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クズはクズ箱の中でもクズでした  作者: モモノ猫
2章 恬淡な友
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26話 弱った相手には恩を売る

 どうしてこうなったのか…


 其処は、薄暗くカビた匂いがする部屋。

 頭上高くには、鉄格子付きの小さな窓から光が差している。

 それ以外の光源は無い。日が暮れると真っ暗になるだろう。

 部屋と通路は鉄格子で区切られている…

 はい、その通り。ここは牢屋。

 俺はつくづく牢に縁があるらしい。

 牢の壁に背中を預け、床に座り込む。

 慣れたものだ。自嘲気味にそう思う。

 こういった場所で無駄に体力を使うのはNGだ。

 機会を伺い行動する。俺にはクフェがいる。

 世間ではしっかり者の妹。兄の身元引受人が…

 考えていて恥ずかしい内容だった。


 対面の牢から大きな泣き声と大音量の「出せー!」が繰り返されている。

 刀を取り上げられた、ミウだ。

 先ほどまでのドヤ顔はもう消え失せている。

 鼻水をたらし、ただ泣き叫ぶ彼女はとても非力な存在に見えた。

 本当に美人が台無しだった。


「おーい、うるさいぞ。

 泣き止め―、美人さんが台無しだぞー」


 棒読みな口調で彼女に呼びかける。

 ミウは目尻を擦りながらこちらを睨む。


「なんでそんなに落ち着いているんですか!

 私たちは不当な拘束を受けているんですよ」


 不当ではないんだけどな…

 ミウの力を見せ付けられたあの時。

 俺以外にも観客は居たのだ。

 変わり果てた風景。変わってしまった潮の流れ。

 さらに波による沿岸部の店被害。

 そして、下手人はここにいる。


「ああ、不当な拘束だ。

 特に捕まる理由がないしな。

 でも俺には身元引受人がいるから直ぐ出られる。一時の我慢だ。

 ミウさんも旅の連れぐらい居るだろ?

 心配してるだろうし、そのうち出られるさ」


 被害が出てるし、ミウの場合は保釈金がいるだろうけどな…

 涙目の少女に追い打ちをかけるのは気が引けた。

 この事は黙っておく。


「それが… 旅のお供はいません」


 顔を青くしてシュンとするミウ。

 え?既に追い打ちかけちゃってた?


「いませんって… まさか旅の途中で…」


 最悪の想定を口にする。


「いえ、一人旅です。

 ただ… 故郷を出る時に誰も付いて来てくれませんでした。グスン」


 ああ、ボッチちゃんか。なるほど。

 誰も助けに来ないと…

 可愛そうだが、ミウは奴隷行きかな。

 釣果に集る少女が金を持っている訳ないしな。

 ミウぐらいの美人なら俺が買っても良いけど、残念な事に今は持ち合わせがない。

 ボッチ拗らせた挙句、身売りする破目になるか。

 本当に勿体ないな。

 クフェにねだったら買ってくれるだろうか?


「不味いですよね… 私どうなるんでしょうか」


 知らんがな… と言うのは勿体ないか。

 うまく恩を売れば俺の物になる可能性がある。

 その後に待つのは、お・た・の・し・み。


「最悪、奴隷だな」


 真実を告げる。

 ミウはさらに顔を青くして焦り始めた。


「刀さえあれば… こんな牢!

 いや、そんな事をすれば故郷の母様に顔向けできない…

 私は修行の身、これも試練なのか…」


 目に涙を溜めながら一つの結論にたどり着いた様だ。

 さらに追い打ちをかける。


「奴隷の前に、ここの奴らに色々されるだろうな。

 勿論、ミウさんほどの美人だ、すぐ買い手はつく。

 変な奴に買われないと言いな」


 さらに顔が青くなる。

 何かを考える表情、そして絶望した顔になり

 床を見てへたり込んでしまった。


 やり過ぎただろうか?

 でもこの位追い込んでからの希望は、きっと俺への忠誠心に繋がる。

 俺には裏切らない存在が必要だしな。

 真面目に生きると決めた。

 だけど俺は奴隷ハーレムを諦めたわけではない。

 よし、止めを刺すか。


「ミウ、どうだろう俺に一つの提案があるのだが」


 その言葉で、ミウの瞳に光が戻った。

 俺への期待が滲み溢れている。

 ちょろ。溺れる者は藁にもすがる。

 先人の知恵って最高ですわ。


「愚かな提案だ、別に聞き流してくれて構わない。

 ミウ? 俺の…」


 ―――ガラン!!

 鉄格子が動く音。

 大音量のソレが俺の言葉を遮った。

 衛兵が俺の牢の前までくる。


「ナナシ。

 迎えが着ている。さっさと出ろ」


 無遠慮にそれだけ言うと、

 後ろに立つ少女と見た事のないおっさんの後ろに控えてしまった。


「お兄ちゃん… 何やってるんですか…」


 クフェが俺をジト目で睨む。

 その後ろで控える人物はその光景を見ながら、

 クフェのご機嫌取りに動く。


「このお方がクフェ殿の兄上様ですか。

 実に聡明な顔立ちをされてますな。私には一目でわかりますぞ。

 きっと何かの手違いですな。

 しかし、クフェ殿。

 ここは人目があります。それ位にして、場所を変えましょう」


 適当な前置きでお茶を濁すやり方は何処か俺に似ている。

 クフェはうんざりと言った顔ではあるが、それに頷く。

 こんな場所に俺を居させる事が嫌なのだろう。


「誰だ?そのオッサン」


「はい!

 この都市の冒険者ギルド長。メルファンさんです」


 綺麗な返事と回答がなされる。

 クフェにペコペコするこいつが長?

 外見は50代といった所か。

 問題はクフェに対する態度だ。

 まるで孫に気に入られようとする祖父だった。


「いやいや、クフェ殿。

 私とクフェ殿の仲、ぜひ呼び捨てて下され」


 デレデレとしたその口調にはギルド長としての威厳が無い。

 しかし、この光景を驚愕の眼差しで見詰める衛兵から察するに普段はこんな人物では無いのだろう。

 年長者の痴態。正直な話見ていて楽しいモノでも無い。


「クフェ。出るぞ」


「はい!お兄ちゃん」


 何か忘れている気がするが、俺は立ち上がり牢屋から出る。

 笑いかけるクフェの頭を撫でながら、牢獄を後に…


「ま、待たれよ!!」


 大きな声が牢獄に響いた。

 声のする方には涙を流しながら、

 縋る手を鉄格子から突き出すミウの姿が。

 忘れていた…


「酷いです。ナナシさん。

 私を見捨てないで下さい。

 きっとお役に立ちますからーーー!」


 最後のチャンスとばかりに大声で助けを求めてくる。

 頭を撫でているクフェから黒いオーラが漏れ出す。

 あまりの邪気に手を退いてしまった。


「なんですか?

 あの生ごみは… 掃除が必要ですか?」


 ドスの効いた声が辺りに響く。

 クフェがミウを睨み付ける。ミウからの声が止んだ。

 クフェから放たれる圧倒的なプレッシャーにミウが絶句したのだ。

 それは近くにいたメルファンと衛兵も例外ではなく、その圧力に膝を屈していた。


「掃除は必要ない。

 アレは生ものではあるがゴミではない」


 俺の返答を聞き、

 クフェは何を思ったのか、ミウの牢屋に近づいて行く。

 そしてミウの目前に立つとその瞳を覗き込んだ。

 ミウは動けない。ただ、されるがままに目を見開きクフェの望みに答えている。

 そして数秒が経った時、ミウが動いた。



 ―――土下座。いや、平伏しているのか?

 ミウは鉄格子越しにクフェに平伏の姿勢をとっていた。


「我が意を得たり!!

 此処に其れはあった!!

 我が王よ!! 

 どうか、我が忠誠をお許しください!!

 どうか、我が身尽き果てるまで御傍に仕える事をお許しください!!」


「「え?」」


 その場にいた、ミウ以外の全てが固まっていた。

 ミウは口上はまだ続く。


「我が主はクフェ様を措いて他にあらず。

 クフェ様が断られるならば、それは死と同義!

 どうか、我が忠誠をお許しください!!」 


 クフェが俺に助け舟を求める視線を向けてくる。

 俺はその視線をそらした。

 すまん、クフェ。まさかこんな事に成るとは…


 困ったクフェを見かねたのか、メルファンが口を挟む。


「その者は、罪を犯しております。

 このまま行くと奴隷に成下がります。

 主を選ぶ最後の機会だと思ったのでしょう。

 しかし、罪人をクフェ様の御付にするなど、私の目が黒い内は有り得ませんな」


 そう断言するメルファン。

 クフェの主が罪人である事は黙っておこう。

 ここまで慕っている以上、そんな事を言えば発狂死しそうだ。


 クフェが再びミウを見詰める。

 その瞳には先ほどまでの邪気はなく、

 ミウの本質を見抜く為の光が宿っていた。


「この子は… 強いです」


 クフェからそんな声が漏れた。

 俺もその意見に相槌を打つ。

 彼女の強さを見ていた為だ。

 以前クフェが自分の慧眼について語っていたが、

 本当に優れた慧眼を持っているのかもしれない。

 

 クフェの目に別の輝きが生まれる。

 幼年期特有の輝き。

 

「お兄ちゃん!

 この子を飼ってもいいですか?」


 クフェの物欲が刺激されてしまている。

 正直、クフェが駄々を捏ねる様を想像する事はできないが、

 もしもの可能性がある。

 それにミウの今後を考えると断る理由が無かった。


「世話はお前がしろよ」


「はい!」


 まるで小動物でも買う時に交わす会話がそこにはあった。

 しかし、ミウは動じない。

 既にミウの中でクフェは王なのだろう。

 主従関係がはっきりしている事は良い事だ。

 俺の守り手も増えるし、グフフな展開にも持っていける。

 どうやら、良い選択をしたようだ。


「メルファンさん、これをください」


「流石、クフェ殿!お目が高いですな。

 少し値が張りますが、今度の武闘祭で支払われる賞金で賄えましょう。

 衛兵!この者を出せ」


 メルファンの言草が変わってるが、

 そんな小さな事を気にする者はここに居なかった。



 出所後、直ぐにミウがクフェの前に跪く。


「クフェ様。

 どうか、武闘祭の優勝を御身に捧げる事をお許し下さい」


 そう言えば、ミウがここに来た目的がそれだったか?

 うん?何か忘れている様な…


「我が身に掛かる借財。

 どうか我が身を持って払拭する機会を頂けないでしょうか。

 お許しいただけるならば、

 大義を持ちてこの国に住まう天魔クフェルメリウスの首を御身に捧げてみせましょう」


「はい?」


 聞き間違えでもしたのかとクフェがミウを見詰める。

 クフェが答え合わせを始めた。


「天魔?」


「この都市に顕現した悪鬼と聞き及びます。

 見事その首を打ち取ってみせましょう」


 ミウは真剣そのもの…


「クフェルメリウス?」


「我が怨敵にございます」


「私の事だけど…」


 時が凍り付いていた。

 そこで答え合わせは終了、そして…


 クフェにひたすらに平伏する少女。

 額を地面に擦り付ける事も厭わないその姿に、

 クフェも若干引いている。

 しかし、自身の無礼が許せなかったミウは

 それを止め様としなかった。


 うっかりも行き過ぎると身を亡ぼす。

 勝手な結論を付け、

 新しい仲間の痴態に見て見ぬふりをする。

 

 どうやら俺にもまだ良心が残っているらしい。

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