22話 小さな黒い月
さて、アレの後片付けはどうするか。
万の大軍を前にリンは思案する。
皆殺し?ダメだ。つまらん。
逃がす?ダメ。今後の展開を考慮するとこれだけど…ワクワクが無い。
そう、ペナルティーは必要だな。
さて、どうしたものか… 顎に手を当てて考え込む。
そうだ、ポチの餌にするか。
アレは私の物になってから、叱ってばかりだ。たまには飴も必要。
指揮官と半数位を食べ残させればそれでよい。
うん、私ながら良い考えだ。
思考を止め、実行に移すその時だった。
「わ・・わたし・・・わたしのごしゅじんさまが。。。
わたしをおいて、、、、にげちゃ・っ・た?
なんで・・。。。こんな?事に??なった???」
俯きながらプルプルと震え
譫言の様に独り言を呟くクフェ。
「ク・・クフェちゃん? どうした?」
クフェの急変にリンは躊躇いながらも問いかける。
しかし、クフェにはリンが眼中になく反応を示さない。
「そう、そう、そうだった、、、ごしゅじんさまは、、泣いていた。
だれ?だれなのかな?だれなんだよ!!!!!!!!!!!!!!」
クフェはリンを睨み付ける。
リンは即座に万の大軍に指を向けた。
「なんだ。ゴミか。
ゴミが目に入って…ご主人様が可愛そう。
塵芥共が!!!!!!!!!!!
生ゴミのくせに… 灰塵だ!!!灰塵にしてくれる!!!!!!!!!!」
途轍もなく禍々しい波動がクフェルメリウスを包む。
暗く淀んだその波動はリンの瞳の黒にも負けていない。
地盤を力で踏み抜くとその反動で空高く舞い上がった。
そして、太陽の光に照らされるクフェルメリウスの様は
まるで昼間に浮かび上がる小さな黒い月の様に美しいモノだった。
更に黒は世界を塗り替える。極光を孕んだ闇の光は昼を夜に書き換えていた。
「クフェちゃん… 切れちゃった…」
そこには、クフェの変貌振りにに若干引いているリンの姿があった。
◇
万の軍団はソレを見ていた。
黒い極光を放つソレを。
それは美しい名画の中にでも入り込んだ様な感覚だった。
美しい。この場にいた全ての者が漏らした感想だ。
そして凍えるように恐ろしい寒気を催す光景だった。
少し前にアレクが崩れ落ちる場面を目撃していても動揺を示さなかった軍団。
そう、軍団はアレクが死ぬ事を想定していた。
へミール様基へミール現将軍がそれを通達していたからだ。
全てはへミールの計画通りであった。
本命の獲物。将軍の地位を得る為の計画。
他国の侵攻に対して将軍不在での出陣は、
へミールにとって降って沸いたチャンスだった。
マーサを頭に編成された部隊に無理やり自分をねじ込んだ。
後はマーサを撤退させ、罪を背負わせ嬲り尽くすだけだった。
そして、それを見た堅物のアレクは予想通り怒りを子連れの闇に。
上手く事が運んだはずだった。あのガキが強いのも知っていた。
必ずアレクは死ぬ。そう確信していた。
しかし、何だこの状況は?
変な人物が1人増え。そいつがアレクを殺した。
まあ、そこは良い。計画通りだ。
後は魔獣を牽制しつつ撤退。それで終わり。のはず。
向こうも、軍を相手にする必要はないし。
こっちも魔獣を牽制し追い払ったと名目がたてばそれでいい。
これ以上は双方に利が無いはずだ。
なのに何故、アレはこっちに怒りを向けている?
まずい、まずい、まずい。
逃げるぞ、、逃げなくては…
私はここで死んで良い人間ではない。
陛下の死が間近な今、私は更なる高みへと昇り詰めるのだ。
断じてここで死んで良い訳がない。
そうだろ?私は何としても生き抜く。
闇の極光に当てられて動かなくなっている体を奮い立たせる。
行ける。私はまだ逃げる事が出来る。
そう思い辺りを見渡す。兵たちが一往に膝を屈していた。
それはまるで、神に許しを請う信徒の姿だった。
◇
「母様の様に蒸発させるのは無理だけど。
芥子粒にする事はできいるよ」
誰も居ない虚空に話しかけるクフェルメリウス。
自らが纏う黒い極光を指先に収束させていく。
指先からキィインンンンンンと甲高い音が響く。
それが最高潮に達した時、
クフェルメリウスは頭を垂れる兵士達に優しく微笑みかけた。
「消えちゃえ」
残酷な声音。微笑みとは真逆の旋律だった。
―――黒き三日月の咆哮!!
辺りが一瞬の闇に消える。
それはクフェルメキアとは真逆の闇の極光。
普段クフェルメリウスが見せる事のない化物の部分。
そう、化物の子はまた化物。
クフェルメリウスが本気になった時にみせる本性とも言うべき闇。
そして音もなく闇が消え去る。
そこには大きな爆煙とクレーターそして軍団の残骸(撃ち漏らし)が残っていた。
◇
冗談じゃない。なんだあれは?
あれでは神獣と大差ないではないか…
なんだあの魔獣は?
へミールは撃ち漏らしの中に身を潜めながら固唾を呑む。
生き残ってしまった強運が今ではもどかしい。
あの化物の目が雄弁に語っている。貴様らは皆殺しだと。
気付かぬ内にへミールは頭を垂れていた。
心が折れていたのだ。兵はその大半が消し飛んだ。
残る兵を盾にしても逃げ切る事は不可能。
へミールにはもう神に祈ると言う選択肢しか残されていなかった。
◇
クフェルメリウスは憤慨していた。
それは自身の非力に対して。
クフェルメリウスにとって撃ち漏らしは
ご主人様への冒涜行為に他ならなかった。
「ごみ・・ごみが・・きえていない。
綺麗になってない!!!!!!!!!!!!」
意味不明な叫び。
ナナシがいたら優しく叩いてくれただろか?
だがもう終わりだ。こいつ等全員嬲り殺す。
生きている事を後悔させてやる。
そう思うと。少し心が和らいだ。
生き残りを睨めつける。
終わりにしよう。
―――てい!
何時もの声が聞こえた気がした。
頭には優しい感触。
私は後ろに振り返る。
そこには長い黒髪と深淵の様に深く濁り淀んだ瞳、
そして透き通るような白い肌をした姫様の姿があった。
「ひめさま?」
「応、そうだとも。
姫様だ。クフェちゃん。
ちょっとおいたが過ぎるな。
良い事教えてあげるから、この場は見逃さないか」
姫様の提案。私に拒否権がある筈ない。
「いや、本当に良い事だ。
きっと気に入る提案だ。だからこの場は見逃そう」
そこには姫様特有の悪魔の囁きがあった。
私はその話に耳を傾ける事にした。