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クズはクズ箱の中でもクズでした  作者: モモノ猫
1章 自覚なき者
24/45

23話 クズ、逃げ出した後

「姫様、ですがそれは」


 クフェは歓喜と共に声を張る。

 リンはその表情を楽しみながら答える。


「私が良いと言っている。

 チャンスだぞ。なあ、そうだろ?

 ナナシの心は弱り切っている。

 早く行かんと消えて無くなるかもしれんぞ」


 冗談を話す様な気楽さで語るリン。

 しかし、ナナシは本当に消え掛かっている。

 何故なら心が弱り切った先に待つのが魂の洗浄だからだ。

 クフェにはこの内容を伏せているが、

 これだけご執心なら問題ないとリンは確信していた。


「ナナシさんが… 私の物に…

 いい… すごく良いです。

 後悔しますよ? 姫様」


 リンを見据える瞳が獲物に狙いを定めた肉食獣のそれだった。

 こいつ…


「させてみろ」


 リンの発した虚勢を聞くや、クフェはナナシの下へ駆けだす。

 それを見送るリンの胸中には少しの後悔が芽生え始めていた。


 クフェの撃ち漏らしの方に目を向ける。

 目的の人物は生きている。ならば僥倖。

 私に後悔などあるものか。

 そう自分に言い聞かせ、リンはその場所から姿を消した。


 ◇


 へミールの心は歓喜に包まれていた。

 まさかの生存。まるで自分が神から守られている様な感覚を受ける。

 今ならいける。へミールの野心に更なる火が灯る。

 兵の大半を失ったが、神獣クラスの化物を退けたのだ、

 幾らでも言い訳がきく、それどころか英雄として担がれる事に成るだろう。

 へミールの頭の中で自分の出世シナリオが組み上げられていく。

 さあ、凱旋だ。栄光はすぐ傍にある。

 と、その前に私に靡かない兵には消えて貰うか。

 へミールは辺りを見渡し生き残りの選別を始める事にした。


 ◇


 街道を直走る。

 喉に込み上げて来る嘔吐感に耐えながら走り続ける。

 鼻水が止めどなく流れ、眼は涙で霞んでいた。

 足が悲鳴を上げている。悲鳴を上げ続け限界を超えていた。

 腕を振り速度をさらに加速させる。

 身体全体が弾けそうな感覚。もうどうにでも成ればいい。

 消えてしまえばいい。全部。全部。全部。俺の全部。


 その時だ。俺の足が急に動かなくなった。

 レベル1の限界?いや違う。

 魂が抜け落ちていく感覚。以前、少しではあるが感じたもの。

 魂の洗浄が終わろうとしていた。

 動けない。体が言う事を聞かない。

 腕は垂れさがり、立ったままの姿勢で硬直する。

 顔は天を見あげ、何かを乞う様な表情を作っていた。

 視線の先に光が差した気がする。

 さあ、次の世界に…


 温もりは突然だった。

 俺の左手を誰かが握っている。

 小さな手。でも暖かく大きな手。

 温もりが全身に駆け巡る。血が全身を活気づかせた。

 うご、、ける。まだ、動ける。

 俺は最後の力を振り絞りその手の人物に振り返る。


「ひ・め・さま?」


 姫様の姿はなかった。

 だが確かな手の感触。視線を下げる。

 そこには今にも泣き崩れそうな少女がいた。


「ななしさん… 置いて行かないで下さい。

 私をおいていかないで」


 少女の頬を涙が伝う。

 そんな彼女に俺は本心を告げる。

 

「俺は君に何もしてやれない」


「はい、ダメなご主人様です」


「おれはきみをつれるしかくなどない」


「それは違う!」


 強い意思表示が其処にはあった。


「私がナナシさんを必要なんです。

 ナナシさんは居てくれればいい」


 何故そこまで俺を…

 体が崩れを落ちる。

 倒れた俺をクフェが支えた。

 確かな他人の感触。他人の温もり。

 また、洗浄は失敗していた。


「大丈夫です。ナナシさん。

 私が守りますよ。これからずっと」


 クフェの体温。

 確かに感じる心地よい温もり。

 意識が薄れていく。

 そこには焦燥感は無く、包み込む様な確かな安心が在った。


「くふぇ、ありがとう」


 俺はそう言い残し、意識を閉ざした。


 ◇


「ナナシさん。

 こんな糞な国とはさよならです。

 別の国で楽しく暮らしましょう。きっと楽しい未来が待ってますよ。

 もし敵ができても大丈夫です。私が殺しますから」


 クフェは返事のないナナシに語り掛ける。

 ナナシの安心した顔がとても素敵に見えた。

 涙でぬれた頬… 少し位なら…


 ペロリ!


 やっておいて顔を赤くする。

 そして気を取り直し決意した。

 これからもずっと一緒です。

 さあ、行きましょう。ご主人様。


 クフェがナナシを抱え走り出す。

 そうですね海の見える国なんてどうです?

 一緒に暮らすなら綺麗な場所がいいですよね。

 うんうん、きっとナナシさんも気に入りますよ。

 上機嫌なクフェは進路を決定し更に速度を上げるのだった。




 ~破滅者のエピローグ~


 そこは言い表せば地獄。

 ここは罪人を閉じ込める牢獄。

 辺り一面の白い世界。何もない世界。

 それだけの世界。ベットとトイレがあるそれだけの牢。

 しかし、使用する機会が訪れない。

 空腹はあるが、食べる者が無い。飲み物も無い。

 眠たいけど眠れない。本当に皮肉のきいた世界。

 私は一体どれだけの時をここで過ごしているのか?

 すでに感覚は麻痺し、ぼーと牢の外の世界を見るだけだった。


 あの女の最後のセリフ。「では会ってこい。地獄でな」

 それだけが私の心の支えになっていた。

 いつまで待てばいい?いつ会える?

 そんな疑問が頭の中を駆け巡る。

 私はあの黒い女を恨んでなどいない。

 だから、だから頼む。娘と会わせてほしい。

 それだけが望みだった。


 それでも時は過ぎる。

 何もかもがどうでも良くなっていく。

 娘の事が頭の中から薄れていく。

 ダメだ。心を強く持たなくては…


 さらに時は流れる。

 誰かの顔が頭に浮かぶ。微笑む少女。

 それは誰だったのか… 

 とても懐かしい気持ちになる。

 私は何をしているのか…

 私は…


「お父さん」


 懐かしい声が響いた。

 声の方に顔を向ける。

 誰だったか?そんな事を思いながら涙を流す。

 会いたかった誰か… 体が熱を帯びていく。

 きっと彼女は大切な何かだ。

 心に余裕が出てくる。

 ああ、知っているともわが娘よ…


「マーサ…」


 そこに救いがあったのかは判らない。

 ただ、涙を流しながら駆け寄り、

 鉄格子越しに抱きしめあう二人の姿があった。

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