4
紀夫と槇島で議論した結果、速見と山科さんを連れて行く場所は県西の海水浴場に決まった。海開きにはまだまだ早いが近くのコテージは営業していて、首尾よく格安で予約がとれた。水温が低いため泳ぐことこそできないが、海辺で遊ぶ程度なら可能だ。シーズンオフなので他に客もおらず、落ち着いて遊ぶことができる。
資金に関しては山科さんも速見も卒業旅行を企画していたため、それを流用してもらった。二人がケンカしたためお流れになり、旅行資金が宙に浮いていたのだ。日程に関しても、二人は今週に卒業旅行をする計画だったため、ちょうどよく空いていた。
紀夫と槇島の分は貯金を崩して対応する。二人ともここぞというときに備えて資金は備蓄していたため、一泊くらいの費用は出せるのである。その分アニメのBDを買えなくなるが、どのみちループ問題が解決しなければ新作のBDも発売しない。背に腹は代えられなかった。
日取りは水曜日、木曜日の一泊二日だ。ループの起点になっているのが月曜日で、火曜日が今日である。かなりの強行日程だが、うかうかしているとまた月曜日に戻ってしまう。紀夫と槇島はわざわざ電車で下見までして、万全の準備を整えた。
ちなみに下見には高宮も誘った。遊べそうな場所の視察から買い物のためコンビニ等の位置の確認まで、やることは山積みだった。とにかく人手がほしかったのだ。ループ関連の話を伏せて、山科さんと速見を復縁させる作戦を立てていると伝えておけば、勉強以外で全く役に立たない頭を使って、高宮なりに知恵を絞ってくれるだろう。本番でも高宮はきっと役に立つ。主に引き立て役として。
そういうわけで紀夫は高宮に電話をした。ところがあのクソ野郎は、紀夫の要請を断りやがったのである。
「はぁ!? 何でだよ! どうせ暇だろ?」
『いや、忙しいよ。今日中に「グレンダイザー」を全話見なくちゃいけないから』
そういうのを暇っていうんだよ……。紀夫は携帯電話をいったん耳から離し、嘆息する。仕方なく紀夫は高宮に餌をちらつかせるという作戦を決行した。
「本番には槇島だけじゃなくて山科さんも来るんだぜ……? おまえ、ほとんど男子校みたいなところにいくんだろ? 最後のチャンスだぜ……?」
電話の向こうでガタッと音を立てて高宮は立ち上がる。
『ま、槇島さんが来るの……? 山科さんも……?』
高宮はにわかに迷い始めた。よしよし。いい傾向である。紀夫は作戦成功を確信する。しかし高宮の返事はノーだった。
『……いや、それでもいかない』
「どうしてそうなるんだよ!? 今のは完全に行く流れだろうが!」
思わず紀夫は絶叫する。高宮は微妙に声を震わせながら、理由を言う。
『だって、今回行けば都合よく彼女ができるなんてこと、あるわけないじゃないか』
こいつの場合冷静だというわけではなく、単に後ろ向きなだけだ。強い言葉で前向きにさせようと紀夫は試みる。
「いや、そりゃそうだけど行かなきゃ可能性はゼロだぞ? やるだけやってみるのも手じゃないのか?」
『可能性なんかほとんどゼロに近いんだから一緒だよ。ぼ、僕は手に入らない三次元女より二次元を選ぶ!』
「おまえ、ネガティブすぎるぞ。おまえがいいところ見せたら案外コロッといくかもしれないぜ?」
ま、高宮より俺の方がかっこいいところを見せられるに決まってるんだけどな!
『……僕に残された時間は少ないんだ。選ぶべきは、確実に手に入る方だよ! 結果が伴わない過程なんか意味がないんだよ!』
高宮はヒステリックに叫んで電話を切った。クソ野郎め。少しは俺の言うことを聞けよ。
○
紀夫と槇島が下見を終えて家に戻ったのは、夜の八時を過ぎてからだ。二人とも両親の締め付けは緩く、家族同士も近所なので仲がいい。そのため帰りが遅くなっても、明日急に旅行に行くといっても、長谷くん(槇島さん)とであれば、と許してくれた。槇島は図々しくも紀夫の家で一緒に夕食をとり、帰るのは少し休憩してからと紀夫のベッドに寝転がる。
「さ~て、見逃してる点はないかしら。明日は絶対成功させなくちゃいけないからねぇ」
ごろごろと紀夫のベッドの上を転がりながら槇島が言う。紀夫は答えた。
「大丈夫だろ……。そこそこいいところだったし、気温もまずまずだった。天気予報だと明日は晴れだし……」
明日の天気に話が及んだところで、槇島はガバッと音を立てて起き上がる。
「天気予報……? だめだわ! 明日は天気予報はずれる!」
「はぁ……? なんでわかるんだよ」
紀夫は怪訝な顔をするが、槇島は大真面目だ。
「私の記憶だと、明日の午後は天気予報がはずれて大雨になるのよ! なんであんたは覚えてないの?」
そりゃあ紀夫は引き籠もってアニメ三昧だったからだ。天気など全く気にしたことがない。ピーちゃんと出会い、魔法の保護を受けたことにより、槇島もループしているときの出来事をかなり正確に思い出していた。水曜日は毎回天気予報がはずれて大雨。このことは何度ループしても同じである。
紀夫は事の重大性に気付き、青くなる。
「やばいじゃねーか! 雨じゃ海に連れて行っても雰囲気悪くなるだけだぞ!」
予約したコテージのある海岸は、海以外何もない田舎だ。ディズニーランドでアトラクションの待ち時間で険悪になるカップルよろしく、嫌な空気が漂うに違いない。由々しき問題である。
紀夫はあの海岸に何があったか思い出しつつ、打開策を練る。確かボートを置いてあったが、雨では使えない。近くにカラオケボックスはあったが、密室に破局寸前のカップルを閉じ込めるような真似はできれば避けたい。やがて紀夫は思いついた。
「いや、待てよ……。ピンチはチャンスだ!」
突然柄にもなく前向きな台詞を叫んだ紀夫に、槇島は首を傾げる。
「どういうこと?」
「吊り橋効果を狙うんだよ! 確かあの海岸、すぐ近くに無人島があってボートで渡れるようになってるだろ? そこに二人に置き去りにして……」
紀夫の計画はこうだ。晴れているうちにみんなで無人島に行き、紀夫と槇島は身を隠すなり先に帰るなりして山科さんと速見を二人きりにする。そのうち雨が降って二人は島から出られなくなるだろう。そのときに速見が頼もしい様子を見せれば、山科さんが速見のことを見直してよりを戻すという寸法だ。
「そんなにうまくいくかしら……。第一、危ないでしょ? 本当に何かあったらどうするの? 事故が起きたらあんたの責任よ?」
槇島はごろごろしたせいで寝癖がついた頭で紀夫の案に疑問符をつけ、紀夫は答弁する。
「うまくいくように俺たちが誘導するんだよ。先に雨宿りできる場所くらい確保しておいてさ。危ないっていうのは同意だけど、虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。ピーちゃんに魔法を使ってもらって監視すりゃいいんだろ。できるよな、ピーちゃん?」
紀夫が訊くとピーちゃんがベッドの下から顔を出して返事をする。
「ええ、そのくらいならお安いご用です」
「あんたそんなところにいたの……」
槇島は上からピーちゃんを見下ろしながらとさかをぷにぷにと押す。ピーちゃんは微妙に嫌がりつつも黙っていた。
「最悪山科さんが死ぬなり大怪我するなりしても、来週になれば元通りだろ」
紀夫はかなり無責任で残酷な発言をするが、ループを止めなければ否が応でもそうなる。速見がループの犯人だった場合は知らん。
「ま、そんなことになる前に俺が魔法で何とかするけどな! 俺は全ての絶望を打ち砕く魔法使いだ!」
紀夫は『魔法少女マジデ!? マジカ!?』の台詞を引用して、任せろと言わんばかりに胸を叩く。槇島は胡散臭そうに「夢も希望もない童貞でしょ……?」とジト目を向け、ピーちゃんは槇島に押されてへこんだとさかを直しながら言う。
「まあ、紀夫さんの命と引き替えにすれば、人間一人を生き返らせるくらいはできると思いますが……」
「だったら決まりだな! 心配しなくても、そこまでのことにはならねーよ。絶海の孤島とかじゃないんだからな」
「あんたがいいならいいけど……」
そう言いながら槇島は不満げだった。軽々しく紀夫が命をベットしたのが気に入らないのだろう。無駄なところでこの女の感覚は普通なのである。
しかし紀夫は、命を賭してでも戦わなければならないときがあると信じていた。具体的には新アニメが見られないときとか。
紀夫は槇島に帰ってもらい、明日に備えてまともな時間に床に就く。興奮しているせいか、なかなか寝付けない。遠足前の小学生と同じだ。
(女子と外泊なんて初めてだからなぁ……)
そう考えるとみなぎってきた。ちなみに槇島は女子にカウントされない。
(あんなことや、こんなこともあるかもしれない……!)
うっかり押し倒して密着。お風呂に間違って乱入。紀夫の脳内で、ハーレムラブコメアニメの一幕が再生される。やはり積極的にラッキースケベは拾っていかなければ。そうこうしているうちに、山科さんの心も紀夫に靡くかもしれない。山科さんを速見から奪うのだ。
本当に速見に悪魔が憑いているのだとすれば大変なことになるが、構うことはない。速見が暴れれば紀夫の魔法で屈服させればいいだけだ。物騒だが事態収拾のためにピーちゃんも協力してくれるだろう。
「待っててくれ、山科さん! すぐ俺のモノにしてあげるから!」
紀夫は布団に抱きつき、ベッドの上で身悶える。ちっとも眠れそうな気配がなかった。