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素直じゃない二人

作者: 紅炎

 足に力を込める度、自転車のペダルはキイキイと悲鳴を上げる。ペダルが錆びついているせいだろう。手入れをしてないためか自転車はボロボロで、カゴは歪んでいるし、チェーンも錆びれきっている。チェーンが寂れているせいで、やたらとペダルが重く感じて仕方がない。

「はぁー……」

 重いペダルを漕ぐ辛さに耐えかねて、思わず深い溜息を付いてしまった。そして僕は自転車から降り、スタンドを立てる。自転車がちゃんとスタンドで固定されている事を確認すると、僕は前を振り返ってみた。目の前には薄緑色の巨大な家が聳え立っている。

 まぁ、そこまで大きくないし、豪邸ってわけじゃないけれど、自分の家よりは断然大きいから、少し呆気にとられた。恐らく自分の家より一回りぐらい大きい。三角の形をした屋根は、冬に降り積もる雪対策だろう。この辺は冬になると、気温がぐっと下がり、雪がよく降るせいか、大雪事件がよく起きる。

 大雪事件とは、屋根に積もった大量の雪の重さに耐えられず、家が潰れる事故の事だ。この家はその対策を施しているのだ。それでおそらく屋根が三角なのだろう。

 

 そんな冬対策万全の家の前で、僕は立ち尽くしていた。木枯らしが吹き付け、寒さに身を震わせる。首に巻いている毛糸のマフラーが無ければどうなっているんだろう、と考えると恐ろしくて仕方がない。

「いやいや。何、あれを返すだけだろ」

 僕はそう呟くと、スタンドで辛うじて立っているボロ自転車のカゴに視線を移した。カゴには原稿用紙が軽く、数十枚は入っているであろうクリアケースだけあった。そのクリアケースに手を伸ばし、それを掴み取る。空に悠々と浮かぶ太陽の光を受けて光り輝くクリアケースを開け、その中からその原稿用紙を全て取り出す。すると中は空になり、少し寂しい感じもする。

 原稿用紙に目を移してみると、それは書道でも習っているのか? と思うほど綺麗な文字で敷き詰められている。その原稿用紙を僕は数秒間眺めた。

「女の子の家に来るのが初めてだからって、一々緊張するな」

 そう。これは悲しい事に事実である。僕は十七年間生きてきたが、恥ずかしい事に、女の子の家を訪れた事なんて一度も無い。だから、ほんの少し緊張する。しかし、相手が相手だから大分気が楽な気がした。

「そうだそうだ。相手は明なんだぞ。そんなに緊張する事無いじゃないか」

 僕は下を向いたまま苦笑いする。そう、相手は明だ。別に緊張する事無いさ。

 そう自分に言い聞かせた後、僕は後ろに振り返る。早くこれを返そう。そう思っていた。しかし、自分の目の前にいるものを見て、僕は思わず後退りしてしまった。

「め……明!」

 酷く驚いた様子で僕は叫んだ。すると僕の目の前にいる黒髪の少女は微笑んだ。

「悪かったわね信哉。相手が私で」

 僕の目の前にいる少女――明はそう言い放つと、僕に怒りが湧き上がっている背を向け、薄緑色の家の中に帰ろうとする。僕は焦りながら明に言い聞かせた。

「ちょ、ちょっと待てよ。これ!」

 僕は慌てて明に近寄り、自分が握っている原稿用紙を明に渡す。すると明は立ち止まり、僕の方に振り返り、まだ微かに剥れた表情で喋った。

「……これ、面白かった?」

「へ?」

 突然の問い掛けに僕は硬直した。不意打ちとはまさにこの事だろう。急にそう言われても、どう対応すれば良いのかが僕には全く分からなかった。えと、こういう場合何て答えたらいいんだ? 


「面白かった? 面白くなかった? どっちか答えて」

 明の表情がますます険しくなる。大きくて真剣な瞳が僕をじっと見つめる。その視線は、僕から逸らそうとはしなかった。絶対に逸らさず、僕の返答を待っている。

 ――よし。こういうのは自分が思った事を正確に言うべきだよな? 

 僕は少し顔を俯け、そして口を開けた。

「えと…………微妙でした」

 僕は恐る恐る自分の気持ちを正直に告げた。これで良いんだよな?  

 自分の言った事は間違ってないぞ。そう確信を持ち、僕は恐る恐る顔を上げた。すると、そこには――笑顔の彼女がいた。その笑顔を見て、僕は少しほっとする。いや、少し所じゃ無い。明の鉄腕パンチが飛んで来なくて心のそこから安心していた。

「信哉。……ばかっ!」

「んぁ? な、何でばか呼ばわりされないと……。がはっ!」

 僕の反論は呆気無く彼女の鉄腕パンチに遮られた。満面の笑顔から放たれるパンチ。僕の頬を射抜く衝撃は半端じゃ無いもので、一瞬歯が抜けたような痛みが走る。

「め……明? どうし……」

「もう! 信哉のばか! 少しは人の気持ちも考えて言ってよ!」

 僕の言葉は怒り狂った明の声にかき消された。何で本当の事を言ったのに、ばか呼ばわりされないといけないんだよ。

 そう叫んでやろうとしたが、郵便受けの中に入っていた新聞紙で頭を叩かれたため、言うタイミングを失ってしまった。ああもう、何て凶暴な奴だろうか。


 明とは良く言えば幼馴染で、悪く言えば腐れ縁という奴だ。お互いの両親同士が仲の良かったせいもあり、自然と話をしたりするようになっていた。まぁ良くも悪くも、昔からの知り合いだった。昔は良く一緒に二人で遊んだりしていたもんで、毎日のように近くの公園に行ったりして遊んでいた。

今も遊んでいるわけじゃないが、一緒に登校したり、よく話をしたりもしている。多分、傍から見れば恋人同士までは行かずとも、仲の良い二人に見えるだろう。

 それにしても。それにしてもだ。最近、明の態度が酷いとしか言いようが無い。理由もなくいきなり僕をけなしだすし、命令口調だし。思春期真っ只中という事があるのかもしれないが、それでも酷すぎる。

 そう、酷いんだ。明はとても酷いんだ。でも何故か。何故かだ。僕は明の事が気になって仕方がない。取り合えず、幼い頃からの関係だったから放っておく事が出来ないんだろう、と勝手に解釈している。

 確かに明は可愛いさ。肩まである、つやのあるサラサラの黒髪。きめ細かい白い肌。ほっそりとした体型。潤んだ大きい瞳。そして左側の髪に結っている赤のリボン。それが非常に彼女には似合っていた。

 男子生徒に明は可愛いと思いますかー? みたいなアンケートをとってみれば五十人中、四十人以上が可愛いと答えるはずさ。そう答えるって自信持って言える。けれど、僕は別に明を好きなわけじゃない……と思う。なのに、どうしてこんなに明の事が気になるんだろう? 考えれば考えるほど分からなくなる。


「……あーっ! もう、どうしてなんだよ!」

「ちょっ、どうしたの信哉?」

 叫んだ直後に聞こえた明の声に驚き、僕は明の声がした方を見た。すると、僕の横には明がいた。一緒に同じ長椅子に腰掛けている。明は目を丸くして僕の方を見ていた。

「……あれ?」

 僕は覇気の無い声を出した。明はひどく驚いた様子で説明し始めた。

「まったく。次の小説の話をしていたら、突然信哉叫び出すんだもの」

 そうだったのか、とか言って苦笑いして済ましたいところだが、そうは行かない理由があった。僕は周りを物珍しげな様子で見る。

「えと……ここはどこ?」

 僕がそう呟くと、明は呆れた感じの表情を浮かべた。さっきからころころ変わる明の表情は、何か新鮮な感じがした。

「……信哉、ここは公園よ。ほら、私達が子供の頃よく遊んだ」

 そう言われて僕はようやく納得した。古びたブランコなどの遊具の数々。紅葉で埋め尽くされた地面。葉が散り裸になってしまい寂しくなった木々。目の前で広がるこの光景が、非常に懐かしく感じる。すごい昔のはずの光景が、今もなお鮮明に蘇ってくる。

「……そういえばそうだよな」

「呆れた……」

 僕が苦笑すると明も少し笑みを浮かべた。彼女の頬は秋の寒さのせいか、ほのかな朱を浮かべていた。そんな彼女の表情を見ていると、なんだか心が温かくなってくる。どうってこと無い事かもしれないけれど、僕には互いに笑い合えるこの一時が何よりも幸せに感じる。本当に何故かは分からないのだけれど。

「それよりも、小説が何だって?」

「ええ? ホントに何も覚えてないの? 私が書いた小説、また読んで感想聞かせてって言ったのに」

 そう言って明は長椅子に置いてある数十枚に及ぶであろう原稿用紙を指さした。ああ、そういう事か。僕は心の中で、密かに納得しておく。

 

 最近、何故か急に明はやたらと小説を書き出した。どれも数十枚で終わる短編物だ。しかも全てが恋愛系。こういう系は女友達に読んでもらった方がマシだろ。そんな読後感がいつもある。男子にこんな小説を読ませる明も明だ。僕に感想聞かれても大体が微妙、で終わるのに。そして僕が毎回新聞紙で叩かれる。何で何でー、といつもほのかに涙を浮かべて問い詰めてくる。

 でも、ここで断れないのが僕なんだ。何故か断れない。

「分かったよ。今日の晩にでも読んでみるさ」

 そう言って僕は簡単に引き受けた。ああ、僕のばか。人が良すぎだろう。僕が読んだって明の為にもならないのに。

 そう、分かってるんだ。分かってるんだけど……。

「ホント? やったぁ! ありがと信哉!」

 ――こう言って明は笑うんだ。何時も何時も笑うんだ。畜生、可愛いすぎるんだってよ。こんな笑顔を前にして断れるわけ無いだろ? そうだろ?


 夜が訪れ、外は暗闇に包まれた。昼間まで聞こえていた工場の騒音も消え、静かに鳴く虫の声だけが聞こえる。

 僕は自分の部屋にあるベッドに倒れ込んでいる。そして片手には朝方、明に渡された小説を持っている。今日中に見て、明日には明に返そう。今度は面白かったって言おうかな。そうすれば明、どんな表情を浮かべるんだろう。照れ隠しで僕をまた新聞紙でしばくのかな?

 少し笑みを浮かべ、色々と考えを膨らませながら小説を読んでいたが、ふと僕の目はある数行に及ぶ文に釘付けになった。

「ここ……あの公園そっくりだな」

 その文を見て僕はそう思った。光景が頭に浮かぶほど、よく描写されていた。昔の公園そのものを表すかのような文に僕は驚いた。何もかもがあの公園にそっくりだった。でもまぁ明の事だ。アイディアに困り、仕方が無かったから身近にあったあの公園をモチーフにしたんだろう。

 勝手にそう解釈し、僕はそのまま小説を読み進めた。全く明の思いなんて、読み取る事が出来ずに。


 ――時間がどれだけ過ぎたのだろう。

 僕は小説に夢中になっていたため、時間がどれだけ経過したのか分からなかった。というより、時間の事なんて眼中に無い。手には、いつの間にか力が篭っていた。

 僕の頭の中は、一刻も早くあいつの家に行かなきゃ。そういう考えだけで満ちていた。

「何だよ明の奴! 言いたい事があるなら直接言えよ!」

 僕はそう叫んだ後、ベッドから飛び起きた。時計を確認する。時間は十一時を過ぎようとしていた。

 僕は深く気にもせず、薄着のまま家を飛び出した。背後から母親の叫ぶ声がする。でも、そんな事関係ない。

 僕は夜空の下、アスファルトを駆け続けた。


 何分間、夜道を駆け続けたかは分からない。 

 けれど今日はとても長い道のりに感じた。いつも五分ぐらいで着くはずの明の家が、やたらと遠く感じた。

 やっとの思いで明の家に辿り着く事が出来た時には、もう町は完全に闇に沈んでおり、殆どの家の明りは消え失せていた。しかし、明の家の明りは付いていた。二階の、一部屋のみ付いている。カーテンの隙間から漏れ出る光を見ながら、僕は考えた。普通にインターホンを鳴らすのはいくらなんでも迷惑だ。出来る限り静かに、明だけを呼び出したい。

「――仕方ない。可能性に賭けよう」

 あの部屋が明の部屋でありますように!

 僕はそう言った後、少し気が引けたが、道路に転がっている小石を手に取り、軽くその部屋の窓を目掛けて投げつけた。それは見事に命中し、カタンと音を立てた。頼む、出て来てくれ!



 秋野明は呆けた様子で、机の原稿用紙を見つめていた。入浴後らしいのか、彼女はピンク色の布地でたくさんの水玉模様で飾られた、可愛らしいパジャマ姿だった。彼女の長い髪は黄色のゴムで綺麗に束ねられており、朝方とは違って何処かしら幼い雰囲気を感じさせる。そして彼女の周りをほのかなピーチのような甘い香りが漂っている。

「はぁ……」

 明は深く長いため息を付いた。机にある原稿用紙はまだ空白だらけで、物語が書き込まれた様子は無い。鉛筆を持つ彼女の右腕は微動一つせず、小説を書く気は全くと言っていいほど感じられなかった。

「信哉……小説を読んでくれたかなぁ……」

 明は先程からその事ばかりが気がかりだった。朝方彼に渡した小説。あれひとつに、全ての思いが書き募られていた。その思いを、彼は読み取ってくれるだろうか。または読み取って貰えたのならば、どんな答えが返ってくるのだろうか。

 そんな思考ばかりが彼女の脳内を螺旋を描いて回っている。その度に自分の体温が上がっていくのが、心拍数が上昇するのが分かった。この気持ちは興奮からなのか。それとも心配の表れなのだろうか。考えても仕方がないと分かっていても、考えるをやめる事が出来ない。どの道、自分の心臓がひどく揺れているのには変わりなかった。

 明はふと顔を上げ、ベッドにある時計を見る。時間は十一時十分を過ぎようとしていた。もうそろそろ寝よう。そして信哉のところへ行ってみよう。

 椅子から立ち上がった瞬間――窓に何かが当たる音を察した。



 僕ははめげずにもう一度石を投げようとした。何度だってやってやる。あいつが気付くまでは、何度でも。

 僕の願いが通じたのか、カーテンが開き、窓が開き、そこから明は顔を出した。ピンクの布地で水玉模様が似合うパジャマ姿で、不覚にも可愛いと思ってしまった。その上彼女の幼げな雰囲気を漂わせる髪型に、僕は見とれてしまう。

「し、信哉?」

 僕の姿を見て明は驚いた表情を浮かべて喋った。まぁ、誰でも驚くはずだろう。こんな時間に人の家に押しかける奴なんて滅多にいないはずだ。

 明はちょっと待って、と言い残し窓を閉め、カーテンを閉めた。

 数秒後、玄関の施錠が外れた音がして、僕は明の家の玄関へと近寄る。僕が玄関の前に行くと、丁度玄関の扉は開いた。そしてその隙間からひょっこりと明は姿を出した。そして――。

「ばか! こんな時間に何来てるのよ!」

 いきなり僕をけなした。いつも以上に怒っている明を見て僕は少し戸惑った。何時もなら僕はここで身を引くが、今日はそういうわけには行かない。引くわけには行かなかった。明の為にも、僕の為にも。

 僕は空気を大きく吸い込み、そして口を開けた。

「ばか? それはこっちの台詞だ!」

 予想以上の僕の大きな声に明は少し怯んだ。何よ、と小さく言い返してくる。今が夜で、あんまり騒いではいけないと分かってはいたが、どうにも気持ちを押さえる事が出来なかった。僕はほんの少しだけ声を下げ、そして再び喋る。

「明! 言いたい事があるなら口に出して言えよ!」

 僕がそう叫ぶと、明の身体は敏感に反応した。明は明らかに目を逸らした。戸惑った表情を浮かべる明は、僕から完全に目を逸らしていた。


 ――ほんの少しの間、静寂が続いた。そしてその静寂を明の言葉が破った。

「……気付いたんだ」

 明は目を逸らしたままそう呟いた。何時も元気な明の表情は曇っていた。その表情に戸惑ったが、僕は明を見続けた。

「今までの小説も全部、それを伝えようとしてたんだろ」

 僕がそう言うと、明は再び黙り込んだ。それでも僕は喋り続けた。彼女がどれだけ黙り込もうが、僕は決して喋るのを止めはしなかった。明の本心かを確かめるために。

「どうして。どうして口に出して言ってくれ……」

「だって!」

 僕の声は呆気無く明の声にかき消された。僕は少し怯んだが、それでも目を逸らさず、明を見続けた。彼女の頬が真っ赤に染まっている。寒さのせいだけじゃあ、きっと無い。何かが彼女の思いを揺らしている。そう僕は感じた。

 そんな時、明の頬を一滴が流れ落ちたのを僕は見逃さなかった。頬を流れ、それは落ちて、アスファルトを潤した。

「……だって、言えないよ。直接信哉に……好きだなんて」

 その時僕は、初めて明が弱音を吐いたのを見た気がした。頬を赤らめ、泣きながら弱音を吐く明を見た記憶なんて僕には無かった。いつも強がって、命令口調で、自分の望むように行かなければ拗ねて、そして暴力をふるって。

 そんな明の姿が僕の中では当たり前なのだと。泣く奴じゃ無いんだと、気が付けばすでにそう僕の心には根付いていた。

 そんな明が今本心を表し、自分の前で泣いている。顔を真っ赤にし、恥じらいを感じさせる表情は、僕の心を強く締め付けた。


 そして、そんな彼女を見るたびに何故か胸が熱くなる。言葉で言い表す事の出来ない、不思議な気持ち。

 ――ただ、これだけは言える。

 彼女の泣く姿を見たくない。いつものように笑っていて欲しい。そして、また僕の名前をあの明るくて優しい声で言って欲しい。

 そんな思いが僕の胸の中で螺旋を描き、衝動に駆られるかのように自然と僕の口は動いていた。

 瞳を閉じ、頭を掻きながら僕は言った。

「……あのな、そういう事は堂々と言って貰いたいんだ。その方が気分も良いし……嬉しいから」

 僕はそう言って微笑んだ。自分の中でも多分一番、笑えた瞬間だった。今まで笑えても本心から笑えた事なんて数えるほどしかないだろう。

 ――でも、その本心から笑えた瞬間よりも、今のこの笑顔の方が何よりも良い笑顔だと宣言できる。

 そんな僕の言葉を聞いて、明は呆気に取られた表情で僕を見る。それと同時に明の瞳から再び雫が零れ落ちる。その雫は彼女の不安と恥ずかしさ、何もかもが洗い落とした証拠だった。

 僕は先の事も何も考えず、ただ自分が感じた全てを声に出した。どうなろうが関係無かった。この気持ちだけは、どうしても伝えたい。やっと気付く事の出来たこの思いを、明にどうしても伝えたかったから。

 この思いがなるべく分かりやすいように。伝わりやすいようにと思いながら言った。

「僕は明の言う通り、どうしようもないばかなのかも知れない。だから自分の気持ちにも気付かなかったんだ。……けれど、今なら分かる。僕は――」


 ――この先の言葉。それは僕と明だけしか知らない。

 僕の気持ちがちゃんと伝わったのかは分からない。分からないけれど、別にどうでも良いんだ。だって今、こうして彼女は笑ってくれている。なんともいえない温もりが、僕の心を包んだ。

 結果なんてどうでもいいんだ。全ては、そこに至るまでの積み重ねが、何よりも大切なんだ。それは明から教わった事だし、今身をもって実感できた。

 僕が今まで過ごしてきた毎日は。彼女と生きてきた毎日は、今のこの瞬間の為の全てだったんだと、心から思う。

 ――そして風が吹き、明の髪を揺らし、僕の髪を揺らして過ぎて行った。

 その時一瞬だけ。……一瞬だけ、アスファルトに強く咲き誇る花が、優しく微笑みかけてくれているように、祝福してくれているように見えた。                              


〈了〉



 初めて恋愛系を書きました。

 盛り上がりに欠けるかもしれませんが、喜んでもらえたならば嬉しいです。

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