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「……長谷、起きなさい。私が来てるのよ?」


 うるさいな……。誰だよ、もう少し寝かせてくれよ……。


「……ったく、仕方ないわね。うりゃあっ!」


「うげぇっ!?」


 胸のあたりに激しい衝撃をくらって、紀夫は飛び起きる。見れば槇島が思い切り肘を紀夫のみぞおちに落としていた。


「なんでおまえがいるんだよ!?」


「来ちゃった♪」


 てへっ♪ と槇島が舌を出す。今すぐぶち殺してぇ……。


「鍵はどうした!?」


 時計を見れば午前十時といったところである。両親とも今日は仕事で不在のはずだ。


 槇島はあっけらかんと答えた。


「開いてたわよ? ていうか、いつも開いてるんじゃない? この辺で泥棒なんて聞いたことないし」


 田舎に鍵を掛ける風習がないというのは、せいぜい昭和の時代までだと思っていたのに、まさか自分の家がそうだったとは……。今は平成何年だと思ってるんだよ。俺もおまえも平成生まれだろうが。おかげでこんな闖入者が紀夫の部屋に上がり込んでいる。


「……何の用だよ」


「決まってるじゃん。犯人捜しの相談よ」


 槇島の言葉で思い出した。そういえば昨日の夜にピーちゃんとかいうお化けニワトリに出会って、同じ一週間が続くループ現象の犯人を捕まえることになったのだった。


 とりあえず紀夫はピーちゃんを呼んでみる。


「ピーちゃん、いるか?」


「はい、ここに」


 ポン、という小さな音とともに空中からピーちゃんが姿を現し、必死に翼をパタパタさせて床に着地する。精霊の魔法で身を隠していたそうだ。昨日相談した結果、ピーちゃんは紀夫の近くで身を隠して待機してもらうことになっていた。


「……不本意だが全員揃ってるな。槇島、着替えるから部屋から出て行ってくれないか?」


 紀夫がそう言うと、槇島は笑顔で返した。


「ここで見ててあげるから、遠慮なく着替えて!」


「うるせー! 生着替えが許されるのは二次元だけだよ!」


 紀夫は槇島をつまみ出し、身支度を調えた。




 仕切り直してダイニングでテーブルにつき、コーヒーを飲みながら真面目に協議を始める。対面で紀夫と槇島が座り、テーブルの上にピーちゃんが腰掛けるという構図だ。


「それで、誰から調べ始めるの? 結構候補はいると思うけど」


 槇島はうちのクラスの名簿を広げる。紀夫は腕組みして言った。


「まずは速見と山科さんにしようと思う」


「どうして? まずは高宮の家にでも行って、ぶん殴ってみるのが早いと思うけど」


「テメーは俺と高宮が言い合いするのを見たいだけだろうが!」


「あ、ばれた?」


 てへぺろ☆ と舌を出す槇島は放っておいて、どうして速見と山科さんかというと、もちろんリア充だったからだ。そしてクラスで数組いるカップルの中でも、お付き合いを始めるのに特に時間が掛かった一組でもある。速見からすれば、それだけ苦労したのにあっさり捨てられるのでは未練も大きいだろうという判断である。


「ま、長谷が速見くんがいいって言うなら私は構わないわ。この組み合わせもそこそこ捗るし。さっそく速見くんとアポとるね」


 テメーは本当に自分の欲望に忠実だな……。あきれている紀夫に構わず、槇島は携帯電話を使って首尾よく速見との約束を取り付ける。まずは速見に事情を訊いてみることにしよう。


「ストレートに訊けばまず教えてくれないと思うのですが、どうなさるのですか?」


 ピーちゃんの質問に紀夫は答える。


「そりゃあ相手の出方次第だけど、基本的にはあっちの問題を解決してやればいいんじゃないか? 付き合いが続けばループを起こす理由がなくなるんだから、止まるだろ」


 むしろループが続けばせっかく仲直りしたのがリセットされるため、向こうも必死に悪魔を止めようとするのではないだろうか。契約している人間が裏切れば悪魔はその人間の中に隠れていられない。そこでピーちゃんにがんばってもらえば、ループは止まる。


「ならば私の役目は最後の最後ですね」


「ああ。でも場合によっては昨日みたいに二人を監視してもらうかもしれないから、そのときはよろしくな。ピーちゃんは何か意見とかないか?」


 紀夫がほぼ今後の活動を決めてしまったが、いいのだろうか。あくまで紀夫たちはアドバイザーだと思うのだが。


「監視の件は了解しました。私の意見と言われましても、正直なところ私は手掛かりを全然掴めていないのです。当面は全面的にお任せします。最悪の場合、紀夫さんの魔法で何とかなりそうですし」


 無責任な気もするが、本人がそう言うならまあいいだろう。方針もまとまったところで、紀夫たちは速見と約束した場所に出発することにした。




 速見との待ち合わせ場所は、町の図書館だった。少し前に改修を行った図書館の建物は無駄にピカピカで、田舎の風景に溶け込めない。


 この図書館に来るのはかなり久しぶりだ。建物のすぐ脇を私鉄の路線が通っていて騒音が酷く、とても落ち着ける場所ではない。そのため紀夫がこの図書館を利用することはほとんどなかった。


 書架に挟まれたやや奥の机で何冊もの本を積み上げ、青い顔で頭を抱えているのが速見だった。速見は積み上げた本に目を通しながら、ぶつぶつと何やらつぶやいている。


「速見、待たせたな」


 紀夫が声を掛けると、速見は幽鬼のようにゆっくりと顔を上げ、立ち上がる。速見はそこそこのイケメンなので、落ち込んでいるのも様になっていて少しむかつく。


「長谷……俺……どうしたら……。本には何も載ってなくて……」


 机の上に広げられた本のタイトルを見てみると、「鳥類に学ぶ恋愛術」「ボノボの自由恋愛」「恋愛花言葉百景」などなど。理科オタクのこの馬鹿男は、明後日の方向にアプローチしていたらしい。


「まずは落ち着け。本を片付けよう。ここで話をするのは迷惑だから、場所を変えるぞ」


 今にも倒れそうな速見の背中を軽く叩いて元気づけてやり、一緒に片付けを手伝う。ついてきていた槇島はというと、「いつもは速見×長谷なのに今日は長谷×速見か……。これはこれでいけるわね……。ていうか、弱っている速見くんもかわいい……」とうっとりしていた。どこで道を踏み外したんだろうね、この子は。


 紀夫たちは図書館を出て、裏口の石段に三人並んで座る。当然だがピーちゃんは姿を隠していて、紀夫と槇島は速見を真ん中に挟む位置で腰を下ろした。


「山科さんとケンカしたんだって?」


 最初は無難に紀夫が訊いてみる。そのまま死にそうなくらいにゆっくりとした動作で、速見がうなずいた。


「ああ……。俺が悪いんだ……。俺が、強引に明里に……」


 こいつ山科さんを下の名前で呼ぶようになったのかよ。早くも壁を殴りたくなってきたぜ……!




 そもそもの発端は先週、二人でデートしていたときのことだという。速見と山科さんは話題になっている恋愛映画を見た。映画はなかなかに面白く、二人は帰り道も映画の話題で盛り上がった。


 速見はデートの後、山科さんを線路の向こうの住宅街まで送るのが習慣になっていたという。その日も速見は夕陽が顔を覗かせ始めた頃、山科さんと並んで歩いて、いつも通り過ぎる踏切に差し掛かった。


 そこで速見は気付いてしまう。先程見た映画でも同じシチュエーションがあった。主人公は夕暮れの踏切でヒロインの手を取り、初めてのキスをする。速見と山科さんは付き合い始めてからもう一年以上経つが、キスなどはしたことがない。幸い周囲を見回してみると、人の気配は一切ない。速見は今がそのときだと思った。


 速見は山科さんに映画と同じ台詞を囁き、おどけながら手を取る。しかし山科さんは速見の手を振りほどき、頬にビンタを見舞い走り去ってしまった……。




「えっ……? それだけ?」


 拍子抜けした紀夫は思わず尋ねるが、速見は力なく首肯するばかりだ。


「ああ……。あの日から連絡しても返してくれないし、昨日のクラス会じゃずっと無視されて……」


 紀夫は槇島に尋ねる。


「なぁ、女子ってキスくらいで怒るものなのか?」


 紀夫はリア充ならキスくらい朝飯前だと思っていた。べつに男友達が無理矢理迫ってきたとかではなくて、曲がりなりにも速見は山科さんの彼氏である。一年以上付き合ってキスがまだで、しかもやろうとしたら逃げられるとは……。


「人によるんじゃない? 確かに山科さんはそういうところ、潔癖そうね。さて、どうすればいいのかしらね……」


 槇島も速見にどんな言葉を掛ければいいのか、わからないようだった。速見は一人で勝手に沈降を始め、どつぼにはまり始める。


「俺……焦ってたんだよ。明里がそういうこと苦手なのわかってて、やっちゃった。でも、不安で不安で仕方なかったんだ……。明里はみんなに優しいから」


 確かに山科さんはみんなに、というか誰にでも優しい。紀夫は言うに及ばず、大半の女子が会話の通じないネクラと馬鹿にしている高宮にだって、分け隔てなく他の人に接するのと同じような態度で話をしてくれるのだ。ついつい紀夫が、山科さんは紀夫のことを好きではないかと勘違いしてしまうのも仕方ないことだ。……仕方のないことなのだ。


「俺って、本当に明里と恋人らしいことしたことないんだよな……。どこかに行っても絶対割り勘だし、俺のこと絶対に名前で呼んでくれないし……。そもそも俺、本当に明里と付き合ってたのかな……。だんだん自信がなくなってきた……」


 速見は頭を抱え、紀夫は顔をしかめる。あれで付き合ってないなら、殴る壁がいくつあっても足りねぇよ……。


 紀夫は教室での山科さんと速見を思い出す。成績のいい速見はよく山科さんの勉強を見てあげていた。山科さんの後ろから「そうじゃないよ」とノートを書き直す速見。手が触れあって山科さんは「ありがとう」と顔を赤らめ、速見は柔らかく笑う。消しゴムを落としたときなどは二人同時に手を伸ばして「あっ」と手を引っ込め、顔を見合わせて二人で笑う。ああ、思い出しただけで壁ドンしたくなってきた……!


 紀夫は少し考えてから、速見に伝える。


「事情はわかった。こっちから山科さんに連絡をとってみるよ。山科さんの言い分を聞いてから、またどうするか考えよう。速見、それでいいか?」


 問題を先送りにしただけのような気もするが、拙速よりは巧遅だ。変に動いて山科さんの心象を損ねたら、それこそ終わりである。


「ああ……頼む。長谷だけが頼みの綱だ。俺は、明里を失いたくない……!」


「任せとけ」


 紀夫はうなだれる速見の肩を叩き、力強く応えた。槇島がその様子を見てハァハァしていたが、気にしないことにする。反応したら負けだ。

私は昭和生まれです

今の子はきっとまどマギもシュタゲも知らないんだろうなあ

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