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壁パンマンですがありあまる童貞力で魔法使いとなったのでリア充を殴ります  作者: ニート鳥
3話 壁パンマンですがようやくリア充を殴ります
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 紀夫のことはどうでもいいとして紀夫、槇島、輝沢さんの三人は公園のベンチに並んで座り、本題に入る。


 まずは槇島が輝沢さんに尋ねた。


「どうして森橋くんと別れるって話になってるの? だいたいの事情は聞いてるんだけど、一応当事者の輝沢さんから教えてくれる?」


 輝沢さんはこくりとうなずき、話し始める。


「コウくんが突然茨城の高校に行くって言い出して……」


 コウくんというのは森橋のことだ。下の名前が公一なのである。




 森橋は野球部の四番捕手を務めるスラッガーだ。うちの中学の軟式野球部は昨年、四国大会で準優勝していて、中心になっていた森橋は当然のように高校でも野球を続けて甲子園を目指す道を選んだ。


 とはいえ県内でも充分野球の強い高校はある。元々、森橋は県外に進学する気などなく、県内の野球強豪校へ進学する予定だった。少なくとも夏前までは本人もそう考えていたようで、輝沢さんにも県内のとある公立校を受験すると伝えていた。


 風向きが変わったのは秋頃である。一校、県外で森橋を熱心に勧誘していた高校があり、森橋は熱意に負けて一度その高校を見学に行った。そして、帰ってきた森橋は野球留学をすると言い出した。




「向こうの高校にすごいピッチャーがいて、ビビッときたって……。それで、コウくんはどうしてもその子の球を受けたいって……」


 輝沢さんが膝の上で拳をぎゅっと握る。この数ヶ月、心労が溜まっていたのだろう。近くで見る輝沢さんの頬はこけているような気がした。


 輝沢さんは本来、強い人だ。一学期には委員長としてクラスを引っ張り、紀夫をはじめ問題児だらけのクラスで修学旅行を何事もなく終わらせ、学期末にはクラスマッチで二組を優勝させた。ここぞというときに大きな声を出して、クラスの皆を鼓舞する姿には、紀夫も助けられた。その輝沢さんが、今は捨てられた子犬のようだ。


 紀夫としては、山科さんのように他の男と幸せそうにされるのも辛いが、今の輝沢さんのように悲しい顔をされるのも胸を締めつけられる。紀夫がそんな風に感じる所以などないのはわかっているが、湧き上がる衝動は無視できない。


 紀夫の複雑な心境など全くお構いなしに、槇島は不気味ににやける。


「なるほど……。ティンときたのね……。ピッチャーとキャッチャーの受け攻めは定番だものね! 森橋くんの性格的に捕×投かしら? 意表を突いて投×捕の可能性も……」


 馬鹿は黙っててくれないかな……。


「ウチ、コウくんと同じ高校受かったのに、コウくんはそこには行かないって……。ウチは遠距離でも関係ないって言ったんだけど、コウくんは別れようって……。ウチ、もういらない子なのかな……?」


 輝沢さんは泣き笑いのような表情を浮かべて顔を上げる。


 紀夫は自分に言い聞かせるように言った。


「そんなことはないだろ……。あいつは、森橋はそんなやつじゃない……」


 こんな顔の輝沢さんを見ると、紀夫は小学生時代を思い出す。二度と思い出したくない黒歴史なのに、紀夫のポンコツ脳内HDは勝手に思い出を再生する。




 小学生のとき、輝沢さんはいじめられていた。


 特にきっかけがあったわけではない。輝沢さんは昔から運動神経もルックスもよく目立っていたのだが、その割に大人しい性格だったのでターゲットになったのだろう。女子たちは直接暴力を振るうことはなかったものの仲間はずれにされたり、持ち物にいたずらをされたりと陰湿なやり方で輝沢さんは悪意を一身に受けた。


 紀夫はそんな状況を看過できなかった。きっと当時高宮に勧められて見ていた熱血アニメの影響だろう。紀夫は輝沢さんが何かされる度に首謀者と目される女子どもに殴りかかった。


 しかしアニメを見て強くなれるなら誰も苦労はしない。紀夫はサラリーマン金○郎を見て上司を殴ったサラリーマンのように、返り討ちにされ続けた。さすがに今は負けないと思うが、当時は成長期を迎えた女子の方が男子より強かったのだ。


 今思えば、そんな風に紀夫がピエロになっていたため、輝沢さんが余計にいじめられたような気もする。だが当時から紀夫は馬鹿でそこまで考えていなかった。輝沢さんも、紀夫が行動を起こすたびに救われたような顔をしていたと記憶している。少なくとも紀夫には、そう見えた。


 実際に輝沢さんに嫌がらせを行った女子はただの数人だったが、ほとんどの女子はとばっちりを恐れて輝沢さんと距離を置いた。あのとき、輝沢さんと普通に話していた女子は、槇島だけだったように思う。当時はまだ801に目覚めてこそいなかったが、すでに重度のアニオタで、槇島もクラスで浮いていた。女子の中で槇島だけが「女のそういう陰険なところが嫌い」と輝沢さんに普通に接していた。


 だが槇島だけが輝沢さんに優しくしても、いじめが止むはずがない。仲間はずれにされた二人が徒党を組んでいるようにしか見られていなかった。




 状況を打破したのは、森橋である。少年野球で上級生に混じって大活躍していた森橋は、あまりはしゃぐ方ではなかったのでクラスの中心でこそなかったが、寡黙な求道家としてクラスでも一目置かれていた。


 何せ休み時間にも遊ぶことなく毎日一人で黙々とバットを振っていたような男である。体の鍛え方も違うので、些細な理由で攻撃を始める馬鹿な小学生たちでも尊敬せざるをえない。そして休み時間や放課後に教室にいなかったため、森橋はクラスで酷いいじめが行われていたことを知らなかった。


 ある日の昼休み、急な雨で教室に戻った森橋が見たのは、例によっていじめの中心グループの女子に挑み、あえなく返り討ちにされた紀夫がフルボッコにされている姿だった。


 森橋は激昂して問答無用で紀夫をサンドバックにしていた女子たちをぶん殴って追い散らし、紀夫を助け起こす。紀夫は確か「輝沢さんをいじめていた連中を許せない」的なことを森橋に言い、痛む体に鞭打ってトイレに退避した女子グループを追跡したはずだ。森橋も「おまえを一人で行かせられるか」みたいなことを言って、無謀な挑戦をする紀夫に同伴してくれた。


 紀夫と森橋は女子トイレで大暴れして、女子たちを泣かせて詫びを入れさせた。ほとんど森橋の手柄だったのは言うまでもない。


 事件の後も輝沢さんは孤立していたが、露骨な嫌がらせは止まった。紀夫はもちろん森橋や槇島も輝沢さんに気を遣ったため、輝沢さんは何とか普通の学校生活を取り戻せたのではないかと思う。


 槇島は紀夫と森橋を見て「女子と違って、男子の友情は凄い!」と感激していた。この後槇島はどんどん道をはずしていくことになるが、紀夫に一切責任はない。……誰が何と言おうと絶対に責任はない。




 いじめ事件も時が経つにつれ風化し、いつしか輝沢さんは何事もなかったかのように女子グループに参加するようになっていた。いじめられていたときは沈んでいたが、本来彼女は明るい性格なのだ。中学に上がる頃には、輝沢さんは女子の中心を担っていた。


 だからといって輝沢さんは日陰者の紀夫や槇島を遠ざけるようなこともせず、今に至るまで会えば話す程度の関係を保ってくれた。現在、はみ出し者の紀夫たちが平和な生活を送っていられるのは女子の有力者たる輝沢さんと仲が良いというのが大きい。企図してやっているわけではないだろうが、輝沢さんは紀夫たちを守ってくれているのである。


 順風満帆の輝沢さんは中学校に入学してすぐ森橋に告白し、付き合い始めた。その事実を知らず輝沢さんに告って爆死したど阿呆が約一名いるが、今は関係ない。寡黙だが優しく男気のある森橋は明るいのに大人しいところのある輝沢さんをよくリードし、三年間順調に交際を続けて今に至るというわけである。




 紀夫としてはそんな森橋が輝沢さんを傷つけているのが信じられない。森橋はそういう男ではないはずだ。


 とにかく、一方の意見だけを聞いても始まらない。紀夫は言った。


「……森橋に事情を訊いてみる。絶対に何とかしてみせるから、輝沢さんは俺を信じてくれ」


「うん……。ウチにはもう長谷しか頼れる人がいないから……」


 輝沢さんは赤い目を擦りながらそう言ってくれた。紀夫は努めて笑顔を浮かべ、胸をドンと叩く。


「任せてくれ。じゃあ、また明日連絡するよ」


 紀夫たちは輝沢さんと別れ、公園の出口へ向かう。入れ替わるように、体操服を着た数名の女子が公園に駆け込んでいった。


「あれ? 輝沢先輩、何やってるんですか?」


 体操服姿の女子集団は輝沢さんに親しげに声を掛ける。輝沢さんは滲んでいた涙を払い、パッと笑顔になった。


「うん、ちょっとね」


「自主練ですか? 私たちも一緒にやっていいですか?」


 女子たちは楽しそうに輝沢さんを囲み、尋ねる。彼女たちは輝沢さんのバスケ部の後輩なのだろう。


「もちろん! じゃあ早速始めようか!」


「「はい!」」


 輝沢さんは集まった女子たちと共に練習を始めた。てきぱきと指示を出し、皆がだいたい公平にバスケゴールを使えるようにしつつ、一人ひとりの話を聞き、それぞれの悩みを解消する。もう先程の悲しそうな姿はどこにもない。どんな状況にあっても、集団の中で自分の役割を全うできる。なんて彼女は強いのだろう。


(いや……違うな)


 公園の出口から輝沢さんたちの様子を見ながら、紀夫は一人首を振る。頭の中でじゃらじゃらと金貨が消費される音が響き、「虫の知らせ」が紀夫に洞察を与える。




 輝沢さんは強いわけではない。強くあろうとしているだけだ。




 考えてみれば当たり前のことである。大抵誰だってそうだろう。本当は弱い自分を隠して、必死に厳しい現実に立ち向かっている。


 でも、その当たり前のことができるのが彼女の凄さなのだ。それが紀夫にはよくわかる。だって彼女は、紀夫のように二次元の世界に逃避していたりしないから。


 代わりに輝沢さんの心の拠り所になっているのが森橋だ。森橋の正しさと強さが、今の輝沢さんを作った。その森橋が離れていこうとしているからこそ、輝沢さんは揺らいでいる。


 紀夫が二次元に依存しているように、輝沢さんも森橋に依存しているだけなどとは、紀夫はとても言えない。紀夫の避難所である二次元と違って森橋は手を差し出し、支えてくれる。人は一人では生きていけないという事実に背を向けて、自分だけの世界に籠もっている紀夫が、どうして誰かとつながろうと歩み続けている輝沢さんを笑えるだろうか。


 せめて輝沢さんと森橋を復縁させることで、紀夫だって少しでも人の温もりに触れたい。紀夫が思っているほど、三次元がハードモードでないということを証明したい。自分にないものを持っている輝沢さんを、どうにか助けたい。


 たとえ彼女の好意が自分に向けられることはないと知っていても。



「何が『絶対に何とかしてみせる』よ。安請け合いしちゃって、本当にどうにかなると思ってるの?」


 輝沢さんと別れた後の帰り道、槇島は刺々しい様子で言った。紀夫はイライラと転がっていた空き缶を蹴る。


「うっせーな。奇跡も魔法もあるんだよ」


「あんたの魔法は反動が強すぎて実質使えないでしょ」


「関係ないだろ」


「まさか勝手に何かやらかす気? やめてよね、迷惑だから。ピーちゃん、ちゃんと見張っておいてね」


「御意にございます」


 槇島の呼びかけに応え、ぱたぱたと翼をはばたかせながらピーちゃんは空中から出現する。ピーちゃんは着地すると説明を始めた。


「そもそも紀夫さんは精神操作や時間操作、世界改編など操作系の魔法を自力ではほとんど使えません。紀夫さんの魔力の源になっているのは怒りや嫉妬ですから。攻撃系の魔法以外は簡単なものならなんとか、という程度です」


 要は紀夫はリア充死ねと思っているのでリア充を殺す魔法しか使えないということだ。ピーちゃんにチック金貨を渡して代わりに魔法を使ってもらえば紀夫でも様々な魔法を使えるが、自力では基本的にRPGの攻撃魔法的な焼いたり凍らせたりといった魔法しか使えない。攻撃魔法以外の本格的な魔法を使いたければ、別の欲求から生まれた別の貨幣が必要になる。


「遠視や修復の魔法は私がチック金貨を両替することで発動していたのです」


 そのためにわざわざピーちゃんはチック金貨を体に取り込んでいたわけである。ピーちゃんが拒絶するなら、紀夫は魔法なしで事に臨まねばならない。


 紀夫は宣言した。


「魔法は当てにしてない」


 槇島は紀夫の様子を見て何を言っても無駄だと悟ったのだろう、話を次に進める。


「それで、森橋くんに連絡とればいいの?」


 紀夫は断った。


「結構だ。森橋なら心当たりがある」


「えっ? あんた、普段そんなに森橋と仲良かったっけ? まさかピーちゃんに捜させる気じゃないでしょうね」


 槇島は紀夫を疑うが、魔法を使わずとも森橋の居場所はわかる。


「おまえは来なくていい。俺一人で行く」


「ハァ!? あんた、いったいどういうつもり?」


 槇島は憮然とした表情を浮かべるが、紀夫は無視して歩を早める。そのまま紀夫は家に帰り、その日は解散となった。

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