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クズはクズ箱の中でもクズでした  作者: モモノ猫
2章 恬淡な友
26/45

24話 クズはタダ飯が好き

 風が流れ、水は踊り、そして土は流される。


 海を眺め、心にそう呟きかける。

 水さんにはぜひ俺の無垢なる心に巣くう闇を洗い流して貰いたい。

 そう心に嘯きながら、釣針にを餌をつける。

 釣竿を軽く振り、釣糸を海に垂らした。

 天気は快晴。防波堤から眺める海は広く、そして美しい。

 釣りには良い日だ。

 麦わら帽子があれば絵になるだろうか?無くてもいい男だが。


 お?引いてる。今日は良い出だしだ。

 これでクフェにも良い顔が出来る。

 待ってろよ!俺は威厳を取り戻す。

 そう意気込み、フィッシュファイトに取り組む。

 大物を引上げる力が無い事に気付かないまま。

 本当に釣りには良い日だった。



 今、俺は少し困った状況に置かれている。

 場所は海に面した貿易都市ミュース。アリア帝国から東に離れた小国の都市だ。

 とは言っても海路から運ばれてくる貿易品の齎す富で栄えたこの都市は、異世界ではじめて見る大都市だった。

 都市の中央部では度々催し物が開かれ、その見物客で賑わっている。

 そして見物客は貿易品や屋台で金を落とし、商人たちを喜ばせた。

 港ではとれたばかりの海の幸が格安で売られ庶民の暮らしを支える。

 この都市は本当に良い都市だ… 俺の働き口が無い、その一点を差し引けば…

 無能は淘汰されるという言葉がある。

 自然の摂理。弱ければ死ぬ。それだけ。

 レベル1の俺に慈悲はなかった。


 それでも、真っ当な手段で生きようとしたのだ。

 俺の行動で一国の軍団が動いた、あの事件。

 今ではへリムの悲劇と呼ばれているらしい。

 何でも俺が居なくなったあの場所で化物が暴れ、万の軍勢が壊滅したそうな。

 そう、あの事件。「貴様は自分の影響力を理解するべきだ」その言葉がまだ俺の心にこびり付いている。

 俺と言う存在が在ったから、事は起こり帰結した。

 自意識過剰かもしれない… だが、新たに得た特性。


====================================

 :特性:

 自覚なき歯車★  

「運命を廻す歯車。その中心に在るとも知らずに…」

====================================


 決定打だった。

 効果を読む限り悪い力ではない。だけど良い力とも限らない。

 出来うる限り、他人に影響を与えない行動を心がける。

 無理だとはわかっている。

 だからこそ真っ当に生きる事を決めた。

 他人に恨まれなければ、悪い影響を与えない。

 きっとそのはず。そう結論付けた。


 ただ、真っ当に生きるとは難しい事らしい。

 俺は今やクフェの紐に成下がっていた。



「起きて下さい、お兄ちゃん」


 布団が強引に身体から離れる。

 朝の冷気が身体を冷やし次第に意識が覚醒していく。


「何すんだクフェ。布団を返せ。

 もう少し俺を労わったらどうだ?」


「全てはお兄ちゃんの為です。早起きは健康に良いのです」


「それは違うぞクフェ。

 生活のリズムこそが大切だ。乱せば体に悪い。

 だからもう少し寝かせろ」


 じとーとした目が俺を見据える。


「では、宿代」


 クフェがいきなり核心をついてきた。

 朝早く出る事で、少しでも宿代を値切っているのだ。

 今や財布はクフェが握っている。

 俺はこの決定に逆らう事が出来なかった。


 手早く闇の羽衣を寝間着から外套に変化させる。

 痛々しくて趣味に合わない、いつもの黒い外套セット。

 いい加減に別の物が着たい。俺は試しに色を変える事にした。

 羽衣の扱いもだいぶ慣れてきた、今なら出来ると思う。

 外套の中の服のイメージを白にしてみる。

 いけた。簡単だった。

 次は細かい模様… 無理。もう少しの慣れが必要なようだ。

 俺は意を決し白い服にある文字を描く。

 文字ならいけそうだ。「働いたら負け」定番の文字。

 割といい塩梅に見える。

 そして、クフェへの意思表示だ。

 できた服をクフェへ向ける。


「なんですか?そのマークは?

 どういう意味ですか???」


 予想通りの質問だった。

 この世界では俺の世界と別の言語が使われている。

 俺からしたらそっちの方がマークに見える訳だが、この際それは良い。

 俺は文字も読めるし書ける。この世界の言語をだ。そして元の世界の言語も。

 どうやらこの世界にも多少のご都合主義が存在している様だった。

 まあ、自分の立場を理解させる救済措置と言ったところだろうが。


「働かざる者食うべからず。だ」


 適当な事を言う。

 クフェは面白いぐらい俺を信用していた。

 心が少し痛い。


「良い言葉です。

 ぜひお兄ちゃんも実行して下さい」

 

「お、おう… そうだな」


 俺はその言葉に甘える事にした。


 なんでお兄ちゃんと呼ばせてるかって?

 簡単さ。その方が都合が良かったからだ。

 なんせクフェは外見11歳である。

 21歳の男がこの位の子供を連れているのは、さすがに世間体が悪い。

 印象付けを兼ねてお兄ちゃんと呼ばせる事にしたのだった。



 宿の一階は酒場になっている。

 RPGゲームで定番なつくりの宿だ。

 ここの女将フィーさんとはこの都市に来てからの付き合いだ。

 快活でとても気持ちのいい性格をしている。

 やはりと言うか、俺たちが出てくると声をかけてきた。


「おはよう。クフェちゃん。今日も可愛いね」


「ありがとうございます。いつものお願いできますか」


「はいよ、そこ座んな」


 笑顔でクフェに笑いかけ、

 いつものカウンター席を指す。


「で?ナナシは仕事見つかったのかい?」


 いやな事を聞いてくる。

 目が笑っていない。まるでゴミを見る目だ。

 クフェとの対応に開きがありすぎる。


「お兄ちゃんは頑張ってますよ」


「だといいが」


 クフェのフォローにも納得がいかず俺を睨み付けてくる。

 最近はいつもこんな感じだ。

 まるで、働かない兄に痺れを切らす母とそれを窘める妹。

 そんな光景がここにはあった


「おい、フィーさんこれは何だ?」


 だされた朝食を見て、俺は怒りをみせる。

 目の前には食べ残しのパンと牛乳らしきものが有るのみ。

 クフェの前にはスープと美味しそうな焼き立てパンそして飲み物があった。


「アンタにはそれで充分さ」


 それだけ言うとフィーさんは口を閉ざす。

 見かねたクフェがスープをすくい俺に向けてきた。

 顔を少し赤くしハニカム表情がカワイイ。


「はい、お兄ちゃんあーーーーん」


 定番のセリフ。

 これにはフィーさんも驚きすぐさま俺の食卓にスープが付け足した。


 食事が終わると、クフェがお代を払う。

 その光景は幼気な少女に集る大人…

 フィーさんが何か言いたそうである。

 だけどこれこそが俺の現状。

 俺はやはりクフェの紐なのだった。


 事の始まりは、俺の散財。

 盗んだ金で豪遊?いや、ギャンブルで負けたのだ。

 今思えば他にも使い道はあった。

 でも、都市の催し物が面白く、つい全額かけてしまった。

 そして無一文である。

 真っ当に生きると決めた手前、また盗みなどできない。

 あの悪夢を繰り返せない。仕事がない。金がない。

 俺の異世界ライフが振り出しに戻った瞬間だった。


 そこにクフェが提案する。

 都市のギルドに登録して、仕事を貰う。

 それをこないして、金と名声を稼ぐ。

 危険ではある。でもクフェがいれば大丈夫そんな話だった。

 俺は躊躇った。自覚なき歯車の特性がどこまで働くか解らない為だ。

 もう何かを巻き込むのは御免だった。


「契約社員とかマジ勘弁」


 だから、そう言って断った。

 クフェはそんな俺に何かを感じたのか、優しく微笑むだけだった。


 現在、クフェは一人で自分の提案を実行している。

 幼い容姿の為、最初こそギルドへ登録を断られたが、

 クフェの身体能力を見るやギルド側から勧誘を実施したとの事。

 今ではこの都市での有名人だ。

 そして、クフェの腰巾着として俺の悪名が広がっていた。

 曰く、兄のせいで親から捨てられた妹。

 曰く、兄のギャンブル狂いの為働く妹。

 曰く、妹に働かせ惰眠を貪る穀潰し。

 他にも沢山の噂があるが、大体間違っていないのである。

 正直な話、少し凹んだ。



 そして場面は冒頭に戻る。

 暇を持て余す俺にフィーさんが釣竿を貸してくれたのだ。

 やる事が無いし、物は試しと始めた。

 これがなかなかに楽しい。小魚を釣りいい気になっていた。

 漁師になるのもいいかもしれない。そう思った。

 しかし…


 しなる釣竿。重い。重すぎる…

 魚のくせに… 生意気だぞ。

 全力で海に引き摺り込まれるのに抗う。

 やばい、腕が悲鳴を上げている。

 さすがにもう限界だった。

 もういいやと手を離そうとした時。

 後ろから身体を支えられる。


「助太刀します」


 声は少女。後ろから当たる柔らかい感触。

 ただ力は強かった。


「おい、あまり強くすると糸が切れる」


「大丈夫です。強化しました」


 そう言うと、ひと引きで大きな獲物を海から引き揚げた。


「やりましたよ。

 これは大物ですね。おめでとうございます」


 大物が防波堤の上で跳ねる。

 俺は少女の方を見た。そこには、品の良さそうな美少女の姿があった。


 グゥー―――!

 お腹の音が鳴り響く。

 顔を赤くした美少女が、ばつが悪そうに言う。


「その… 分け前を貰えますか」


 訂正しよう。そこには下品な美少女の姿があった。

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