41話 vs 赤騎士 下
うそだろ?
自信を持って撃ち放った技が掻き消された事に驚愕する。
おいおい…
俺の奥の手ですよ?
お披露目2回目ですよ?
どうすの?秘技なんて大見得切ってこのザマですか?
自身を心の中で嘲る。
何となく分かっていた事。
赤騎士には通用しない。
そう思わせる何かが彼にはある。
このまま膝を折りたい。
彼に屈して、敗北を認めたい。
純粋にそう思う。
そういや俺は何で頑張ってるんだっけ?
彼とはただ酒を酌み交わしただけの仲だ。
それだけ…
それなのに、なぜ俺の膝は折れてくれない?
敗北を認めて楽になろう。
それで終わりのはず…
体が動く、彼の下へと。
心の恐れはそっちのけ。本能で動き出す。
その本能は闇の羽衣を使い、周りに散乱している瓦礫をのみ込ませた。
身体が勝手に動いている。
心がはち切れそうだ。
このまま逃走したいと悲鳴を上げている。
しかし、逃走は許されない。
本能が答えを求めているからだ。
この戦いの答えを。
この先に出す俺の答えを。
身体が勝手に走り出す。
あの時とは逆の方向へ。
敵がいる方向へと。
赤騎士は待っていましたとばかりに構え直し、俺の攻撃に備える。
その姿は先日の光景を思い出させた。
それは、
「さあ、ドンっと来い!」と告げたあの暑苦しい光景。
自信たっぷりに胸を叩き、ドヤ顔が腹立たしかったあの光景。
そして、酒の席で俺に何かを期待させた姿そのものだった。
心が弾ける。
何を気負う事がある?全力で行けばいい。
勝手に動く違和感はもう感じない。
まだやれる。
本能がやりたかった事を瞬時に理解する。
俺は赤騎士に向かう速度を加速させた。
◇
折れなんだか。
あの時とは違うのだな。
少しの感傷が心を揺する。
ナナシが目前に迫る。
やはり愚直な突き。いや、これは…
側面から何かに狙われる気配。
視線を向けずに後方へ飛びのく。
それと同時に瓦礫が目前を横切った。
暗闇から射出される瓦礫それが今の攻撃の正体。
そして、別の暗闇がその瓦礫をのみ込む。
ナナシの追撃は止まらない。
後方からの急な衝撃。前方に押し出される。
やはり、それも瓦礫の射出攻撃だった。
前方から迫るナナシ。
力いっぱい振りかぶる腕が私を狙っていた。
「舐めるな!」
全力で叫ぶ。
剣を無理やりナナシの方向に向けた。
しかし、暗闇の瓦礫射出攻撃が別角度から襲う。
その衝撃で体勢が崩れた。
そこにナナシの一撃が見舞われる。
―――ヌゥン!
重い一撃が腹に響く。
ダメージは無いに等しいが。
それでも重いと感じるに至る一撃だった。
◇
一度、赤騎士から距離を置く。
連撃を狙う手もあったが、本能がそれを止めさせた。
赤騎士にダメージは見受けられない…
平然と立つその姿に自身の敗北を強く予感させる。
小細工を入れても無駄。
今、俺ができる小細工では通用しない。
その事だけは理解できた。
なら今やれる事は…
正面から立ち向かい、
力尽きるまで戦う。
そんな、暑苦しい答えだった。
彼から逃げる?
そんな選択肢なんてない。
何故なら、心がこんなにも晴れ渡っているのだから。
◇
赤騎士はそれを観ていた。
ナナシの眼の色が変わった。
醸し出す雰囲気が先ほどまでとはまるで違う。
「良い眼だ。
初めて会った時、その眼をしていてくれたら…」
最後まで言葉が出ない。
所詮は下らぬ感傷。
ならば是非もない。
ズン!!
重い低音が辺りに響いた。
手に持つ剣を地面に突き立てていた。
自らの拳に力を込める。
空いた手でナナシを誘う。
殴り合い。
そこから開始されたのはただ武骨な殴り合いだった。
ナナシが私を殴る。
そして私がナナシを殴った。
ナナシの拳は私に通用しないが、
私の拳はナナシを一撃ずつ仕留めている。
そんな殴り合いだ。
しかし、ナナシは無傷。
それは根比べだった。
どちらの心が先に折れるかの勝負。
そんな勝負が暫く展開される。
それはとても楽しく。
もう少しだけ味わい続けたいそんな時間だった。
そう、もう少しだけ…
何を味わうと言うのだ?
自身の行いを嘲笑する。
何がしたいのだ私は?
時間が無いのだぞ?
それに始めから勝負は決している。
これまで以上に力を込めた拳をナナシに叩き込んだ。
思った以上に軽い感触。そして吹き飛ぶナナシ。
再び間合いがひらいた。
さあ、最後の勝負を始めよう。
私は再び剣を手にもつ。
今日は良い日だ。
本当に良い日だった。
「この時を、待っていた」
私は兜を脱ぐ。
心が澄み渡る様だった。
立ち上がるナナシを見据える。
自然と笑みがこぼれた。
場所は闘技場中央部。
決着の時。
剣を握る手に力が入らない。
分かっている。限界なのだ。
本来ならあそこで私は消えていた。
娘と一緒に。
だが、我儘を通した。
だってそうだろ?
娘の初めての唇を奪った。
娘の心を一瞬でも奪ったあの男に、一発かまさず消えてられるか?
あの黒いお姫様は喜んで私を改造してくれたよ。
そして私は君の前に立った。
楽しいひと時だった。
まるで夢幻のごとき事だった。
ああ、満足だ。
良い気分だったよ、ナナシ殿。
魂より剥がれ落ちる感覚。
ここまで幸福な事なのか?
だが待て、決着を着けねば。
私は構えをとる。
何千何万と繰り返した構えだ、力など要らん。
そして殺気を放つ。
これまで以上に濃い殺気を。
ナナシが不敵に笑った。
ナナシ殿… もう少し煽られ耐性をつけて下され。
そう、心で最後の苦言を呈した。
さあ、決着の時ですナナシ殿!!
◇
これが最後になるそう判断した。
最後の一撃だ。
ならば全力の一撃を送る。
これじゃ足りない。
赤騎士はこれじゃ満足しない。
「そうだろ? 姫様!」
心に呼びかける。
それに黒い意志が頷いた。
「ならば、貴様を一時許そう。
しかし、全ては無理だ。こちらにも事情がある」
そんな囁きが聞こえた気がした。
途端に力が漲る。
かつて得た充足感。
十全とはいかないが、
赤騎士を倒しうる力を秘めていた。
チッ!
思わず心で舌打ちしていた。
「なんだ?文句があるなら言ってみろ」
「ありません!」
心にどす黒い圧力を感じ、
俺は即答を余儀なくされた。
仕方ない、これで我慢だ。
赤騎士との戦いが汚された気分だが、
あまり強すぎてもドン引きされるしな。
姫様なりの配慮か。
姫様からのお許しで得た力を確認する。
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筋力 :827 (413471/500)
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以前観た時の2倍の筋力か。
これだけ上がればやれん事はないだろう…
そう納得し構え直す。
どちらにしろ次で最後。
躱されようが重いのを一発放つ。
赤騎士との最後の睨み合い。
俺は我慢できず走り出した。
それは、信じられない程スローな世界だった。
レベル1とは言え全力で駆けていた。
その筈だった。
なのにいつもより進む時間が遅い気がする。
前方の赤騎士がとても遠い。
何となく理解する。この先に待つものを。
確実に近づいてくる。
そう、敗北が…
あと少し。
あと少しで…
決まってしまえば一瞬。
強化された力は圧倒的。
赤騎士は一撃で吹き飛ばされていた。
紅いフルプレートは無残に砕け散り、
そして観客席へと叩きつけられる。
土煙でその姿は見えなくなっていた。
彼は動かなかったのだ。
俺の余力に驚愕しながらも、
あの構えの体勢から動かなかった。
、口と表情だけを除いて…
その時の表情は満足げであり、その口は告げていた。
「楽しい時をありがとう」と。
土煙が霞む。
だが、そこに赤騎士の姿は存在しない。
何故なら、
魂は洗浄を終えて旅だった後だからだ。
「また何処かで会おう、オッサン!」
最後に俺は、
この世界に居もしない存在にそう囁いた。
歓声が巻き起こる。
俺の力が赤騎士を消し飛ばしたかの様に。
もう、観戦者は赤騎士に興味を示さない。
ただ、そこに現れた大番狂わせに酔いしれていた。