38話 秘技「闇夜の大泥棒」
そこは、
注目が集まるステージ中央付近、闘技場入場門前。
まさかこれ程とは… 俺は舐めていた。
人の前に出る事がここまで緊張する事だとは…
万単位の軍団を相手にしてもこんなに緊張しなかった。
轟音とも言うべき歓声、俺の心情など何処吹く風、
辺り一面の砂地のステージが俺の入場を待っていた。
完全に場の空気に飲まれている。
見っとも無く腕が震え、そして喉が渇いていた。
コンディションは最悪。
やばい、トイレに行きたくなってきた…
いや、ダメだ!
頬を引っ叩き気合を入れなおす。
俺はやればできる子だ。きっとやれる!
そんな折、ナレーションが響く。
『お待たせしました!本日の最終試合!
先ほどの第一試合で圧勝を持って我らを沸かせた美女!
北のエルムントよりの参加!クレアノール選手の入場です!!!』
別の場所で開門の音が響き渡ると大歓声が巻き起こった。
それはクレアノールと言う人物に対する期待値の高さを表す。
そして、
『お待たせしました!本日の最後の選手!
シード枠よりあのクフェ様こと我がミュース期待の新星!クフェルメリウス!
その兄!ナナシ選手の入場ゥゥゥゥ!!!!!!!』
そのナレーションで目前の門が開門。
そして、割れんばかりの… 罵声が響き渡った。
ナレーターが静まるように呼びかけるが罵声は止まない。
『ひっこめ―屑!』『帰って寝てろ!』『お呼びじゃねーんだよ!』
『クフェ様から離れろ!』『消えて無くなれ―――!』etc.
俺は俯き気味にトボトボと砂地のステージの中央まで歩みを進める。
観客達は俺に無遠慮な視線を向けそこにプルプルと震えている姿を見つけると大爆笑を始めた。
会場を覆うほどの爆笑の渦。俺に向かってくる嘲笑の嵐。
日頃の行いが全てこの日に帰ってきていた。
どいつもこいつも、ふざけやがって…
ここまでコケにされたのは初めてだった。
対戦相手まで俺を笑っている…
クレアノール。確かに美人だ。
俺のあざ笑う姿も様になっている。
それだけに尚更腹が立つ。
怒りで、頭の中が埋め尽くされて行く。
そこに緊張して縮こまっていた俺はもう存在しない。
俺を侮った事、後悔させてやる。
その意識だけが膨れ上がっていた。
息を大きく吸い込み、会場に告げる。
「一撃だ!それで全てを黙らせる!!!」
俺の渾身の宣言。
会場からは相変わらずの失笑。
そして、
「聞き捨てならんな!私を相手に正気か!」
クレアノールが不愉快とばかりに俺を睨みつける。
自負心が俺の言動を許せないのだろう。
その言動が自身以外にも向いている事に対しても。
「正気だ!
俺の一撃でこの試合を終わらせる。
これは、あまり人には見せたくない技だ。
それに人前で女の子に使う技でもない!
予め言っておくが、これから起こる事はお前に起因している。
俺を恨むなよ!」
「ほう、良いだろう。
そこまで言うならその技、一見の価値はある。見せてみろ!」
クレアノールが細身の剣を抜き放ち構える。
それを観た観客席が一斉に沸く。
そしてナレータが動いた。
『それでは、本日の最終試合!
クレアノール vs ナナシ !!!!!
始めーーーーーーーーーーーー!!!!』
クレアノールが瞬時に動く。
細身の剣の先端を俺に向け刺突の一撃。
俺もそれを闇化で対応。
向こうも一撃で決める算段を付けていたらしく、俺の回避に驚愕していた。
クレアノールから距離を置き闇化を解く。
「貴様!魔術士か?」
「いや、魔力は0だ」
「ほう、舐められたものだ、己の情報を明かす事がどれほどの不利益か!
分からん訳ではないだろ!!!!」
絶叫と共に俺に襲い掛かる。
即座にスキル:陽炎稲妻水の月を発動。
クレアノールの全ての刺突攻撃を躱しきる。そしてその間、一度も彼女の体に触れなかった。
その事実はクレアノール自尊心を痛く傷つける。
攻撃をしてこないのは何時でも仕留められると言う自信に他ならないのだ。
そんな事許せるはずがない。
「中々やるな、しかしこれで最後だ」
クレアノールがそう言うと何かの詠唱共に刀身に手を翳す。
細身の刺突剣が光り輝き始めた。
一目でわかる魔法の行使。
「この魔法で貴様を貫く!
レイスにも通じる力だ!私の奥の手、貴様に防ぎきれるか?」
先ほどよりも早い速度で俺に詰め寄る。
足が光り輝いていた。
肉体も強化したのか??
魔法ってのはやっぱ便利そうだった。
暇な時にクフェにでも習うべきだったと後悔する。
しかしこの速度なら余裕で躱せる。
でも、この子の自尊心を折るなら…
俺は一つの賭けに出る。
闇化を完全に解き彼女の刺突に体をさらけ出した。
そこに、容赦のない刺突が通り過ぎる。
完璧な手応え。
その反動に納得を得ながら、クレアノールは俺を見返す。
しかしそこには無傷の俺の姿があった。
本日数度目の驚愕が彼女の心を走り抜けた。
それは、闘技場に詰めかける観戦者も同じらしく、会場は静まり返る。
「俺の番だ」
そこにその声が響いた。
◇
クレアノールは余りの出来事に手から武器を落としていた。
その事にも気づかず、ナナシを見据える。
確実に私の刺突はあいつを貫いていた。
体だけじゃない。顔にも一撃入れたのだ。
私の二段突きが完全に入ったはずなのに…
あいつはピンピンしている。
ふと絶望を感じる… 自分との実力差に思い至る。
私のレベルは75、この大会でも上位に食い込める実力者だ。
その渾身の突きを無傷で切り抜ける彼は何者なのだ…
ナレーターが告げた『クフェルメリウス!その兄』と言う言葉が今になって頭に響き渡る。
あいつは化物だ…
私の中で彼に対する答えが出てしまっていた。
◇
手を動かなくなったクレアノールに向けて突き出す。
そこに、闇の羽衣を球体のイメージで出現させた。
それは奇しくもクフェが万の大軍に向けて放った、
クレッセントブラストの初期動作に似ている。
しかしその球体に極光は宿らない。
唯々不吉な黒い球体がそこに出現していた。
「おい、クレアノールちゃん。
俺を恨むなよ」
もう一度、それだけを言い残し、
動けないクレアノールに向かいその漆黒の球体を解き放つ。
そしてその瞬間、闘技場が一瞬の闇に包まれた。
一瞬の視界の暗転。
そして、光がもう一度戻ってくる眩しさで、観客がどよめく。
しかし、その暗転は闘技場に一切の変化を齎さなかった。
一つの事実を除いては…
キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
耳をつんざくような悲鳴が轟く。
それは、女の子が発したもの。
闘技場中央付近、クレアノール。
彼女に起きた悲劇。
漆黒の球体から解放された彼女は自身の体以外の全てを失っていた。
つまり、今現在彼女は集団監視の中全裸なのである。
両手で局部を隠し顔を赤くするクレアノール。
そして、それを観た観客は試合内容も忘れ歓喜と絶叫の嵐を起こしたのだった。
秘技『闇夜の大泥棒』
それは
姫様から借りた『獄卒の腰袋』と
クフェから貰った『闇の羽衣』の合せ技。
暗い世界に対象を放り込みその人物の所持品を奪い取る。
ナナシらしい、クズにぴったりの技だった。