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 紀夫と槇島は深夜のテンションで半ば罵り合いのような会話を続けた。こうして午前零時を回った頃だろうか。隣の部屋に動きがあった。


 ギィという音がして、山科さんの部屋が静かに開き、速見の声がした。紀夫と槇島は喋るのをやめ、静かに隣室の様子をうかがう。


 紀夫はまさか夜這いか!? と身を固くするが、二人はこっそりどこかに出かけるようだった。怪しい行動である。もしかして、悪魔が関係しているのだろうか。


「……行こうか、明里。長谷と槇島さんに見つからないようにね……」


「うん」


 山科さんと速見は小声でやりとりを交わし、息を潜めてコテージを出て行く。紀夫は二人を追おうと腰を浮かすが、槇島が無言で肩を押さえて引き留め、ベッドに座って寝ているピーちゃんを指さす。普通に尾行したら見つかってしまうので、魔法を使えと言いたいらしい。


 紀夫は二人が遠くなるのを見計らって、ピーちゃんを起こす。


「おい、ピーちゃん、仕事だ!」


「はい? もう朝ですか? もう少し寝かせてくださいよ……」


 ピーちゃんはとろんとした目で紀夫を見上げ、惚けたことを抜かす。やべえ。このままオーブンに突っ込みてぇ。


 槇島は小さい子にするように体を曲げて目線を合わせ、ピーちゃんの目を覗き込むようにしてお願いする。


「ピーちゃん、悪魔が出るのかもしれないの。力を貸して」


 ピーちゃんは羽根を撒き散らして飛び上がり、紀夫に向かってまくし立てる。


「悪魔ですと!? さぁ紀夫さん、魔法を使いましょう! 何をぼんやりしているのです!」


 ニワトリの絞め方って、ググったら出てくるかな……。


 ため息をつきながら、紀夫は目を瞑って念じる。紀夫の握られた拳の中に一掴みの金貨が出現し、紀夫は床に金貨をばらまく。金貨を保管しているのはピーちゃんだが、金貨の所有者は紀夫であるため、ピーちゃんに保管してもらった場合、一旦紀夫が金貨を呼び出す必要があるのだ。


 ピーちゃんは飼料をつつくニワトリのようにコッコッコッと歩き回り、金貨をついばむ。全ての金貨を体内に取り込むと、ピーちゃんの体はぶるぶると震え、銀色の卵を産んだ。よくよく考えれば、こいつ雄鶏なのか雌鶏なのかよくわからんな。とさかついてるし。


 銀の卵はパカリと割れ、中からもうもうと煙が上がる。ピーちゃんが一人で魔法を使ったときより煙は大分濃く、前より鮮明に山科さんと速見の姿が映る。




 二人がいるのはコテージから歩いてすぐの砂浜だ。二人はいつの間に用意したのか、蝋燭とバケツを用意し、季節外れの花火に興じていた。


「わー、綺麗!」


 赤や緑の鮮やかな炎を散らす手持ちの線香花火を眺め、山科さんは嬉しそうにする。速見ははしゃいでいる山科さんを見て目を細める。


「明里に喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」


「これどこにあったの? 掃除したときには見当たらなかったけど……」


 山科さんの質問に、速見は照れたように笑う。


「去年の夏の残りだよ。ほら、急に雨が降り出して途中で帰ったときの……」


「ああ、夏休みに小豆島に行ったときの!」


 山科さんは思い出したらしく、大きな声を上げた。


「湿気ってて使えないか心配だったけど、大丈夫みたいだね。次はこれにしようか」


 速見は花火が入った袋からまた違う花火を取り出して、山科さんに渡す。山科さんは花火に火をつけながら言う。


「長谷君や槇島さんに秘密なのが残念だね」


 山科さんの聖女のような言葉に、速見は苦笑いする。


「さすがに四人分は残ってないからね。それに、俺は明里と二人で花火したかったんだ。ほら、これは夏の続きだからさ」


「そうだね……。もう、春なんだよね。来週には高校生になっちゃう……。時間が経つのは早いね」


 思い出を噛み締めているのか山科さんは遠い目を見せる。きっと紀夫が触れることさえ叶わない、山科さんと速見だけの思い出がたくさんあるのだろう。


「いろんなところに行ったもんな……」


 速見がしんみりと言った。山科さんがコクリとうなずく。


「全部覚えてるよ。速見君が連れて行ってくれたところだから」


「俺だって忘れないさ……」


 二人は思い出話に花を咲かせつつ、花火を消化していく。一本の花火が燃え尽きる度に、別の甘い思い出が語られる。


 やがて最後の花火が終わり、周囲に暗闇が戻る。花火で目が光に慣れていたせいか、普段より夜がいっそう暗く感じられた。


 山科さんは夜空を見上げる。山科さんのダイヤモンドのような瞳に、綺羅綺羅と瞬く星空が映り込んだ。


「夢みたいな星空だね……。冬休みに天体観測したときとは、全然違う……」


 山科さんの感想に、速見は解説を加える。


「春の夜空は明度が低いからこんな風に見えるんだ。あのもやみたいなのがプレセペ星団。その下がしし座。あっちがおとめ座。あれが北斗七星」


 山科さんの目には幻想的に星座が空にひしめく光景が映っているに違いない。ゆっくりと星空を見回す山科さんと、その隣に立つ速見。砂浜に打ち上げられた流木に残る雨の雫は、宝石のように輝いている。今この瞬間だけは砂浜も星の海も、二人だけのものだった。


「あの青く光ってるのは何?」


「あれはスピカ。一等星だからよく見えるでしょ? あっちのオレンジ色の星はわかる? あれも一等星でアークトゥルスっていうんだ。青のスピカとオレンジのアークトゥルスで春の夫婦星、なんて言われてるね」


「夫婦星、か……。じゃあスピカとアークトゥルスは、ずっと一緒なんだ……」


 速見の説明を聞いて、山科さんはそう漏らす。山科さんは少し逡巡してから、速見に訊く。


「ねぇ……。愛って何かな……」


 速見は唐突な問い掛けに面食らうこともなく、優しく微笑む。


「何だろうね。俺にもわからないよ。きっとそれは、自分で見つけるものなんじゃないかな?」


「愛を見つけることができたら、ずっと速見君のそばにいられるのかな? スピカとアークトゥルスみたいに……」


 何十億という歳月の間、ともに春の空で輝き続けているスピカとアークトゥルス。山科さんは、星空のような永遠を速見に求めたのだった。


「私は、速見君にたくさんもらったから、たくさん返したいと思った。でもきっと、それじゃあ愛にならないの……。お菓子を作ってあげることも、一緒に遊びに行くことも、みんなにできるから……。速見君は私の中で特別なのに、私は特別なことができない……」


 切なそうに山科さんはぎゅっと胸の前で両手を握った。速見は山科さんの16カラットの瞳を見つめる。


「簡単だよ。特別な人には、特別な言葉を贈ればいいのさ。言わなきゃ、伝えなきゃ、何もわからないんだ」


 速見は山科さんを好きということを行動で示し続けていた。でも、それだけでは伝わらないものもある。速見は大きく息を吸い込んだ。


「明里、俺は君のことを愛してる。ずっとそばにいるよ」


 山科さんの顔にぱぁっと笑顔が広がり、山科さんは速見を見つめ返す。


「私も、速見君のことを愛してる。ずっと速見君と一緒に歩きたい」


 愛を胸に描いて、抱いて、そばにいて。二人は照れくさそうに見つめ合いながら笑う。


「速見君、大好き」


 山科さんはちょこんと背伸びをして、速見と唇を重ねた。速見は驚いているようで、目を白黒させている。


「えへへ、大人の階段昇っちゃったね……」


「そうだね……」


 山科さんは、もう一度速見に口付けた。




「あ、あ、ああああっ! 大人の階段を爆破してぇ……!」


「ちょっと長谷、落ち着きなさいよ! 滅茶苦茶よ!」


 背中から槇島が取り付き、紀夫を止めようとするが紀夫は壁を殴るのをやめない。紀夫の足下には金貨の山ができている。薄い壁は哀れへこみ、ひび割れ、穴が開く寸前だった。


 親の敵のように壁を殴り続ける紀夫の拳は皮が破れ、血が滲んでいるが紀夫は全く痛みを感じない。リア充であれば親でも殺す。紀夫の思いは痛みさえも超越するのだ。


「ちょっとピーちゃん、なんとかして!」


 たまらず槇島は叫び、ピーちゃんは紀夫の足下から金貨を一掴み取って飲み込む。ピーちゃんは卵を産み、割れた卵からは虹色の光が漏れ出す。その瞬間、壁の傷が直ってが元通り綺麗になった。


 同時に魔法の負担が紀夫を襲い、紀夫は全身が爆発したような痛みで気絶する。破壊された壁だけが紀夫の勲章なのに、あんまりではないか。畜生……やっぱりリア充は爆発しろ。

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