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リサイクルの女神は何を作る?

作者: G・花山

「こんな仕事も出来んのか!」

今日も嫌われ社長の怒鳴り声が響く。

一際大きなイスに腰掛けながら怒鳴り散らす男が一人……彼の名は天野喜造。

名前のように社員達に喜びを造ることはなく嫌われる一方。

「こんな調子では仕事にならん!私は出かけるからちゃんと仕事しとけよ!」

彼が職場を離れた直後に多くのため息が社内を包む。

「あいつ出かけてばっかで仕事しねぇよな」

「まぁ彼の会社だからね。私たちはこき使われても仕方ないよ」

「それにしてもただ親父の会社継いだだけであんなでかい面されてりゃ嫌になるってもんだよ」

真夏の暑い中で怒鳴られ気分も悪くなる社員からは諦めにも近い言葉しか出てこない。

(あの社長さんを更生したい……?)

「まぁ出来るものならね……ん?誰だ?」

聞いたことのない女の子の声を疑問を持ち周りを見渡す男性社員に話しかけているものはいなかった。

その直後に事件は起こる。

「危ねぇーぞぉぉぉ!!」

外から聞こえる叫び声。

ドンッ!

会社の前に大きな衝撃があったことを感じ、社員たちは一斉に外を見た。

「あーあー。盛大に事故ってんなぁ」

「ドライバーはどこ見てんだよ。電柱に当てるなんてなぁ」

「うそ……でしょ?……イヤァァァ!」

何かに気づいた女性社員が指を指しながら叫んでいる。

「あの下!車の下に!社長が……」

その言葉を聞いた社員たちは窓辺に集まり外を見た。

確かにそこには見覚えのある顔、見るだけで苛立ちさえ覚える顔をした"もの"が転がっている。

それを見た社員たちは怯えながらもどこかスッキリした顔をしていた。


「どう?あなたの最後は?誰からも悲しまれず死んでいく姿をしっかり見るのね」

「私が死んだだと!バカなことをいうな!ここにいるじゃないか!」

真っ白な空間に巨大な扉しかない部屋で自分の死ぬ瞬間を見せつけられ理解の出来ない喜造に青いワンピースを着た少女は説明を始める。

「……あなたは……輪廻転生という言葉を知ってる?死んだ人間は新しく生まれ変わるの……それを手伝っているのが私よ。人間のリサイクルとでも言うべきかな。あなたのような人間を使えるものへと生まれ変わらせてあげるわ」

喜造はフッと笑い目の前の女の子を睨んだ。

「面白いことをいうね。使えるものへと生まれ変わらせるだと?私ほどの有能な人間に対して……」

「黙りなさい!」

だらだらと話し、自分を有能だと思い込んでいる喜造へ少女が一喝した。

「あなたが有能?……まぁいいわ。あなたが生まれ変わった先で思い知らされるのね。自分が無能だってことを」

少女はそう告げると踵を返して巨大な扉をそっと開ける。その瞬間、目も開けられない程の光が発し喜造を扉の奥へと吸い込んでいく。

その時、今まで表情ひとつ変えなかった少女が口元に笑みを浮かべながら言った。

「大丈夫よ。あなたの記憶は残しといてあげるわ。向こうに行って学んでくるのね。その記憶が損になるか得になるかは分からないけどね」

その言葉と共に喜造は光の中へ、少女は光となり消えていった。


(ここはどこだ……なんだこの巨大な石と植物は?おい!誰かいないのか!……!)

そこで喜造は気づいた。自分の声が出ていないことを。その直後に喜造を地獄へと突き落とす現実が待っていた。

巨大な植物についている水滴に映る自分を見た喜造は絶望する。

(これが私なのか?)

そこに映る姿はとても大きな蟻。いや、大きな蟻ではなく蟻そのものだった。

今まで気にもかけていなかった小さな世界が今は生前に見ていたビルのような大きさに感じる。

「おい!そこの新人!早くそこのセミ運んでくれよ!」

声のする方向へ向くとそこには水滴に映った自分と同じ姿をした生物がいた。

(どうやら蟻同士は話せるのか……)

振り返った先に転がる巨大なセミの死骸を細かく千切り運んでいく蟻の群れ。

それを見ながら喜造は聞いた。

「どこに運ぶんだ?それにセミなんか運んでどうするんだ?」

そんな喜造に先ほど話しかけてきた蟻が答える。

「そんなことも分かんないのか……女王様に貢ぐんだよ!俺はそれしか仕事がねぇんだから!いいから早く運べよ!」

理不尽に怒鳴られ喜造は怒りを覚えたが、今は現実を受け入れ言われた通りにするしかない。

千切られたセミを咥えて列をなし歩く蟻の群れについていく喜造。

生前、まともに働いていなかった喜造にはかなり過酷にも感じられただろうが彼を待っている地獄はまだまだ深いものだった……。


やっとの思いで地下に広がる迷路のような家に着き、初めて入る部屋の数々。

そして、とうとう女王へと運んで来たものを献上する時が来る。

「おい新人!失礼のないようにな!」

献上を終えた蟻から言葉をかけられ喜造は頷くことしか出来なかった。

暗く長い道を進み、一際大きな部屋が顔を見せた……そこにいた女王様と呼ばれる存在。

喜造は内心ビクつきながらも献上をしにいった。

「女王様、献上しに参りました」

そこにいた女王は、ぶくぶくと太り少しも動こうとせずただ献上されたものを口に運びながら佇んでいた。

「次のものを持ってこい」

ただそれだけの言葉を放ち感謝も無しに喜造を追い出した。

(なんなんだあいつは……自分で動かずにただ私に働かすだけで……)

喜造はイライラとしながら巣を出ていった先にあった光景とは……

「また太ってやがったなあの野郎……」

「ずっと働かされている俺らの身にもなってくれよなー」

「まぁあれでも女王様だからね」

女王に対する愚痴を放つ蟻が集まっていた。

喜造は自分も不満を言うためその輪に入っていく……。


(彼はまだ反省していないようね。自分のやっていたことをされているのだけれど……気づかないなんて本当にバカね)

真っ白な部屋から喜造を監視しながら少女は呟いた。

社長時代に彼がこき使っていた社員同様の扱いを受けてもなお自分がしていた過ちに気付かない喜造。

そんな彼が反省し心を入れ替えることができるのだろうか……?

少女は面白そうに目を細めながら彼の監視を続けた。


「俺たちは働くことしか出来ねぇからな……もし女王に歯向かったらどんな目に合うか分かんねぇよ。ここを出されちまったらもう生きていけねぇしな」

少し歳のいった蟻はそんな言葉を残して次の貢物を探しにいった。

それに続いて一匹、また一匹と輪から離れていく。

喜造もそれに続いて出かけては貢物を持って巣に帰り、女王への献上を続けていた。


毎日。


毎日。


同じことを繰り返すだけの日々に飽き始め、そして女王への不満も募りに募っていった。

もう自分が社長であったことも、人間であったことも忘れるくらいに働いていた。


(そろそろ限界かしら……ここで彼の記憶をもう一度戻してあげましょうかね……)

ひたすら働き蟻として働き続ける彼の様子を見ながら少女はほくそ笑み一つの淡い光を彼の頭へと飛ばした。


パシッ!

その光は彼の頭へ当たると共に吸い込まれていった。

(……うっ!)

忘れていた喜造として生きていた時の記憶が走馬灯のように再生され彼は頭を抑えてうずくまる。

(思い出した!思い出したぞ!)

喜造に戻った一匹の蟻はなぜかスッキリした顔をしていた。

「ハハッ……そういうことか……私は社員達をこき使い、まるでここの女王のようだった。女王に愚痴を言っていた毎日、それは自分自身に言っているのと同じことだったということか」

輪廻転生に関する全てに納得した喜造は女王に対して一切愚痴を吐かなくなり、ひたすら働き続けた。

(社員達に申し訳ないことをし続けていたな……もし、人として戻れたなら彼らに謝らなければ……そして私を蟻に変えたあの少女にも感謝しなければいけないな。大切なことを教えて貰ったものだ)

喜造の心は綺麗なものになり、社長時代の横暴な雰囲気は消え去っていた。


「そろそろ良くなったかしら」

彼の様子を監視していた少女はポツリと呟き姿を消すと次の瞬間、彼の近くに姿を現した。

そして、久々に彼との会話を始めた。

「どう?最近の調子は?」

大きさでは少女かどうかも分からないが声のする方を向いた喜造は鮮明に覚えていた。

その少女が誰なのかを。

なぜ自分がこんなことになっていたのかを。

喜造は少し頭を整理してから話しだした。

「私は間違っていた。ただただ立場が上というだけで働かずただ社員にばかり仕事をさせて嫌味ばかり言っていた……。さぞかし嫌われていたことだろう。しかし、君のおかげで過ちに気付くことが出来た。ありがとう。」

彼はとても穏やかな顔をしていた。

「どうやら口先だけではなさそうね。あなたの魂はちゃんと綺麗な色になってるわ」

そう言うと少女は透明な水晶の玉のようなものを出してきた。

「これがあなたの心よ……あなたが初めて私に会った時はとてもどす黒い色をしていたの。それが今は綺麗になっているわ。しっかりと改心したようね」

いつものように口元だけ笑う彼女に対して喜造はもう一度頭を下げた。

「もう私は自分の過ちに気づけて満足だ。このまま蟻として余生を過ごしていくよ」

喜造は頭をあげ真っ直ぐ少女を見た。

そんな喜造を見つけ返し少女は言う。

「いえ、あなたは反省しているようだし行くべき所にいくの」

そんな言葉を言われ喜造は涙を浮かべながら少女に聞いた。

「私を許してくれるのか……?こんな私を……」

少女はしっかりと頷いて答えた。

「ええ……ちゃんと戻してあげるわ。さぁ目を閉じて」

喜造は涙を拭い言われるままに目を閉じた。


……


…………


とんっ……


(さぁこれで終わりよ)


少女が上げた足の下には無残にも一匹の蟻の死骸が転がっていた。

「ごめんなさい。私は輪廻転生させてあげるわけでもないの。あの世に運ばれる魂を浄化するためにしているのよ。生きているときに反省しなけりゃ意味がないのよ。また人間として生きれると思ったなんてバカなこと言わないわよね?せっかく改心したのに残念だったわね。ふふっ」

今までで一番の笑顔をした少女は亡骸に言い放った。


そんな少女の手に持たれた魂は小さな光の屑となり天へと昇っていく。

その様子を背にしながら少女は次の汚れた魂を求め街へと降りていった。

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