3話 プロローグ3 獄卒は刑を執行する
どういう原理でこの世界ができているのか解ら
ないが、暗闇の世界が一瞬で崩壊した。
そこは、獄卒ちゃんと話をしていた、牢の中だった。
暗い世界から白い世界に移った反動で、目がちかちかした。
とりあえず今ある疑問を獄卒ちゃんにぶつける事にする。
「怒ってる? 」
「どうした、私の顔が怒っている様に見えるか? 」
感情の乏しい顔がこちらお見つめる。
一度だけ見せた、怒った顔はそこにはない。
彼女の内心を推し量ることは出来なかった。
「ステイタスの確認方法を教わったんだけど、全体的に値が低いんだ。
それで、特性を見たら『獄卒の不興』という項目があって、怒ってるのかな…と」
「なるほど、貴様が弱いのは私の責任だと言いたいわけか」
納得のいった表情が少し可愛かったが黙っておく事にする。
しかし、すぐに顔が歪むと彼女は叫んだ。
「笑わせるな、クズが!
貴様、元の世界で何をしていた?
悪の首領でもしていたか? それと組織の幹部か? 腕に自信はあったか?
違うだろ? 何も持ってはいない、持っていない物をねだるな」
「だって・・ 異様に低すぎるし、弱者っていうか、常時瀕死状態だし」
拗ねた表情を作り抗議する。
「馬鹿な、そんな低いわけあるか、見せてみろ」
彼女が俺の頭に手を置いた。鉄格子越しに彼女に触れた時以来の距離だった。
そのまま頭を砕かれる心配はあったが、少しドキドキした。
「なんだこれは… 実に… プッ…
貴様にお似合いの数値ではないか。
貴様、本当にただのチンピラか」
「笑うなよ、馬鹿にしているのか?
俺はこれから、その数値で生きていくんだぜ。
各担当に質問しろって言われたんだ。
説明しろ、俺はどうやって生きていく? 」
笑われた事が素直にショックだった。
確かに俺はチンピラだったが、彼女に指摘されると無性に恥ずかしかった。
そして何より、これからの不安が大きかった。
「いや、褒めている。
そもそも、チンピラが選ばれるはずがないのだ。
強い意志と強い肉体、生前に強者と言われた者が選ばれる事になっている。
貴様が選ばれたのが不思議だよ。
しかし、どうやって生きるかだと?
素直に死ねばよかろう。
弱者として生きていく事だけが、目的ではない。
故に弱者として死ね。
最終的に魂が洗浄されればそれでよい」
辛辣な言葉を投げかけられた。
彼女の表情は事務的ものに戻り、獄卒としての威厳を漂わせる。
たまらず、話の方向を変える事にした。
「そもそも、魂の洗浄とは何だよ、罰を受けると言う事か? 」
「不純物を取り除くと言う事さ。
魂から不純物を引きはがす、それが洗浄だよ。
不純物が納得する満足感を得た時
又は精神が傷つき、自身という存在がどうでもよくなった時
魂から剥がれやすくなる。理解したか?
今から貴様自身で、それを実行するのさ。
貴様は死を繰り返す事になるだろう。
貴様が自身を見失った時、魂から剥がれ落ちる。
そうなれば、洗浄は完了だ」
「死を繰り返すとはどういう事だ? 」
「それはこれから貴様が体験する事だ」
何も言えなくなった。俺に拒否権はないのだ。
これから起こる事が、本当に地獄なのだと理解していた。
「さて、これから行く世界は貴様が望む世界だ。
暴力が蔓延り、貴様がいた世界ほどの治安は望めない。
力があれば奪う側に回れる、そういった世界だ。
勿論、お前の世界にはいない化け物も沢山いる。
貴様は女好きの様だからエルフなどはお勧めだな。
好きに奪えばよい…できたらの話だがな。
ところで、貴様には名前がないのか? 」
「あったけど、捨てた。適当にななしって名乗ってたけどな」
ぎこちない返答を返す。おどけて『名無し』などと返答したのではなかった。
本当に、そう名乗っていたのだ。勿論、女の子を誘うときは偽名を用いていたが。
「そうか、 ナナシっと」
可愛い仕草で、獄卒ちゃんが帳簿に何かをしている。
「ステイタス画面を見ろそれがお前だ」
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ナナシ 21歳 男 人間
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名前が追加されていた。特に問題がないため放置する。
それより重要な事は…
「獄卒ちゃん、俺も教えたんだ。
名前を教えてほしい」
もう野となれ山となれだ。人間、開き直りが肝心。
そう思えば楽だった。ある意味で魂の洗浄が進んだのかもしれなかった。
「貴様それを聞いてどうする」
「いいだろ? これから長い付き合いになる」
真顔で返してやる。俺は顔には自信があった。
「ほう、そのステイタスで諦めんとは
それなりに心が強いようだ
いいだろう、私は『リン』貴様の担当者だ」
◇
そこには、悪魔召喚に用いられていそうな魔法陣があった。
ここは牢の世界とは違い、暗くじめじめした地下室といった感じの世界だ。
勿論移動などしていない、また世界が崩壊したのだ。世界の扱いが人の理解を超えていた。簡単に潰れ、簡単に構築しなおされる様は人間が本当にちっぽけな存在なのだと認識するには十分だった。
魔法陣の中央に立たされると、リンがこちら見た。
「それでは、言い残すことはあるか? 」
「リンちゃんにまた会えるか? 」
「時と場合だな」
「そうか」
それがこの世界での最後の言葉になった。
そして、リンの言葉が響き渡る。
「これより刑を執行する」
魔法陣が光を放ち、辺りを白く塗り替えていく。
リンの方を見ながら、かすれ行く世界を眺める。
そのとき、リンの口が動いた。
「チンピラ、私はお前に興味がわいた」
確かに、そう聞こえた。
俺はたまらず、手を振り挨拶しようとしたが、遅かった。
あれ?これって、脈あるんじゃね?
少しやる気がでた。