの決勝にまで進むことができたんだ。自惚れっぽくきこえるかもしれないけど、俺のワンマンチームだった」
浦野は黙って聞いてくれていた。
「勝ち上がってる時は何も気にしてなかった。でも決勝まで進むと皆も、もしかしてなんて期待してきてな。言うんだよ。周りのやつらが『秋島なら絶対やってくれる』なんて」
堰を切ってしまった俺の心のトラウマは、そのまま垂れ流され続けた。
「バスケは大好きだった。部活仲間のやつらのことも大好きだった。だから必死に練習した。で、どんどんチームが強くなってどんどん楽しくなって、どんどん俺は天狗になっていった」
浦野はなにも言わない。真剣な表情で俺の話を聞いている。
「決勝は、どう転んでも勝てない相手だった。弱気とかじゃなくてチームとして比較して絶対的な力の差があった。そんな絶対になんとか出来ない状況下に晒された俺は……」
やめとけ。いまなら止められるという理性の静止を振り切った。
「俺は、試合の三日前に怪我をした『フリ』をした」
言ってしまった……。俺はおわった。
「帰り道に自転車で転んで靭帯を痛めたって事にしたんだ。膝に大層なサポーターをして病院で松葉杖まで借りて悲劇を演出してまでさ」
いま浦野が俺のことをどんな顔をして見ているかなんて、とても確認はできなかった。
「俺が欠場した結果、決勝はボロ負けだった。でも試合が終わった後、あいつらは大げさなサポーターを付けてベンチに座っている俺に、『秋島ここまで連れてきてくれてありがとうな』とか言ってくるんだ。んで、『もし秋島が出てたら絶対勝ってた』ともな」
「俺は逃げたんだよ。『秋島なら』を演じきれなくなって。期待の『秋島』の限界ってのを公表することから逃げたんだ」
ここから次の話への連鎖には心の葛藤はいらなかった。
「小説だって同じだ。部員達からは『おもしれーおもしれー』とか『絶対いけるから投稿しろ』なんて持ち上げられて」
「で、結果はこの前に言ったとおり、これまでの投稿実績ゼロってことだ」
俺はそのまま、この醜い痴態の発表会の締めに入った。
「中学最後の試合の、俺のクソ愚かな行動からずっと、俺は周りの期待を裏切る事が怖くて逃げ回る臆病な小心者のままなんだよ」
「だから、『秋島となら』なんて期待しないでくれ……」
きっと浦野は俺ならなんとかオテシロを探し出して、この問題を解決してくれるなんて期待しているに違いない。
だけど、もしかすると、オテシロはもう……。
そんな状況になってたとしたら、俺にはもう、どうしようもない。
俺はお前の期待に応えられない。
期待に応えられない自分を見せるのが。
……いや、俺は、そんな自分を見るのが怖いんだ。
大事な間違いに今、気がついた。
大間抜けにも程がある。
でも、どうでもいい。
もう、すべて終わったんだから。
長い沈黙。俺は浦野の顔を見れなくて、ずっと俯いている。
「秋島、わたしね」
浦野が優しく小さな言葉を繋いだ。
「昔、オテシロにそっくりな猫を飼ってたの。昔のわたしって無気力でさ。今よりももっと適当な性格だったの」
俯いたままの俺には浦野がどんな表情をしているのかは分からない。でもそれは淡々と、しっかりと紡がれた言葉だった。
「よくおもちゃを咥えて持ってきて、遊んでーって鳴いてきたの。そんとき、わたしはいつも『あとで遊んであげるから』なんていってあしらってばっかりだった」
優しく紡がれていた浦野の言葉が途切れた。
小さく息を吸い込む音がした。
「中三のときにね、その子が突然死んじゃったの」
波に揺れたように浦野の言葉のトーンが乱れた。
「今にして思えばあの子は、無気力で楽しそうな顔を見せない私を心配して、逆に遊んでくれようとしてたんだと思う。いっつも適当な約束だけしてあしらってたわたしに、何度も構ってきてくれたの」
浦野に掛ける言葉がうまく見つからない。
少しの沈黙の後に、後悔の言葉が続いた。
「いなくなった後に……、気がついても遅いのに……」
「浦野……」
俺がようやく顔を上げると、浦野は赤くなった目をしっかりと開いて、まっすぐに俺を見ていた。
浦野は顔を上げた俺に少しだけ微笑んで話しを続けた。
「後悔したまま高校に入学したわたしは、一層無気力になっちゃっててね。その時偶然、この場所でオテシロを見かけたの。最初見た時、うちの子が生き返ったのかと思った。それくらいにそっくりだった」
浦野はそっと目を閉じ、話を続ける。
「オテシロ、最初は中々近寄らせてくれないし、めちゃ警戒してた。でもしつこく何度も何度も話しかけた。学校にくることも面倒に思っていた私は、オテシロに逢いたくて、いつの間にか学校通うことが楽しくなってた」
当時を回想しているのか、目を閉じている浦野は少しだけ笑みを浮かべた。
「わたしね、オテシロに約束をしたかったの」
浦野の声が少し弾む。
「オテシロに気を向けて欲しくて、あの手この手で忍び寄ったり、ちょっかいだしたり、おもちゃを持ち込んでみたりした。わたしがあんまりしつこく構うもんだから根負けしたのか、半年くらい経ったある日に、オテシロはわたしの前にトコトコ歩み寄って来て、香箱座りをして頭を撫でさせてくれたの」
静かに目を開けた浦野は椅子に背中を預けながら空を見上げた。
「その時、わたしはオテシロと幾つかの約束をしたの」
華奢な浦野から誇らしげで力強い言葉が紡がれる。
「『もう無気力になんてならない』とか『やりたい事を見つける』とか、あとは……、『今度はちゃんと向き合う』って約束……、とかね」
浦野は俺の目をしっかりと見ながら宣言した。
「だから……、わたしはどんな結果だったとしても、ちゃんとオテシロの事を知ってあげないとダメなの」
浦野は既に、オテシロの最悪の結果もちゃんと受け止める準備をしていたんだ。
浦野はすごい奴だ。俺なんかとは全然違う。
恥じ入る俺に浦野から柔らかい言葉が投げかけられた。
「わたしね、秋島に都合の良い結果なんて求めてないよ」
「浦野……?」
「ただ、一緒に、受け止めてほしいの。……秋島と一緒なら、ちゃんと受け止められると思うから」
浦野は俺に無責任な期待を押し付けていたわけじゃなかった。
それなのに俺は、自分で勝手に卑屈になって、思い込みで浦野にあたって……。
「ひとりでできなくてゴメンね……。自分の決めたことなのに、わたしひとりじゃ、きっと、ダメだから……」
そう言うとこれまで我慢していたのか、浦野の頬に細い涙の筋が流れた。
なんで俺が浦野の事を好きなのか、ずっと考えてた。
それはきっと、浦野が俺に足りないモノを沢山もっていたからだったんだ。
ああ、俺は馬鹿だ。
狭量でいじけた大馬鹿だ。
わかってしまったら、スッキリする。
ならもう何も考えることなんてない。
「浦野!」
突然大声で呼ばれ浦野は硬直した。
もう、格好がイイとかワルイとかイケてるイケてないとか、そんなこたーどーだっていいんだ。
「一緒に探そう。浦野、手伝ってくれ」
浦野なら、浦野となら、ちゃんと全部、さらけ出して、それを受け止められるはず。
「……うん。……うん。ありがとう。秋島」
差し出した右手を取りながら浦野が笑ってくれた。
これでよかったんだ。
これが正解だったんだ。
「じゃあ、急ぐぞ! っていってもどこから探したもんかな」
やるとなれば事態は急を要する。どこかないか。
「あ、じつは私、怖くて保健所とかにはまだ行ってなくて……」
「そこは今朝行ってきた。保健所にはオテシロはいなかった。あと学校の近くのコンビニとか飲食店のゴミ箱あたりは全部探してきたけど手がかり無しだ」
「秋島……」
「さっさと別の候補を考えろ」
やっぱり浦野つかえねー! なんかヒラメキとかってないのかよ。
「……探してくれてたんだね。ありがとう」
浦野の呟きが小さすぎて聞こえなかった。
ってかここで泣くなよ!
「あー! 泣く暇あんなら何か考えろ」
「……うん!」
「とりあえず、ここにいても何にもならん。体育館とか別棟とかを探すぞ。ほら行くぞ。ぐずぐすすんな。急げイソゲ! だから泣くなっての! 心配すんな、任せろ」
トロイ浦野を促していると、浦野の視線が部室の窓に向けられた。
「秋島、アレ……」
浦野の指差した先をみると、部室の窓辺の机にいつのまにか黒毛玉が座っていた。
「オテシロ!」
「オテシロぉ!」
ふたりの叫びが被った。
オテシロは平然とした顔で伸びをしながら立ち上がり、ヒョイ俺達の机に飛び乗った。
「おまえ、今まで何処いってたの?」
オテシロは「ナー」と短く鳴くと、俺の肩を踏み台にして頭の上に乗ってきた。
「うわ、何処乗ってんだよ!」
その様子を見ていた浦野は口をポカーンと開けてマヌケな顔をしていた。
「オテシロ降りろ。なんか生暖かい。気持ち悪い」
「秋島、オテシロね、秋島の頭の上で香箱座りしてるよ」
「どこで寛いでんだ! この不良猫」
その光景を見た浦野は、一時とまった涙を再び流し始めた。
さっきの涙とは違い、今度はその流れを押し止めることも堪えることもしない。号泣というやつだ。
浦野は溢れる涙を何度も拭きながら「よかった……、よかったよぅ」と肩を震わせていた。
「はぁ、まあ、よかったよ。無事でな」
「……うん」
浦野は俺の正面に立ち、背伸びしながら頭の上のオテシロに手を伸ばした。
「……ありがとうね。オテシロ」
オテシロの頭をそっと撫でながら浦野は呟いた。
大きな瞳に溜まった涙がオテシロを見上げる浦野の顔から俺の足元に零れ落ちている。
紅潮した顔に浮かべた浦野の安堵と感謝の表情が、なにか現実離れして美しく見えて少しの間も目を離すことができない。浦野の今のその全てを取りこぼしたくない。そんな気持ちが沸き上がってきた。
すると浦野がオテシロの頭に置いていた手を自分の胸元に下ろして軽く当て、俺の目をじっと見つめてきた。
夕日を受けたポニーテールはその色を朱色に染めて、優しい風になびきながら眩く輝いた。
どれほど沈黙していたのか、一〇秒か、一分か、コンマ一秒なのか認識できない。理性と羞恥心と空間認識が掻き消され、猛然と高揚感を湧き上げるこの空気。
この感覚は忘れもしない。
やつが来たんだ。
……ラブコメ臭。
ここで再登場とか一体どうなんてんだ。さすがに出てくるシーンを間違ってるぞ。
これで二度目。俺も経験者だ。もうお前のいいようにはさせない。
しかも今回はあれだよ。俺ってばフラれてるんだし、さすがに無理だとわかってる。
いくらオテシロが見つかって安心したとか、目の前の浦野が可愛すぎてガン見してるこの状況でも、俺はお前に惑わされない。
言い訳じみた強がりで心の中で葛藤していた俺に、浦野が呟いた。
「浦野…… わたし…… わたし、ね……」
その時、浦野の潤んだ大きな瞳から今日一番の大きく美しい雫が一粒溢れた。
あ、アカン……。
浦野、にげてー。
「浦野! 俺、やっぱりお前の事が諦められない!」
あーあ……。何してんの俺……。
冷静な頭とは関係なく、もはや魂の言霊というべき強い力によって、ごく自然に口から言葉が発露した。
「……うん」
立ち籠めるラブコメ臭に幻惑されていたからか、浦野が肯定したように聞こえた。やっぱりオカシイ。
「俺はお前のことが大っ好きなんだ!」
言霊は冷酷にダメ押しを発射した。
シニタイ。
「うん!」
今度は浦野の即答がはっきり聞こえた。
『うん』って言った? は? なんで?
浦野も動揺してて、俺が何を言っているのか理解できてないのか?
既に取り消すことはできないところまで来ちゃっている。
きっと浦野もオテシロの事でおかしくなってる。もともと大分とおかしいけど。
ここは分かりやすく簡潔に浦野に伝えて、しっかりと理解してもらうべきだな。
今度はしっかりと自分の頭で考えた言葉を伝える。
「浦野! 俺の彼女になってく」
「よろしくお願いします!」
俺が言い終わる前にすごい勢いで喰い気味に返事が割り込んだ。
呆然とする俺に間髪入れずに浦野が続けた。
「ずっと……、ずっと大好きでした! わたしと、付き合ってください!」
浦野は右手を差し出しながら、その真っ赤な顔を隠すように深くお辞儀をしている。
なんなんだよラブコメ臭。お前を甘く見たことは謝る。さすがに俺には状況が理解できん。だから意地悪すんなよ……。
浦野の差し出した手が小さく揺れていた。
「おね……、がい……、します。わたし、と……」
浦野がお辞儀しながら絞り出すような声を出した。
「まてまてまて、ちょっと待て!」
俺は浦野の右手を掴み取って言葉を遮った。
「告白したのは俺だぞ! 俺が手を出す役なんだよ。なんで浦野がやってんだよ」
「ちがうよ! 秋島はちゃんと告白してくたもん。だから今度は私の番なんだよ!」
やってて意味がわからん。なんの言い争いなんだこれ。
「俺だ!」「わたし!」「俺が!」「わたしが!」
あ、これアレだ。
ひとしきり言い合って、
頃合いを見計らって、
阿吽の呼吸で、
二人同時に
「「どうぞどうぞ」」
やっぱりな。
涙で目を腫らした浦野が変な顔で笑っている。
状況はさっぱりわからんけれど、たぶん俺も変な顔で笑ってるんだろう。
お互い気の済むまで笑った後、浦野が小さな深呼吸をした。
「わたしね、オテシロと約束したの」
「ああ。『ちゃんと向き合う』ってやつな」
「うん。その時オテシロにも約束してもらったの」
「どんな?」
オテシロに約束なんてできんのかね。
「オテシロは『自分が認めた人にしか香箱座りしない』でねって」
「それどんな意味があるんだよ」まったく意味がわからん。
「だってオテシロが香箱座りしてくれるのは、わたしだけだったから。特別感が欲しかったのかな」
浦野はわたわたと説明を付け足すがイマイチ理解できん。
「なんだそりゃ」
説明を諦めたのか浦野は仕切り直した。
「あとね、オテシロだけ束縛するとずるいから、それに関連してわたしもオテシロに約束したの」
「なんて?」
「『オテシロが認めた人しか彼氏にしない』って」
「……なんて迷惑な約束しやがる」
だから俺はフラれたのか? 理不尽すぎるだろ。
「……わたし、ずっと秋島のこと、好きだった」
不意を突かれて自分の顔が瞬間で赤くなったのが自覚できた。
「だからわたし、ずっとオテシロが秋島を認めてくれないかなーって見てたの」
「色々とけしかけて来てたのはそれか……」
「秋島、オテシロに認められる前に告白するんだもん。困っちゃったよ……」
「俺、そんな不可解な理由でフラレたんか……。あっ、でもあの時は百七十九がどうのって言っただろ?」
「それは、だって香箱座りじゃないから! なんて言えないでしょ」
『ヒャク、ナナジュウキュウじゃないから』だって大概だぞ? どっちにしろ意味不明だ。
「だからってなんで百七十九なんだ? 切りのいい百八十センチとかならなんとなくわかるけど。適当か?」
すると浦野は再び背伸びして俺の頭の上に手を伸ばした。
「ほら。こうやって香箱座りしてると、オテシロの頭のテッペンから地面までが十五センチ。これは特別な長さなんだよ」
なにいってんの? 理解不能だ。ってかオテシロ、まだ俺の頭の上に乗ってたのかよ。器用なやつだな。
「百六十四センチの秋島と、香箱座りした十五センチのオテシロで百七十九センチ」
あっけにとられて声も出んわ。なにそれ?
もういいのかとでも言いたかったのか、オテシロが俺の頭の上から飛び降りて、机の上で香箱座りした。
なぜか浦野が『すごいだろー』みたいな顔をして俺の反応を待っている。
するとオテシロの目の前で小さな羽虫が風に煽られてフラフラと上下に煽られた。
オテシロの頭が上下に動く。上がったー。下がったー。上がったー。
「十五センチじゃないぞ?」
上下するオテシロの頭を指差して冷静に答えた。
「ああっ、オテシロ、動いちゃダメだって! これはノーカン! ノーカン!」
慌てた浦野が羽虫をパタパタと遠ざけると、その手の動きに興味を示したオテシロの頭が上下左右に激しく動き始めた。
「適当かよ」
羽虫が飛び去って一安心した浦野は俺に向き直ると、コホンと小さく咳払いをしてから言った。
「でもね、これはオテシロと私との大事な『お約束』、なんだ」
嬉しそうな浦野の笑顔には、いつもの眩しさが戻っていた。
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あの後、食堂の傍でオテシロを探していたおばちゃんにオテシロの無事を伝えると、おばちゃんと浦野が抱き合って泣いていた。おばちゃんは、その大きな胸(手も足もお腹も顔も全部大きいが映像的に敢えて編集)で浦野をぎゅっと包み込んでいた。
おばちゃん、浦野を潰さないでくれよ。
そのまま日の落ちた通学路を浦野と二人で帰っている。
俺と浦野はこれまでのオテシロとの名場面(主に俺の醜態)のベストテンを発表しながら歩く。
すると急に浦野が目の前の坂を駆け上がり、坂の上から俺を呼んだ。
自転車を押しながら坂の頂上に到着すると、浦野がコレコレなんて指差している。
「秋島、今原稿もってる?」
軽く息を弾ませた浦野は真っ赤なポストを指差しながら確認してきた。
「ああ。持ってる」
「どうする?」
小首を傾げて問いかける浦野には強制や心配なんて全く見えなくて、ごく自然に優しい笑顔を浮かべていた。
「あんま自信ねーよ?」
カバンから封筒を取り出したはいいけれど、この期に及んでこのセリフって、俺、器ちっちぇーなぁ。
「だーいじょうぶ。わたしも一緒にいるから。彼女だもん」
グダグダだった再告白だったけど、浦野はちゃんと受理してくれてたんだな。安心した。
「『自信ない』ってちゃんと言えたじゃん。秋島。結果もふたりで受け止めればなんでもないよ」
俺が浦野の事が好きな理由。全部わかったわ。
「行ってこい!」
勢い良く原稿を投函口に放り込んだ。
「がんばってねー」
浦野が声援を送る。
「なんか緊張するけど……、ちょっとワクワクするな」
浦野はうんうんと頷きながら嬉しそうに笑った。
「まあ、落ちたら落ちたで残念ではあるけどな」
「大丈夫だって。そんときはわたし励ますからさ。『ふっ やられたか。しかしあいつは四天王の中では最弱……』ってさ」
浦野が顔を隠しながら黒幕っぽい口調で言った。
「ぜんぜん元気でねーよ! ってかあの原稿、完成した四本の中じゃ最強だからな? いきなりラスボス級を送り込んだんだからな」
「えー お約束は守ろうよぅ。じゃあ次は十傑とか三本柱とか作って送ろうよ」
「それ、だんだん弱くなってんじゃねーかよ!」
ま、こんな感じで傍に居てくれるんなら、きっと大丈夫だな。
「しっかし、おまえってホント『お約束』大好きだよな」
「うん。『お約束』は大事なんだよ」
しれっと答える浦野にちょっと腹がたったので軽く尻を蹴っておいた。
大げさに痛がり文句を垂れる浦野。ちょっとスッとした。
空が落ち着いた紫に覆われる中、坂の上から眺めた町並みにポツリポツリと小さな灯りが添えられていく。
結局、今回俺はラブコメ臭とお約束に散々振り回された形になった訳だ。
だけど徹夜で走り回って疲労困憊の体の隅々に、この風景と浦野の声が心地よく溶けていくこの感覚は決して悪いもんじゃなかった。
まったく…… ラブコメ臭とお約束なんて、末永く愛されればいいのに。
拙い作品にお付き合い頂き、ありがとうございました!
つい出来心でとか、動転してとか、むしゃくしゃしてたのでカッとなってとかで結構ですので、ご感想など頂けると幸いです。
改めて、ありがとうございました。




