34話 もののふは挨拶を忘れない
ミュースヘ戻り、いつもの宿をとる。
クフェとミウはまだ最終調整をするらしく、
俺を送り届けると山岳地帯に引き返した。
「あんた、暫く見ない間に見違えたね」
フィーさんの声が妙にやさしかった。
クフェと初めてこの街に来て以来、
掛けて貰えなかった声音だった。
「上客が来なくて寂しかったのか?お嬢さん」
「よしな、年増に向かってかける言葉じゃないよ。
全く、見直せばすぐこれだ。クズは治らんね」
軽口をたたき合う。
俺の母親よりは若くそれでも苦労を積み重ねてきただろう顔は、
俺を観て安心した様に写る。
心配をかけたのだろうか?
いつものカウンター席に腰を掛け、
フィーさんと少し戯れる事にした。
「会いたかったのか?」
「清清したよ。
で、クフェちゃんは如何した?」
「ミウと山までお散歩」
「あんた、人攫いに会ったらどうするんだい!!」
「彼奴ら攫えたら大したもんだよ。
知ってんだろ?クフェは上級冒険者だぞ」
「後で泣きみても知らないよ。
可愛い子には誘惑が多いんだ」
「俺と言う一級品の兄がいる。
何に惑わされると言うんだ?お嬢さん」
「けぇ!吐き気を催すよ、アンタみたいな穀潰し、
誰だって願い下げさ」
「なに!!」
「図星だろ、この素浪人」
「おい、やめろ!
やめて下さい、せめて浪人でお願いします」
「仕事が見つかったのかい?」
グヌヌ…
本当に口が達者なお婆だった。
酒場の常連もフィ―さんの意見に賛同らしく、
ニヤニヤと俺を見詰めていた。
「金のあてならある。
今度の武闘祭に俺も出るんだ」
「知ってるよ。
辞退しな、舐めてると怪我するよ」
「準備をしてきた」
真面目な顔をフィーさんに向ける。
フィーさんはそれを一瞥し答えた。
「それも知ってる。
アンタ、今は良い目をしている。
死ぬには惜しいよ」
「え?
死ぬ?死なない予防策があるって聞いたけど」
初耳だった。
「ルール変更さ。
今年はレベル100越えが出るって噂でね。
運営が予防策を諦めたのさ。
人は血を観るのが好きさね。
今年は例年以上に盛り上がるし、噂では大国の重鎮も顔を出すとか。
アンタの出る幕じゃないよ!」
フィーさんが俺を睨みつけた。
目が… 俺を心配しているそんな色をしていた。
上等!
「俺の1試合目レートはどの位だ?」
「アンタに賭ける奴なんてこの街にはいないよ。
シード枠だから知らない奴が買ってるけど。
対戦相手が1倍を割りそうで胴元が泣いてたよ」
この話にはさすがに凹んだ。
俺… やっぱイケてないのか?
ちくしょうめ―!!
でも、普段世話になってるしな。
お礼はしないと。
「フィーさん。全財産、俺に賭けろ」
「寝言は寝ていいな!!」
俺の戯言にフィーさんは激怒。
しかし、その瞳に興味が宿るのを感じた。
「俺は勝つ!!」
更なる渾身の戯言。
フィーさんは怒りを納めると、
自嘲気味に笑った。
「いいさ、死神さん。
私を地獄の直行便に案内しな」
どうやら俺の提案に乗ってくれるらしい。
信用はされていないみたいだが…
「そこの方々、私もその一件、噛ませてくれないか?」
不意に第三者からの声を受けた。
振り返るとそこには深紅のフルプレートを着こんだ人物が立っている。
顔は見えない。しかし、声の音質から男だと言う事は判る。
「私も君に賭けたい。ナナシ殿」
俺の名前を知っている?
賭けの対象だからか?
「ナナシ、アンタの客だよ。
ここ数日アンタを待つ為に、
ここに泊まり込んでる上客さ」
俺の客?誰だ…
「あんた誰だ?」
「単なる傭兵です。
ナナシ殿の2回戦の対戦相手ですよ。
ナナシ殿とはぜひお手合わせを願いたくてね…」
言うが早いか深紅のフルプレ―トが剣を抜き放ち俺を襲う。
しかし、俺も前までの弱い人間ではなかった。
、
スキル:陽炎稲妻水の月発動!
俺はフルプレートの斬撃を寸前で躱しつつ、
彼の背後に回り込み、渾身の拳を構える。
しかし、その拳は不発に終わった。
理解できない速度でそれは迫っていた。
二度目の斬撃。
それが俺の頬に触れている。
瞬時に陽炎稲妻水の月が発動。
少し後ろに躱した位置で実体化し、
流れ行く剣を全力で掴んだ。
「ほう! 思いの外、怪力ですな」
そんな軽口を叩く。
剣が掴まれた事に動揺を示さないフルプレート。
その底が見えなかった。
俺は動揺を誘う為、握る剣に力を籠める。
ビクともしない…
俺より力が強いのか?
それは、相手がレベル70以上であると言う事実に他ならなかった。
「失礼!!」
そう叫ぶと、フルプレートが剣を収まる。
「気が急いてしまいました。
本日はご挨拶です。
ナナシ殿。ぜひ祭りで、相見えましょうぞ。
お嬢さん、これは修繕費です」
フィーさんに金貨を幾つか渡すと
そう言い残しフルプレートは去っていった。
ギィーーー!ドンンン!
カウンターが倒壊する。
頬から血が溢れだしていた。
俺は動揺を隠す為、フィーさんに笑いかける。
「物騒なのがいるな」
「武闘祭の影響さ。
皆、例年より賑わう祭りに浮かされている。
あんな輩も偶にはいるさ」
金貨を仕舞いながらフィーさんがごちる。
「アンタは大丈夫かい?」
「大丈夫だ!問題ない。
フィーさんは心配せず俺に賭けろ。1回戦は俺が勝つ」
「2回戦は?」
即答する事ができない。
何故ならあいつは強い。
最悪棄権を覚悟する。
負ける試合に挑む必要はない。
「棄権する… かもな」
「流石と言うか…
熱烈なラブコールに答えないのかい?」
「必要性を感じない」
「必要だと感じたら?」
その時は…
いつものように適当()にやるさ。
「なる様になる。それだけ」
俺はフィーさんに再び笑いかけ、部屋に向かった。