10話 続々・クズは恩を仇で返す
――― さあ、反撃を始めよう。
ドン!
全力で木板の扉をける。
「イタイ…」
反動で足を痛めた。
俺は涙目になりながら分厚い扉を睨む。
扉はびくともしていなかった。
クフェが呆れ顔でこちらを見ている。
先ほどまであった羨望の眼差しなど何処にもなかった。
「待ってください。
本当にご主人様にお任せしてよろしいのですか?
人間たちを死なせず、母様を救えますか?
ご主人様は、そんなに弱いのに…」
「言っただろ。
余計なこと考えるなって、俺に任せろ。
それから俺の事をナナシと呼べ」
子供にご主人様っと呼ばせるのは、流石に対面が悪い。
俺がイケメンでも第一印象が悪ければ残念のレッテルを張られてしまうのだ。
それになんだか照れ臭かった。
「ナナシさんは怖くないんですか?
神と戦うんですよ。
どれだけ強がっても、扉にも勝てないのがナナシさんです。
何ができるというのですか」
クフェは震えている。俯き、涙が頬をつたっていた。
俺はクフェの頭に手を置き優しく撫でた。
「大丈夫だ、問題ない」
クフェはその場に崩れ落ち、大泣きを始めた。
子供らしくて非常によろしい。
俺はクフェが泣き止むまで待つ事にした。
◇
クフェの泣き声はそれなりに響き騒がしいはずなのだが…
村人が駆けつけてくる事はなかった。
物置近辺に人がいないのか。そういえば祝杯とか言ってたな。
村総出で祝杯か。あいつらは本物の馬鹿だな。俺はそう結論付けた。
泣き止んだクフェはどこか晴れ晴れとした顔をしていた。
「寝てもいいぞ。
泣き疲れて寝たほうが、さっぱりする」
「いえ、このままここを出ます。
それと、ナナシさんを信じてみます。
裏切らないでくださいね」
はにかんだ表情がとても素晴らしい。
やばい、俺我慢できなくなるかも…
それからクフェは自分の足に付けられた鎖を引きちぎった。
そして木板の扉に近づくと簡単に蹴り抜いてしまった。
ないわ、マジないわ。俺はまだ我慢ができそうだった。
「行きますよ。ナナシさん」
呆気にとられる俺にクフェが微笑んだ。
俺の自尊心が崩壊していく音が聞こえた。
馬鹿どもが、集会場で祝杯を挙げている。
「クフェ、これから俺がする事に目を瞑れ。
これは必要な事だ」
「はい」
…
「あの… これって泥棒ですよね?」
「必要経費だ。
俺への慰謝料も含んでいる。あいつ等には当然の出費だ」
俺は村の家々に忍び込み、金目の物を獄卒の腰袋に入れていく。
この世界の貨幣はやはり硬貨の様だ。
見つかるのは銅貨と少量の銀貨ばかりで金貨が無い様だが、おそらく間違いないだろう。
あらかた物色を終えた俺は、袋に取得した貨幣の3分の2を入れて書置き『ざまーみろ』を添える。
「優しいんですね、お金を残していくなんて」
クフェは見て、残念な思考に思わずため息をつく。
素直で良い子だが、教育が必要だな。
「狩の基本だ。
全てを狩れば獲物がいなくなる。
それに追い詰められた獲物は何をするかわからない。
獲物は生かさず殺さずがベストなんだよ」
勿論、適当に言っているだけである。
クフェが関心をしているのが心苦しかった。
◇
テリオの村を抜け出し、北の森へ来ていた。
森を北へさらに進み、木々の隙間から霊峰ガルガットがチラリ姿を現せた所で足を止めた。
ここからが本題である。
怒り狂う神を相手に娘を返す必要があった。
俺はとある記憶を思い出す。
家出少女と遊んだ記憶だ。あの時は俺も若かった。
しばらく関係は続いたのだが、少女が俺に飽きると状況は変わった。
家に帰りたいと言う少女に、俺は渋々許可を出した。
今までは同意の上だったが、これ以上引っ張ると軟禁状態に他ならなかったからだ。
事はそれだけですまなかった。少女の両親である。
少女から事情を聴き俺の家まで押し寄せた。
俺は両親に殴られ蹴られの暴行を受けた。自業自得だった。
警察沙汰にしなかったのは、俺にも落ち度があったからだった。
俺は少女の両親に慰謝料を提示しておさめてもらった。
少女の同意は得ていた筈なのに、本当にやられたい放題だった。
親にとって子供とは本当に宝物なのだろう。
形振りかまわず俺を殴りつけた親の顔を今でも覚えている。
そこに親が子に持つ無償の愛を見た気がした。
「はあ」
ため息がこぼれる。
いやだな、逃げたいよ…
しかし、クフェは俺のだ。もうひと踏ん張り。
頑張ってみますか。
「きゃーーーーーーーーーーーー!」
絶叫が響きわたる。
「どうした?」
「どうしたじゃありません!
服を着てください!!」
俺は服を脱ぎ全裸だった。
気分爽快。準備万端。どっからでもかかってこいである。
「俺はこれから神と交渉するんだ。
包み隠さずすべてを見せる必要がある」
「だからって、脱がなくても」
クフェは手で顔を隠しながら、こちらを見て抗議してきた。
まったく、ムッツリさんめ。
「もう遅い、神が来たようだ」
そこには、邪気とも呼べる様なオーラを纏った黒い影あった。
夜道より尚黒く、そしてすごく大きな存在がこちらを睨み付けていた。