表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壁パンマンですがありあまる童貞力で魔法使いとなったのでリア充を殴ります  作者: ニート鳥
1話 壁パンマンですが魔法使いになりました
3/32

「うう……。感動の最終回だった……。まさかマジカちゃんが奇跡の力で世界を書き換えて全ての魔法少女を救うなんてな……」


 エンドロールを見ながら紀夫は涙する。BSが最速で放送するので、紀夫も全国の仲間と感動を共有できる。やはり『魔法少女マジデ!? マジカ!?』は日本アニメ史に残る傑作だ。ご都合主義だのと叩いているクソ野郎は死ねばいい。実況板やツイッターも大盛り上がりである。最後までこの作品を見て本当によかった。マジカちゃんは俺たちの世代の代表だ。


 やがて新番組の予告が始まり、紀夫は気持ちを切り替えて画面を眺める。


「来週からこの時間は『斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス』か。ロボットものなら高宮に勧めてみるか……。覇権にはほど遠いだろうけど。それよりこの時間は『シュタインズ・チャイルド』だな……」


 紀夫の読みでは、来季の覇権はゲーム原作の『シュタインズ・チャイルド』である。違う局で来週のこの時間に放送だ。確かに助手の牧畑クリーミーちゃんはかわいいと思う。やや退屈な前半を好評のうちに乗り切れば、覇権は確定だろう。


 そこから紀夫はネットのお気に入りサイトを巡回し、『魔法少女マジデ!? マジカ!?』の最終回を見た興奮を思う存分昇華してから、床についた。普段と違って明日の学校を心配しなくていいのが嬉しい。その日見た夢は、よく思い出せないがとても安らかなものだった。


 次の深夜もまた別のアニメの最終回である。一クールの終わりなので、深夜アニメも最終回ラッシュなのだ。いい最終回もあれば、投げっぱなしのどうしようもない最終回もあった。次の週からは春アニメが始まる。新番組を楽しみにしながら、紀夫は一週間を過ごした。



 アニメ漬けの一週間が終わり、いよいよ今日から四月である。この一週間も大事な一週間だ。放送されるアニメはとりあえず全部チェックして、視聴継続するものと切るものを選別しなければならない。ネットの仲間とあーでもないこうでもないと議論する、苦しくも楽しい時間の始まりである。


 紀夫が住んでいるのは四国の田舎なので、放送本数に難があると思われるかもしれないが、BSやCSに動画サイト等を組み合わせればかなりまで網羅することができる。要は環境を整えるだけの情熱があるかという話だ。


 それでもこのクソ田舎では民放はどこもアニメを放送しやがらないため、最速で見ようと思えばネットの違法動画に頼る他ないのが辛いところである。この県ではせっかく地方としては珍しく民放五局の系列局が揃っているのに、全く意味がない。どうしてテレビの番組表くらい統一できないのか。加藤良三仕事しろ。


 連日の深夜視聴が祟り、紀夫はすっかり昼夜逆転して昼間に寝る生活を送っていた。親からは顔を合わせる度に小言を頂戴していたが、「ピーピー騒ぐな! 本番は任せろ!」と言ってある。


 長期休みの間、深夜まで起きているという程度、誰にでもできる。学校が始まってからが本番だ。雨の日も風の日も、忙しい日も体調が悪い日も、最速視聴を変わらず一年中続けてこそプロだろう。


 とはいえ寝られるときには寝ておいて、英気を養っておくのもプロの仕事だ。その日も紀夫は布団の中で、すっかり日が暮れるまで惰眠をむさぼっていた。


 ところが、今日に限っては親によって紀夫の安眠は妨害された。母が紀夫の部屋に侵入し、大声を上げる。


「紀夫! 今日はクラス会でしょう? いつまで寝てるの!」


 紀夫は顔をしかめながら起き上がり、目を擦りながら母に抗議する。


「何言ってんだよ、母さん。クラス会は先週だったろ?」


 母はエプロン姿で腰に手をやって仁王立ちし、譲らない。


「先週なんて何もなかったでしょう! 委員長の横山さんから、電話が掛かってきてるのよ!」


 母さん、ボケるにはまだ早いぜ……。後期高齢者まであと三十年以上あるのに、勘弁してくれよ……。


「出席しないって伝えておいて。なんで二回も出なくちゃいけないんだよ」


 大方、有志で集まって二回目をやっているのだろう。お通夜は一回で充分だ。葬式は有志だけに任せよう。


「全く、誰に似てこんな子に育ったんだか……」


 あきれ果てた様子の母は、ぶつぶつと言いながら部屋を出て行った。間違いなく母さんに似たのである。押し入れの奥から五飛×トレーズの同人誌が発掘されるような家で育てば、こういう子になるのは仕方ない。身重の身でコミケに参戦したとかいう伝説を父さんから聞いたときは、泣きたくなったぞ。母さん、こんなときどんな顔をすればいいんだよ……!


 紀夫は布団を被り直して、二度寝を決め込む。あと一時間くらいは夢の世界でいさせてほしい。現実とかいうクソゲーはアニメの時間までお休みといきたいところだが、次に目が覚めたら春休みの宿題をやると決めてある。なんでまだ高校に入学してないのに宿題が出てるんだよクソが。




 紀夫は父が帰ってくる時間帯に起き出して晩ご飯を一緒に食べて、宿題をやった。このペースで真面目にやれば、入学式までには終わるだろう。最低限、真面目に学業をこなすのもヲタクを続ける条件なのだ。


 新番組の時間になると、紀夫はテレビの前に正座する。さぁ、今週からはいよいよアニメ『シュタインズ・チャイルド』放送開始だ。原作は神ゲーだったが、アニメもそうとは限らない。尺の都合でわけのわからないショートカットが繰り返され、原作はいいのに糞アニメになってしまうのはよくあることだ。とはいえアニメ絵で動く牧畑クリーミーちゃんを見られるだけでも、充分視聴に値する。


 さぁ、いよいよ時間だ。新しい世界の始まりである。紀夫は瞬きもせず画面を注視する。派手な音楽と共に、画面が切り替わった。


『深夜のお笑いスペシャル 春の復活祭』


 ……は?


 テレビの向こうでは、名前も知らない芸人がつまらない馬鹿騒ぎを繰り広げていた。紀夫は目を擦ってからもう一度画面を凝視するが、三流芸人の集いは一向に終わる様子がない。リモコンを押し直して確認するが、チャンネルを間違えたわけでもなかった。紀夫はこめかみを抑えて独り呟く。


「……俺としたことが放送開始日を勘違いしていたようだな。しゃーない、高宮に勧めるつもりだったロボットものでも見るか……」


 どうせ新番組は全て録画して、後で全部見る予定だ。冒頭を見逃す形になるが、今見ても同じだろう。紀夫はリモコンを操作してチャンネルを切り替えた。すでに始まっていたナレーションが耳に飛び込んでくる。


『……月食のサバトにより飛び散る魔法少女たち。「おまえが最後の一人だ」。白き魔法使いはマジカに契約を迫る。果たしてマジカの決断は……?』


 おかしいなあ。どこからどう見ても先月フィナーレを迎えた『魔法少女マジデ!? マジカ!?』ではないか。どうして新番組が始まるこの時間に再放送しているのだろう。


 疑問は一向に頭から消えなかったが、神作画と神脚本に引き込まれ、気付けば三十分経ってしまった。やはりマジカちゃんは何回見てもかわいい。戦闘シーンの作り込みに怒濤の伏線回収。他のアニメより抜きんでて完成度が高い。


 紀夫が感動の余韻に浸っていると、マナーモードにしていた携帯電話が震え始める。ほとんど反射的に紀夫は電話に出た。


「はい、もしもし」


『あ、長谷? やっぱり起きてた。「マジマジ」の最終回見た?』


 電話の主は槇島だった。ぼんやりしていたせいか、紀夫は普通に応対してしまう。


「ああ、見たよ。なんで今日再放送してるんだ? 何回見ても面白いけど」


『再放送? 長谷、何ボケたこと言ってるの?』


 電話の向こうで槇島が首を傾げたのがわかった。首を傾げたいのは紀夫の方である。


「いや……だって、今日はもう四月だろ? どうして前クールの再放送やってるんだ?」


『はぁ!? やっぱりあんた、アニメの見過ぎでおかしくなってるんじゃない!? 今日は三月二十六日よ? 頭大丈夫?』


「え……?」


 紀夫は慌てて立ち上げたまま放置していたコンピューターに向かい、アニメ総合雑談板を開く。板は『マジデ!? マジカ!?』を絶賛するスレッドで溢れていた。紀夫は適当に目に着いたスレッドを開き、レスの日付を確認する。


 槇島の言う通りだ。最新の日付は、三月二十六日。四月まではまだ一週間ある。


『全く、あんたといい高宮といい、クラス会にも顔出さないしさ……。たまには外に出ないと、頭がおかしくなるわよ。ちょっと、長谷、聞いてる!?』


 もはや紀夫の耳には、槇島の言葉が全く入っていなかった。紀夫が夢でも見ていて、勘違いしているという線はありえない。紀夫が一度見たアニメを忘れるはずがないからだ。紀夫が今日見た『マジデ!? マジカ!?』は、作画も展開も先週見たものと全く同じだった。


「俺は過去に戻っている……!?」


 『シュタインズ・チャイルド』に出てくるギガロガジェット七号でも使えば、こういう事態も起きるのだろう。二次元の世界でしか起きないことが、紀夫の身に起きていた。


「う、うわああああああああっ!」


 思わず紀夫は悲鳴を上げて、わけもわからず走り出す。ドカドカと階段を駆け下りて玄関から飛び出し、紀夫は深夜の道路を爆走した。稲刈りが終わってから一冬放置され、腐りかけの藁だけが散乱している寂しい田んぼしかないクソ田舎の風景が、紀夫の視界を流れていった。


 しかし薄暗い部屋の中でモヤシのようにひ弱に栽培された紀夫の体は長時間の全力疾走に耐えられず、紀夫は百メートルも行かない内にぜいぜいと電柱に手をついて息を整える。


 冷静に考えろ。仮に紀夫が過去に戻ってしまったとしよう。だからどうしたというのだ。別に戦国時代にタイムスリップしたとか、ハルケギニアに召還されたとか、流行の異世界転生だとか、そんなスケールが大きい話ではない。たった一週間戻っただけなのだ。一週間寝て過ごせば、すぐに次の週が来る。新作アニメを見られないのは辛いが、春休みが一週間増えたと思えば悪い話ではない。


 そこで紀夫はハッと顔を上げる。


「あれ……? 先週もそう思ったような……」


 口にした瞬間、もやが晴れるように一気に記憶が甦った。


 そうだ、俺は先週も同じ事に気付いた……! いや、先週だけじゃない。先々週も、そのまた前の週も……。


 紀夫は愕然とする。もう一ヶ月以上、紀夫は同じ一週間を繰り返している。少し古いが、ひぐらしの世界だ。竜騎士07はどこへ消えた。


 神頼みで神社に行って全財産を賽銭箱にぶち込んだこともあった。手動で家の時計を全て進めて怒られたこともあった。時間がループしていると周囲に訴えて、とうとうアニメの見過ぎで頭がおかしくなったと哀れまれたこともあった。


 紀夫が何をやってもループは止まらなかった。今日もこの日に戻ってしまっている。


 もはやエンドレスエイトだ。同じ話を八回もやれば、オワコン化するのは残念だが当然である。


「なんてことだ……! このままじゃ世界が終わっちまう……!」


 このままでは、アニメ絵でぬるぬる動く牧畑クリーミーちゃんを永久に見られないではないか! 人類にとっての損失である。


 そんな紀夫のつぶやきに、返事をする者がいた。


「そのとおりです。このままでは世界が終わってしまうのです」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ