17話 vs マーサ・バルバレン
敵方は草原の向こうで待機していた。
クフェと俺は森林の中から300の部隊を偵察する。
とは言っても俺には見えないのだが…
「ナナシさん、向こうは私たちに気付いています」
「魔法?スキルか?」
「ええ、探知系に優れた者がいると思われます」
「俺もそういうの欲しいな」
「強くなってください」
クフェが真剣な顔で言ってきた。
とは言っても、何時になったらレベルが上がるのか見当もつかなかった。
『罪の代償』これが邪魔をしている。
経験値自体はステイタスに蓄積されている様だが取得自体ができないのだ。
レベルが上がって今の無敵(仮)が解けても困るのだが、
上げないと何時までたってもこの境遇を生かしたムフフ展開に及べない。
痛し痒しだった。しかし、経験値が32万か。
俺はいつ許され、これがレベル幾ら相当なのか詳しく知りたい。
姫様は知っているのだろうが、教えてはくれないのだろう。
地道に稼いで『罪の代償』の制約を解くしかなかった。
それに今は300の部隊だ。
「策だが、
真っ向から仕掛ける」
俺の言葉にクフェは… 動揺しなかった。
「それがいいと思います。
小細工抜きで私が強いとこもみせたいですし」
「期待している」
俺とクフェは不敵に笑いあった。
森林を抜け敵方とお互いが見渡せる位置に陣取る。
同じ地平に立っている為か、300人は思いのほか多く感じた。
部隊構成は先頭の数人が騎乗していて、他は歩兵だった。
そして、俺は部隊の前に立つ女騎士を見て目の色を変える。
とても美しい顔立ちと鎧を着こんでいる割にはゴツゴツした印象
を受けない身体、馬を乗りこなす様は本当に美しい。
丁寧に見渡しそして結論。いい女だ、あれは合格。
「クフェ、あの女は俺が相手をするから
クフェは他の奴を頼む」
滅茶苦茶である。
300の部隊を一人で相手どれと言っている様なものだった。
しかし、クフェは笑みを絶やさない。
「いいんですか?
好き嫌いしてちゃ強くなれませんよ。
それに、今のナナシさんじゃ捕らえられません」
「良いのだ、捕らえずに楽しむ方法もある」
クフェは呆れたような顔をし、
しかし咎める事はなかった。
「貴様らが、野盗か?」
姫様に劣らず強気な声が草原を駆ける。
俺は取りあえず頷く。
「投降ご苦労。
他はおらんのか?」
何かを勘違いしていた。
「俺達だけだ」
「隠し立ては酷い尋問が待つだけだぞ」
俺は沈黙で返答する。
「馬鹿な、
私兵とはいえ我が国の者が貴様一人に後れを取ったと言うのか?」
クフェが数に入っていない様だ。
クフェがやんたんだけどな。
「貴様、どこの国の間者だ?
捕虜は如何した」
なんか一人で盛り上がってるな。
どこの国?違う世界なんだけどわかるかな。
だけど、捕虜は殺してしまったしな。
どう答えるか…
「違います。その横のガキです」
モブ兵が声を上げた。
「馬鹿な…」
「あれは魔導士です。
恐ろしく強い黒の礫を飛ばして攻撃してき… ガフ…」
黒い弾丸がモブ兵を撃ち抜く。
頭に穴の開いた死体が崩れ落ちた。
「お喋りは嫌いです」
辺りが静まり返る。
やっちゃったよ。クフェさん短気すぎやしませんか…
もともと交戦する気だったしいいけどさ。
呆気にとられる敵方をしり目にクフェの追撃が続く。
クフェは女騎士以外に当たる様に黒い弾丸を連射した。
対応しきれない者が撃ち抜かれていくが、
それでも騎士としての実力か弾丸を弾く者がいた。
「中々やりますね。
それでは白兵戦はどうですか」
クフェは楽しそうな笑みと共に騎士の群れに飛び込んでいった。
◇
「お名前を聞いてもよろしいですか」
場違いな質問が私の耳に響く。
気付くと男が私の騎乗する馬に相乗りしていた。
そして、鎧越しに胸の辺りを揉んでくる。
「貴様に名乗る名など無い」
言うと同時に馬から振り落とすよう手綱をひき馬を立たせる。
剣で切り殺したい気持ちを抑え、振り払う事を優先にした。
気付くと男は、目前に立っていた。
剣を引き抜き相対する。
「覚悟はできているであろうな」
私の激高に、
男は手を見ながらこんな事を言う。
「やっぱ、鎧越しには無理か。耳ペロの方が良かったかな?」
悪寒が私を駆け抜けるのを感じた。
この男は私を舐めている。
そして最低なクズ野郎だ。
「そこに直れ下郎。首をはねてくれる」
しかし、男の姿が消えていた。
何処だ?私は慌てて辺りを見渡す。
男の姿が見当たらない。
近くでは少女と我が騎士達が剣劇を繰り広げている。
あの男はあのような子供に戦闘を任せ自分は高みの見物をしている。
その事実に更なる怒りのボルテージが上がっていくのを感じた。
「出てこい卑怯者。
貴様、娘に戦闘を任せるなど外道の所業だ。
今すぐ姿を現せ」
「いるよ」
声が目の前で響いた。
一瞬で姿が現れ顔の近さに驚愕する。
そして近くで見た男の顔は、
カッコいい…
私は一瞬の隙を作ってしまった。
次の瞬間私は唇を奪われていた。
◇
久しぶりに味わう口づけはあまり上手くいかなかった。
体勢が悪かったとの言い訳を入れておくが、
あれは本意ではない。歯が少しぶつかって痛かった。
舌を突っ込んだら食いちぎられるだろうしな…
あれはあれでいいか。真っ赤な怒り顔も拝見できたし。
「貴様、殺す」
女騎士が俺に剣を振る。
俺はすかさず闇の羽衣で闇に溶けた。
剣が空を切り、女騎士が体勢を崩す。
そこに別の騎士が駆けつけてきた。
「大丈夫ですか」
「へミール殿。すまない」
へミールが女騎士を支える。
「君は、奇怪な術を使うね。
どこの国の者かは知らないが中々の手練れと見える」
「その女から離れろ。それは俺の獲物だ」
男の称賛に俺は激高するともに姿を現す。
「蛮族の様な物言いは慎みたまえ。
彼女は重要な存在でね。失うわけにはいかないんだよ」
見下した眼光を向けてくるへミール。
しかしクフェの方に目を向け態度を変える。
ちょうどクフェが最後の騎士を踏みつぶす所だった。
へミールはどこか納得した顔をする。
「今回は我々の負けだ。素直に撤退する」
「まて、へミール殿。それでは我らのメンツが」
「マーサ様。今回は退きましょう。我々では勝てません」
意見の食い違う二人ではあったが、
へミールの勝てないの一言で納得した様だ。
「逃がすと思いますか?」
クフェが新たな獲物に狙いを定める。
「ええ、容易く」
不敵な笑みを浮かべるへミールと
マーサの姿が霞んでいく。
足元には魔法陣らしきものが浮かんでいた。
「転移魔法!」
「また近いうちにあいましょう。
今度はこの様にはいきません」
へミールは笑顔を絶やさない。
そして…
「それに彼女は私の獲物です」
そう言い残し消えていった。
へミールもマーサだったか?を狙ってるのか。
まあ美人だし。当然か。
俺はそんな風に結論づけてしまった。
言葉とは難しいものだ。
俺はこの時、彼の言う『獲物』の本当の意味を理解していなかった。