エピローグ
紀夫が高宮をボコった後、何事もなかったかのように時は進んだ。紀夫は事件解決後、残りの春休みで新アニメを満喫し、無事に高校の入学式を迎える。
高宮は、結局予定通りに県外の進学校に入った。保有していたカッス銀貨は全て紀夫が破壊したが、高宮は魔法そのものが使えなくなったわけではない。絶望からカッス銀貨を新たに生み出せば、無論また魔法を使うことはできる。
なので紀夫は別れ際に、「次やったらわかってるよな……?」と教育的指導をしておいた。高宮は完全にいつもの自信なさげな状態に戻っていたため、素直に頷いてくれた。実際、次にやらかしたらまた時津風親方的な意味でかわいがってやるだけである。
槇島は「やっぱ男の友情って萌えるわ~」と壮絶に勘違いしていたが、もはや捨て置くしかあるまい。こいつは手遅れだ。屑を屑として扱ってやって、何が友情なんだよ。
他の皆も、それぞれ新しい生活を始めていた。
森橋は茨城で甲子園を目指して元気にやっているらしい。地元に残った輝沢さんも、たまに公園でバスケの自主練習をしているのを見掛ける。輝沢さんは高校でも女子バスケ部に入り、日々汗を流しているということだ。
森橋は一年生ながらレギュラーをとれそうなので、スケジュールが合えば夏の県大会を観戦に行くと輝沢さんは言っていた。もしも甲子園に行くことができたら、こちらの友達みんなで応援に行こうという話もしている。そのときは紀夫も観に行ってやることにしよう。
速見と山科さんは一度喧嘩して、よりいっそう仲良くなってしまった。石破ラブラブ天驚拳を撃てそうなくらいにラブラブである。紀夫がアニメのBDを買うために町へ出ると高確率でデートしている姿を見掛ける。畜生。もげてしまえ。紀夫の拳は壁を貫いてしまいそうだ。
ついこの間には、気が早いことに速見から夏休みに一緒にどこか旅行しようという誘いを受けた。紀夫と槇島、速見、山科さんで高知あたりに行かないかということだ。電話口で速見は言う。
『俺は長谷に助けられたからな。今度は俺が長谷を助ける番だと思うんだ。この夏で槇島さんと、決めちゃえよ!』
とりあえず速見がとんでもない勘違いをしていることはわかった。幸せすぎて頭がボケているらしい。爆発して詫びろ。
秋本と松川さんもすっかり平常運行だ。時々喧嘩しつつ、気がつけば復縁してを繰り返している。秋本は高校でもトップクラスの成績を維持し続けているそうで、そのガリ勉ぶりには頭が下がる。高宮も秋本を見習えばいいのに。今思い返すと、高宮には目的意識があまりにもなさすぎた。
紀夫はというと、特に変わりない。超弩級のインパクトで高校デビューしてやろうと春休み前までは考えていたが、高宮が馬鹿な事件を起こしたせいで準備できなかった。冷静になってみれば、多少紀夫がイキッても失笑を買うだけで終わるだろうと思われるので、これでよかったのかもしれない。春休みが中途半端になってしまったのでその分深夜アニメ品質管理の仕事に全力投球だ。
「あああああ、やっぱり助手はかわいいなぁぁぁぁ! 決めたぞ、俺は東京電気大学に行く! そんで牧畑クリーミーちゃんみたいな助手をゲットするんだ!」
紀夫は教室で机に突っ伏してアニメ誌を凝視しながらつぶやく。隣に立っていた槇島はあきれ声をあげる。
「あんた文系じゃない……。この前の一件でアッパラパーが加速したの?」
この馬鹿も腐れ縁で同じ高校に入り、同じクラスだった。槇島は失礼なことを言うが、紀夫は気にせず教えてやる。
「この間使った魔法の代償なら、過去の俺にも等分してかぶってもらった。だから俺は全然平気だぞ」
紀夫を襲うはずだった凄まじい反動は、少しずつ過去の自分にかぶせて無力化したのだった。ダメージが大きすぎると今の紀夫にも影響が及ぶので、こんな手が使えるのは一度だけだが、特に問題はないだろう。次に高宮が暴走すれば紀夫はもっとスマートに解決するだけだからである。
どこか自慢げな紀夫を見て、槇島は大袈裟にため息をついた。
「あんたがいかれている理由がよくわかったわ……。あ~あ、ちょっとは二次元だけじゃなくて三次元にも興味を持ちなさいよね~!」
紀夫は顔をしかめる。なんてデリカシーのない女だ。
「あんだけがんばったのに松川さんはともかく、輝沢さんも山科さんもゲットできなかったじゃねーか。畜生、森橋と速見が憎い……!」
三次元は投資の効率が悪いのだ。二次元なら、お布施すればするほど見返りがあるのに。しばらくは二次元に生きていたいと思う。だがリア充への怒りは止められない。紀夫は机に拳を叩きつけて発散する。おい、誰か新しい壁を持ってこい。ジャラジャラとチック金貨が生み出され、現れたピーちゃんが机の影に隠れつつも金貨を回収していく。
槇島はピーちゃんに尋ねた。
「そういえばピーちゃんは帰らなくていいの?」
「しばらく紀夫さんを監視するようにクロノス様から命じられています。次にやらかすとしたら紀夫さんだとクロノス様がおっしゃっているのです」
俺と高宮を一緒にするなんて、なんて失礼な神様だ。ぶっ殺すぞ。
「紀夫さんももう少し落ち着いてくれれば私も帰れるのですが……」
やれやれとピーちゃんが肩をすくめ、槇島はまたため息をついた。
「彼女でもできれば落ち着くんだろうけど……。ねぇ、長谷。もうちょっと視野を広げてみればいいんじゃない? あ、案外近くに、運命の人がいるかもよ?」
どういうわけか槇島が頬を赤らめる。そんなに都合よく相手が見つかるわけがない。紀夫は槇島の言葉を無視してアニメ誌のピンナップ観賞に戻ろうとする。ところが、紀夫が机を叩いていたせいで筆箱が落ちそうになっていた。紀夫は筆箱を手元に引き寄せるが、消しゴムが教室の床を転がっていく。
ふいに小学生のときの思い出が蘇った。バイ菌扱いされていた紀夫は、同級生から物理的にアンタッチャブルな存在だった。ある日、紀夫は筆箱を落とし、中の文房具をばらまいてしまう。転がっていった文房具が触れた女子はバイ菌が伝染したと号泣、紀夫はクラス会で吊し上げを受けることに……。
トラウマスイッチの入った紀夫は慌てて消しゴムを追いかけて椅子から飛び出し、隣の机に頭をぶつける。紀夫が頭を押さえて悶絶していると、消しゴムが差し出された。
「落ちましたよ。はい、どうぞ」
隣の席の中村さんだった。栗色のウェーブがかかったセミロングが美しい、おっとりした美少女だ。中村さんは嫌がる様子もなく消しゴムを拾い、紀夫の掌に乗せてくれた。中村さんのほっそりとした白い指が、紀夫の手に触れる。
「あ、ありがとう……」
「長谷君、気をつけないと怪我しますよ」
そう言って中村さんは微笑んだ。戦場でナースに出会ったような気分である。一発で紀夫は中村さんにノックアウトされた。
急いで紀夫は自分の席に戻り、興奮冷めやらぬドギマギしたテンションのまま槇島に頼む。
「おまえの言う通りだった……。案外近くに、運命の人っているんだな……! 俺は中村さんに告る! 作戦を考えてくれ!」
紀夫の依頼を聞き終えた槇島は、こめかみをひくつかせながら拳を握り、ぶるぶると震わせる。……? 何かおかしなことを言っただろうか。
槇島は足を肩幅くらいに開いて構え、渾身の右ストレートを紀夫の顔面に突き出す。
「死ね! 唐変木!」
「ほぐぉっ!?」
顎を貫かれて脳を揺らされ、紀夫は槇島にノックアウト(物理)された。いったい何が気に入らないんだ。三次元はわけがわからん。とりあえず槇島の助力は期待できないことがわかった。
だが俺には、この春リア充どもの仲を取り持った経験がある! 魔法使いとしての力もある! 俺一人でも中村さんをモノにしてやるぜ!
薄れ行く意識の中で、紀夫は決意した。しかし中村さんには小学校時代から彼氏がいて、紀夫が付け入る余地がなかったと判明するのはわずか三日後のことである。紀夫の人生、おわり。
いかがだったでしょうか。もっと続けてもよかったかなあとも思うのですが、正直ネタ切れです。恋愛って難しい。




