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クズはクズ箱の中でもクズでした  作者: モモノ猫
2章 恬淡な友
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41話 vs 赤騎士 下

 うそだろ?

 自信を持って撃ち放った技が掻き消された事に驚愕する。

 おいおい…

 俺の奥の手ですよ?

 お披露目2回目ですよ?

 どうすの?秘技なんて大見得切ってこのザマですか?

 自身を心の中で嘲る。

 何となく分かっていた事。

 赤騎士には通用しない。

 そう思わせる何かが彼にはある。

 このまま膝を折りたい。

 彼に屈して、敗北を認めたい。

 純粋にそう思う。


 そういや俺は何で頑張ってるんだっけ?

 彼とはただ酒を酌み交わしただけの仲だ。

 それだけ…

 それなのに、なぜ俺の膝は折れてくれない?

 敗北を認めて楽になろう。

 それで終わりのはず…


 体が動く、彼の下へと。

 心の恐れはそっちのけ。本能で動き出す。

 その本能は闇の羽衣を使い、周りに散乱している瓦礫をのみ込ませた。

 身体が勝手に動いている。

 心がはち切れそうだ。

 このまま逃走したいと悲鳴を上げている。

 しかし、逃走は許されない。

 本能が答えを求めているからだ。

 この戦いの答えを。

 この先に出す俺の答えを。


 身体が勝手に走り出す。

 あの時とは逆の方向へ。

 敵がいる方向へと。


 赤騎士は待っていましたとばかりに構え直し、俺の攻撃に備える。

 その姿は先日の光景を思い出させた。

 それは、

 「さあ、ドンっと来い!」と告げたあの暑苦しい光景。

 自信たっぷりに胸を叩き、ドヤ顔が腹立たしかったあの光景。

 そして、酒の席で俺に何かを期待させた姿そのものだった。


 心が弾ける。

 何を気負う事がある?全力で行けばいい。

 勝手に動く違和感はもう感じない。

 まだやれる。

 本能がやりたかった事を瞬時に理解する。

 俺は赤騎士に向かう速度を加速させた。



 折れなんだか。

 あの時とは違うのだな。

 少しの感傷が心を揺する。


 ナナシが目前に迫る。

 やはり愚直な突き。いや、これは…

 側面から何かに狙われる気配。

 視線を向けずに後方へ飛びのく。

 それと同時に瓦礫が目前を横切った。

 暗闇から射出される瓦礫それが今の攻撃の正体。

 そして、別の暗闇がその瓦礫をのみ込む。

 ナナシの追撃は止まらない。

 後方からの急な衝撃。前方に押し出される。

 やはり、それも瓦礫の射出攻撃だった。

 前方から迫るナナシ。

 力いっぱい振りかぶる腕が私を狙っていた。


「舐めるな!」


 全力で叫ぶ。

 剣を無理やりナナシの方向に向けた。

 しかし、暗闇の瓦礫射出攻撃が別角度から襲う。

 その衝撃で体勢が崩れた。

 そこにナナシの一撃が見舞われる。


 ―――ヌゥン!

 重い一撃が腹に響く。

 ダメージは無いに等しいが。

 それでも重いと感じるに至る一撃だった。



 一度、赤騎士から距離を置く。

 連撃を狙う手もあったが、本能がそれを止めさせた。


 赤騎士にダメージは見受けられない…

 平然と立つその姿に自身の敗北を強く予感させる。

 小細工を入れても無駄。

 今、俺ができる小細工では通用しない。

 その事だけは理解できた。

 なら今やれる事は…


 正面から立ち向かい、

 力尽きるまで戦う。

 そんな、暑苦しい答えだった。

 彼から逃げる?

 そんな選択肢なんてない。

 何故なら、心がこんなにも晴れ渡っているのだから。



 赤騎士はそれを観ていた。

 ナナシの眼の色が変わった。

 醸し出す雰囲気が先ほどまでとはまるで違う。


「良い眼だ。

 初めて会った時、その眼をしていてくれたら…」


 最後まで言葉が出ない。

 所詮は下らぬ感傷。

 ならば是非もない。


 ズン!!

 重い低音が辺りに響いた。

 手に持つ剣を地面に突き立てていた。

 自らの拳に力を込める。

 空いた手でナナシを誘う。

 殴り合い。

 そこから開始されたのはただ武骨な殴り合いだった。


 ナナシが私を殴る。

 そして私がナナシを殴った。

 ナナシの拳は私に通用しないが、

 私の拳はナナシを一撃ずつ仕留めている。

 そんな殴り合いだ。

 しかし、ナナシは無傷。

 それは根比べだった。

 どちらの心が先に折れるかの勝負。

 そんな勝負が暫く展開される。

 それはとても楽しく。

 もう少しだけ味わい続けたいそんな時間だった。

 そう、もう少しだけ…

 何を味わうと言うのだ?

 自身の行いを嘲笑する。

 何がしたいのだ私は?

 時間が無いのだぞ?

 それに始めから勝負は決している。


 これまで以上に力を込めた拳をナナシに叩き込んだ。

 思った以上に軽い感触。そして吹き飛ぶナナシ。

 再び間合いがひらいた。


 さあ、最後の勝負を始めよう。

 私は再び剣を手にもつ。

 今日は良い日だ。

 本当に良い日だった。



「この時を、待っていた」


 私は兜を脱ぐ。

 心が澄み渡る様だった。

 立ち上がるナナシを見据える。

 自然と笑みがこぼれた。

 場所は闘技場中央部。

 決着の時。


 剣を握る手に力が入らない。

 分かっている。限界なのだ。


 本来ならあそこで私は消えていた。

 娘と一緒に。

 だが、我儘を通した。

 だってそうだろ?

 娘の初めての唇を奪った。

 娘の心を一瞬でも奪ったあの男に、一発かまさず消えてられるか?

 あの黒いお姫様は喜んで私を改造してくれたよ。

 そして私は君の前に立った。

 楽しいひと時だった。

 まるで夢幻のごとき事だった。

 ああ、満足だ。

 良い気分だったよ、ナナシ殿。


 魂より剥がれ落ちる感覚。

 ここまで幸福な事なのか?

 だが待て、決着を着けねば。

 私は構えをとる。

 何千何万と繰り返した構えだ、力など要らん。

 そして殺気を放つ。

 これまで以上に濃い殺気を。

 ナナシが不敵に笑った。

 ナナシ殿… もう少し煽られ耐性をつけて下され。

 そう、心で最後の苦言を呈した。


 さあ、決着の時ですナナシ殿!!



 これが最後になるそう判断した。

 最後の一撃だ。

 ならば全力の一撃を送る。

 これじゃ足りない。

 赤騎士はこれじゃ満足しない。


「そうだろ? 姫様!」


 心に呼びかける。

 それに黒い意志が頷いた。


「ならば、貴様を一時許そう。

 しかし、全ては無理だ。こちらにも事情がある」


 そんな囁きが聞こえた気がした。

 途端に力が漲る。

 かつて得た充足感。

 十全とはいかないが、

 赤騎士を倒しうる力を秘めていた。


 チッ!

 思わず心で舌打ちしていた。


「なんだ?文句があるなら言ってみろ」

「ありません!」


 心にどす黒い圧力を感じ、

 俺は即答を余儀なくされた。


 仕方ない、これで我慢だ。

 赤騎士との戦いが汚された気分だが、

 あまり強すぎてもドン引きされるしな。

 姫様なりの配慮か。


 姫様からのお許しで得た力を確認する。


===========================

 筋力 :827 (413471/500)

===========================


 以前観た時の2倍の筋力か。

 これだけ上がればやれん事はないだろう…

 そう納得し構え直す。


 どちらにしろ次で最後。

 躱されようが重いのを一発放つ。

 赤騎士との最後の睨み合い。

 俺は我慢できず走り出した。



 それは、信じられない程スローな世界だった。

 レベル1とは言え全力で駆けていた。

 その筈だった。

 なのにいつもより進む時間が遅い気がする。

 前方の赤騎士がとても遠い。

 何となく理解する。この先に待つものを。

 確実に近づいてくる。

 そう、敗北が…

 あと少し。

 あと少しで…


 決まってしまえば一瞬。

 強化された力は圧倒的。

 赤騎士は一撃で吹き飛ばされていた。

 紅いフルプレートは無残に砕け散り、

 そして観客席へと叩きつけられる。

 土煙でその姿は見えなくなっていた。


 彼は動かなかったのだ。

 俺の余力に驚愕しながらも、

 あの構えの体勢から動かなかった。

、口と表情だけを除いて…


 その時の表情は満足げであり、その口は告げていた。

 「楽しい時をありがとう」と。


 土煙が霞む。

 だが、そこに赤騎士の姿は存在しない。

 何故なら、

 魂は洗浄を終えて旅だった後だからだ。


「また何処かで会おう、オッサン!」


 最後に俺は、

 この世界に居もしない存在にそう囁いた。

 

 歓声が巻き起こる。

 俺の力が赤騎士を消し飛ばしたかの様に。

 もう、観戦者は赤騎士に興味を示さない。

 ただ、そこに現れた大番狂わせに酔いしれていた。

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