37話 酌み交わす酒はほろ苦く
クフェとミウを連れて宿への帰路へ着いている。
武闘祭予選は無事に終了を迎えていた。
ミウに多額の金を賭けてる以上、万が一があってはと思ったのだが、そんな事有る筈がなかった。
そして、この男も…
「ナナシ殿!! 我らの約束された聖戦が延期に…」
赤騎士が俺に泣き付く。
さっきからこの調子で離れようとしない。
何食わぬ顔で俺に接するこいつは、もう昨日の事を忘れているのかも知れなかった。
俺を切り殺す勢いで襲ってきた出来事。
あれを有耶無耶になどできない。
「赤騎士さん、俺達は敵だろ?
今朝の一件は感謝をしていますが、昨日の事を許したわけじゃ…」
「うーむ…
もう、パパとは呼んで下さらんか?ナナシ殿…」
俺の言葉を遮る様に赤騎士がごちる。
少し残念そうな空気がフルプレートから感じられた。
表情からは汲み取れない為、真意は定かではないが、気持ち悪い事には違いが無かった。
俺は今、男に対してモテ期を迎えているのだろうか…
へミールと赤騎士。
冗談じゃない。ケツがむず痒くなった。
「お兄ちゃん!
こいつは何ですか?」
「俺の敵かな」
さっきから気になっていましたとばかりに、クフェが尋ねてくる。
俺は少しふざけて、これに答えた。
クフェに対して油断があったと言えば言い訳になるだろうか?
それを聞き終えるとクフェが攻撃を開始した。
クフェの指から黒い爪が伸び赤騎士を襲う。
しかし、赤騎士もその速度に対応、剣を抜き放ち迎え撃つ。
ガキン!と音を響かせて鍔迫り合いを始めた。
睨み合う二人。
その光景を観たミウも、戸惑いこそしたが即座にクフェに加勢。
横合から赤騎士の腹部に柄による当身。
その威力は凄まじく、赤騎士は吹き飛ばされ建物の壁に打ち付けられた。
壁が崩れ赤騎士に圧し掛かる。
そこにクフェが止めの黒き弾丸を…
てい!
俺がクフェの頭を叩く。
慌ててやった為、少し力が入ったそれはクフェからしても痛かったらしく、
振り返りざまのクフェは目に涙を浮かべていた。
「俺の敵だけど、恩人でもある」
その言葉にクフェの顔が青くする。
俺の悪戯心が起こした事件の為、さすがに可愛そうだった。
「ごめん、説明が悪かった」
そう言って、クフェの頭を撫でる。
気持ちよさそうにする表情を眺めながら、
俺は次の行動に出た。
「すまないが、これでお相子にしようか?
赤騎士さん」
「そうさせて頂きます」
赤騎士が瓦礫の中から起き上る。
フルプレートが少し薄汚れたが、大きな損傷を感じさせない。
そして、辺りを見渡し崩れた壁の中に住人を見つけると、頭を下げながら謝罪を開始。
金貨を幾らか渡し、手打ちにしていた。
その光景にはさすがの俺も驚いていた。
身勝手な振る舞いとのつり合いが取れないチグハグな対応。
そう言えば昨日、フィーさんにも金貨を渡していた。
赤騎士の人物像が分からない。
本当に反応に困った。
「ナナシ殿、少しお時間を頂けますか?」
そして、こんな事を宣う。
俺の沈黙を肯定ととったのか、クフェとミウに目を向ける。
「妹さん方、兄上を少し御貸願います」
そうして頭を下げるのだ。
本当に軽い頭だった。誰に出も下げる頭。
しかし、それは好感を持たずにはいられないものだった。
◇
「だーははは! ナナシ殿。
飲んでますかな?」
そこは偶然見つけた屋台。
そこで赤騎士と酒を飲んでいる。
フルプレートの兜が取り払われていた。
そこには気のよさそうな壮年の男の顔がある。
見た事のない顔。
俺を知っている風な口ぶりから、知人かと思ったが違っていた。
「どうしました?手が止まっておりますぞ。
グイッともう一杯いきましょう。だーははは!」
「…」
こう言うの… 嫌いなんだよな…
上司に無理やり誘われてついて行った飲み会的なノリがそこにはあった。
赤騎士は一人で盛り上がりグイグイと飲み進めている。
俺はまだ一杯目。
つまらん。実につまらなかった。
赤騎士の酔いが進み、顔が真っ赤になっている。
今なら兜が無くても赤騎士を名乗れるのではないだろうか。
そんな風に赤騎士を見詰めていると
「どうしました?ななしどの?
ぱぱのかおになにかついておりますかな?」
「おい、パパはやめろ!
酒がまずくなる」
俺は酒を一献あおり、気をそらせる。
「ぱぱは、せつないですぞ!
ムスコがあいてにしてくれないのは…」
「おいおい、飲み過ぎだオッサン」
呆れ顔を赤騎士に向ける。
そこには赤く染まってはいるが、真面目な男の顔があった。
「何か、悩みがあるのだろう?」
「は?」
「私は酔いつぶれている。加えて他人だ。
悩みを愚痴るのにこれ程都合のいい存在はいないだろう?
さあ、ドンっと来い!」
自信たっぷりに胸を叩く赤騎士。
ドヤ顔が物凄く腹立たしい。
暑苦しいぞこいつ…
「どうした、酒の席でのポロリだ。
誰も気にしないぞ」
そして、また真面目な顔。
何故だろ…
このオッサンを憎からず見てしまうのは…
このオッサンを見てると…
「独り言だ。聞き流せよ」
顔が熱い。
普段なら有り得ない事だ。
人に弱みを見せるなど愚か者の行い。
俺は酔っている。きっとよっている。
「待ってました!」
だーははは!と豪快に笑いながら、俺の話に耳を傾けるオッサン。
そんな姿に悪い気がしない俺だった。
「大変だったなー」
返答はそれだけだった。
地獄での出来事を除き、色々な悩みを打明けた。
それは、生前にも遡る話だ。
勿論俺の悪事は伏せているが、返答がそれだけだと不満だった。
「おい!
俺に恥ずかしい話させて、それだけか?」
「ああ?今の話は慰めが必要か?」
さも当然の様に言う赤騎士に少しムカつく。
「お前は大変だった。
お前の影響で周りを巻き込み苦しめる!
全てはお前の責任で、お前はどうして良いか分からない?」
俺の顔を真面目に睨み付ける赤騎士。
しかしその顔が崩壊した。
「だーははは!傑作だ!
何だそれは??悩みにすらならん妄想だ!!
お前は明日世界が滅んだら、自分の責任だと思うのか?」
茶化すように尋ねる赤騎士。
「自意識過剰もそこまでいけば一級品だ。だーははは!」
俺は何も言えない。
実際にその通りだからだ。
だけど、その嘲りに俺は…
俺の眼からは涙が溢れていた。
「まあ、飲め。
そして、考えてみろ。
それは向こうの八つ当たりだ。違うか?」
酒を一気にあおる。
赤騎士が酒をつぎ足し、ニカっと笑いかけてくる。
「しかし、解せんのはそのへミールと言う男だ。
何を企んでおるのか分からん!
まあ、ナナシ殿の人生だ。
そいつに着いて行くのも、また一興かも知れませんな。
良い事だけが人生じゃなさ。
そう、良い事だけじゃ無い…
私の余生も、最後の一仕事が控えている」
俺を見る目が昨日の殺気を含む。
酔いが一瞬で冷めた。
「すまん。許せ」
そう言って、赤騎士は俺から離れた。
それ以降は黙々と酒を飲み話す事無くその日の飲み会を終えた。
赤騎士は払いを自分が持つと言い張り、俺はそれに甘える。
タダ酒最高!
とても晴れやかな気分だ。
こんな気持ちはこの世界に来た時以来かも知れない。
赤騎士には感謝しないといけなかった。
「ナナシ殿!」
改まった声で、呼び掛けられる。
「次は本戦で、相見えましょうぞ!」
ああ、そうだったな。
俺たちは敵。
「ああ」
俺はそう返答し、踵を返す。
もう、そこに棄権の選択肢は無くなっていた。