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壁パンマンですがありあまる童貞力で魔法使いとなったのでリア充を殴ります  作者: ニート鳥
1話 壁パンマンですが魔法使いになりました
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 快晴と呼ぶには暗く、曇りというには少し明るい。中途半端な天気の午後三時、空っぽのリュックを背負って、緩やかな坂道を長谷紀夫は登っていた。


 中学最後の春休みもあと二週間である。何の感慨もなかった卒業式から、もう一週間も経ってしまった。今日はクラス委員長からの誘いを受けて、クラス会に出席する予定だ。県外に進学する者がいるので、最後にクラス全員で顔を合わせておこうという話になったのである。




 クラス会は隣の市の商店街にあるお好み焼き屋で行われる予定だった。午後六時開始だが、紀夫はせっかく商店街に出るので、友人と買い物に行く約束をしたのだ。


 友人とは駅で待ち合わせする手はずだった。坂道を登り切り、紀夫は駅に到着する。都会人が見れば「ここは本当に日本なのか?」と目を疑うだろう。


 紀夫の眼前には、今にも崩れ落ちそうなボロくて汚い無人駅が鎮座していた。自動改札などあるはずもなく、掲示板には色あせたポスターが貼られているばかり。ベンチに並べられた座布団はくたびれていて、用意した人の好意が虚しい。数年前にようやく導入された切符の販売機だけが比較的新しいため、浮いて見える。


 埃っぽい駅の構内で鼻がむずむずするのを抑えながら、紀夫はホームの端っこを覗き込む。もうすぐ電車が来るというのに、ネコ一匹いなかった。紀夫は嘆息する。


「高宮のやつ……また遅刻かよ」


 この電車を逃せば、次の電車が来るのは三十分後だというのに何を考えているのだろう。よりによって遅刻魔の高宮を誘ってしまった自分の選択ミスを呪いたくなる。しかし紀夫の買い物に付き合ってくれそうなのが高宮くらいというのも厳然たる事実であり、背に腹は代えられない。


 紀夫がやきもきしていると、ポケットの携帯電話が着信音に設定していた電波アニソンを、大音量で垂れ流し始める。紀夫は慌てて携帯を取り出して音を止め、思わず周囲を見回す。相変わらずオンボロ駅には閑古鳥が鳴いていた。


 ……ここが田舎でよかった。誰かいたら即死だったぜ。


 紀夫は胸を撫で下ろしつつ、携帯を操作してメールを開く。高宮からだった。


『急に用事ができたので行けません。クラス会には出ます』

「あの野郎……」


 紀夫はこめかみに手を当てて憤慨する。最初からあの水差し野郎を当てにしたのが間違いだった。紀夫はちょうどやってきた二両編成の電車に一人で乗り込む。車内にはぽつりぽつりと老人が座っているばかりで、ガラガラだった。


 いいさ。足手まといが消えてせいせいした。これから俺が向かう場所は戦場だからな……! 奇跡のカーニバルの開幕だぜ……!


 一人ニヤニヤしている紀夫を見て、正面に座っているおばあさんが不気味そうに顔を背けたのにも気付かず、紀夫は一人脳内で盛り上がった。




 電車から降りる頃には、高宮に約束をすっぽかされたことも忘れ、紀夫はウキウキとエスカレーターを三段飛ばしで駆け上がり、商店街に出る。紀夫が住んでいる田んぼしかない糞田舎とは違い、光が溢れる都会(当社比)に到着したのだ。さっそく紀夫は駅から歩いて五分ほどの位置にある、県内唯一のアニメショップに入店する。


 漫画もフィギュアも抱き枕カバーも、選びたい放題だった。軍資金にも抜かりはない。さっそく紀夫はフィギュアを物色し始める。所狭しと陳列されたフィギュアを前に、紀夫は腕組みして考え込む。

「1/8スケール『魔法少女マジデ!? マジカ!?』ちゃんフィギュアか……。欲しかったけど、なんか粗いな……。イメージと違う……」


 ピンク色のひらひらとした服を着た魔法少女を見て、紀夫はそんな感想を漏らした。

 全体的に塗装が粗く、特に顔が酷い。目は不自然に大きいし、鼻が曲がっていてどこの邪神だと言いたくなる出来だ。カタログでは可憐なマジカちゃんが躍動していたのに、三流風俗店のような詐欺である。


 しかし現時点で発売されているマジカちゃんフィギュアはこのシリーズだけだし、これだけ酷いとネタになるので逆に希少価値がつくかもしれない。フィギュアの楽しみ方は飾るだけではないのだ。写真を撮ってネットにアップすれば、それなりに盛り上がるだろう。


 迷いに迷った挙げ句、紀夫はフィギュアを買い物籠に入れた。ここは一部で神と呼ばれる紀夫の腕の見せ所だろう。たかだか八千円程度で人々の笑いを買えるなら安いものだ。教室では紀夫が何をやっても苦笑いされるのが精々だし。自己顕示欲はプライスレスなのである。


 続いてBDだ。紀夫は注目タイトルを厳選し、購入を決定する。深夜アニメのBDを取り扱っている店はこのクソ田舎にほとんどない。今日、きちんと欲しいタイトルは揃えておかないと後日また電車で遠征するはめになる。


 ア○ゾンを使えばいいという指摘は一理あるだろう。割引されるため、店で買うより安いのだ。電車賃も節約できるし、家で寝て待てる。


 それでも紀夫が店で買うのにこだわるのは、店舗特典がつくからだ。全巻買えば収納BOXをくれる店も多い。今や若者は普通にアニメを見てBDを揃える時代である。……いや、まあ、紀夫のクラスにはあまりいないし、最近売れなくなってきてるらしいけれど、昔よりかは遙かに。オタクが蔑まれる時代は終わったのだ。こういうところで差をつけないと、自己主張できない。


 ちなみに軍資金は紀夫の母から出ていた。母は自分が気に入った作品ならBDを買ってこいと気前よく資金提供してくれるのである。母のお眼鏡に適わなかった作品については貯金をやり繰りして対応している。




 その後も紀夫はショッピングを続け、ここぞとばかりにグッズを買い込んだ。会計を済ませて店内でリュックに荷物を詰め込むと、リュックは外から見てわかるほどパンパンになった。


 次は古本屋で立ち読みでもしようかなと紀夫は立ち上がり、その人物を視界に収める。思わず紀夫は「ゲェッ……!」と声を出していた。


「あら? 長谷じゃない。奇遇ね」


 彼女はニッコリと紀夫に微笑みかける。紀夫は「お、おう……」と顔を引きつらせた。


 肩口で切り揃えたふわっとした亜麻色の髪。鳶色の瞳は爛々と輝いていて、とても眩しい。小柄な体は決してグラマーではないが、華奢でかわいい。むしろロリっぽくてプラス百点である。丸っこい顔はいつも笑顔で、ほっぺたに赤を入れたいくらい。ポーズをつけて立っている姿からは一欠片の邪気も感じられない。外見だけなら、一万点くれてやってもいい。


 ではなぜ紀夫が彼女──槇島心美を見て青ざめているかというと、問題はその中身にある。


 そもそもここが、この地域唯一のアニメショップであるという事実から察しなければなるまい。槇島は紀夫の同類で、重度のアニオタということだ。


 オタクというだけなら紀夫も別に何も感じないだろう。むしろ美人でオタクなら話も合いそうだしお近づきになりたい。きっと紀夫も俺○やは○ないのようにハーレムを作れるだろう。乃○坂春香? 大分古いな。でも、あの一昔前の空気は嫌いじゃない。


 話を元に戻すと、オタクにも種類がある。槇島がつい先程まで物色していた商品棚を見れば、紀夫が引いている理由がわかろうというものだ。槇島の前に展開された商品棚にはジャンプキャラ、執事、眼鏡、不良系……様々な美形男子が顔を揃えていた。


 槇島は重度の腐女子だ。ただ腐女子というだけなら紀夫も目を瞑るが、この女は聖域を作らない。明らかに男性向けの作品だろうが、三次元の芸能人だろうがクラスメイトだろうがお構いなしにカップリングを妄想し、暴走する。紀夫のお気に入りアニメから紀夫自身まで、槇島は節操なしに穢し、それを平気で口に出す。つまり槇島はナマモノもいける雑食で、ゴキ腐リなのだ。オタクといってもノーマルな紀夫にとって、槇島は天敵とも呼べる存在である。


 固まっている紀夫の心情を察することなく、槇島は平気で話しかけ始める。槇島は紀夫の近所に住んでいて、同じ(ではないけれど)オタクであるせいか、妙に紀夫に馴れ馴れしい。ポジションとしては紀夫の幼馴染みだが、こんな幼馴染みは嫌だ。


「何買いに来たの? 今の時期だと『マジデ!? マジカ!?』ちゃんフィギュアあたりかな? 『マジデ!? マジカ!?』ちゃんといえば七話の新庄くんとお父さんの絡みが……」


「うわああああああっ!」


 紀夫は奇声を発しながら、その場を駆け去った。とにかく、やつの言葉は耳に入れないに限る。どうして腐女子のくせに『マジデ!? マジカ!?』を見てるんだよ。残された槇島は「そこまですることないのに……」と憮然とした表情を浮かべていたが、紀夫が知る由もない。

最初にこの話を書いたのは、五年ほど前になります。

賞味期限切れちゃってるかなあ。

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